佐藤多佳子『聖夜』ー真剣に苦悩する少年

聖夜 (文春文庫)


【あらすじ】
 1980年、キリスト教系の高校に通う鳴海一哉は、牧師で敬虔なクリスチャンの父と祖母と暮らしている。ピアニストでありオルガニストだった母は、一哉が小学5年の時、父と離婚してドイツ人のオルガニストと家を出て行った。物心がつく前からオルガンやピアノに触れてきた一哉は、メシアンなどのクラシック音楽やエマーソン・レイク・アンド・パーマーといったロック音楽など、日常的に音楽に親しんでいた。そんな中、所属するオルガン部が文化祭でコンサートを行うことになり――。


 そろそろクリスマスということで、その名も『聖夜』をご紹介します。佐藤多佳子さんの長編小説『聖夜』は、“学校と音楽”をテーマにした「School and Music」シリーズの1冊。もう1冊の『第二音楽室』は短編・中編集、こちらも良質な青春小説となっている。
 
 主人公の一哉は、幼い自分を捨てて男とともに家を出て行った母への複雑な感情と、感情を表に出さず聖職者として常に正しくあり続ける父への反発とで、屈折した日々を送っている。そんな一哉が唯一、心を許し、自分を解放できるのが“オルガン”である。
 しかし、オルガンは一哉にとって単純に演奏して楽しい楽器ではなく、複雑な意味を持つ楽器である。オルガン奏者であった母が愛した楽器、母に演奏を教えてもらった楽器。そういった母と繋がるモチーフである一方、母と父が離婚するきっかけとなった楽器でもある。
 オルガンを弾くということは、必然的に母を思い出すことであり、過去の傷をえぐるような行為である。オルガンを弾かないという選択肢もある中、一哉はオルガンを弾く道を選んだ。オルガンと向き合うことは、自身のトラウマや運命と向き合うこと。一哉はオルガンを弾くことによって、自問自答し、時に自分自身を苦しめ、時にオルガンから逃げもする。が、オルガンを弾くことによってしか得られない喜び、答え、救いも確かに存在するのである。光も闇も、喜びも悲しみも象徴する“オルガン”に、苦悩しながらも向き合う一哉の姿は、痛々しく、そして清々しい。

 物語の主な舞台となるのは、一哉が通うミッションスクールである。単なる学校、教育施設とはまた違う、“ミッションスクール”特有の神秘的で静謐な雰囲気が物語全体を覆う。ミッションスクールといってもすべての生徒がクリスチャンというわけではないし、信仰心があるというわけでもない。一哉も信仰心は全く無いが、聖書研究会とオルガン部に所属する。信仰していない宗教のど真ん中に身を置くことで、逆に宗教的な正しさに逆らうわけだが、そういった部活のありようもまた独特で、ミッション特有の学生生活の一端がところどころに垣間見え、作品の魅力の一つとなっている。
 もう一つの大きな魅力は、作中に登場するさまざまな音楽である。メシアン、バッハ、ムソルグスキー、エマーソン・レイク・アンド・パーマー、スティーリー・ダン、ラリー・カールトン……。クラシックからロックまで、いろんな音楽が物語に彩りを添えるが、これらの音楽は一哉の心情を表すモチーフともなっている。オルガンコンサートのために選んだメシアンは、母が最も愛好した作曲家。難解かつ母を想起させるメシアンに取り組むことで、何かを得ようとする一哉だが、一方で母が去ったあとに親しむようになったロック、特にエマーソン・レイク・アンド・パーマー(ELP)に傾倒する。宗教的で神聖な匂いを漂わせるメシアンとは反対に、オルガンにナイフを突き立てる破壊的なパフォーマンスを見せ、クラシックを大胆にアレンジした音楽性を特徴とするELP。宗教的なものへの反発と愛着という複雑な感情が、音楽に相対する一哉の姿にも投影され、描かれている。

 何かひとつの“もの”に向き合うということは、辛く苦しい。そうした苦悩を、佐藤多佳子さんはこれまでの著作でも描いてきた。『しゃべれどもしゃべれども』の落語、『黄色い目の魚』の絵、『一瞬の風になれ』の陸上。ひとつのものに向き合い続けるということは、それだけ熱中できるということで、夢中になれるものがあるのは幸せなことである。だが、夢中になるということは、それに伴う苦しみも引き受けなければならないということでもある。好きだから夢中になる、夢中になるから必死になる、必死になるから苦しくもなる。その難しさを、佐藤多佳子という作家は繊細に描く。
 『聖夜』の主人公一哉もまた、オルガンに苦悩する。物語自体もほぼ最初から最後まで苦悩する小説だと言ってもいいが、一哉の姿から悲愴感は感じられない。一哉は決してオルガンをないがしろにはしないし、常に真剣に接する。“真剣”に苦悩するのだ。だからこそ、苦悩する姿さえも清々しい。

 物語は初夏に始まり、冬、クリスマスへと向かう。ミッションスクールにとって最も重要なイベントといってもよい聖なる夜、クリスマスにおいて、オルガン部もコンサートを行う。一哉はどのようにオルガンと向き合い、自らを表現し、演奏するのか。
 少年の心の揺れ、成長を“オルガン”を通して描いた『聖夜』。ぜひ、ご一読を。


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by hitsujigusa | 2013-12-20 01:20 | 小説 | Trackback | Comments(0)