フィギュアスケーター衣装コレクション・特別編―「カルメン」編

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 普段はスケーターごとにさまざまなコスチュームを振り返って、その選手の衣装の特徴、魅力を再発見しようという意図でお送りしているフィギュアスケーター衣装コレクション。ですが、今回は特別編として称して、一人の選手の衣装に焦点を当てるのではなく、フランスの作曲家ジョルジュ・ビゼーが作曲したオペラ「カルメン」の音楽を用いたプログラムで、古今東西のスケーターたちがどんな衣装を着用してきたのかを見ていく、という趣旨で記事を書いていきたいと思います。
 その「カルメン」といえばフィギュア界の中でも定番中の定番作品。古いところだとサラエボとカルガリーの2度のオリンピックを制したドイツ(東ドイツ)のカタリナ・ヴィットさんの代表的プログラムとして知られていますが、私自身がフィギュアスケートを見始めたのがせいぜい十数年前なので、この記事で取り上げるのも主に2000年代以降と比較的新しく、その中でも特に印象深い「カルメン」となっていますのでご了承ください。
 では、さっそく時代の古い順に見ていきましょう。



 
 まずは2度世界女王になったロシアのイリーナ・スルツカヤさんの「カルメン」です。

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 スルツカヤさんが「カルメン」を演じたのは99/00シーズンのフリー。コスチュームはスペインを舞台にした「カルメン」らしい赤ですが、ワイン色に近い赤で大人びた雰囲気です。さらに衣装の形も比較的露出が多く、細いストラップで肩を大きく出し、体の中心部分や左の腰部分に加え、衣装の右側は胸からお腹、腰、脚と切れ込みの深いスリットを入れて大胆に肌をのぞかせた作りになっています。さらにそうした露出部分に編み上げ風のデザインを施すことで魔性のジプシー女・カルメンのセクシーさ、妖しさを強調しているなと感じます。一方でスカートは長めで露出の多さとのバランスを取っていますし、スカートの裾を切り放したような斜めのラインはシャープでクールなイメージを作り出していて、装飾の少ないわりとシンプルな衣装ではありますが、細部までこだわりの感じられるコスチュームですね。


 続いてはスルツカヤ選手とともに00年代前半の女子フィギュア界をリードしたアメリカのサーシャ・コーエンさんです。

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 コーエンさんの「カルメン」はソルトレイクシティ五輪が行われた01/02シーズンのフリー。コスチュームはスルツカヤ選手のものと比べてもらうとわかるとおり、より明るい赤でスカートも短めと、活発で元気の良い“カルメン”となっていて、特にスカートの縁をグラデーションでオレンジからイエローに彩ることでポップな雰囲気も表現されていて、16、17歳らしいフレッシュさが印象的ですね。これだけだとポップになりすぎるきらいもありますが、ストラップやベルトを黒にすることで全体がぐっと引き締まって見えて、うまくバランスを取っているなと思いますね。


 次は言わずと知れたフィギュア界の“皇帝”、ロシアのエフゲニー・プルシェンコさんです。

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 プルシェンコさんもコーエンさん同様、01/02シーズンのフリーに「カルメン」を使用。ただ、プルシェンコさんの場合、シーズン前半は全く別のプログラムで滑っていて、ソルトレイクシティ五輪直前で「カルメン」に変更するという異例のプログラムとなり、そういった意味でも並々ならぬ想いが注ぎ込まれた「カルメン」でした(厳密には02/03シーズンのGPファイナルでも「カルメン」を演じていますが、この頃のGPファイナルはフリーを2度実施するというシステムになっていて、プルシェンコさんは1回目のフリーでのみ「カルメン」を演じました)。
 そんなプルシェンコさんの「カルメン」の衣装は白シャツにベスト、黒いジャケットを重ね、赤の短いネクタイと腰に同じく赤のサッシュベルトを締めた闘牛士風のスタイル。全体的には黒の面積が多くシックですが、襟やサッシュベルトの縁取り、パンツの側面にラインストーンがふんだんに施されていて、華やかな雰囲気を醸し出しています。また、シャツも普通の白シャツではなくラメを全面的に配したキラキラとした素材感になっていますし、ベストも同様に輝きを放つ玉虫色の生地となっていて、非常に装飾性を感じさせます。さらに手も素手ではなく透け感のある手袋で覆われていて、手首の辺りもジュエリー風のデザインが施されており、まさに“皇帝”の名にふさわしいゴージャスな「カルメン」となっています。


 昨季を持って引退した浅田真央さんはシニアデビューとなった05/06シーズンのSPで「カルメン」を演じました。

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 “カルメン”といえば男を誘惑する魔性の女ですが、この時の浅田さんはまだ15歳とあって、彼女が演じたカルメンも可愛らしく可憐で、その中に背伸びした振り付けがところどころ織り込まれていて印象的でした。ということで衣装も全身オレンジと元気で明るい色づかい。お腹の辺りは繊細な装飾品を用いた立体的なデザインでアクセントがつけられています。15歳の少女らしいフレッシュさをそのまま活かした素敵な衣装ですね。なお、浅田さんはこの次のシーズンのエキシビションに「カルメン」の劇中曲「ハバネラ」を使っていて、そちらはこの「カルメン」とはまた違った雰囲気で印象に強く残っています。


 アメリカのエヴァン・ライサチェクさんは05/06、06/07シーズンの2季に渡ってフリーで「カルメン」を使用していました。

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 05/06シーズンは当初別のフリープログラムを演じていたライサチェクさんですが、GP2戦目のNHK杯から「カルメン」に変更し、その後次のシーズンの最後まで「カルメン」を演じ続けました。その中で衣装は1着のみ(たぶん)だったのですが、右手に赤いリボンをアクセント的に巻いている時と巻いていない時があり(画像は巻いている時)、それだけが微妙な違いといえば違いでしょうか。
 ただ基本的には同じ衣装を着続け、その衣装は上下黒一色のシックかつシンプルな色づかい。ですが、シャツは全面に曲線的なフリルが施されていて、パッと見は黒一色でシンプルだけれどもよくよく見るとゴージャスという凝った作りになっています。一見するといかにも「カルメン」という感じはしないのですが、腰に巻いたサッシュベルトだったり、首元の赤いネックレス風の装飾具だったり(上の画像ではシャツに隠れていますが)、細かなデザインや小物でスペインっぽさを表していますね。


 続いては安藤美姫さんが07/08シーズンにフリーとして演じた「カルメン」です。

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 色づかいはスペイン風衣装の定番である赤と黒で統一し、“カルメン”らしさを表現していますが、何より特徴的なのはデザインや素材づかいでしょう。胸部分は黒い硬質な素材と赤い軟質の素材とで花のような、もしくは燃えたぎる炎のようなデザインがなされ、そこから稲妻のようなギザギザとしたラインがお腹を縦断してスカートに繋がっています。全体的にギザギザとしたシャープなラインが特徴的ですが、ところどころに赤い布を配置することで情熱的なさまを表していますし、また、お腹や腕は黒いシースルー生地で透け感を持たせてセクシーさを演出したり、部分的にメッシュ生地を使うことでアクセントにしたりと、一つの衣装の中で多種類な生地を用いていて、ともすれば盛り込みすぎてちぐはぐにもなりかねない衣装だと思うのですが、安藤さんが着ると全く違和感なく着こなせてしまうという、安藤さんだからこそ成り立つデザインなのかなという気もしますね。


 アメリカの長洲未来選手はバンクーバー五輪が行われた09/10シーズンのフリーが「カルメン」でした。

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 こちらも色づかいは黒と赤でスタンダードな組み合わせ。デザインとしてはベースとなる赤の上に胸部分は黒のレース調のアップリケが施され、腰やスカートの方も黒く細いラインで縁取りがなされています。そして衣装のアクセントとなっているのは薔薇の花で、腰元の薔薇は赤い生地をくしゅっと丸めて立体的な形にしたところに黒い線で花びらの形を縁取りしたような個性的なデザイン。また、胸部分のアップリケの中にもいくつか薔薇が隠れていて、“カルメン”を象徴する薔薇が効果的に使われている衣装ですね。


 次はイタリアのアイスダンスカップル、アンナ・カッペリーニ&ルカ・ラノッテ組です。

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 12/13シーズンのフリーに「カルメン」を使ったカッペリーニ&ラノッテ組。男性のラノッテ選手はこの画像ではわかりにくいですが、大きな襟がついた白い長袖シャツに、黒いパンツというシンプルなスタイル。そして、女性のカッペリーニ選手は赤いストラップレスワンピースで、上半身は小さな花を連ねたようなレース調の素材で、スカートはフリルをふんだんに使ったゴージャスな作りとなっています。シーズン前半と後半とではこのスカートの部分に微妙に違いがあって、前半はフリルの下に重ねたチュールがフリルと同じ赤、後半は黒になっていて、黒に変えることで衣装によりメリハリをつける意図があったのかなと思います。ですが、もちろん全て赤でも充分に美しく、ところどころ肌をのぞかせた上半身はセクシーに、スカートはたっぷりのフリルで華やかかつゴージャスに、“カルメン”の華々しさを強調した衣装ですね。


 同じく12/13シーズンのフリーに「カルメン」を使用したのはカナダのケイトリン・オズモンド選手です。

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 こちらもやはり「カルメン」では定番の赤と黒のカラーコーディネート。形としてはアシンメトリーで個性的な作りで、上半身は右と左で同じ赤ながら全く違う素材を用いています。さらに体の左側は黒い生地を使っていて、いろんな生地を繋ぎ合わせたパッチワークのようなデザインがおもしろいですね。スカートはシンプルな赤一色ですが、腰から一筋の黒い布が垂れ下がる作りになっていて、これもアクセントとして良いワンポイントになっています。


 続いてソチ五輪金メダリスト、ロシアのアデリナ・ソトニコワ選手です。

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 まさにソトニコワ選手が金メダルを獲得したソチ五輪が行われた13/14シーズンのSPで演じた「カルメン」。コスチュームは2種類使用され、全く異なるデザインだったのですが、今回はシーズン後半に着用されたものを選びました。
 色はオレンジがかった赤(もしくは赤みの強いオレンジ)で、まるで布を体に巻きつけただけとでもいうような独特のフォルムとなっています。さらに最も目を引くのはお腹からスカートの裾にかけて空いた複数の穴で、大小さまざまな大きさ、形も完全な円ではなく微妙に歪んだ丸で、どことなく前衛的な現代アートのような風情も漂っています。ソトニコワ選手のコスチュームというのはこのような個性的なものが多いのですが、その中でも「カルメン」という大定番曲を用いながらカルメンらしさにとらわれない型破りなこの衣装は、実にソトニコワ選手らしいなと思います。


 無良崇人選手は14/15シーズンのSPに「カルメン」を使用しました。

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 トップスは光沢感のある硬質な印象を与える臙脂色、パンツは黒というコーディネート。トップスの素材は独特な風合いで、その首元と肩はまた異なる素材で黒っぽい生地、その上に整えられていない粗削りな形の小ぶりのビジューをあしらっています。ですが、何より目を引くのはトップスにもパンツにもあしらわれた大ぶりのビジューでしょう。シンメトリーに配置されたビジューは華やかさを感じさせる一方で、規則的に位置づけられたデザインが軍服のボタンっぽくも見えます。こうした全体的に重厚さを感じさせるデザイン、素材づかいは古い時代のヨーロッパの騎士の服装を想起させ、「カルメン」に登場する竜騎兵の伍長であるドン・ホセをイメージしているのかなと思いますね。
 必然的に女子選手が演じることが多い「カルメン」ですが、男子選手が演じるとまた全然違う雰囲気、コスチュームになって、無良選手の衣装はその良い例かなと思います。


 同じく14/15シーズンのフリーに「カルメン」を演じたのは本郷理華選手です。

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 色は定番の赤と黒でまとめていますが、衣装の形としてはストラップレスながら長袖で、左右で色が異なるアンバランスかつアシンメトリーな作り。特徴的なのが衣装を縁取るようなうねうねとした模様で、ペイズリーのようにも燃え盛る炎のようにも見え、この模様があることによって赤と黒が喚起する情熱的なイメージがさらに強調されていて効果的と言えます。赤と黒をハッキリと分け、その赤の中に黒、黒の中に赤を置く色づかいも、色の対比によってメリハリがついて、情熱的というだけではなくキリッとしたかっこいい衣装になっているなと思います。


 最後は昨季現役を引退した村上佳菜子さんです。

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 16/17シーズンを最後に現役を退いた村上さんの最後のSPが「カルメン」でした。昨季村上さんは4試合に出場(国内の地方大会は除く)しましたが、毎試合異なる「カルメン」の衣装を着用。今回はその中で、現役最後の試合となった全日本選手権で使用されたコスチュームを選びました。
 ハイネックの長袖のワンピースで、色は赤というより臙脂色に近く、上半身はうっすらとしたボーダーになっています。何より特徴的なのは胸元からお腹にかけて中心がパックリと開いたデザインですが、この縁取りの部分が金色のラインストーンで埋められていてジッパー風になっており、「カルメン」なのに衣装の作りは現代的という意外性を感じさせます。さらにその奥にワンピースよりワントーン濃い色合いのビキニがのぞいていて、全体的に見ると首から腕まで布で覆われているので露出の度合いは控えめなのですが、体の中心部分のみ肌を見せることで“カルメン”らしいセクシーさもあって、控えめさと大胆さの両方が相まった絶妙なバランスの衣装になっているなと思いますね。



 ということで、13組の「カルメン」の衣装を見てきたわけですが、ひとえに「カルメン」といっても似通った衣装は一つもないんだなということが改めてわかりましたね。ヒロインの存在感が強いオペラですから、圧倒的に女子選手が演じることが多い作品なのですが、その女子選手の中でもいろんなタイプのコスチュームがあり、コスチュームの色づかいやデザインによっても、その選手がプログラムで演じる“カルメン”の方向性が見えてくるのかなとも思いました。
 用いられる色としては断トツで赤と黒が多かったですが、赤をベースに黒を加えたものと、黒をベースに赤を加えたものとではだいぶ雰囲気が違って見え、その点も今回記事を書きながらの新たな発見でもありました(いまさらですが)。
 フィギュアスケーター衣装コレクション・特別編の「カルメン」編はこれで終了です。特別編は初めての試みでしたがいかがだったでしょうか。これからもこんなふうにして一つの作品にスポットライトを当てて、そのコスチュームを取り上げた記事をたまに書いていきたいと思いますので、よろしければまたご覧下さると嬉しいです。では。


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フィギュアスケーター衣装コレクション⑤―安藤美姫編 2014年5月30日
フィギュアスケーター衣装コレクション⑫―長洲未来編 2016年8月5日

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by hitsujigusa | 2017-09-14 02:25 | フィギュアスケート(衣装関連) | Trackback | Comments(0)