幽霊を描いた小説・私的10撰

残穢 (新潮文庫 お)


 暑さ厳しい夏の今日この頃ですが、7月26日は幽霊の日です。なぜ7月26日が幽霊の日かというと、鶴屋南北の歌舞伎作品『東海道四谷怪談』が初演されたのが文政8年(1825年)7月26日ということで、それにちなんだ記念日だそうです。夏といえば怪談&ホラー、怪談&ホラーといえば幽霊ということで、まさにこの季節にぴったりな幽霊を描いた小説の私的10撰を取り上げたいと思います。とはいえ、今回選んだのはホラー系ばかりではなく、幽霊が登場するハートウォーミングな小説や、直接的には幽霊は登場しないけれども幽霊が存在することを匂わせるような小説もありますので、いろんな視点から描かれている幽霊小説10冊となります。


 まずは、怪異・怪談として幽霊を描いた小説4冊です。


私の家では何も起こらない (文庫ダ・ヴィンチ)

私の家では何も起こらない (文庫ダ・ヴィンチ)

【あらすじ】
 小さい丘の上に立つ古い家。そこではかつて姉妹がお互いを殺し合い、料理女がさらってきた子どもを料理し、殺人鬼の美少年が自殺した。不気味な歴史を刻むこの幽霊屋敷に、今はある女流作家が住んでいて――。

【収録作】
「私の家では何も起こらない」
「私は風の音に耳を澄ます」
「我々は失敗しつつある」
「あたしたちは互いの影を踏む」
「僕の可愛いお気に入り」
「奴らは夜に這ってくる」
「素敵なあなた」
「俺と彼らと彼女たち」
「私の家へようこそ」
「附記・われらの時代」


 青春小説、ミステリー、SFなど幅広い分野で活躍する人気作家・恩田陸さんの『私の家では何も起こらない』。あるいわくつきの屋敷を舞台に、その家で起こったさまざまな出来事を描いた連作短編集です。1編1編が独立した話になっているので、それぞれ別個に読むこともできますが、一つの家の中で脈々と続いてきた歴史という視点で見ることで、さらに怖さを増す怪談となっています。
 直接的に幽霊が登場するわけではないので、「幽霊を描いた小説」とは言えないかもしれないのですが、屋敷で起こったさまざまな出来事によって屋敷そのものが何かに憑かれたような場所になってしまう、その姿をリアルに書いています。何よりも魅力的なのが舞台となる屋敷で、ほかにも『ネバーランド』『麦の海に沈む果実』『蛇行する川のほとり』『ユージニア』など、舞台となる場所の風景を美しく映像的に描き出す恩田さんらしく、この『私の家では何も起こらない』もどこかに本当に実在しているんじゃないかと思わせるような存在感・実在感でお屋敷を立体的に描写しています。
 幽霊が住む家の雰囲気を生々しく、それでいて美しく幻想的に描いた『私の家では何も起こらない』。幽霊屋敷の世界にどっぷり浸れる作品です。


残穢 (新潮文庫 お)

残穢 (新潮文庫 お)

【あらすじ】
 作家の「私」の元にその手紙が届いたのは2001年の末のことだった。手紙の主は都内のマンションに住む30代女性の久保さんという人で、手紙によると久保さんはその部屋に何かがいるような気がするという。その何かとは畳の表面を擦るようなかすかな音で――。

 ホラー小説やファンタジー小説を中心に活躍する小野不由美さんの『残穢』(ざんえ)。2016年1月には中村義洋監督、竹内結子主演で映画化作品が公開されることも決定しているホラー長編です。
 この小説の最大の特徴はドキュメンタリー・ホラーであること。語り手の「私」は小説家で、著者である小野さん自身であるかのように書かれ、その「私」が読者からの手紙をきっかけに怪異の原因を探っていくさまがドキュメンタリータッチで描かれます。怪異に対してただ怖がるのではなくて、怪異の正体、なぜ怪異が生じるのか、その場所で過去に何があったのかを冷静かつ客観的な目で分析し、とてもロジカルに怪奇現象の仕組みをひも解いていきます。ただそれは怪異を科学で解明するといったものとは違って、あくまで怪異は怪異として、怪現象の根っことなる現実の出来事、歴史を辿っていくので、尋常じゃなく説得力があり、より恐怖感が増すホラーとなっています。
 こちらも直接的に幽霊の姿が描かれるわけではありませんが、霊の存在をリアルに感じさせる本格的な幽霊小説です。また、同じ小野さんのホラー小説では、心霊現象を科学的に調査する『ゴーストハントシリーズ』、ゾンビを題材にした『屍鬼』もおすすめです。


室生犀星集 童子―文豪怪談傑作選 (ちくま文庫)

室生犀星集 童子―文豪怪談傑作選 (ちくま文庫)

【収録作】
「童話」
「童子」
「後の日の童子」
「みずうみ」
「蛾」
「天狗」
「ゆめの話」
「不思議な国の話」
「不思議な魚」
「あじゃり」
「三階の家」
「香爐を盗む」
「幻影の都市」
「しゃりこうべ」

 文豪・室生犀星の怪異譚を集めた短編集『室生犀星集 童子』。さまざまな視点からの怪談や幻想的な短編が収録されていますが、幽霊がモチーフとなっているのは初めの方に収められている「童話」「後の日の童子」の2編。怪談ではあるのですが恐怖感を呼び起こすものではなく、2編とも亡くなった幼子が家族の元に戻ってくるさまを静かな筆致で淡々と描いています。死者が自分たちの元に帰ってくるという喜び、温かさもあり、その一方でやはり死者であるという違和感、哀切もあり、そういった微妙なシチュエーションを、家族の複雑な心中とともに繊細に書いていて心に残ります。
 『室生犀星集 童子』についてはこちらの記事に詳しく書きましたので、ご参考ください。また、この短編集を含むちくま文庫の「文豪怪談傑作選」シリーズはほかにも川端康成、泉鏡花、小川未明、芥川龍之介など、文豪の怪談を独自の視点で編んだアンソロジーのシリーズとなっていて、どれも読みごたえのあるものばかりなので、ぜひ手に取ってみてください。


降霊会の夜 (朝日文庫)



【あらすじ】
 初老の“私”はしばしば知らない女が出てくる不思議な夢を見ていた。そんなある夜、“私”は夢の女とそっくりな女と出会う。女は、森にジョーンズ夫人という霊媒師が住んでおり、死んだ人にも会わせてくれると“私”に言う。興味を持った”私”はジョーンズ夫人の元を訪れて――。

 降霊会をテーマにした浅田次郎さんの『降霊会の夜』。ここまでに挙げた3作は、直接的に幽霊が形をって現れないもの、もしくは幽霊が生前そのままの形をとって現れるものでしたが、この作品は霊が生きている人の体に降りてくるというものです。降霊の様子が臨場感たっぷりに書かれていて、自分が疑似体験しているかのような迫力に満ちています。
 『降霊会の夜』はこちらの記事の中でも取り上げていますので、詳しくはこちらをご覧ください。


 続いてはハートウォーミングな幽霊が登場する小説2冊です。


いま、会いにゆきます (小学館文庫)



【あらすじ】
 秋穂巧は1年前に妻である澪を亡くし、息子の佑司を一人で育てていた。澪は生前、「雨の季節に戻ってくる」という言葉を残したが、雨の季節になり、巧と佑司の前に死んだはずの澪が本当に現れ――。

 大ベストセラーとなり映画化、テレビドラマ化もされた市川拓司さんの『いま、会いにゆきます』。純愛小説として知られていますが、亡くなった妻が戻ってくるということで幽霊小説とも言えるんじゃないかなと思います。とはいえもちろん怖さはなく、愛する人が戻ってくるという幸福感に満ちた物語となっています。また、人物描写だったり情景描写だったり、作品全体に渡って独特なファンタジックな描き方、言葉選びがされており、そういった部分も印象的です。その一方で、妻はなぜ戻ってきたのか、妻の生前の“予言”の意味は……というミステリータッチなところもあり、単なる純愛小説で終わらない奥行きのある小説だと思いますね。


ふたり (新潮文庫)



【あらすじ】
 中学2年の北尾実加には高校2年の姉、千津子がいた。優等生で人気者の千津子に実加も憧れていたが、そんな時千津子が登校中に交通事故に巻き込まれて亡くなってしまう。ショックを受ける実加だったが、ある日突然頭の中に千津子の声が聞こえ始めて――。

 こちらも映画化、テレビドラマ化された赤川次郎さんの代表作『ふたり』。亡くなった姉と姉の声を聞く妹の不思議な日々を描いていて、青春小説としてもおもしろい作品です。厳密には亡くなった姉は声でのみの登場なので幽霊と言えないかもしれませんが、死者の声が聞こえるという点で今回選びました。
 そんな不思議な現象を描いた物語ではありますが、内容としてはその不思議さ、奇妙さにフィーチャーするというのではなく、主人公・実加の成長、姉妹・家族の絆というところに重きを置いていて、そこに“死んだ姉”という強いモチーフが加わることによって、普通の青春小説にはない痛みだったり苦さだったりをうまく織り込んだ作品になっていると思います。また、平凡な妹と優秀な姉という典型的な姉妹のストーリーですが、物語序盤に早々と姉が亡くなり妹にだけその声が聞こえるという設定にすることによって、あぶり出されていく姉妹間、家族間のひずみみたいなものを自然に描き出していて、“死者の声”というモチーフを効果的に使った小説と言えますね。


 次はユーモラスな幽霊が登場する小説2冊です。


あかんべえ〈上〉 (新潮文庫)



【あらすじ】
 江戸・深川の料理屋「ふね屋」では開店を祝う宴会が行われていた。その時、突然抜き身の刀がひとりでに暴れ出し、座敷をめちゃくちゃにしてしまう。「ふね屋」の娘おりんには、刀を振り回す亡霊の姿が見えて――。

 ミステリー、社会派、時代物など多ジャンルで活躍する人気作家・宮部みゆきさんの時代小説『あかんべえ』。霊が見える少女・おりんを主人公に、「ふね屋」に住みつく5人の霊との交流を描いています。この5人の幽霊―あかんべえする少女、美男の若侍、あだっぽい美女、按摩のじいさん、宴で暴れたおどろ髪の男―たちがそれぞれに個性的でキャラの強いユーモラスな幽霊で、常識者のおりんとのやりとりが見どころとなっています。その一方で5人の幽霊たちには幽霊にならざるを得なかった理由、隠された過去、「ふね屋」が建つ場所にまつわる因縁などさまざまな秘密があり、その謎をおりんが解き明かしていくというミステリーにもなっています。時代物に限らず社会派ミステリーでもSFでもうまくヒューマンドラマを織り込む宮部さんらしく、幽霊たちのドラマとミステリーを巧みに絡ませていて、人間ドラマとしてもミステリーとしても読みごたえたっぷりな作品です。


幽霊屋敷で魔女と (山中恒よみもの文庫)



【あらすじ】
 父の再婚である古い屋敷に暮らすことになったマイ。新しいママは美人で仕事もできる。しかし、夜中に呪文を唱えたり、人の心を読んだりと何かがおかしい。そこに亡くなったおばあちゃんの幽霊が登場して――。

 児童文学作家・山中恒さんの『幽霊屋敷で魔女と』。主人公の少女マイが魔女である継母と対決する痛快なファンタジーです。山中さんはほかにも映画化された『おれがあいつであいつがおれで』や『なんだかへんて子』など多くの児童書を手がけていますが、基本的には明るく楽しく、クスッと笑えるユーモアがありつつも、けっこう思い切って主人公の子どもに厳しさを与えるシビアさ、クールさもあるのが特徴的です。この『幽霊屋敷で魔女と』も主人公のマイは客観的に見たら子どもにとってはかなり辛いシチュエーションに身を置くことになりますが、それでメソメソしたりビクビクしたりせず、わりと淡々と魔女に立ち向かっていく様子が、状況とのギャップがあっておもしろいですね。ストーリー的にはしっかりとしたホラー風味もあるのですが、マイやおばあちゃんの幽霊のキャラクターに助けられて、ドキドキハラハラしながらワクワクもできる作品です。


 さて、最後はミステリー色の強い作品2つです。


文庫版 狂骨の夢 (講談社文庫)



【あらすじ】
 逗子を旅する伊佐間一成は海岸で花をたむける女・朱美と出会う。体調を崩していた伊佐間は夫が不在中であるという朱美の家で休養を取ることになる。その朱美は過去に人を殺したと話す。一方、同じ逗子の教会では牧師の白丘と元精神科医の降旗が、かつて殺した夫が蘇り自分に会いにくるという女の話を聞いていて――。

 怪談やミステリーを多く手がける京極夏彦さんの『狂骨の夢』。代表作「百鬼夜行シリーズ」の3作目です。「百鬼夜行シリーズ」をご存知ない方もいらっしゃると思いますのでざっくり説明しますと、普段は古本屋、副業は“憑き物落とし”である中禅寺秋彦、通称“京極堂”が、戦後間もない昭和を舞台にオカルティックな怪現象を自身の知識を駆使して解決するミステリーです。毎回一つの妖怪が重要なモチーフとして登場し、この『狂骨の夢』では井戸から浮かび上がる骸骨姿の妖怪“狂骨”がモチーフとなります。なので正確には幽霊というよりゾンビっぽいのですが、死者が蘇るというのが物語の軸となっています。
 作中ではキーパーソンとなる女・朱美が過去に犯したという殺人、金色の頭蓋骨が逗子湾に打ち上がった逗子湾金色髑髏事件、二子山で10人の男女が自殺した集団自殺事件など、複数の事件・問題が同時多発的に発生し、複雑に絡み合います。『狂骨の夢』に限らず、「百鬼夜行シリーズ」では複数の人物が別々の場所で別々の事件に関わり、それらが実はある一点で繋がっていて……という形をとることが多いのですが、その過程で民俗学、科学、宗教学、心理学など、さまざまな見地から事件が分析され謎解きが進められていくさまが実に痛快です。そして、小説の構造自体がトリックとなる場合もあり、ミステリーの醍醐味も存分に味わえます。『狂骨の夢』では蘇った死者が重要な役割を果たし、一見ホラーめいた出来事の裏に潜む人間ドラマ、多層的なトリックに圧倒される作品となっています。


わたしが幽霊だった時 (創元推理文庫)

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【あらすじ】
 ふと気づくとあたしは幽霊になっていた。体は宙に浮いているし壁をすり抜けられる。家に帰ってみると姉や妹が相変わらずケンカしている。そして、あたしは自分自身が4姉妹のうちの誰なのか、どうして幽霊になってしまったのか全くわからなくて――。

 イギリスを代表するファンタジー作家ダイアナ・ウィン・ジョーンズさんの『わたしが幽霊だった時』。これまでに紹介した作品とは違って、語り手である主人公自身が幽霊という斬新な物語です。ファンタジー要素もたっぷり、そしてイギリス人らしいユーモアもたっぷり盛り込みつつ、主人公の正体は!?というミステリーとしても楽しめる作品です。主人公がいつのまにか幽霊になっているという一見突拍子もないファンタジックなストーリーですが、その謎を巡り数年に渡る記憶を探って冒険する展開はシリアスでもあって、本当の意味で自分探しをする少女の素晴らしい冒険譚ともなっています。元々は子ども向けですが、大人にもぜひ読んでほしい小説ですね。



 ということで、幽霊を描いた小説・私的10撰は以上です。この10冊以外にも幽霊を題材にした小説は数多くありますが、個人的には今回選んだ10冊もなかなかバラエティ豊かでおもしろい顔ぶれになっているんじゃないかなと思います。ご参考になれば幸いです。


:『わたしが幽霊だった時』の書影は、東京創元社の公式ウェブサイトから引用させていただきました。

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by hitsujigusa | 2015-07-24 19:51 | 小説 | Trackback | Comments(0)