宮沢賢治の絵本・私的10撰

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 9月21日は日本を代表する童話作家・宮沢賢治の命日です。独特の文章、表現で唯一無二の世界観を築いた宮沢賢治。童話の多くが絵本化され、たくさんの人々に親しまれています。そんな宮沢賢治童話の絵本の中から、私が特に良いと思った10冊をご紹介します。


 まずは、賢治童話の中でも知名度の高い3冊です。


銀河鉄道の夜

銀河鉄道の夜

【あらすじ】
 母親とふたりで暮らす少年・ジョバンニは、学校では友だちがあまりおらず、放課後にアルバイトをしている活版所でもまわりの大人たちに冷たく扱われていました。ですが、友人のカムパネルラだけはジョバンニに優しく接してくれるのでした。そんな中、町では銀河のお祭りが行われるとあって、ジョバンニもお祭りを見に行こうとしますが、途中で会った同級生のザネリにからかわれ、町はずれの丘に向かいます。丘で淋しく星空を眺めるジョバンニでしたが、突然強い光に包まれ、気づくとなぜか銀河を走る鉄道に乗っていて――。

 宮沢賢治の童話の中で最も有名と言える名作『銀河鉄道の夜』。絵はアーティストである清川あさみさんです。
 清川さんの絵は絵の具や鉛筆などの画材で絵を描くものではなく、紙に直接刺繍をして絵を作り出すという独特な手法。ビーズやスパンコール、糸や布で絵を描き、それをそのままプリントしているわけなので、とても立体的で奥行きがあり、陰影も深いです。
 絵は全体的に落ち着いた色調で、かつ、人物やモノのかたちが明確に描かれない分、子どもにとって分かりやすいものではないかもしれません。ただ、ビーズやスパンコールなどの装飾が生み出す光と影、派手すぎない洗練された色づかいは、この童話の中の情景を見事にビジュアライズしています。その美しさは幼い子どもにもきっと伝わるのではないでしょうか。
 ちなみに清川さんは同じく宮沢賢治の『グスコーブドリの伝記』の絵本も同様の手法で作っていますが、『グスコーブドリの伝記』は多少社会的で重厚な内容となっています。一方、この『銀河鉄道の夜』は抒情的でロマンティックな童話なので、清川さんのアートの雰囲気には『銀河鉄道の夜』の方がより合っているような気がします。


やまなし (ミキハウスの絵本)

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【あらすじ】
 ある谷川に2匹の蟹の子どもが住んでいました。2匹は兄弟で、“クラムボン”について話したり、川を泳ぐ魚について話したり、川の底で楽しい日々を過ごすのでした。そして12月、蟹の兄弟はもう大きくなっていて――。

 こちらも特に有名な賢治童話のひとつである『やまなし』。小学6年生の国語の教科書にも長年掲載されているので、多くの子どもに親しまれているのではないでしょうか。上述した『銀河鉄道の夜』は長編でしたが、『やまなし』は短編、しかもストーリーらしいストーリーがなく、蟹たちの日常をスケッチのように描写したごくごく短いものなので、幼い子にもとっつきやすいでしょう。
 この絵本の絵を手掛けているのは川上和生さん。上の書影を見て頂いても分かると思うのですが、柔らかい線に優しいタッチ、淡い色づかいで、『やまなし』のほのぼのとした雰囲気にピッタリな絵だなと思います。それでもただ可愛らしい絵というのとは違って、蟹の姿かたちをデフォルメしながらもリアルさを残していますし、梨のちょっとごつごつした素朴な感じなんかもよく表現されていて、『やまなし』で賢治が描写した自然の美しさがちゃんと絵によって再現されているように感じます。


注文の多い料理店 (日本の童話名作選)

注文の多い料理店 (日本の童話名作選)

【あらすじ】
 ふたりの若い紳士が山に狩猟にやって来ました。ところが案内してきた鉄砲打ちも姿を消し、山の恐ろしい雰囲気に気圧された2匹の犬も泡を吐いて死んでしまいました。迷子になったふたりが山をさまようと、突然西洋造りの家が現れました。その玄関には「西洋料理店 山猫軒」という札がかかっていて――。

 賢治童話の中でも不気味な作品として知られている『注文の多い料理店』。ストーリーは多くの方がご存知のことと思います。
 そのおどろおどろしい物語にピッタリの絵を手掛けているのは島田睦子さん。厳密に言えば絵ではなく木版画ですね。カラフルというよりは限定的な色づかいで山の暗さ、料理店の閉鎖的な雰囲気を作り上げていて、また、木版画特有の重厚な趣きも相まって、物語の怖い空気感を高めています。子どもが好むようなタイプの絵ではないと思うのですが、なにより作品の奇妙さ、怪しさがインパクト大、心に残るという点で素晴らしいアートです。


 次は、冬を描いた作品3つです。


雪わたり (ミキハウスの絵本)

雪わたり (ミキハウスの絵本)

【あらすじ】
  雪がすっかり凍ったある日、四郎とかん子の兄妹が雪靴を履いて森の近くまで出かけると、森から白い狐の子がやって来ました。黍団子をあげようと言う狐の紺三郎に、思わずかん子は偽物だろうと言ってしまいます。気を悪くした紺三郎でしたが、狐が嘘つきじゃないことを証明するために二人を幻燈会に招待すると言います。幻燈会の入場券をもらった四郎とかん子は十五夜の夜、森を訪れますが――。

 冬の森で人間の子どもと狐の子どもが一夜のふれあいを交わす『雪わたり』。賢治は人間と自然(動物)の対立といったことも童話に書いていますが(『注文の多い料理店』、『オツベルと象』など)、この作品は全くそうではなく、人間の子どもと狐たちが境界を超えて交流する温かいお話です。なぜそれが可能かというと、やはり子どもだからなんでしょうね。最初は四郎とかん子も狐に対して警戒心を全く持っていないわけじゃないけれど、狐たちの世界に触れて彼らを知ることで、素直にそれを受け入れていく。現実世界における異文化交流みたいな感じもして、先入観や色眼鏡にとらわれない子どもの姿に教えられるものがあるなと感じます。
 絵を描いているのは方緒良さん。全編モノトーンのみの色彩で、凍てつく冬の寒さ、空気の冷たさ、雪の白さ、影の濃さが、ヒシヒシと伝わってくる絵です。人間界から狐の世界に行くという異界譚でもありますから、その非日常的な雰囲気を見事に表した絵だと思います。


水仙月の四日 (日本の童話名作選)

水仙月の四日 (日本の童話名作選)

【あらすじ】
 水仙月の四日、赤い毛布をかぶった子どもが雪山の中をひとり、家に向かって歩いていました。そこに現れたのは2頭の雪狼(ゆきおいの)を連れた雪童子(ゆきわらす)。雪童子はヤドリギの枝を投げたりして子どもをからかいますが、子どもは雪童子の存在に全く気づきません。すると突然天気が急変し、雪婆んご(ゆきばんご)がやってきて――。

 こちらも人間の子どもと自然との交流を描いた『水仙月の四日』。ただし、この作品の“自然”は『雪わたり』の狐と違ってもっと厳しいもので、吹雪を起こす雪童子、雪婆んごといった個性的なキャラクターが登場します。また、子どもがその存在に気づくことがないという点でも、『雪わたり』とは異なります。
 雪童子や雪婆んごは吹雪を起こす存在なので、人間からすると敵のようなもので、まさに自然の厳しさ、過酷さを象徴しています。特に、雪婆んごは何人もいる雪童子たちの親玉みたいな人物で、長い白髪に尖った耳を持つといういかにも怖いキャラクター。雪童子たちは雪婆んごの命令に従って雪を降らせるわけで、この童話ではとことん冬の過酷な面が描かれていて、怪談のような怖ささえ感じます。でも、雪童子は悪者かというとそうではなく、そこはやはり子どもですからイタズラ心もあったりして、同年代の子どもに興味を持って自ら関わってしまいます。人間を困らせる立場の雪童子が、その困らせる相手に惹かれてしまうという点には切なさもあり、冷ややかな雰囲気の中でもささやかな温かみを感じられる話となっています。
 この本の絵を描いているのは伊勢英子さん。硬質な色づかいの一方、柔らかいタッチが印象的な絵です。儚く幻想的な雰囲気が、この物語に漂う切なさを美しく表現していますね。


氷河ねずみの毛皮 (日本の童話名作選)

氷河ねずみの毛皮 (日本の童話名作選)

【あらすじ】
 ひどい吹雪に見舞われた12月26日のイーハトヴの停車場、ベーリング行きの急行列車が午後8時に発車します。列車には顔の赤い肥った紳士や痩せた赤ひげの男、船乗りの青年などが乗りこみました。列車は一路ベーリングへ向けて、吹雪の中を走りますが――。

 子どもと自然(動物)のふれあいを描いた『雪わたり』『水仙月の四日』から一転、大人と自然の対立を描いたのが『氷河ねずみの毛皮』です。同じ冬の話でも森や雪山を舞台にしている『雪わたり』『水仙月の四日』とは異なり、列車という密室の中で繰り広げられる物語は何とも言えない緊張感が漂っていて、ファンタジーには違いないのですが現実的な感じもします。そこに人間への警鐘となるテーマも含まれていて、重みのある作品になっていますね。
 絵を担当しているのは絵本画家でイラストレーターの木内達朗さん。油彩特有の重厚感のある画風はこの童話のミステリアスな世界観によく合っていて、冬のずっしりとした空気、男たちのあいだに漂う不穏な気配を生々しく描き出しています。


 続いては、人間への皮肉、風刺をこめた3作品。


猫の事務所 (日本の童話名作選)

猫の事務所 (日本の童話名作選)

【あらすじ】
 軽便鉄道の停車場の近くにある猫の第六事務所には、事務長の黒猫、一番書記の白猫、二番書記の虎猫、三番書記の三毛猫、そして四番書記のかま猫がいました。かま猫はほかの書記たちから見下されいじめられながらも、懸命に仕事を続けていましたが――。

 猫の世界を描いた『猫の事務所』。あらすじでも分かるようにいじめをテーマにしていて、軽みもあるのですがわりとシビアな話となっています。キャラクターを猫とすることでやんわりぼかしてはいますが、同じ猫同士にもかかわらずランク付けをして差別する姿は、文化や人種や民族で優劣をつけたがる人間そのものだなと思います。
 絵はベテラン絵本作家の黒井健さん。色鉛筆で描く柔らかな雰囲気の絵が特徴ですが、いじめというシリアスなものを扱った話であるぶん、黒井さんの温かみのある絵によってうまくバランスを取っているように感じますね。


オツベルと象 (ミキハウスの絵本)

オツベルと象 (ミキハウスの絵本)

【あらすじ】
 ある日、地主のオツベルが経営する仕事場に、大きな白い象が現れました。無知で純粋な白象をオツベルはうまく言いくるめて自分のものにし、自分のために白象を働かせるのでした。最初は楽しく暮らしていた白象でしたが、しばらくすると疲弊してきて――。

 『オツベルと象』は搾取する側(資本家)と搾取される側(労働者)との対立を書いたものとよく解説され、やはり人間への批判をこめた童話として読むことができます。ですが、決して説教臭いものではなく、白象という人間味溢れる愛らしいキャラクターや白象を助ける神秘的な存在などファンタジックで楽しいですし、白象をいじめるオツベルにしても冷酷な資本家というよりも、その自分本位さが人間臭くもあってどこか憎めない人物だなと感じます。
 絵を描いているのは人気絵本作家の荒井良二さん。力強いタッチで描かれた絵は荒々しくも繊細で、動と静、狂気的とも言える情熱と切ないセンチメンタルさの入り混じったこの童話の本質を表現した絵だと思います。


狼(オイノ)森と笊森、盗森 (日本の童話名作選)

狼(オイノ)森と笊森、盗森 (日本の童話名作選)

【あらすじ】
 ある秋の日、4つの森に囲まれた野原に、農民たちがやってきます。農民たちが畑を作ること、家を建てること、火を使うこと、少し木をもらうことをしてもいいかと森に訪ねると、森は「いいぞお」と答えてくれました。そうして農民たちはそこに暮らすようになりますが――。

 『狼森と笊森、盗森』(おいのもりとざるもり、ぬすともり)は、自然の中に入ってきた人間と森や山といった自然との関係を描いていますが、単純な対立構造ではなく、共存していかなければいけない難しさが書かれています。自然に対する敬意、謙虚さというのは昨今でもよく言われることですが、人間というのは忘れる生きもので作中でもその点がポイントとなっていますね。印象的なのは森や山が心を持つ存在として描写されていることで、感情豊かで人間的な姿はおもしろいなと思います。
 画家はイラストレーターの村上勉さん。曲線的で細かい画風は独特の味わいがあって、農民の土臭さとか森や山の持つ得体のしれない感じが絶妙に表現されています。


 最後は幻想的なこちらの作品です。


チュウリップの幻術 (日本の童話名作選)

チュウリップの幻術 (日本の童話名作選)

【あらすじ】
 チューリップが咲き乱れる5月の農園に、ある日洋傘直しの男がやって来ました。洋傘直しが出会った園丁に何か研ぐものはないかと聞くと、園丁は剪定ばさみを持って来ました。洋傘直しがはさみを研ぐと、次に園丁は西洋剃刀を持って来て――。

 春の農園を舞台にした童話『チュウリップの幻術』。賢治童話の中ではあまり知られていない作品ですが、めくるめく夢のような世界観は賢治らしさに溢れています。物語は農園に洋傘直しがやって来て刃物を研ぐという一見現実的な話なのですが、それは最初だけでいつのまにか現実なのか夢なのかよく分からないあやふやな感じになっていきます。テーマがどうとかいうよりは、ただ不思議な感覚に陥る、引き込まれていくのが楽しい作品ですね。
 絵を手掛けるのは田原田鶴子さん。優しい画風ながらも重量感のあるタッチで、光と影のコントラスト、色とりどりの花々、春のうららかな空気を繊細に描写していて、とらえどころのない幻想的な雰囲気を見事にビジュアル化しているなと思います。



 宮沢賢治の絵本・私的10撰はこれで以上です。宮沢賢治の童話を絵本にしたものは数え切れないほどあり、特に『銀河鉄道の夜』や『注文の多い料理店』など有名な作品はいろんな絵本作家さん、画家さんのものがあって、どれを選べばいいのか迷ってしまうくらい数多く出版されています。
 その中で今回ピックアップした10冊は、私がこれまで読んできた中でも印象に強く残った宮沢賢治の絵本です。これが絶対というわけではありませんが、ひとつの童話でも画風、絵柄によって全く違った雰囲気になるので、この記事も絵本をチョイスする際のちょっとした手助けになればなと思います。


:『やまなし』の書影は、絵本・児童書情報サイト『絵本ナビ』から引用させていただきました。

【ブログ内関連記事】
秋に読みたい絵本・私的10撰 2013年9月21日  記事内で『狼森と笊森、盗森』を取り上げています。
冬に読みたい絵本・私的10撰 2013年12月15日  記事内で『氷河ねずみの毛皮』『雪わたり』を取り上げています。


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Commented by 09donpo11 at 2016-02-17 22:50
初めましてこんばんわ。鈍歩のばぶと申します。
宮沢賢治さんが好きです。彼の作品を朗読しています。You Tubeにアップしています。検索キーワードは『どんぽのばぶ』です。
今、チューリップの幻術を読み返してさらに読み取りを深め、できればYou Tubeにアップできるところまで仕上げたく、あちこちのブログなどへの関連の書き込み記事を読み漁っているところです。
そんな流れの中であなたの書き込み記事にもヒットしました。
失礼ながらぶっちゃけたところをお尋ねしてしまいますが、この作品に出てくる三人の登場人物について、あなたは『洋傘直し』と『園丁』ともう一人の登場者はどなたと解釈されていらっしゃいますか?
私は『垣根』が語っているのではなかろうかと半信半疑で、今一つ確信できずに迷っています。
Commented by hitsujigusa at 2016-02-18 14:36
鈍歩のばぶ様、コメントありがとうございます。
私も宮沢賢治の作品が大好きですので、同じ思いを共有する方にコメントいただけてありがたく思います。
さて、「チュウリップの幻術」についてですが、三人目の登場人物が“垣根”であるという鈍歩のばぶ様の解釈、私には全く思いつかないことでとても興味深く拝見しました。そういった見方で改めて「チュウリップの幻術」を読み返してみると、確かに垣根が語っているようにも思えますし、チュウリップが語っているようにも読めて、おもしろいですね。
正解は分かりませんが、どちらにしろいろんな見方、解釈ができるのが賢治童話の魅力であり、正解が一つに定まらないからこそ、賢治童話というのはこれほど世界観がダイナミックに広がるのだろうと思いますね。
by hitsujigusa | 2014-09-20 18:20 | 絵本 | Trackback | Comments(2)