家族を描いた小説・私的10撰

ミーナの行進 (中公文庫)



 6月6日はほんわかの日(家族だんらんの日)。これはなにかというと、大阪の人気番組「大阪ほんわかテレビ」が1995年に制定した記念日で、ほんわかした空気を大切にして、もう一度家族の姿を見つめ直そうという番組の基本コンセプトから、番組が開始した6月6日を“ほんわかの日(家族だんらんの日)”として記念日とした、のだそうです。
 私は番組を見たことがないので何の縁もゆかりもないのですが、6月6日が迫っている今日この頃でちょうど良いので、家族を描いた小説という特集をやってしまおうという考えに至った次第です。まあ、記念日に関係なく、家族をテーマにした素晴らしい小説を取り上げたいなと思っていたので、単なるこじつけと考えて下さい。
 では、さっそく家族を描いた小説・私的10撰を紹介していきます。


 まずはちょっと壊れかけた家族を描いた作品2つをご紹介。


幸福な食卓 (講談社文庫)

幸福な食卓 (講談社文庫)

【あらすじ】
 中学生女子・佐和子の家族は少し変わっている。父親は突然「父さんは今日で父さんをやめようと思う」と言い出すし、母親は家出中なのに料理を届けに来るし、天才だった兄は大学にいかず農業を始めるし。そんな家族に囲まれて暮らす佐和子は、塾でこちらもちょっと変わった少年、大浦君と出会う。佐和子の心のなかで大浦君の存在は徐々に大きくなっていって――。

 瀬尾まいこさんの代表作『幸福な食卓』。2007年には北乃きいさん主演で映画化もされています。
 主人公佐和子の家族は完全に崩壊しているというわけでもないけれど、家族がそれぞれ別々の方向を向いていて微妙に壊れかけています。そんな中でいちばん普通といえる佐和子が四苦八苦しながらも家族を結びつけていて、家族の背景自体はシビアなものもあるのですが、主人公のキャラクターがうまく効いていて、重さを感じず楽しく読めます。
 物語は家族中心というよりは佐和子中心なので、佐和子の恋愛話も多く、ひとりの少女の成長物語として読んでもおもしろいです。佐和子のささやかな日常を、時に切なく、時にユーモラスに、時にファンタジックに描いていて、その中には哀しい出来事も描かれますが、そういったことも含めて日常が日常らしくあるということがどんなに幸福なことなのか、佐和子の姿を通して見えてきます。


ミーナの行進 (中公文庫)

ミーナの行進 (中公文庫)

【あらすじ】
 1972年3月。女手一つで育ててくれた母が東京の専門学校で1年間洋裁を勉強することになったため、12歳の朋子は芦屋の伯父さんの家に預けられることになった。スパニッシュ様式の芦屋の洋館に住むのは、ドイツ人とのハーフで飲料水会社の社長でもある伯父さん、朋子の母の姉である伯母さん、ドイツ人のローザおばあさん、お手伝いの米田さん、スイスに留学中のいとこ龍一さん、朋子より一歳年下のいとこミーナ、そしてコビトカバのポチ子――。一風変わった人々とその生活に最初は戸惑う朋子だったが、その日々はかけがえのないものになっていき――。

 小川洋子さんの『ミーナの行進』。物語の舞台は1972年から1973年にかけての芦屋です。今でも芦屋といえば関西を代表する高級住宅街というイメージですが、いわゆる阪神間モダニズムを体現したような洋館で暮らす家族の姿を、親戚の子どもである朋子の視点で描いています。重要なポイントは語り手が家族のうちの誰かではなく、よそ者である朋子だということ。一見すると裕福で恵まれていて幸せな家族にしか見えない伯父さん一家ですが、その裏には暗いものも、複雑なものもあることが徐々に分かってきます。ですが、そうしたことも朋子という“よそ者”の目を通して見ることで、変な生々しさがなく、ある種の冷静さを持って読むことができます。
 また、朋子が子どもだということも大きいでしょう。家族のあいだに漂う独特の空気に対しても、ポチ子の背に乗って登校するミーナや光線浴室といった一家特有の習慣に対しても、子どもの朋子は純粋に不思議がったりおもしろがったりします。そんな朋子の純粋な目が、物語にあたたかみとユーモアを与えているのではないかと思います。
 もうひとつ、この小説の魅力が時代の描写。特に、川端康成の自殺やミュンヘンオリンピックなど、ところどころに現実の事件・出来事が差し挟まれ、物語にアクセントを加えています。私はこの時代を知らない人間ですが、あの時代は良かったなー的な描かれ方ではなく、登場人物たちの感情や実感を伴って書かれているので、新鮮味を持って読むことができました。時代の雰囲気をとらえた作品としても、秀逸ですね。


 続いては、家族のシチュエーションが似ている作品2つです。


さくら (小学館文庫)

さくら (小学館文庫)

【あらすじ】
 主人公の“僕”=長谷川薫は東京の大学に通う大学生。家族のヒーローだった兄・一(はじめ)は20歳の時、自殺した。ショックを受けた母親は酒に溺れ過食で肥満し、美人の妹・美貴は家に引きこもり、父親は家出した。崩壊した家族に残されたのは愛犬サクラだけ。ある年の暮れ、“僕”は久しぶりに実家に帰ることにして――。

 上述した2作品は壊れかけた、もしくは微妙なバランスを保っている家族のお話でしたが、西加奈子さんの『さくら』の家族は崩壊したといってもいい状態。そこから何とか再生していこうとする物語です。
 ストーリーの構成としては現在の部分と過去を回想する部分とがあり、長谷川家が元々どんな幸福な家族だったのか、そこからどのように崩壊していったのかが順を追って描かれます。家族はそれぞれ個性的でそれぞれに不器用、デコボコしていますが、悩みながらも恋をしたり友情を育んだりする姿はどこかコミカルで微笑ましく新鮮です。そんな幸せな家族がある出来事をきっかけに180度変わってしまうわけですが、話のシリアスさのわりにはあまり深刻な感じがしない軽みがあります。セリフが関西弁で書かれているというのもあると思いますが、西加奈子さん特有のテンポの良い文章の効果もあるでしょうね。疾走感が印象深い作品です。


明日死ぬかもしれない自分、そしてあなたたち

明日死ぬかもしれない自分、そしてあなたたち

【あらすじ】
 澄川家は父と母、長男と長女、次男と次女の6人家族。長男澄生と長女真澄は母親の連れ子、次男の創太は父親の連れ子、そして次女の千絵は父と母両方の血を引いた唯一の子だった。ふたつの家族がひとつの家族となり最初はぎこちなさもあった澄川家だったが、いつしか心を通わせるようになる。しかし、家族の結びつけ役だった澄生が17歳で雷に打たれて亡くなると、母はアルコールに依存するようになり――。

 山田詠美さんの『明日死ぬかもしれない自分、そしてあなたたち』。長男の死をきっかけに崩壊していく家族を描いています。家族構成や血の繋がりのない兄弟などもちろん違いはありますが、兄の死、母が酒に溺れるといった点が『さくら』と共通しています。大切な家族の喪失という似たテーマを書いているわけですが、作品の雰囲気はだいぶ違います。
 『明日死ぬかもしれない自分、そしてあなたたち』の特徴のひとつは、章ごとに語り手が変わること。第一章の語り手は真澄、第二章は創太、第三章は千絵となっていて、澄川家の成り立ち、歴史について順を追って描かれます。母の病状はどんどん重くなり家族は振り回されることになりますが、そのきっかけをつくった張本人ともいえる澄生の存在が家族の中でも物語の中でもいちばん大きく、ある意味死者が主役となっています。死んでもなお家族に多大な影響を与え続け、愛されてやまない澄生の死を、いかに彼らが乗り越えていくのか。痛々しくも愛情に満ちた物語です。


 そして、こちらは家族小説の大定番。


楡家の人びと 第1部 (新潮文庫 き 4-57)

楡家の人びと 第1部 (新潮文庫 き 4-57)

【あらすじ】
 東京・青山に建つ絢爛豪華な楡脳病院。院長であり楡家の当主でもある楡基一郎は山形出身の成金、その妻ひさは家の実権を握り、男勝りな長女の龍子は父親を尊敬してやまない。婿養子で龍子の夫である徹吉は妻に頭が上がらず、長男の欧州はのんきな性格で落第ばかり、次女の聖子は誰もが羨む美貌の持ち主、三女の桃子は器量は良くないが皆から愛されるおてんば娘。次男の米国は自分が病弱だと思い込み、養子の辰次は医者志望だったがその体格のために力士となる。そんな楡家の人びとの日常は慌ただしく――。

 北杜夫さんの長編小説『楡家の人びと』。大正から昭和へ、三代に渡る楡家の歴史を描いています。かなり長い小説で実際に起きた出来事や事件(関東大震災や太平洋戦争など)が登場するので、重厚さはあるのですが、それとともに何とも言えない軽快さがあるのもこの作品の魅力です。
 その軽快さを生み出しているのはやはり個性的な登場人物たちだと思います。初代院長の基一郎を始め、楡家の人々は虚栄と自信に満ちた人ばかりでやたら威風堂々然としているのですが、はた目から見るとその姿は滑稽で失笑ものです。ですが、滑稽だからこそ人間臭く、人間臭いからこそ滑稽味も魅力的に見えます。日本が戦争に突っ走り疲弊していくのとともに、楡家も徐々に没落していきます。それでも滑稽味を失わない姿にはたくましささえ感じ、元気をもらえます。まさに日本文学を代表する家族小説と言えますね。


 続いて紹介する2作は、長いスパンで家族の経過を描いた作品です。


抱擁、あるいはライスには塩を 上 (集英社文庫)

抱擁、あるいはライスには塩を 上 (集英社文庫)

【あらすじ】
 東京・神谷町の大きな洋館に住む柳島家。一家の大黒柱である祖父、ロシア人の祖母、一家の太陽ともいえる母、婿養子に入った父、母の弟で自由人の桐之輔、母の妹で出戻りの百合、父親が違う長女の望、長男の光一、長女の陸子、母親が違う次男の卯月。複雑な事情を抱える柳島家だったが、その日々は穏やかだった――。

 江國香織さんの『抱擁、あるいはライスには塩を』。風変わりな一家の、風変わりな生活を描いています。どこがどう風変わりかと言えば、あらすじにも書いたように腹違いの子どもがいたり、学校教育を受けず家庭教師に勉強を教わるのみだったり、成人しても家を出なかったり。家族特有のルールや価値観があり、それぞれ従順に従い、家族の絆を強めています。
 作品構成は章ごとに語り手が変わるスタイル。しかも章のタイトルが西暦になっていて(たとえば、「1 一九八二年 秋」みたいに)、時代も場所も変わりますし、時代も順を追って書かれるのではなく過去に飛んだり現代に戻ったりバラバラです。その中で4人の子どもたちの成長や叔父や叔母の若い頃のエピソード、父と母のなれそめ、腹違いの子ども二人が柳島家で育てられることになった事情など、柳島家がどのようにひとつの家族になっていったのか、なぜそんな風変わりな家族が作り上げられていったのかが、徐々に浮かび上がっていきます。視点や時代を変えながら描くことで多面的に家族のありさまをうかがい知ることができますし、各キャラクターの魅力も事細かに分かるようになっています。
 上述した『楡家の人びと』もそうでしたが、さまざまな出来事を経てこちらの家族にも変化が訪れ、在りし日の輝きは失われていきます。家族の形が変わっていくのはどの家族においても当たり前のことですが、異常なほどに結び付きの強い家族が変わっていく姿には、悲哀さえ感じますね。


星々の舟 Voyage Through Stars (文春文庫)

星々の舟 Voyage Through Stars (文春文庫)

【あらすじ】
 水島家は厳格な父・重之、優しい母・志津子、真面目な長男・貢、奔放な次男・暁、もの静かな長女・沙恵、さばさばした次女・美希という家族構成で、子どもたちは成人してそれぞれの道を歩んでいた。しかし、志津子が急逝したことによって、久しぶりに子どもたちは集まることになり――。

 村山由佳さんの直木賞受賞作『星々の舟』。こちらもまた多少複雑な家庭で、母の志津子は後妻で、長男と次男は前妻とのあいだの子、長女は志津子の連れ子、次女は重之と志津子のあいだの子、ということになっているわけですが、そこにも秘密があり……という内容です。
 そしてこちらもやはり章ごとに主人公が変わり、家族内で起きたひとつの出来事についても複数人の目で描写されることで、隠された想い、すれ違う気持ちなどが重層的に書かれます。レイプや近親相姦、不倫といったメロドラマっぽいエピソードもあるのですが、それが単なる“心の傷”みたいなもので終わらずに、“家族”というテーマにうまく収斂させています。なかなかシビアで共感しづらい部分もところどころあるのですが、心理描写のリアリティ、巧みさで充分補っていて身に迫る臨場感がありますね。


 こちらの作品はひとつの家族というよりも、何代にも渡る一族を描いています。


葡萄色のノート (あかね・ブックライブラリー)

葡萄色のノート (あかね・ブックライブラリー)

【あらすじ】
 中学生の梢は、ある日おばあちゃんから葡萄色のノートを預かる。そして、おばあちゃんが朝鮮半島で生まれ育ったことを知る。夏休みにひとりで韓国を旅することになった梢が葡萄色のノートを開くと、そこに記されていたのは梢の曾祖母にあたる少女すずを始めとした、梢の先祖の少女たちの心の声だった――。

 堀内純子さんの『葡萄色のノート』。児童文学ですが、大人が読んでも充分に楽しめ、考えさせられる深みのある作品です。
 物語は主人公の梢がノートを受け取るところから始まりますが、その後は章ごとにそれぞれの少女の手記というスタイルになります。兄の手伝いをするために14歳で朝鮮に渡ることになったすず、朝鮮の京城(現在のソウル)で生まれ育ったすずの長女の園子、次女の千草、三女のユキ、そして園子の娘マミが、それぞれの心のうちを赤裸々に書き綴っていきます。
 戦前、戦中、戦後の日本と朝鮮というものを主題にしているだけあって、ずっしりとした重さがあります。ネットでこの作品に対する批評を見ると、“日本人は朝鮮に悪い事ばかりしたわけではないと思う”というような作中の描き方に対して批判的な意見もあり、確かにその点はこの作品の甘さなのかもしれません。でも、この物語はそういった歴史観うんぬんを問題にしているわけではなく、あくまでも大変な時代に生きるしかなかった少女たちを通して、生きることの本質を書き出そうとしているのだと思います。生まれてくる時代、場所は誰にも選べません。普通の人間にできることは与えられた場所で自らの役割を全力で全うすることだけ。この人は良い事をした、悪い事をしたという善悪の話ではなく、自分に与えられた“生”を懸命に生きた人々のありのままの姿・心情を、この作品は描いています。


 続いては人間ではなく、狸の家族のお話。


有頂天家族 (幻冬舎文庫)

有頂天家族 (幻冬舎文庫)

【あらすじ】
 京都で生まれ育った矢三郎は狸の名門・下鴨家の三男。人間に化けながらおもしろおかしく毎日を過ごしていたが、矢三郎の父であり狸界の統領“偽右衛門”でもある総一郎が人間に捕らえられ、狸鍋にされてしまった。その後は別の狸が“偽右衛門”に就任したが、その退任に伴って次期“偽右衛門”を巡るバトルが始まる。総一郎の死後、京都で幅をきかせる夷川家との戦いも激しさを増していき――。

 森見登美彦さんのファンタジー『有頂天家族』。そのタイトルにふさわしく、とても有頂天でユーモアに満ちた楽しい物語です。
 化け狸たちが現代の京都の街を縦横無尽に闊歩し走り回るという突拍子もない作品ではあるのですが、そこはさすが森見さんだけあってありありと目に浮かぶような京都の風景描写、狸たちの実に人間くさい生き生きとした姿によって、独特の世界観にどっぷりと浸ることができます。
 また、登場人物もバラエティ豊かで、おもしろい事の追求をモットーとし自由に生きる矢三郎、石頭で生真面目すぎる長男矢一郎、普段は蛙となって隠れている変わり者の次男矢二郎、気弱で化けるのが下手な四男矢四郎、宝塚歌劇団を愛し自らも宝塚風の美青年姿で暮らす母、やたらと喧嘩を吹っかけてくる夷川家の金閣・銀閣兄弟、アパートにひっそりと暮らす天狗など、奇想天外な人物たちが次々と登場して多少混乱しますが、ひとりひとりのキャラが立っていて引き付けられます。父の無念を晴らそうと奮闘する狸の家族の姿は実に痛快です。


 最後は家族小説とはちょっと違うかもしれませんが、疑似的な家族の物語。


鏡をみてはいけません (集英社文庫)

鏡をみてはいけません (集英社文庫)

【あらすじ】
 クリエイターとしてそれなりに成功している中川野百合は独身の31歳。仕事で知り合った小林律と同棲を始めたが、律の家には小学4年生の息子・宵太と律の妹の頼子が住んでいた。何よりも朝ごはんを愛する律のために、毎朝美味しいごはんをつくる野百合だったが――。

 田辺聖子さんの『鏡をみてはいけません』。メインは家族というより恋愛なのですが、家族小説としても読める作品だと思います。
 アラサーでキャリアウーマンともいえる野百合が、愛する男と母のいない少年と小姑的な女の住まう家の一員となることで、疑似母親的存在になっていくわけですが、田辺聖子さん特有の軽みのおかげかドロドロした感じはなく、非常に明るくてユーモアたっぷりな物語となっています。
 結婚はしていないので完全な家族とは言えないのですが、一緒に暮らし、一緒に美味しいごはんを食べることで作り上げられていく何か=家族的なものが描かれているような気がします。血の繋がりが家族を作るのか、共有する時間が家族を作るのか。楽しくさわやかに家族について考えてみたくなる小説です。



 以上が家族を描いた小説・私的10撰です。日本の小説に限定したわけではないのですが、何となく日本の小説ばかりになってしまいました。少しでも小説選びのご参考になれば幸いです。
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by hitsujigusa | 2014-06-05 00:48 | 小説 | Trackback | Comments(0)