ダイアナ・ウィン・ジョーンズ『大魔法使いクレストマンシー』―しっちゃかめっちゃかな正統派ファンタジー

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 今回取り上げるのはイギリスの児童文学作家ダイアナ・ウィン・ジョーンズさん。魔法をテーマにしたファンタジー作品を数多く手がけ、ガーディアン賞、世界幻想文学大賞、フェニックス賞など国際的な文学賞をいくつも受賞し、2011年3月26日に76歳で亡くなりました。日本ではスタジオジブリの宮崎駿監督作品『ハウルの動く城』の原作を書かれた方として最も知られているのではないかと思います。
 そんなジョーンズさんの誕生日が8月16日。それを記念しまして、ジョーンズさんの代表作ともいえる『大魔法使いクレストマンシーシリーズ』の全7作を一気にご紹介します。


 『大魔法使いクレストマンシー』は異世界を舞台にしたファンタジーシリーズ。といっても登場する世界も、主人公も、各作品ごとに異なっている。
 シリーズの世界観はパラレルワールド。同時に複数の世界が存在し、それが12の系列に分けられ、各々の系列の中に9つの世界が含まれていて、同じ系列に属する世界同士は地理や地形がよく似ているという設定。そして、全ての世界のあらゆる魔法に関する事柄を監督するのが、“クレストマンシー”。クレストマンシーは個人名ではなく、その職に就いた者の称号なのである。そのクレストマンシーが普段暮らしているのは第12系列の世界Aで、私たちの世界(つまりこの現実世界)は第12系列の世界Bとされている。
 そんな世界観の下で繰り広げられるのが、魔法によって引き起こされる数々の事件・出来事。そういったトラブルを解決するために、キーパーソンとしてクレストマンシーが毎作登場するのである。
 では、シリーズ全7作を簡単に紹介していこう。


魔法使いはだれだ ― 大魔法使いクレストマンシー

魔法使いはだれだ ― 大魔法使いクレストマンシー

【あらすじ】
 魔法が固く禁じられた世界の寄宿学校のクラスで、ある日「このクラスに魔法使いがいる」というメモが発見される。誰が書いたのか分からない謎のメモに学校中が大混乱。しかも魔法の仕業としか思えない不思議な出来事が次々に起こる。魔法使いの血を引くことから犯人だと疑われた少女ナンは、仲間たちと一緒に古くから伝わる助けの呪文を叫ぶ。「クレストマンシー」! すると現われたのは――。

 魔法が禁止された世界での魔法事件を描いた作品。12の系列世界(日本語訳では“関連世界”とされている)の成り立ち、パラレルワールドの構成など、クレストマンシーシリーズの世界観全体についても分かるようになっている。
 寄宿学校、禁じられた魔法といった実にイギリスらしいモチーフで彩られていて、一見オーソドックスな魔法物語のように思えるのだが、登場する少年少女たちが一筋縄ではいかない個性の持ち主ばかりで、子どもたちの群像劇としても楽しめる。果たしてメモを書いたのは誰なのか……。この作品に限らないが、ミステリーとしての面もおもしろい物語だと思う。


クリストファーの魔法の旅―大魔法使いクレストマンシー

クリストファーの魔法の旅―大魔法使いクレストマンシー

【あらすじ】
 クリストファーは幼い頃から自分がいろんな谷を旅する不思議な夢を見ていた。クリストファーの能力に気づいた伯父の魔術師ラルフはその力を使って悪事を働こうとする。そんな時、クリストファーが9つの命を持つ強力な魔力の持ち主であることが判明し、クリストファーは次代のクレストマンシーとして魔法の城に引き取られる。しかし、孤独なままのクリストファーは別世界で出会った少女“女神”にのみ心を開き――。

 主人公はのちにクレストマンシーになる少年クリストファー・チャント。シリーズ中に登場する“クレストマンシー”の役職に就いている人物はふたり、通称“老クレストマンシー”のゲイブリエル・ド・ウィット、そして現クレストマンシーであるクリストファー。上述した『魔法使いはだれだ』に出てくるのは現クレストマンシーの方で、この『クリストファーの魔法の旅』はクリストファーがクレストマンシーになる前の少年時代を描いている。
 この作品の魅力は何といってもさまざまな世界が登場すること。特別な力を持つがゆえに時空を超えて“関連世界”を行き来できるクリストファーはいろんな世界を旅するわけだが、そうした異世界の数々の描写がとても楽しい。パラレルワールドという世界観の醍醐味を味わえる物語と言える。


魔女と暮らせば―大魔法使いクレストマンシー

魔女と暮らせば―大魔法使いクレストマンシー

【あらすじ】
 グウェンドリンとキャットの姉弟は両親を亡くし、近所の人々に助けてもらいながら暮らしていた。グウェンドリンは強い魔法の力を持っていて、気弱なキャットはそんなグウェンドリンの言いなりだった。ところがふたりは親戚であるクレストマンシーの城に引き取られることに。城では自由に魔法を使ってはならず、きちんとした生活を強いられるが、女王さま気質のグウェンドリンはそれに我慢がならずとうとう城を飛び出して――。

 今作に登場する“クレストマンシー”はクリストファー。そのクレストマンシーのところに親戚の子どもであるグウェンドリンとキャットの姉弟がやってきて、さまざまなトラブルが起こって……という話。物語で最も印象に残るのは姉グウェンドリンの強烈な存在感。これはダイアナ・ウィン・ジョーンズ作品の定番とも言えることなのだが、とにかく強い女の子というのがよく登場する。性格的にきつめで、相手が男の子だろうが大人だろうが一歩も引かない少女。そういう女の子を書かせたら児童文学界でジョーンズさんの右に出る者はいないんじゃないかと思えるくらいユニークで魅力的。
 一方、男の子はそれと比例するように大人しめというパターンが多い。そういった少女と少年のコンビネーション、組み合わせがこの作品でも面白味のひとつとなっている。


トニーノの歌う魔法―大魔法使いクレストマンシー

トニーノの歌う魔法―大魔法使いクレストマンシー

【あらすじ】
 イタリアの小国カプローナでは魔法の呪文づくりの名家であるモンターナ家とペトロッキ家が長年反目し合っていた。ところが両家の魔法の力がなぜか弱まり、他国からの侵略という危機が訪れる。クレストマンシーが両家に忠告するも、互いに相手方を非難するばかりで進展はない。そんな中、モンターナ家の少年トニーノとペトロッキ家の少女アンジェリカが突然行方不明になって――。

 この作品の舞台はイタリア。そのため主にイギリスが舞台になっているほかのシリーズとは少し色合いが違い、とにかくイタリアらしい陽気さ、華やかさが印象に残る。また、イタリアでいがみ合うふたつの名家と言えば「ロミオとジュリエット」を思わせるが、そういったドラマティックさも魅力となっている。
 ちなみにこの作品のクレストマンシーはクリストファーである。


魔法がいっぱい―大魔法使いクレストマンシー外伝

魔法がいっぱい―大魔法使いクレストマンシー外伝

 この作品は長編ではなく、クレストマンシーに関係する人々の活躍を描いた短編集。「妖術使いの運命の車」「キャットとトニーノの魂泥棒」「キャロル・オニールの百番目の夢」「見えないドラゴンにきけ」の4編が収録されている。中でも「キャットとトニーノの魂泥棒」はタイトルで分かるとおり、『魔女と暮らせば』の主人公キャットと『トニーノの歌う魔法』の主人公トニーノのふたりが同時に登場する話で、違う作品の主人公同士が出会うとこんな感じになるのか……という見どころ・お得感たっぷりの作品となっている。


魔法の館にやとわれて―大魔法使いクレストマンシー

魔法の館にやとわれて―大魔法使いクレストマンシー

【あらすじ】
 12歳の少年コンラッドは魔術師である伯父から、「高地の貴族の館にいるある人物を倒さない限り、お前の命は長くない」と言われ、その人物を探すため館に奉公に行くことにする。そこで出会ったのは同じく従僕として雇われた年上の少年クリストファー。どうやらクリストファーも何かしらの目的を持って館に来ているらしい。そんな時、ふたりは館の屋根裏で異世界に続く扉を見つけ――。

 あらすじでお分かりかもしれないが、今作もクレストマンシーになる以前のクリストファーが登場する。このクリストファーは『クリストファーの魔法の旅』から数年経っていて、りりしい少年となった姿が見られる。
 とはいえ主人公はコンラッド。自分の運命を打開するために魔法の館に入り込んだコンラッドが、さまざまな不思議な出来事に遭遇し冒険するさまが実に楽しく、クリストファーとの友情や、また恋愛模様も描かれ、青春物語としても読める。


大魔法使いクレストマンシー キャットと魔法の卵

大魔法使いクレストマンシー キャットと魔法の卵

【あらすじ】
 クレストマンシーの城で暮らすキャットは、ある日近くの村でマリアンという少女と出会う。マリアンの一族は代々続く魔女の家系で、一族の頭であるマリアンの祖母は最近別の一族と対立しているらしい。そんなマリアンの祖母の屋根裏に長年置かれていた謎の卵をキャットは譲り受けることとなり――。

 『魔女と暮らせば』の主人公キャットの1年後を描いた作品。前作でいろんなことを経験したキャットの成長した姿が微笑ましい。が、またもや魔法のトラブルに巻き込まれてしまうところが、キャットの宿命というか相変わらずな部分でおもしろい。アイテムとして魔法の生き物や機械も登場し、マジックファンタジーらしさに溢れた内容となっている。


 
 というのがシリーズの概要だが、上に並べた順番は日本で出版された順番で、本国イギリスでの出版順とは違う。最初に出版されたのは1977年の『魔女と暮らせば』、次に1980年の『トニーノの歌う魔法』、1982年『魔法使いはだれだ』、1988年『クリストファーの魔法の旅』、2000年『魔法がいっぱい』、2005年『魔法の館にやとわれて』、2006年『キャットと魔法の卵』という順になっている。
 また、時系列順に読むという方法もあって、その場合は『クリストファーの魔法の旅』『魔法の館にやとわれて』『魔女と暮らせば』『魔法使いはだれだ』『トニーノの歌う魔法』『キャットと魔法の卵』という順番に読むと、クリストファーの成長や時間の流れがわかるようになっている。
 ただ、シリーズはあくまでも連作という形で1冊1冊が独立しているので、どれから読んでも変わらずシリーズの世界を楽しむことができると思う(外伝である短編集は別として)。


 『大魔法使いクレストマンシーシリーズ』の魅力はさまざまあるが、まず一つを提示するならば世界観の巧みさが挙げられる。
 シリーズは1作ずつ別の話で、ひとつひとつの物語の中で魔法にまつわる事件が起こり、善と悪が戦ったりするわけだが、それらは基本的にはとても小さな物語と言える。たとえば同じイギリスの名作ファンタジー『指輪物語』や『ナルニア国ものがたり』のように大勢の人間同士が戦争をしたり命がけの冒険をしたりするわけではなく、日本の名ファンタジー『守り人シリーズ』や『十二国記シリーズ』のように国の存亡をかけた政治的な争いが起こるわけでもない。あくまで、ある場所、もしくはある人物を中心に魔法に関連したトラブル・事件が起きるというだけで、物語の規模としては決して大きくない。もちろんそんな中でもキャラクターたちの危機や人生をかけた冒険というのは書かれるわけだが、あくまでも個人的なものだし、ほのぼのとした雰囲気もある。
 しかし、そういった複数の人々の人生の積み重ね、出来事の重なりによって、シリーズ全体を見渡した時に不思議な壮大さが生まれる。それはやはり、描かれている世界の多様さ、豊かさというのが理由なのではないかと思う。12ある世界の中にさらにそれぞれ9つの世界が含まれ、異なる文明・文化を持ち、魔法が盛んな世界もそうでない世界もある。人間も生き物も多種多様、魔法も機械も何でもアリ。そういった世界の在りようが子どもだましではなく、私たちの住む世界のほかにも地球にはいくつもの世界が同時に存在しているのではないか、そう思わせる空気感と臨場感を持って描写されている。そうした魅力的かつよく考えられた世界観が、このシリーズにある種の壮大さを与え、よりいっそうおもしろい物語にしている。


 ただ残念なことに、ダイアナ・ウィン・ジョーンズ作品(以下、DWJ作品)は好き嫌いが分かれやすい小説だとしばしば言われる。その原因となっているのはDWJ作品特有の“しっちゃかめっちゃか感”だろう。
 とにかくどの作品にしても賑やかな小説である。次から次へとキャラクターたちが登場し、次から次へとトラブルを引き起こす。物語が進行するスピードも速く、コロコロコロコロと展開が変わる。そうしているうちに話の筋道が分からなくなり、うっかりすると今ストーリーがどういう方向へ向かっているのか、何が起ころうとしているのか読めなくなってくる。起承転結もあるような無いようなで、まるで迷路に迷い込んだかのような不思議な感覚に陥ってしまう、それがDWJ作品の特徴なのである。
 人によってはそのために話がよく分からないという人もいるだろうし、逆にその特殊な感覚を何とも言えない快感として感じる人もいる。その点を楽しめるかどうかで、好き嫌いが決まるのだろうと思う。
 が、その独特な“しっちゃかめっちゃか感”がDWJをDWJたらしめていることは間違いない。“しっちゃかめっちゃか”であるということはプロットやストーリーがテキトーであるということとは違う。事細かに練られ、計算された上での“しっちゃかめっちゃか”なのだ。
 ジョーンズさんはかつてオックスフォード大学に在籍し、『指輪物語』を著したトールキンや『ナルニア国ものがたり』を著したルイスに師事している。至極正統なイギリスファンタジーの後継者と言える人物だ。当然ファンタジーのセオリーや“約束事”を知り尽くしている。それを充分に学んでいない人間がファンタジーらしい設定やモチーフを用いてファンタジーを書こうとしても単なるエセファンタジーにしかならないが、確かなファンタジー創作の地盤を持つジョーンズさんはファンタジーの定型を踏襲し巧みに利用しながら、そこに自分の色を加え独自の解釈を与えることで、読者の想像を裏切る独創的なファンタジーを創り上げたのだ。だからこそどんなにストーリー展開やキャラクターが“しっちゃかめっちゃか”でも、“テキトー”な物語にはなりえないのである。


 ほかにもDWJ作品の魅力は数多くあって(うまく張り巡らされた伏線とか、あっと言わせるどんでん返しとか意外なオチとかetc……)、しかしそれを一つ一つ取り上げると大変なことになるし、それ以上にどれだけ言葉で伝えようとしても言葉で言い表すことのできない不思議な感じがDWJ作品の最大の魅力なので、ぜひ試しに手に取って読んでみてほしいと思う。
 ジョーンズさんの著作ならどれもおすすめなのだが、やはり『大魔法使いクレストマンシーシリーズ』にDWJ作品のおもしろさ・醍醐味が凝縮されているように思う。まずは外伝以外の長編1冊を選んでいただいて、ダイアナ・ウィン・ジョーンズの世界にどっぷり浸ってほしい。


:ジョーンズさんのポートレート写真は、子ども向け書籍の出版社「Greenwillow Books」の公式ブログが2011年3月28日の10:32に配信した記事「Diana Wynne Jones 1934–2011」から引用させていただきました。

【ブログ内関連記事】
幽霊を描いた小説・私的10撰 2015年7月24日  記事内でダイアナ・ウィン・ジョーンズ氏の『わたしが幽霊だった時』を取り上げています。


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by hitsujigusa | 2014-08-15 02:30 | 児童文学 | Trackback | Comments(0)