猫の絵本・私的10撰

せかいいちのねこ (MOEのえほん)



 さて、今回のテーマは猫の絵本・私的10撰です。なぜ今猫かというと、数日後に迫った2月22日はニャンニャンニャンで猫の日なんですねー。ということで、個人的に好きな猫の絵本を10冊取り上げたいと思います。


 まずは定番の猫絵本2冊です。


11ぴきのねことあほうどり

c0309082_16325815.jpg

【あらすじ】
 あるところにおなかぺこぺこの11ぴきのねこがいました。11ぴきはコロッケのお店を始めますがコロッケは毎日売れ残り、11ぴきは毎日コロッケを食べ続けるはめに。コロッケにうんざりし、鳥の丸焼きを食べることを夢見る11ぴきのまえに、ある日あほうどりが現われて――。

 言わずと知れた馬場のぼるさんの名作ベストセラー「11ぴきのねこ」シリーズ。今回はその2作目『11ぴきのねことあほうどり』を取り上げます。
 シリーズの第1作目が出版されたのは1967年。そしてこの2作目が発表されたのは1972年。私が生まれるずっと前なのですが、独特の少しスパイスの効いたユーモア、ねこたちのユニークさはいつの時代の子どもたちにも受け入れられるおもしろさなのではないかと思います。その中でも『11ぴきのねことあほうどり』は私の中で最も強烈に印象に残っていて、あほうどりを目の前にして鳥の丸焼きを思い浮かべたり、最後の思いがけないオチなど、決して良い子(良い猫?)ではなく悪だくみをしたりズルいことを考えたりもするけれど、でもなんだか憎めない11ぴきの魅力が存分に発揮されている作品と言えます。
 作者の馬場さんは実は漫画家なんですね。かの手塚治虫氏とも並び称される方だそうで、子どもの頃はそんなことは全く知らずにこの絵本を読んでいましたが、“漫画”という視点を加えて見てみると、たしかにシンプルな線や色づかいや絵柄、単純明快ながら何度読んでもクスリと笑えるストーリー展開は大人になってから思うと漫画家ならではという感じがします。
 繊細で凝った絵や、複雑でメッセージ性の高いストーリーで素晴らしい現代の絵本ももちろん多くありますが、ある意味それとは真逆を行く「11ぴきのねこ」は、子どもに支持され続ける、本当の名作だと思いますね。


猫の事務所 (日本の童話名作選)

猫の事務所 (日本の童話名作選)

【あらすじ】
 軽便鉄道の停車場の近くにある猫の第六事務所には、事務長の黒猫、一番書記の白猫、二番書記の虎猫、三番書記の三毛猫、そして四番書記のかま猫がいました。かま猫はほかの書記たちから見下されいじめられながらも、懸命に仕事を続けていましたが――。

 宮沢賢治の名作『猫の事務所』。絵本としてもいくつかのバージョンが出ていますが、今回取り上げたのは絵本画家・黒井健さんが絵を手がけたものです。
 以前も、宮沢賢治の絵本・私的10撰という記事でこの絵本をピックアップしてますのでそちらもぜひご参考いただきたいのですが、猫の世界における優劣や差別をシビアに描写していて、ストーリー的には大人向けかなと思うのですが、黒井さんの温かみのある絵がうまくそこを補って、子どもにも読みやすい絵本になっていると思います。


 次は一風変わった猫絵本4冊です。


せかいいちのねこ (MOEのえほん)

せかいいちのねこ (MOEのえほん)

【あらすじ】
 幼い男の子のぬいぐるみであるねこのニャンコ。男の子に大切にされているニャンコですが、もうすぐ7歳になる男の子がぬいぐるみで遊ばなくなるのではないかと心配に。これからも男の子と仲良しでいるために、ニャンコは本物のねこになる旅に出ますが――。

 画家のヒグチユウコさんがお話も絵も手がけた『せかいいちのねこ』。ねこのぬいぐるみが本物のねこになるという夢を追いかけて旅する姿を描いた絵本ですが、その旅の途上でさまざまな本物のねこに出会う中で自分にとって大切なものは何かを見つけていく物語は、普遍的でありながら独創性豊かな世界観となっています。
 ですが、何より魅力的なのは他に類を見ないオリジナリティー溢れる絵でしょう。ヒグチさんの絵は動物や植物など、物の質感を写真のようにリアルなタッチで描くのが特徴で、この絵本でも猫たちの毛並みだったり手足の形状だったり、ある意味生々しささえ感じるインパクトのある絵となっています。その一方でリアルな質感の猫たちが人間よろしくおしゃれな着こなしをしていたり、人間味溢れる仕草をしていたりというギャップが絶妙なアクセントとなっていて、リアルな絵とファンタジーな物語の交ざり具合が唯一無二の世界観を作り出している素敵な絵本だと思います。


チャーちゃん (福音館の単行本)

チャーちゃん (福音館の単行本)

【あらすじ】
 ねこのチャーちゃんは今死んでいます。ですが、決して悲しくも寂しくもありません。チャーちゃんが今いる場所は色に溢れ、とても自由で楽しくて――。

 小説家・保坂和志さんが手がけた異色の猫絵本『チャーちゃん』。のっけから語り手である猫のチャーちゃんが死んでいることを独白するところから物語が幕を開け、死後の世界と思われる場所にいるチャーちゃんが不思議な世界観の中で自由自在に(死んではいるけれども)生を謳歌する姿が描かれます。
 作者の保坂さんは芥川賞や谷崎潤一郎賞受賞経験のある小説家ですが、猫好きとしても知られ、猫が登場する小説も多く書いています。なのでこの絵本も猫愛に溢れていて、物語としては死後の世界という一見重そうに感じられるかもしれませんが、実際に読んでみると明るくユーモアにも満ちていて、“死”について問いかけながらも、強引に教訓的にしたり考えさせたりということなく、可愛らしいチャーちゃんの姿を通して死ってどういうことなんだろうと自然と興味を持たせてくれる作品となっています。また、画家で、近年絵本や児童書の挿絵も手がける小沢さかえさんの絵がやわらかく美しい色彩で、独特の空気感を見事に表現しています。


うきわねこ

うきわねこ

【あらすじ】
 ある日ねこのえびおのもとにおじいちゃんから誕生日のプレゼントが届きます。箱を開けるとプレゼントはなぜかうきわでした。箱の中には手紙も入っていて、そこには「つぎのまんげつのよるをたのしみにしていてください」と書かれていました。そして待ちに待った満月の夜。えびおがうきわを膨らませて体に通すと、突然うきわが浮いて――。

 詩人・作家の蜂飼耳さん作、牧野千穂さん絵の『うきわねこ』。空を飛べるうきわで飛ぶ猫というファンタジックな内容ですが、子猫が真夜中にこっそり秘密の体験をするという冒険の物語でもあり、明るさだけではない秘密めいた暗さも描かれている絵本です。
 ストーリーや道具立てもかわいらしく魅力的ですが、牧野さんのパステル画がやはりこの物語の世界観を大きく支えています。パステル画なのでふんわりとした輪郭が明確でない絵が特徴的なのですが、その絵の良い意味でのぼんやり感が、うきわに導かれて旅をするという非日常感にぴったりで、物語と絵の組み合わせがベストマッチな作品だと思います。


くつやのねこ

くつやのねこ

【あらすじ】
 あるところに貧しい靴屋と一匹の猫が暮らしていました。靴屋は腕の良い職人でしたが、靴はさっぱり売れず、店を閉めることを考えていました。ですが、猫は諦めず、自分が革の長靴を履いて注文をとってくると言い、森の奥の魔物が住むというお城に行きますが――。

 昔話「長靴をはいた猫」をモチーフに、新たなエッセンスを加えたいまいあやのさんの『くつやのねこ』。「長靴をはいた猫」の中のエピソードを用いつつ、猫を靴屋の猫に変更することで一味違う物語に仕上げていておもしろいですね。原話は昔ながらの民話とあって主人公の猫がずる賢かったりするのですが、この絵本の方はずる賢さや昔話特有の毒を残しつつもまろやかになっていて、子どもにも親しみやすいのではないかと思います。
 また、作者のいまいさんはロンドン生まれで欧米育ちということで、絵にも西洋の絵画の香りが色濃く漂っているような気がします。その絵柄がヨーロッパを舞台にした物語とよく合っていて、お話とともに見応えのあるものとなっています。



 続いてはほのぼのとした雰囲気が素敵な猫絵本2冊。


ハーニャの庭で

ハーニャの庭で

【あらすじ】
 山の途中にある小さな家。ねこのハーニャはその庭で暮らしています。庭には家に住む家族以外にも、いろんな動物や虫たちが訪れてとてもにぎやかです。そんなある日、ハーニャの庭に迷い猫がやって来て――。

 「チリとチリリ」シリーズなどで知られる人気絵本作家・どいかやさんの『ハーニャの庭で』。どいさんは実際に自然豊かな土地で多くの猫たちとともに生活していて、この絵本のほかにも猫が登場する作品を多く手がけていますが、『ハーニャの庭で』はまさにどいさんの暮らしを反映させたものではないかと思います。
 とはいえ、あくまで主体となるのは猫のハーニャ。物語の中には人間も出てきますが、人間たちがハーニャを飼っているという感じではなく、ハーニャの庭にほかの生きものたちが一緒に暮らしているという描き方が印象的で、素敵だなと思います。そして、そんな猫目線で描かれる里山の自然描写が美しく、おおむね見開き2ページに対してひと月ずつ、1月から12月の季節の移り変わりが、優しく温かい色鉛筆画によって描き出されています。猫好きな人にはもちろん、美しい自然を描いた絵本やイラストが好きな人にもおすすめの絵本です。


ねこのシジミ (イメージの森)

ねこのシジミ (イメージの森)

【あらすじ】
 公園に捨てられていたたれ目で目やにが汚い子猫は、ショウちゃんという男の子に拾われてシジミと名付けられました。シジミの毎日は何事も起きず平凡だけれども、それがシジミにとっては幸せな日々で――。

 日本を代表するイラストレーター・和田誠さんの『ねこのシジミ』。ただただ平凡で何でもない日常を淡々と綴っていて、特にドラマチックな話でもないのですが、なのになぜかふしぎと心があったまる、心に残る絵本です。
 こちらも上記の『ハーニャの庭』同様に猫目線の物語なのですが、前者が人間があまり登場しなかったのとは対照的に、この作品は人間に飼われる飼い猫の、人間と密接に結びついた暮らしを描いています。でも、シジミが飼い主である家族たちに束縛されたりしつけられたりということはなく、シジミと家族の人々が全く同等で、むしろペットだからといってやたら愛情を注がれたり特別扱いされたりしない、猫と人間のほどよい距離感が読んでいてほのぼのさせられます。絵は銅版画で、柔らかな線とセピア色で統一された絵が醸し出す雰囲気が日常の風景描写にマッチしていて、飼い猫の日常を描いた猫絵本の中でもベストの作品だと思います。


 最後は海外の猫絵本2冊です。


ズーム、海をゆめみて

c0309082_15592654.jpg

【あらすじ】
 猫のズームは冒険が大好き。ある日、ロイおじさんの日記帳を見つけ、そこに書いてあった海へ行く道をたどります。ところが着いた場所は友だちのマリアさんのお家。もちろんどこにも海なんてありません。マリアさんに事情を話すと、マリアさんは家の壁の大きなしかけを回して――。

 カナダの絵本作家、ティム・ウィン・ジョーンズさん作、エリック・ベドウズさん絵の『ズーム、海をゆめみて』。『ズーム、北極をゆめみて』、『ズーム、エジプトをゆめみて』に続く「ズームシリーズ」の第1作目です。
 日本で出版されたのは1995年(本国では1983年)で現在は絶版になっており(中古のみで入手可)、正直あまり知られている絵本ではないと思うのですが、ミステリアスな作風が素晴らしく個人的に大好きな作品で、海を描いた絵本・私的10撰という記事でも取り上げています。詳しくはリンク先をご覧いただきたいのですが、日常からふっと非日常に入り込んでしまう不思議な世界観と、神秘的な雰囲気を高める鉛筆画が魅力的な絵本です。その一方で猫のズームが大冒険を繰り広げる姿がかわいらしく、クリス・ヴァン・オールズバーグやモーリス・センダックなど幻想的な絵本が好きな方にはもちろんのこと、猫好きの方にもおすすめです。


ポテト・スープが大好きな猫

ポテト・スープが大好きな猫

【あらすじ】
 おじいさんはアメリカのテキサスの田舎に一匹の猫と暮らしています。猫は今まで一度もねずみをつかまえたことがなく全くの役立たずでしたが、おじいさんの作るポテトスープが好物で、おじいさんは猫のそんなところが気に入っていました。おじいさんと猫は二人でよく湖に魚釣りに行くのでしたが、ある朝、いつも魚釣りに行く時間に猫は起きてこず――。

 ヤングアダルト小説家のテリー・ファリッシュさん作、絵本画家のバリー・ルートさん絵、そして村上春樹さん翻訳の『ポテト・スープが大好きな猫』。あるおじいさんと猫とのそっけないながらも温かい友情を描いた絵本です。
 内容的には非常にアメリカらしい風土というのが描かれていて、舞台もテキサスの田舎というアメリカらしさ満載の土地ですし、そこで魚釣りをしながら孤独に暮らすおじいさんと猫という風景は、ある意味オーソドックスでさほど目新しさがあるわけではありません。ですが、おじいさんと猫のキャラクター描写が秀逸で、お互いぶっきらぼうな者同士が適度に距離を置きながらもお互いを気にし合っている姿が微笑ましく、こういう人(と猫)いそうだなと思わせられます。二人の関係性は決してベタベタしたものではないのですが、でも完全に突き放しているわけでもなく、こういうのが古き良きアメリカらしい人情味なのかなとも感じますね。作者がヤングアダルト作家なので、この絵本も絵本というより短編小説を読んでいるような味わいを感じられると思います。


 以上が私が選んだ猫絵本・ベスト10です。猫好きの方もそうでない方も、ぜひこの猫の日を良い機会に、手に取ってみてください。


:馬場のぼる著『11ぴきのねことあほうどり』(こぐま社、1972年)の書影はこぐま社の公式サイトから、ティム・ウィン・ジョーンズ著、エリック・ベドウズ絵『ズーム、海をゆめみて』(ブックローン出版、1995年9月)の書影はショッピングサイト「アマゾン」から引用させていただきました。

【ブログ内関連記事】
宮沢賢治の絵本・私的10撰 2014年9月20日  記事内で『猫の事務所』を取り上げています。
海を描いた絵本・私的10撰 2015年7月17日  記事内で『ズーム、海をゆめみて』を取り上げています。
[PR]
by hitsujigusa | 2016-02-18 16:52 | 絵本 | Trackback | Comments(0)

はんなちゃんがめをさましたら


 すっかり秋らしくなり、それどころか冬の足音さえ聞こえ始めている今日この頃ですが、ますます昼が短く夜が長くなってきました。ということで、秋の夜長に合わせて今回は夜に読みたい絵本を特集します。以前、夜に読みたい小説・私的10撰という記事を書いたのですが、その絵本バージョンです。


 まずは夜に目覚めた子どもを描いた絵本2冊です。


まよなかのだいどころ

まよなかのだいどころ

【あらすじ】
 真夜中、何だか騒がしい音がするのでベッドの中のミッキーが目を覚ますと、裸になって暗闇へ落っこちてしまいます。落ちたところは“まよなかのだいどころ”。そこには3人の太ったおじさんがいて、朝食用のケーキを焼いていて――。

 世界的に有名なアメリカの絵本作家、モーリス・センダックの代表作『まよなかのだいどころ』。真夜中に目覚めた男の子がまよなかのだいどころを冒険する不思議なお話です。
 ストーリー的にははだかんぼの男の子がケーキ生地の中に入ってこねられたり、ミルクの中に飛び込んだりと、大人からしたら眉をひそめるような場面もあるかもしれませんが、大人の知らないところで思う存分自由に動き回る子どもの生き生きとした姿が気持ち良く、痛快です。大人が思う“良い子”ではなくて、等身大のありのままの子ども像という感じがします。それとともに“まよなかのだいどころ”の世界観も魅力的で、子ども向けだからといって単に楽しく陽気ばかりではなく、夜ならではの怪しさ、不気味さもちゃんとあり、アメコミチックな独特の絵柄も相まって、ちょっぴり怖いような、でも引き込まれてしまう絵本だと思います。


はんなちゃんがめをさましたら

はんなちゃんがめをさましたら

【あらすじ】
 ある日、はんなちゃんが目を覚ますと、まだ夜でした。隣りのベッドのお姉さんも、お母さんもお父さんもみんな眠っています。静かにベッドを抜け出したはんなちゃんは、猫のチロにミルクをあげたりこっそりさくらんぼを食べたり、初めての夜をひそやかに満喫して――。

 人気絵本作家・酒井駒子さんの『はんなちゃんがめをさましたら』。小さな女の子が初めて体験する夜の世界を鮮やかに描いています。
 とはいってもその体験はどれもとてもささやかなもので、上述した『まよなかのだいどころ』とは対極にあります。『まよなかのだいどころ』はおもしろおかしいファンタジーでしたが、こちらはシンプルに夜に目覚めた子どもの姿を取り上げています。もちろん家の外に出ることもなく、非現実的な出来事が起こるわけでもなく、はんなちゃんがひっそりと家の中で過ごす様子を描いているだけなのですが、紛れもなくそれははんなちゃんにとっては大いなる冒険。大人からすれば夜に起きているのは当たり前すぎて気づきませんが、幼い子どもにとっての“夜”は“昼”とは全く別物の未知の世界で、この絵本が何でもないことを描いているにもかかわらずこんなにもキラキラとして見えるのは、子どもの目線で、子どもの気持ちになって、夜の風景、空気感を描き出しているからなのだと思います。そして、子どもの心を忘れてしまった(もしくは忘れかけている)大人にとって、この絵本に登場する夜の闇に包まれた部屋、皆が眠りに落ちた家の中の静謐な空気、窓の外に輝く満月、何よりなにげないことにも目をキラキラさせるはんなちゃんの姿は、かつて子どもだった頃の自分を思い出させてくれて懐かしいようでもあり、知らなかった景色を教えてくれるようで新鮮でもあり、大人も存分に楽しめる絵本となっています。


 続いては、子どもの目から見た夜の街の風景を描いた絵本2冊をご紹介します。


夜になると

夜になると

【あらすじ】
 今日はおうちでパーティーをする日。でも夜のパーティーは大人のものだから子どもの“わたし”は仲間に入れてもらえない。でも、おむかえからおうちに着くまでの暮れなずむパリの風景はとてもきれいで――。

 「リサとガスパール」でおなじみ、アン・グットマンさん、ゲオルグ・ハレンスレーベンさんコンビが手がけた『夜になると』。パリに住むお二人が、夜のパリの風景を鮮やかに描写しています。
 主人公は幼稚園くらいの女の子で、おむかえから眠りにつくまでの時間経過をゆったりと描いています。物語の軸となるのは女の子の自宅でホーム・パーティーが行われるということ。ただし、パーティーは大人だけのものなので、女の子は先に一人で晩ご飯を食べたりお風呂に入ったり寝かしつけられたりと、ある意味とてもパリらしいお話です。大人の世界に対する憧れ、仲間に入れない寂しさなども描きつつ、我が子に対するパパとママの愛情、温かい目も丁寧に描き、日本とは一味違うフランスの家庭のあり方にほっこりします。そして、何より魅力的なのでが絵を担当するハレンスレーベンさんの油彩画。重厚な趣きのある油彩によって描かれるパリの街は、写真や映像で見るパリよりもパリらしさに満ちていて、夜のとばりが下りた街の大人びた雰囲気、青い闇に光る街灯やお店のショーウィンドウなど、夜のパリというのはまさにこんな感じなんだろうなと思わせるムードたっぷりの絵で、ロマンとノスタルジーに溢れています。「リサとガスパール」と比べると少し上の年齢、もしくは大人向けで、パリの雰囲気に浸りたい人にはもってこいの絵本だと思います。


よるのかえりみち

よるのかえりみち

【あらすじ】
 ある夜、うさぎの男の子がおかあさんに抱っこされて家路についています。男の子はうとうとしながらも夜の街の風景を眺めます。明かりの灯った家々の窓の向こうには、いろんな人々の暮らしが見えて――。

 みやこしあきこさんの『よるのかえりみち』。子どもの目から見た夜の街を描くという点で上の『夜になると』とシチュエーションは少し似ていますが、絵柄やストーリー展開の仕方など、印象はだいぶ違います。
 まず、絵が『夜になると』はわりとカラフルだったのに対し、この『よるのかえりみち』は画面を黒が占めている比率が高く、夜の闇、暗さ、濃厚さを前面に押し出しています。男の子を取り囲む圧倒的な暗闇、ひんやりとした臨場感が絵からひしひしと伝わってきます。その一方で家々の窓の明かり、窓の中の景色は明るい色で鮮やかに描かれることによって、家庭のぬくもり、人々の暮らしの温かさが滲み出ていて、外の暗さとの対比が効果的な演出となっています。そして、おかあさんにずっと抱っこされている男の子の気持ちの温かさ、おかあさんの愛情も伝わる作りとなっていて、“夜”と“親子の絆”というのを見事に表現した絵本だなと思います。


 次は夜を幻想的に描いた絵本4冊です。


よるのむこう

よるのむこう

【あらすじ】
 夜の中を走る夜行列車。明かりがきらめく華やかな街や、青く静かな闇の中を通り過ぎていきます。そうして列車が向かっているのは――。

 絵本作家でありイラストレーターであるnakabanさんの『よるのむこう』。起承転結あるストーリー構成ではなく、夜の風景を抽象画のような独特の絵で写し取っています。
 文章はごく少なく、その分画面いっぱいに描かれた絵が言葉以上のものを伝えています。物語としては夜行列車に乗って故郷に帰る様子を描いているのですが、語り手の姿やそのほかのキャラクターが登場することはなく、車窓に映る風景の連続となっていて、1ページ1ページがどれも一枚の絵画のように美しく、個性的な色づかいや筆づかいにうっとりさせられます。“夜”というモチーフを写実的な絵でビジュアル化するのではなくあえて抽象的にすることで、逆に夜の豊かさをより鮮やかに浮かび上がらせている絵本です。


ムーン・ジャンパー

ムーン・ジャンパー

【あらすじ】
 満月が美しい夜、子どもたちは裸足で家を飛び出します。大人たちは家の中。子どもたちだけが輝く月の光を浴びて踊り出して――。

 アメリカの絵本作家ジャニス・メイ・ユードリー作、巨匠モーリス・センダック絵、日本を代表する詩人・谷川俊太郎さんが翻訳を手がけた『ムーン・ジャンパー』。アメリカの著名な絵本賞、コルデコット賞のオナー賞(次点賞)を受賞した名作です。
 明確なストーリーらしいストーリーがあるわけではなく、月夜に自由に遊び、踊り、駆けまわる子どもたちの生き生きとした姿を描いた絵本です。何ものにもとらわれることなくただただ思うがままに夜を満喫するさまが見ていて本当に気持ちよく、清々しい気分になります。何よりもセンダックの絵が美しく、センダック自身が文章も書いた『まよなかのだいどころ』や『かいじゅうたちのいるところ』とは全く異なる繊細な絵柄で、夜の涼やかな風や虫の声、木々のざわめき、まばゆい月の光など、まるでその場にいるかのように夜の空気感をリアルに体感させてくれます。“ムーン・ジャンパー”というタイトルのとおり、月めがけてジャンプし跳ね躍るということの自由さは、単に夜に遊ぶという意味を超えて生命の自由さにも繋がっていて、自由の象徴である子どもが心の向くままに遊び回る光景からはシンプルでありながら深いメッセージを感じますね。


銀河鉄道の夜

銀河鉄道の夜

【あらすじ】
 遠くへ行った父の帰りを待ち、母とふたりで慎ましく暮らす少年ジョバンニは、学校でも同級生たちとなじめずからかわれたりしています。そんな中、父親同士が友人であるカムパネルラだけはジョバンニに優しく接してくれるのでした。星祭りの夜も同級生たちにからかわれたジョバンニはひとり町はずれの丘へ向かいましたが、星空を眺めていると突然どこからともなく駅のアナウンスが聞こえてきて――。

 日本を代表する童話作家、宮沢賢治の代表作『銀河鉄道の夜』。あまりにも知られている定番作品にアーティストの清川あさみさんが絵を付けた絵本です。ただ、絵といっても清川さんが制作するのは写真に直接糸やビーズなどで刺繍を施した独特なアート作品。紙やキャンバスに絵の具やペンで人物や風景を描いていく普通の絵のような写実性はないのですが、色とりどりの糸やビーズを組み合わせることで作られる画面は、絵では生み出せない色合い、質感となっていて、『銀河鉄道の夜』の世界観にぴったりの情緒あふれる作品に仕上がっています。この絵本に関しては、宮沢賢治の絵本・私的10撰という記事でも取り上げていますので、ご参考下さい。


月夜のバス

月夜のバス

【あらすじ】
 ある海沿いの国道。その道を一台のバスが走っていました。横断歩道を渡ろうとする少年の前にバスがさしかかり、少年がバス車内をふと見ると、そこは青い水で満たされた海のようになっていて――。

 児童文学作家・杉みき子さんの短編作品に絵本作家・黒井健さんが絵を付けた『月夜のバス』。文学の薫り高い詩情豊かな文章と、柔らかな雰囲気が魅力的な黒井さんの絵が見事にマッチして、あるバスで起こったちょっぴり不思議な出来事を描いた物語の幻想性をさらに高めています。この絵本については、こちらの記事の中でも取り上げていますので、ぜひご参考下さい。


 最後に絵が印象的な絵本2冊をご紹介します。


よあけ (世界傑作絵本シリーズ―アメリカの絵本)

よあけ (世界傑作絵本シリーズ―アメリカの絵本)

【あらすじ】
 静寂に包まれた夜の湖。おじいさんと孫の少年が夜明けを待って毛布にくるまっています。薄ぼんやりとした闇に覆われた湖畔ですが、少しずつ少しずつ夜明けの気配が漂い始め――。

 ポーランド出身の絵本作家ユリー・シュルヴィッツの『よあけ』。夜というよりも夜明けをフィーチャーした作品ですが、夜の風景を描いた絵本としては定番中の定番と言えます。
 文章は必要最低限、絵画のように品格ある絵をたっぷりと見せる作りで、心地よい夜の空気にどっぷりと浸らせてくれます。絵柄はとてもシンプルな水彩画で、誇張もデフォルメも一切なし。かといって写実的というのとはまた違い、最小限の線と色で余計なものを排除しています。特に夜明けが訪れる前の夜の場面は青やグレー、グリーンといったほぼ同じ色合いで構成されたページが続き、夜の闇、真っ暗ではない自然の闇の色を絶妙に表現しています。そして、クライマックスの夜明けの場面。絵本の特性を最大限に生かし、自然が生み出す魔法を紙の上に見事に再現していて、絵本の醍醐味を存分に味わわせてくれます。


フローリアとおじさん

フローリアとおじさん

【あらすじ】
 花が咲き乱れる美しい庭のある家で一人ぼっちで暮らすおじさんのところに、ある日突然見知らぬ女の子がやって来ます。フローリアと名のった女の子をおじさんは家に住まわせることにし、毎晩花に囲まれた庭でレコードを聴かせるように。するとフローリアもいつしか歌うようになり、しかもその歌声は並外れた美しさを持っていて――。

 絵本作家であり漫画家でもある工藤ノリコさんの『フローリアとおじさん』。ひとりぼっちのおじさんと孤独な少女との音楽を介した心の交流を可愛らしい絵で描いています。
 夜をメインテーマに据えた絵本ではありませんが、月夜に花園で歌う場面がとても印象的に描かれている絵本です。漫画家でもある工藤さんの絵は独特のデフォルメがなされていて、特に人物はまるで大福のようなフォルムの顔に、ぽってりとしたたらこくちびる、首のない寸胴体形というコミカルな造形で、パッと見笑いを誘うような感じなのですが、一方で物語は孤独なおじさんと孤児の少女が出会い、いつしか家族のようになっていくというシリアスさなので、切なさもありつつ、でもほのぼのとした温かさもあって、ふっと心がほどけるような絵本になっていると思います。そして、いちばんの見どころはやはりフローリアが月夜の庭で歌うシーン。絵柄はこんなにもアンリアルなのに、今にも歌声が聞こえてきそうな臨場感に溢れていて、思わずうっとりとしてしまいます。音楽、花、夜、一つ一つのモチーフが丁寧に美しく描かれている絵本です。



 夜に読みたい絵本・私的10撰はこれで以上です。どれも有名な絵本ばかりなので、私がいまさら紹介しなくても知られているものばかりだと思いますが、今の季節にぴったりですので、ぜひ手に取ってみてください。


【ブログ内関連記事】
夜に読みたい小説・私的10撰 2014年9月16日
宮沢賢治の絵本・私的10撰 2014年9月20日  記事内で宮沢賢治作、清川あさみ絵『銀河鉄道の夜』を取り上げています。
海を描いた絵本・私的10撰 2015年7月17日  記事内で杉みき子作、黒井健絵『月夜のバス』を取り上げています。
[PR]
by hitsujigusa | 2015-10-19 16:45 | 絵本 | Trackback | Comments(0)

絵本 化鳥



【あらすじ】
 廉は橋のたもとで母親とふたり暮らしをする少年。母親は橋を渡る人々から橋銭を徴収する仕事で生計を立てている。廉は母に学校での出来事を明かし、人間が世の中でいちばん偉いものだと先生が言ったこと、それに対し廉が人も猫も犬もみんな同じけだものだと反論したことを話し――。


 9月に入りいよいよ秋めいてきましたが、今回取り上げるのは明治・大正・昭和を生きた幻想文学の大家・泉鏡花の作品です。もうすぐやって来る9月7日は泉鏡花の命日なのでそれに合わせてなのですが、これまで当ブログでは鏡花と同じ金沢出身で、同じ金沢の三文豪の一人である室生犀星をたびたび取り上げてきました。これは個人的に鏡花以上に犀星が好きだからですが、でも鏡花も好きです。なので今回命日に合わせて、初めて鏡花作品をピックアップしようと思った次第です。
 というわけで、この記事でフィーチャーするのは鏡花の短編作品「化鳥」(けちょう)を絵本化した『絵本 化鳥』です。『絵本 化鳥』は金沢市が主催する泉鏡花文学賞の40周年を記念して制作された絵本で、それ以前にも鏡花作品を絵本化した実績のある、僧侶でありながらイラストレーターとしても活躍する中川学さんが絵を手がけています。

 泉鏡花は幻想性・怪奇性の強い作品を多く発表し、こちら(現実)とあちら(非現実)が絶妙に交錯する唯一無二の文学世界を築き上げた小説家ですが、あまりにも突き抜けて独特なため、また、作品の多くは文語体で書かれているために決してとっつきやすい作家とは言えません。
 ただ、この「化鳥」は元々の文章が話し言葉の口語体で書かれ、さらに主人公の少年の子ども目線の親しみやすさがあり、そういった作品を絵本化したことによって初心者でもとっつきやすい鏡花世界への入り口になっています。
 とはいえ、原作は短編ではあるものの絵本の文章としてはそれなりの長さがあります。そのため原作から物語の本筋と関わる重要な部分を抜き出し、話がちゃんと繋がるように構成。物語を隅々まで味わうためにはもちろん原作を読むのが最良でしょうが、部分的に抜き出して再構成することによって、抽出して凝縮されたエッセンスのように、物語の本質がより分かりやすく、鮮明に浮かび上がるような文章になっています。原文の独特のリズムもそのまま活かされ、昔ながらの言葉づかいのおもしろさ、一編の詩を読んでいるような感覚を味わえます。たとえば物語の冒頭はこう始まります。


おもしろいな、
おもしろいな、

お天気が悪くって
外へ出てあそべなくってもいいや、
笠をきて、蓑をきて、
雨のふるなかを
びしょびしょぬれながら、
橋の上をわたってゆくのは
いのししだ。

おおかたいのししン中の王様が
あんな三角形の冠をきて、
まちへ出てきて、そして、
わたしの母様の橋の上を
通るのであろう。

とこう思ってみていると
おもしろい、
おもしろい、
おもしろい。



 かっちりした感じもありつつ、子どもの語り特有の柔らかさや自由さもあり、つい声に出して読みたくなるようなリズミカルな文で、言葉自体はところどころ古めかしい単語などもありますが、全体的に子どもにも読みやすくなっているのではないかと思います。

 ここで改めて作品のストーリーを説明しますと、主人公は小学校低学年くらいの男の子・廉(れん)。お母さんとふたり暮らしで、お母さんは橋のたもとの番小屋で橋の通行料を徴収する仕事をしているので、廉は母と一緒に川沿いの番小屋で暮らしているわけです。
 物語の中で繰り広げられるのは、廉の目に映る橋を渡る人々の風景と、大好きな母との日常。子どもの視点で語られる話は一見脈絡がないようでいて、妙に理屈がきちんと通っていたりして、奔放な想像力によるユーモアもたっぷりで、読んでいて微笑ましくなります。たとえば廉は橋の通行人たちを“いのしし”と言ったり、洋装の太った紳士を“鮟鱇博士”と名付けたり、しばしば人間以外の生き物にたとえます。じゃあそれは人を生きものに見立てて馬鹿にしているのかというと全く違って、それどころか人間も動物も同等、むしろ動物の方が上くらいのいきおいでもって話すんですね。そうした廉の自由な感性の背景にはお母さんの影響が強くあって、人が世の中でいちばん偉いと説く先生に反論した廉を先生がいさめたのを、さらに廉が“先生より花の方が美しい”と言い返したという話を聞き、お母さんは「そんなこと人のまえでいうのではありません。おまえと、母様のほかには、こんないいことしってるものはないのだから。」と優しく語りかけます。存在も、言葉も、ものの見方も、全部ひっくるめて全肯定してもらえる安心感というのが満ち満ちていて、現代の子どもは自己肯定感が低いという統計がありますが(大人も?)、こういう絶対的な肯定というか、何もかも含めて全てをくるんでしまう母の至上の愛情というのが、子どもにとったらどんな物を与えられるとか、どれだけこまめに面倒みてもらえるとかよりも、最高の、かつ基本中の基本の、幸福なのかなと思ったりもしますね。

 そうして母と子の密な世界を軸に物語は進み、中盤ではタイトルにもなっている化鳥=“はねのはえたうつくしいねえさん”というキャラクターが登場し、それをきっかけに廉は異世界へと片足を突っ込むことになります。
 ところで、この物語の背景には作者・鏡花の母への愛慕、憧れの心情があると言われます。鏡花は幼くして母を亡くしていて、その母を追い求める気持ちがこの「化鳥」でも理想的な母親像となって表れていますし、さらにこの世のものでない“化鳥”という美の化身、女神のような存在に昇華され、“美”を最上のものとする鏡花ならではの母への憧憬の吐露となっているのですね。

 そんな幻想的な世界をビジュアル化しているのが僧侶でありイラストレーターでもある中川学さん。中川さんの絵はパソコンで描かれたものだそうですが、輪郭のきりっとした色鮮やかな絵は切り絵のようでも、版画のようでもあり、手作りのようなぬくもりが伝わってき、デジタルという感じがしません。


c0309082_1685479.jpg

c0309082_16112538.jpg



 和の要素はたっぷりありながらモダンさもあり、上品さもありながらくすっと笑えるユニークなデフォルメがなされた絵もあり、日本画、版画、切り絵、浮世絵など、日本の絵の伝統を受け継いだ画風は、こちらもまた近世以前の日本的な情緒、妖美な世界を小説という形で提示した鏡花の作風と、まさにぴったりです。

 あまりにも特異で、あまりにも孤高なために、なかなか気軽には手に取りにくい鏡花作品ですが、こういった形のものなら大人はもちろん、子どもにも親しみやすいのではないかと思いますし、ほかの鏡花作品への扉を開ける好いきっかけになるのではないでしょうか。ちなみに、中川さんはほかにも鏡花作品の絵本化を手がけていて、『絵本 化鳥』以前に制作した『龍潭譚』(りゅうだんたん)は自費出版で完全限定生産のかなり高価な品なのでなかなか手に入れるのは難しいと思うのですが、今年の4月に出版されたばかりの『朱日記』はどこでも購入できますし、サイズも手に取りやすい小ぶりなもので、『化鳥』同様、鏡花と中川さんのコラボが素晴らしい本になっているので、ぜひこちらもお読みになってみてください。


:記事内の青地の文章、また、絵は、泉鏡花著、中川学画『絵本 化鳥』(国書刊行会、2012年11月)から引用させていただきました。




[PR]
by hitsujigusa | 2015-09-04 18:09 | 絵本 | Trackback | Comments(0)

スイミー―ちいさなかしこいさかなのはなし


 ますます夏らしくなりつつ今日この頃。海の日も迫っています。ということで、今回は海を描いた絵本の個人的なベスト10を取り上げたいと思います。ベスト10といってもランキング形式ではなく、10大・海の絵本となっています。


 まずはこれぞ海の絵本の定番!と言えるかどうかは分かりませんが、個人的にはなじみのある2冊です。


うみべのハリー (世界傑作絵本シリーズ―アメリカの絵本)

うみべのハリー (世界傑作絵本シリーズ―アメリカの絵本)

【あらすじ】
 黒いぶちのある白犬ハリーは飼い主の一家と海水浴にやって来ます。日陰を探して歩き回っていたハリーですが、そこに大波がやって来てハリーは頭から海草をかぶってしまいます。そのままの格好で走り出したものだから海水浴に来ていた人々はハリーを“海の怪物”と勘違いして海岸は大騒ぎになり――。

 ジーン・ジオン著、マーガレット・ブロイ・グレアム絵の『うみべのハリー』。『どろんこハリー』に始まる「どろんこハリーシリーズ」の1作で、ほかのシリーズ作品とともにロングセラーとなっています。
 何よりもこの絵本の魅力は主人公のハリーでしょう。おっちょこちょいでやんちゃなハリーのキャラクターがとにかくおもしろく、そしてかわいいです。ハリーは擬人化されているキャラクターではありませんが、どことなく人間臭く、そういったところも魅力の一つ。その一方で犬特有の活発さやいたずら好きな感じが絵にもよく表れていて、犬好きな人には特にたまらない絵本と言えそうです。
 海が主題の作品ではありませんが、海辺の雰囲気を楽しみつつ、ハリーを巡って起きる小事件に思わず笑ってしまう名作絵本です。


スイミー―ちいさなかしこいさかなのはなし

スイミー―ちいさなかしこいさかなのはなし

【あらすじ】
 小さい黒い魚のスイミーには大勢の兄弟たちがいましたが、皆赤い魚の中でスイミーだけが黒い魚でした。そんなある日、大きなマグロがやって来ます。泳ぎが得意なスイミーは何とか逃げて助かりましたが、ほかの兄弟たちは全員食べられてスイミーはひとりぼっちに。広い海をさ迷うスイミーでしたが、あるところで兄弟たちにそっくりな赤い魚たちを見つけて――。

 こちらもロングセラー、ベストセラーとなっているレオ・レオニ(レオ・レオーニ)作、谷川俊太郎さん訳の『スイミー ちいさなかしこいさかなのはなし』。小学校の国語の教科書にも長年掲載されており、そちらで親しんだ方も多いのではないでしょうか。
 サブタイトルにもあるように、小さくて賢い黒い魚のスイミーが活躍する話で、教科書で読んだ経験のある方はスイミーの賢さや機転の利かせ方が印象に残っていることが多いのではないかと思います。ですが、教科書よりも大判で絵が大きくなる絵本ですと、鮮やかな海や色とりどりの海の生きものたちの絵の美しさがより際立っていて心に残ります。作者のレオニさんは絵本作家ですが、イラストレーター、また、グラフィックデザイナーでもあります。そういった面がこの絵本の色づかいの美しさや繊細さ、海中の風景の独特な描き方にも表れていて、レオニさんにしか描けない唯一無二の世界観を作り出しています。子ども向けの絵本ではあるのですが、大人から見ても芸術性の高いアーティスティックな絵柄で、海の世界の美しさにどっぷりとひたれる素晴らしい傑作絵本と言えます。


 続いてはバスが重要なモチーフとなる絵本2冊です。


うみへいくピン・ポン・バス

うみへいくピン・ポン・バス

【あらすじ】
 駅前のバスターミナルから出発した岬灯台行きの青い路線バス。バスにはたくさんの乗客が乗り、その中には海へ向かう家族連れや釣り人たちの姿があり――。

 海へ向かうバス車内を舞台にした竹下文子さん作、鈴木まもるさん絵の『うみへいく ピン・ポン・バス』。バス車内の様子を描いた絵本なので厳密には海がメインの絵本とは言えませんが、海へ向かう時のワクワク感、高揚感が臨場感たっぷりに伝わってくる良作です。バスに限らず乗り物に興味を示すのは多くの場合男の子でしょうが、この絵本は単にバスを描いたというよりもバス車内で繰り広げられる人間模様、人々のふれあいがメインなので女の子でも十分楽しめます。また、バスの車窓から見える景色、バス車外の日常の風景が事細かに描写されていて、そういったなにげない細かい部分を発見する楽しみを味わうこともできます。もちろん乗り物大好きな男の子にとってはバス車内の構造、運転席の作りなど、普段見られないところを覗けるおもしろさもあり、乗り物好きな子どもでも、そうでない子どもでも、そして大人でも楽しめる絵本となっています。なお、この作品の前作として『ピン・ポン・バス』があり、シリーズ両方読むとさらに楽しめると思います。


月夜のバス

月夜のバス

【あらすじ】
 ある海沿いの国道。その道を一台のバスが走っていました。横断歩道を渡ろうとする少年の前にバスがさしかかり、少年がバス車内をふと見ると、そこは青い水で満たされた海のようになっていて――。

 児童文学作家の杉みき子さん作、黒井健さん絵の『月夜のバス』。元々は杉さんの『小さな町の風景』という短編集に収録されている短編作品ですが、そこに黒井さんの絵をつけて絵本化しています。
 夜の海辺を走るバスをモチーフにした幻想的な世界観が魅力的な作品で、元々が小説作品なので文章自体が美しく、映像が目に浮かぶような繊細な描写が印象的なのですが、そこに黒井さんの絵が加わることによって物語の幻想性がさらに鮮やかに際立たせられています。夜を舞台にした幻想文学なのでどことなく怪談のようなひんやりとしたものも感じさせるのですが、黒井さんの絵によってほっとするような温かみとふんわりとした柔らかさがプラスされていて、温かさと冷たさがほどよくミックスした空気感となっています。子どもももちろんですが、大人にこそ読んでほしい絵本だなと思いますね。


 次の3冊は海を描いた海外絵本3冊です。


海へいった話 (のばらの村のものがたり (7))

海へいった話 (のばらの村のものがたり (7))

【あらすじ】
 ねずみたちが暮らすのばらの村。思いがけず塩がなくなってしまったため、ダスティとポピーの若夫婦、若夫婦と仲良しのウィルフレッドとプリムローズの合わせて4人が、船で川を下って塩を作っている海辺のねずみたちの元に塩を貰いに行くことになり――。

 “のばらの村”に暮らすねずみたちを描いたイギリスの絵本作家ジル・バークレムさんの「のばらの村のものがたりシリーズ」の一作、『海へいった話』。普段暮らしている森の中の村からねずみたちが人生で初めて海へ行く姿を美しい絵とともに描いています。
 「のばらの村のものがたりシリーズ」の最大の魅力は何といっても繊細で緻密な水彩画の挿絵。ほかのシリーズ作品では豊かな森の風景―草花や木々や木の実―がねずみの視点で描かれたり、ねずみたちが住む木の幹の中に作られた家の断面図が事細かに描かれたりしますが、この『海へいった話』ではねずみたちの目に映る川や海の風景、海辺のねずみたちの家の様子が写実的に描かれています。キャラクターはねずみなのですが、ねずみらしさをほどよく残しつつも擬人化されていて、ささやかな日常のリアリティ、生活の息づかいがまるで人間の暮らしのように伝わってきます。その一方でねずみたちは自然の中で自然に溶け込んだ暮らしをしていて、人間とは違うねずみだからこその物語になっています。
 『海へいった話』単独でももちろん、ほかのシリーズ作品―『春のピクニック』『小川のほとりで』『木の実のなるころ』『雪の日のパーティー』『ひみつのかいだん』『ウィルフレッドの山登り』『ポピーのあかちゃん』―も合わせて、ぜひ「のばらの村のものがたり」を手に取ってみてください。


ズーム、海をゆめみて

c0309082_170251.jpg

【あらすじ】
 猫のズームは冒険が大好き。ある日、ロイおじさんの日記帳を見つけ、そこに書いてあった海へ行く道をたどります。ところが着いた場所は友だちのマリアさんのお家。もちろんどこにも海なんてありません。マリアさんに事情を話すと、マリアさんは家の壁の大きなしかけを回して――。

 ティム・ウィン・ジョーンズさん文、エリック・ベドウズさん絵の『ズーム、海をゆめみて』。『ズーム、北極をゆめみて』『ズーム、エジプトをゆめみて』とともに、猫のズームがちょっと不思議な冒険をするシリーズ作品です。
 ズームは猫のキャラクターですが、普通に人間が住むような家に暮らし2本足で立って生活しています。かといって100%擬人化されているわけでもなく、ズームの友人のマリアさんは人間の女性ですが、猫のズームに対して普通に接していて、そういった現実と非現実が絶妙に混じり合うような世界観がこの絵本(シリーズ全体)の大きな魅力となっています。絵はモノトーンの鉛筆画で、『急行「北極号」』や『ジュマンジ』などで知られるクリス・ヴァン・オールズバーグさんの絵の雰囲気に似ているかもしれません。その黒と白とグレーのみで構成された絵によって、物語の不思議さ、奇妙さがより強調されていて、読んでいてちょっとゾクッとするような子ども向けの絵本にしては珍しい雰囲気を漂わせています。大人の方、特にファンタジーやオカルティックなものが好きな方にはぜひ読んで頂きたい絵本です(残念ながらシリーズ3冊とも現在は絶版となっていますので、手に入れる場合中古のみとなります)。


チムとゆうかんなせんちょうさん―チムシリーズ〈1〉 (世界傑作絵本シリーズ―イギリスの絵本)

チムとゆうかんなせんちょうさん―チムシリーズ〈1〉 (世界傑作絵本シリーズ―イギリスの絵本)

【あらすじ】
 海辺に住む少年チムは船乗りになりたくてたまりません。普段はボート遊びをしたり、雨の日は知り合いのマクフィー船長に船乗りの話を聞きにいったりしています。そんなある日、チムは沖に停泊している汽船に乗れることになって――。

 イギリスを代表する絵本作家、エドワード・アーディゾーニの『チムとゆうかんなせんちょうさん』。全11作の「チムシリーズ」の第1作目です。物語は船乗りを夢見る男の子チムが実際に船に乗って……という話ですが、チムを待ち受けていたのは思っていたような楽しい世界ではなく船乗りのきつい仕事や大揺れする不安定な船旅で、子ども向けの絵本だからといっておもしろおかしくというだけではなく、仕事をするということの厳しさをしっかり描いているのが印象に残ります。そして、物語にもまして魅力的なのが絵。作者のアーディゾーニは自作の本のみならずほかの作家の童話の挿画も多々手掛けている人ですが、ペンと水彩で描かれる絵は繊細でありながらダイナミックさに満ちています。特にそれが際立つのが荒れる海のシーンで、ページいっぱいに描かれる海は飛び散る波しぶきやうねる渦などシンプルな描き方にもかかわらずとてもリアルで、こちらに迫ってくるような迫力があります。生き生きとした海を存分に味わえ、かつ、本物の海と触れ合って成長する少年の姿が気持ちの良い絵本です。


 最後は、海を描いた日本の絵本3冊を一挙にご紹介します。


赤い蝋燭と人魚

赤い蝋燭と人魚

【あらすじ】
 ある北の暗い海に人魚が一人でいました。人魚は妊娠していましたが、生まれてくる子どもに自分のような淋しく悲しい思いはさせたくないと考え、世界一優しいと聞く人間に育ててもらうために陸で子どもを産み落とすことにしました。そして、人魚の子どもは蠟燭屋の老夫婦に拾われ――。

 日本を代表する童話作家、小川未明の名作『赤い蠟燭と人魚』。今までさまざまな絵本画家によって絵本化されていますが、私が今回選んだのは個人的に好きな絵本作家、酒井駒子さんが絵を描いたものです。
 ストーリーは多くの方がご存知と思いますが、未明童話独特の暗さ、濃い闇、幻想性がふんだんに盛り込まれた作品で、子どもが読むにはちょっと難しいかもしれないくらいの不穏さ、深みがあります。一方で酒井さんの絵にもほんのりとした闇や影、この世のものでないような艶めかしさが漂っていて、その特有の空気感が未明童話の雰囲気と絶妙にマッチしています。文章と絵、それぞれがお互いを引き立て合っているような、これ以上ない素晴らしい組み合わせの『赤い蠟燭と人魚』ではないかなと思います。


うみのおまつり どどんとせ (ばばばあちゃんの絵本)

うみのおまつり どどんとせ (ばばばあちゃんの絵本)

【あらすじ】
 ある日、ばばばあちゃんが海の丘に登ると小鳥が手紙を持ってきました。その手紙には大きなクジラが海岸で眠っていてみんなが困っていることが書かれていました。ばばばあちゃんはクジラを起こすため、仲間たちと一緒にたくさんの楽器を持って海岸へ出かけますが――。

 さとうわきこさんの『うみのおまつり どどんとせ』は、元気で豪快なばばばあちゃんが活躍する「ばばばあちゃんシリーズ」の一作です。海岸で眠りこけているクジラを起こそうとばばばあちゃんたちが奮闘するというシンプルなストーリーですが、タイトルのとおりまさにお祭り騒ぎで「ばばばあちゃんシリーズ」らしい賑やかさです。なによりクジラを目覚めさせようとする方法がばばばあちゃんらしく、決してクジラを無理矢理どかそうとしたり邪険にしたりするのではなく、太鼓やラッパで騒がしくすることで問題を解決しようとするところにばばばあちゃんの優しさが感じられます。だからこそ、ばばばあちゃんのやり方は一見強引な感じもしますが嫌な感じはなくて、痛快で楽しいものとなっています。


海のいのち (えほんはともだち―立松和平・伊勢英子心と感動の絵本 (25))

海のいのち (えほんはともだち―立松和平・伊勢英子心と感動の絵本 (25))

【あらすじ】
 太一の父は漁師でしたが、太一が幼い頃に海に潜ったまま戻ってきませんでした。そうして成長した太一は自らも海に潜るようになり、父の命を奪った巨大な魚を追いかけますが――。

 小説家、立松和平さん文、伊勢英子さん絵の『海のいのち』。小学6年生の国語の教科書にも採用されているので読まれた方も多いのではないかと思います。
 海で命を失った父の面影を追い続ける少年を主人公に、海で生きる者の厳しさ、過酷さを真正面から描いていて、“海”という大きな存在と徹底的に向き合った作品となっています。タイトルの「海のいのち」の中には、亡くなった太一の父の命、成長して海に潜る太一自身の命のほかに、海で生きる全ての者の命も含まれていて、海によって生かされる者、海によって命を奪われる者、さまざまな視点からの“海”が描かれていて、圧倒されるとともに考えさせられもする作品となっています。そこに伊勢英子さんの温かみのある絵が加わることによって物語から漂う厳しさが和らげられていて、子どもにも読みやすい物語になっていると思います。



 以上が、海を描いた絵本・私的10撰です。必ずしも海をメインテーマにした絵本ばかりではないですが、どれも海を魅力的に描いた絵本ばかりです。今の季節にぴったりだと思いますので、ぜひ手に取って読んでみてください。


:『ズーム 海をゆめみて』の書影は、オンライン書店「ルナール書房」のホームページから引用させていただきました。
[PR]
by hitsujigusa | 2015-07-17 15:15 | 絵本 | Trackback | Comments(0)

c0309082_163552.jpg


 9月21日は日本を代表する童話作家・宮沢賢治の命日です。独特の文章、表現で唯一無二の世界観を築いた宮沢賢治。童話の多くが絵本化され、たくさんの人々に親しまれています。そんな宮沢賢治童話の絵本の中から、私が特に良いと思った10冊をご紹介します。


 まずは、賢治童話の中でも知名度の高い3冊です。


銀河鉄道の夜

銀河鉄道の夜

【あらすじ】
 母親とふたりで暮らす少年・ジョバンニは、学校では友だちがあまりおらず、放課後にアルバイトをしている活版所でもまわりの大人たちに冷たく扱われていました。ですが、友人のカムパネルラだけはジョバンニに優しく接してくれるのでした。そんな中、町では銀河のお祭りが行われるとあって、ジョバンニもお祭りを見に行こうとしますが、途中で会った同級生のザネリにからかわれ、町はずれの丘に向かいます。丘で淋しく星空を眺めるジョバンニでしたが、突然強い光に包まれ、気づくとなぜか銀河を走る鉄道に乗っていて――。

 宮沢賢治の童話の中で最も有名と言える名作『銀河鉄道の夜』。絵はアーティストである清川あさみさんです。
 清川さんの絵は絵の具や鉛筆などの画材で絵を描くものではなく、紙に直接刺繍をして絵を作り出すという独特な手法。ビーズやスパンコール、糸や布で絵を描き、それをそのままプリントしているわけなので、とても立体的で奥行きがあり、陰影も深いです。
 絵は全体的に落ち着いた色調で、かつ、人物やモノのかたちが明確に描かれない分、子どもにとって分かりやすいものではないかもしれません。ただ、ビーズやスパンコールなどの装飾が生み出す光と影、派手すぎない洗練された色づかいは、この童話の中の情景を見事にビジュアライズしています。その美しさは幼い子どもにもきっと伝わるのではないでしょうか。
 ちなみに清川さんは同じく宮沢賢治の『グスコーブドリの伝記』の絵本も同様の手法で作っていますが、『グスコーブドリの伝記』は多少社会的で重厚な内容となっています。一方、この『銀河鉄道の夜』は抒情的でロマンティックな童話なので、清川さんのアートの雰囲気には『銀河鉄道の夜』の方がより合っているような気がします。


やまなし (ミキハウスの絵本)

c0309082_144207.jpg

【あらすじ】
 ある谷川に2匹の蟹の子どもが住んでいました。2匹は兄弟で、“クラムボン”について話したり、川を泳ぐ魚について話したり、川の底で楽しい日々を過ごすのでした。そして12月、蟹の兄弟はもう大きくなっていて――。

 こちらも特に有名な賢治童話のひとつである『やまなし』。小学6年生の国語の教科書にも長年掲載されているので、多くの子どもに親しまれているのではないでしょうか。上述した『銀河鉄道の夜』は長編でしたが、『やまなし』は短編、しかもストーリーらしいストーリーがなく、蟹たちの日常をスケッチのように描写したごくごく短いものなので、幼い子にもとっつきやすいでしょう。
 この絵本の絵を手掛けているのは川上和生さん。上の書影を見て頂いても分かると思うのですが、柔らかい線に優しいタッチ、淡い色づかいで、『やまなし』のほのぼのとした雰囲気にピッタリな絵だなと思います。それでもただ可愛らしい絵というのとは違って、蟹の姿かたちをデフォルメしながらもリアルさを残していますし、梨のちょっとごつごつした素朴な感じなんかもよく表現されていて、『やまなし』で賢治が描写した自然の美しさがちゃんと絵によって再現されているように感じます。


注文の多い料理店 (日本の童話名作選)

注文の多い料理店 (日本の童話名作選)

【あらすじ】
 ふたりの若い紳士が山に狩猟にやって来ました。ところが案内してきた鉄砲打ちも姿を消し、山の恐ろしい雰囲気に気圧された2匹の犬も泡を吐いて死んでしまいました。迷子になったふたりが山をさまようと、突然西洋造りの家が現れました。その玄関には「西洋料理店 山猫軒」という札がかかっていて――。

 賢治童話の中でも不気味な作品として知られている『注文の多い料理店』。ストーリーは多くの方がご存知のことと思います。
 そのおどろおどろしい物語にピッタリの絵を手掛けているのは島田睦子さん。厳密に言えば絵ではなく木版画ですね。カラフルというよりは限定的な色づかいで山の暗さ、料理店の閉鎖的な雰囲気を作り上げていて、また、木版画特有の重厚な趣きも相まって、物語の怖い空気感を高めています。子どもが好むようなタイプの絵ではないと思うのですが、なにより作品の奇妙さ、怪しさがインパクト大、心に残るという点で素晴らしいアートです。


 次は、冬を描いた作品3つです。


雪わたり (ミキハウスの絵本)

雪わたり (ミキハウスの絵本)

【あらすじ】
  雪がすっかり凍ったある日、四郎とかん子の兄妹が雪靴を履いて森の近くまで出かけると、森から白い狐の子がやって来ました。黍団子をあげようと言う狐の紺三郎に、思わずかん子は偽物だろうと言ってしまいます。気を悪くした紺三郎でしたが、狐が嘘つきじゃないことを証明するために二人を幻燈会に招待すると言います。幻燈会の入場券をもらった四郎とかん子は十五夜の夜、森を訪れますが――。

 冬の森で人間の子どもと狐の子どもが一夜のふれあいを交わす『雪わたり』。賢治は人間と自然(動物)の対立といったことも童話に書いていますが(『注文の多い料理店』、『オツベルと象』など)、この作品は全くそうではなく、人間の子どもと狐たちが境界を超えて交流する温かいお話です。なぜそれが可能かというと、やはり子どもだからなんでしょうね。最初は四郎とかん子も狐に対して警戒心を全く持っていないわけじゃないけれど、狐たちの世界に触れて彼らを知ることで、素直にそれを受け入れていく。現実世界における異文化交流みたいな感じもして、先入観や色眼鏡にとらわれない子どもの姿に教えられるものがあるなと感じます。
 絵を描いているのは方緒良さん。全編モノトーンのみの色彩で、凍てつく冬の寒さ、空気の冷たさ、雪の白さ、影の濃さが、ヒシヒシと伝わってくる絵です。人間界から狐の世界に行くという異界譚でもありますから、その非日常的な雰囲気を見事に表した絵だと思います。


水仙月の四日 (日本の童話名作選)

水仙月の四日 (日本の童話名作選)

【あらすじ】
 水仙月の四日、赤い毛布をかぶった子どもが雪山の中をひとり、家に向かって歩いていました。そこに現れたのは2頭の雪狼(ゆきおいの)を連れた雪童子(ゆきわらす)。雪童子はヤドリギの枝を投げたりして子どもをからかいますが、子どもは雪童子の存在に全く気づきません。すると突然天気が急変し、雪婆んご(ゆきばんご)がやってきて――。

 こちらも人間の子どもと自然との交流を描いた『水仙月の四日』。ただし、この作品の“自然”は『雪わたり』の狐と違ってもっと厳しいもので、吹雪を起こす雪童子、雪婆んごといった個性的なキャラクターが登場します。また、子どもがその存在に気づくことがないという点でも、『雪わたり』とは異なります。
 雪童子や雪婆んごは吹雪を起こす存在なので、人間からすると敵のようなもので、まさに自然の厳しさ、過酷さを象徴しています。特に、雪婆んごは何人もいる雪童子たちの親玉みたいな人物で、長い白髪に尖った耳を持つといういかにも怖いキャラクター。雪童子たちは雪婆んごの命令に従って雪を降らせるわけで、この童話ではとことん冬の過酷な面が描かれていて、怪談のような怖ささえ感じます。でも、雪童子は悪者かというとそうではなく、そこはやはり子どもですからイタズラ心もあったりして、同年代の子どもに興味を持って自ら関わってしまいます。人間を困らせる立場の雪童子が、その困らせる相手に惹かれてしまうという点には切なさもあり、冷ややかな雰囲気の中でもささやかな温かみを感じられる話となっています。
 この本の絵を描いているのは伊勢英子さん。硬質な色づかいの一方、柔らかいタッチが印象的な絵です。儚く幻想的な雰囲気が、この物語に漂う切なさを美しく表現していますね。


氷河ねずみの毛皮 (日本の童話名作選)

氷河ねずみの毛皮 (日本の童話名作選)

【あらすじ】
 ひどい吹雪に見舞われた12月26日のイーハトヴの停車場、ベーリング行きの急行列車が午後8時に発車します。列車には顔の赤い肥った紳士や痩せた赤ひげの男、船乗りの青年などが乗りこみました。列車は一路ベーリングへ向けて、吹雪の中を走りますが――。

 子どもと自然(動物)のふれあいを描いた『雪わたり』『水仙月の四日』から一転、大人と自然の対立を描いたのが『氷河ねずみの毛皮』です。同じ冬の話でも森や雪山を舞台にしている『雪わたり』『水仙月の四日』とは異なり、列車という密室の中で繰り広げられる物語は何とも言えない緊張感が漂っていて、ファンタジーには違いないのですが現実的な感じもします。そこに人間への警鐘となるテーマも含まれていて、重みのある作品になっていますね。
 絵を担当しているのは絵本画家でイラストレーターの木内達朗さん。油彩特有の重厚感のある画風はこの童話のミステリアスな世界観によく合っていて、冬のずっしりとした空気、男たちのあいだに漂う不穏な気配を生々しく描き出しています。


 続いては、人間への皮肉、風刺をこめた3作品。


猫の事務所 (日本の童話名作選)

猫の事務所 (日本の童話名作選)

【あらすじ】
 軽便鉄道の停車場の近くにある猫の第六事務所には、事務長の黒猫、一番書記の白猫、二番書記の虎猫、三番書記の三毛猫、そして四番書記のかま猫がいました。かま猫はほかの書記たちから見下されいじめられながらも、懸命に仕事を続けていましたが――。

 猫の世界を描いた『猫の事務所』。あらすじでも分かるようにいじめをテーマにしていて、軽みもあるのですがわりとシビアな話となっています。キャラクターを猫とすることでやんわりぼかしてはいますが、同じ猫同士にもかかわらずランク付けをして差別する姿は、文化や人種や民族で優劣をつけたがる人間そのものだなと思います。
 絵はベテラン絵本作家の黒井健さん。色鉛筆で描く柔らかな雰囲気の絵が特徴ですが、いじめというシリアスなものを扱った話であるぶん、黒井さんの温かみのある絵によってうまくバランスを取っているように感じますね。


オツベルと象 (ミキハウスの絵本)

オツベルと象 (ミキハウスの絵本)

【あらすじ】
 ある日、地主のオツベルが経営する仕事場に、大きな白い象が現れました。無知で純粋な白象をオツベルはうまく言いくるめて自分のものにし、自分のために白象を働かせるのでした。最初は楽しく暮らしていた白象でしたが、しばらくすると疲弊してきて――。

 『オツベルと象』は搾取する側(資本家)と搾取される側(労働者)との対立を書いたものとよく解説され、やはり人間への批判をこめた童話として読むことができます。ですが、決して説教臭いものではなく、白象という人間味溢れる愛らしいキャラクターや白象を助ける神秘的な存在などファンタジックで楽しいですし、白象をいじめるオツベルにしても冷酷な資本家というよりも、その自分本位さが人間臭くもあってどこか憎めない人物だなと感じます。
 絵を描いているのは人気絵本作家の荒井良二さん。力強いタッチで描かれた絵は荒々しくも繊細で、動と静、狂気的とも言える情熱と切ないセンチメンタルさの入り混じったこの童話の本質を表現した絵だと思います。


狼(オイノ)森と笊森、盗森 (日本の童話名作選)

狼(オイノ)森と笊森、盗森 (日本の童話名作選)

【あらすじ】
 ある秋の日、4つの森に囲まれた野原に、農民たちがやってきます。農民たちが畑を作ること、家を建てること、火を使うこと、少し木をもらうことをしてもいいかと森に訪ねると、森は「いいぞお」と答えてくれました。そうして農民たちはそこに暮らすようになりますが――。

 『狼森と笊森、盗森』(おいのもりとざるもり、ぬすともり)は、自然の中に入ってきた人間と森や山といった自然との関係を描いていますが、単純な対立構造ではなく、共存していかなければいけない難しさが書かれています。自然に対する敬意、謙虚さというのは昨今でもよく言われることですが、人間というのは忘れる生きもので作中でもその点がポイントとなっていますね。印象的なのは森や山が心を持つ存在として描写されていることで、感情豊かで人間的な姿はおもしろいなと思います。
 画家はイラストレーターの村上勉さん。曲線的で細かい画風は独特の味わいがあって、農民の土臭さとか森や山の持つ得体のしれない感じが絶妙に表現されています。


 最後は幻想的なこちらの作品です。


チュウリップの幻術 (日本の童話名作選)

チュウリップの幻術 (日本の童話名作選)

【あらすじ】
 チューリップが咲き乱れる5月の農園に、ある日洋傘直しの男がやって来ました。洋傘直しが出会った園丁に何か研ぐものはないかと聞くと、園丁は剪定ばさみを持って来ました。洋傘直しがはさみを研ぐと、次に園丁は西洋剃刀を持って来て――。

 春の農園を舞台にした童話『チュウリップの幻術』。賢治童話の中ではあまり知られていない作品ですが、めくるめく夢のような世界観は賢治らしさに溢れています。物語は農園に洋傘直しがやって来て刃物を研ぐという一見現実的な話なのですが、それは最初だけでいつのまにか現実なのか夢なのかよく分からないあやふやな感じになっていきます。テーマがどうとかいうよりは、ただ不思議な感覚に陥る、引き込まれていくのが楽しい作品ですね。
 絵を手掛けるのは田原田鶴子さん。優しい画風ながらも重量感のあるタッチで、光と影のコントラスト、色とりどりの花々、春のうららかな空気を繊細に描写していて、とらえどころのない幻想的な雰囲気を見事にビジュアル化しているなと思います。



 宮沢賢治の絵本・私的10撰はこれで以上です。宮沢賢治の童話を絵本にしたものは数え切れないほどあり、特に『銀河鉄道の夜』や『注文の多い料理店』など有名な作品はいろんな絵本作家さん、画家さんのものがあって、どれを選べばいいのか迷ってしまうくらい数多く出版されています。
 その中で今回ピックアップした10冊は、私がこれまで読んできた中でも印象に強く残った宮沢賢治の絵本です。これが絶対というわけではありませんが、ひとつの童話でも画風、絵柄によって全く違った雰囲気になるので、この記事も絵本をチョイスする際のちょっとした手助けになればなと思います。


:『やまなし』の書影は、絵本・児童書情報サイト『絵本ナビ』から引用させていただきました。

【ブログ内関連記事】
秋に読みたい絵本・私的10撰 2013年9月21日  記事内で『狼森と笊森、盗森』を取り上げています。
冬に読みたい絵本・私的10撰 2013年12月15日  記事内で『氷河ねずみの毛皮』『雪わたり』を取り上げています。


[PR]
by hitsujigusa | 2014-09-20 18:20 | 絵本 | Trackback | Comments(2)

ビロードのうさぎ



 12月も半ばに差し掛かり、いよいよ冬めいてきました。ということで、この季節にふさわしい、独断と偏見で選んだ冬に読みたい絵本・私的10撰をご紹介したいと思います。


 まずは、間近に迫ってきたクリスマスをテーマにした絵本6冊を。


急行「北極号」

急行「北極号」
【あらすじ】
 あるクリスマスイブの夜、サンタクロースを待つ“僕”の家の前に急行「北極号」が現れます。「北極号」に乗り込んだ僕を待ち受けていたのは、たくさんの子どもたち。心をときめかせる子どもたちを乗せて、「北極号」は森を抜け、山を越え、何と北極点に到着して――。

 ハリウッドでアニメーション化もされたクリスマスの大定番絵本、『急行「北極号」』。作者のクリス・ヴァン・オールズバーグさんはアメリカを代表する絵本作家で、日本語訳は日本を代表する小説家、村上春樹さんです。
 この絵本の最大の魅力は、オールズバーグさん特有の色鮮やかさと陰影が混在する芸術的な絵。この絵本のイラストには多くの色彩が使われていて、クリスマスイブの楽しい雰囲気、子どもたちのワクワクドキドキとした気持ちが臨場感たっぷりに描かれています。その一方で、色彩の彩度は抑えられていて、冬の夜に漂う暗闇、影、冷え冷えとした空気が、まるで自分がその場に居て体験しているかのように、ありありと伝わってきます。
 この作品は子どもにとっては楽しいクリスマス絵本ですが、大人が読むとまた違った感覚に陥るのではないかと思います。一見すると子どもたちの不思議な楽しい冒険を描いたファンタジー絵本という風情で、もちろんそれが物語の軸ではあるのですが、それと同時に“いつか去ってゆく子ども時代”を描いた作品でもあります。なぜ、「北極号」には子どもしか乗っていないのか、また、乗れないのか。その意味を考えた時、ふっと淋しさがよぎり、切なさが込み上げます。だからこそ、「北極号」に乗れる無邪気で純粋な子どもたちの姿、そして、「北極号」という存在がとてもまぶしく、かけがえのない愛おしいものに感じられます。
 絵が醸し出す雰囲気と物語が伝えるメッセージが見事にマッチした、老若男女楽しめるクリスマス絵本ですね。


すずの兵隊さん (児童図書館・絵本の部屋)

すずの兵隊さん (児童図書館・絵本の部屋)
【あらすじ】
 ある男の子への誕生日プレゼントとしておもちゃの兵隊のセットが贈られました。これらの兵隊は25人で同じ古いスプーンから作られたものでしたが、1人の兵隊だけは材料が足りず、1本足でした。いつしか1本足の兵隊は、紙で出来たお城の入り口に立つ、紙製のバレリーナの人形に想いを寄せるようになり――。

 言わずと知れた童話作家、ハンス・クリスチャン・アンデルセンの名作『すずの兵隊さん』。絵はアメリカのイラストレーター・絵本画家のフレッド・マルチェリーノさんです。
 アンデルセン童話の特徴は大げさでない静かなもの哀しさや切なさですが、その中でもこの作品はアンデルセン童話の魅力が凝縮された物語ではないかと思います。人間の都合によって1本足で生まれてきたおもちゃの兵隊は自らの意思でバレリーナに恋をしますが、それさえも運命のいたずらによって、また、人間の手によって邪魔されてしまいます。それでもバレリーナを想い続ける1本足の兵隊……。おもちゃを擬人化した童話やアニメは多くありますが、この作品の兵隊やバレリーナは自分の足で動いたり歩いたりするわけではなく、あくまで普通のちっぽけなおもちゃです。しかし、アンデルセンはおもちゃに心を与え、物語に“偶然の奇跡”を付与することによって、美しいラブストーリーに仕立て上げました。その結果、擬人化された物語とはまた一味違う、儚くささやかな作品となっています。
 『すずの兵隊さん』の絵本は他にも多くありますが、このフレッド・マルチェリーノさんが描いた絵は良い意味でクセが無く、誰にでも親しみやすい絵柄でおすすめです。


ビロードのうさぎ

ビロードのうさぎ
【あらすじ】
 クリスマスプレゼントとしてある男の子の元にやってきたビロードのうさぎ。男の子はうさぎを気に入り、大切にしてくれました。が、ある日うさぎに悲劇が訪れて――。

 こちらも古典的名作といわれるマージェリィ・W・ビアンコ作の『ビロードのうさぎ』。絵は人気絵本作家、酒井駒子さんです。
 人形=おもちゃを題材にしているということで、『すずの兵隊さん』とも共通しますが、『ビロードのうさぎ』はまた少し着目点が違って、子どもに愛されるということはおもちゃにとってどういうことかという、おもちゃと子どもの関係性を描いた作品となっています。
 おもちゃを大切に、モノを大事に、というのは全ての親が子どもに言う当たり前の教えだと思いますが、この作品にはなぜ大切にしなければいけないのか、という本質が描かれているような気がします。また、物語がうさぎ目線で描かれているので教訓的にならず、押しつけがましくもなく、優しくじんわりと心に染み込んできます。モノが溢れる現代、ついつい使い捨てしたり粗末にしたりしがちですが、モノを大切にする心の尊さを改めて教えてくれる、大人にとっても読みごたえのある絵本ではないかと思います。
 そして、物語の雰囲気を見事に表現しているのが酒井駒子さんの美しい絵。風格・重厚さと可愛らしさが同居する不思議な魅力を持つ絵です。


子うさぎましろのお話 (おはなし名作絵本 3)

子うさぎましろのお話 (おはなし名作絵本 3)
【あらすじ】
 クリスマスの日、子うさぎのましろは、サンタクロースのおじいさんからプレゼントをもらいました。しかし、もうひとつプレゼントが欲しくなったましろは体に炭をこすりつけて、黒いうさぎに。別のうさぎになりすましたましろがサンタクロースのおじいさんに会いに行くと、おじいさんは小さな種をくれて――。

 こちらは日本を代表するクリスマス絵本、『子うさぎましろのお話』。文は佐々木たづさん、絵は三好碩也さんです。
 物語は子どものうさぎが欲張って、プレゼントを余計にもらおうとするというシンプルなものですが、この作品も『ビロードのうさぎ』同様、単なる教訓話に終わらない深い作品となっています。
 子どもが嘘をついたとき大人はどうすればいいのか、そして子どもの心はどういう状態になるのか、そういった心理描写的な部分が絶妙だと思うのですが、それを人間同士の話でなく、うさぎとサンタのおじいさんの話にすることによって、物語の世界に入り込みやすく、また共感しやすくなっていますね。ましろというキャラクターも秀逸で、悪い事をしてしまうのですが憎めない可愛らしさが前面に出ていて、子どもの特徴をうまく具現化したキャラクターだと思います。
 もちろん絵も素晴らしいです。ベースは白で、そこにパステルのような線画でちょこちょこ色が付けられています。描き込みすぎないことで白さが目立って、雪の降り積もった冬の雰囲気がよく表わされています。


羊男のクリスマス (講談社文庫)

c0309082_0341385.jpg

【あらすじ】
 クリスマスソングを作曲するよう依頼された羊男。ところが、クリスマスが近づいてもなぜか作曲が進みません。羊男が羊博士に相談すると、羊にとって神聖な日である聖羊祭日には穴の開いた食べ物は食べてはいけないのに、羊男がドーナツを食べてしまったせいで呪いがかかったのが、作曲が進まない理由だと言われます。困った羊男は穴の開いていないドーナツを手に旅に出て――。

 小説家村上春樹さんと漫画家であり絵本画家でもある佐々木マキさんがタッグを組んだ絵本『羊男のクリスマス』。
 あらすじを読んで分かるように何だかわけの分からないめちゃくちゃな話で、ストーリーもあるようでないような不思議な物語です。直接クリスマスとはあまり関係ない感じなのですが、羊男や羊博士、ねじけや双子の女の子など、謎めいたキャラクターが次々と登場して、よく分からないけれどほのぼのとしてクスッと笑えて、ホッとできる絵本となっています。
 村上春樹さんはこういった独特の世界観の短編、ショートショートを多く書いている方ですが、この絵本は村上さんのお話だけでは完成しなくて、やはり佐々木マキさんのイラストが大きな役割を担っているように感じます。元々前衛的な作風で人気を得た漫画家だっただけあって、ポップさがありながらもどこか抜けていて、軽みのある絵なんですね。その抜け感と村上さんの文章の抜け感とがうまい具合にハマっていて、見事な相乗効果を生み出している絵本です。
 ここでは手に入りやすい講談社文庫版を提示しましたが、絵本なので単行本で読んだ方が絵も存分に楽しめて、より絵本感も味わえるのではないかと思います。
 ちなみに“羊男”というのは村上さんの長編小説『羊をめぐる冒険』で初登場し、その後の作品でもチラホラ登場する謎のキャラクターです。同じく村上さんと佐々木さんがコラボし、羊男が登場する『ふしぎな図書館』も良いです。


アンナの赤いオーバー (児童図書館・絵本の部屋)

アンナの赤いオーバー (児童図書館・絵本の部屋)
【あらすじ】
 去年の冬、アンナのオーバーは小さくなっていたので、戦争が終わったら新しいのを買ってもらうことをお母さんと約束していました。そして戦争は終わりましたが、家にお金はなく、お店にも物はありませんでした。お母さんは一からオーバーを作ることを考え――。

 実話を基にした絵本『アンナの赤いオーバー』。作者はハリエット・ジィーフェルトさん、絵はアニタ・ローベルさんです。
 この絵本の最大の魅力は、何もないところから一つのオーバーが出来上がっていく詳しい過程が描かれていることです。金時計と引き換えに羊毛をもらって、ランプと引き換えに羊毛を紡いでもらって、紡いだ毛糸を赤く染めるためにコケモモを摘みます。今はお金さえ払えば簡単にモノが手に入る時代ですが、そうではない時代があり、オーバーひとつ作るということがどれだけ大変なことなのかということが、理屈ではなく実感としてよく分かります。
 モノがないからこそ、モノを大切にする人々の心の豊かさに、温かくなれる絵本です。


 続いて、宮沢賢治の冬の絵本2冊です。


氷河ねずみの毛皮 (日本の童話名作選)

氷河ねずみの毛皮 (日本の童話名作選)
【あらすじ】
 ひどい吹雪に見舞われた12月26日のイーハトヴの停車場、ベーリング行きの急行列車が午後8時に発車します。列車には顔の赤い肥った紳士や痩せた赤ひげの男、船乗りの青年などが乗っていました。列車は一路ベーリングへ向けて、吹雪の中を走りますが――。

 宮沢賢治作『氷河ねずみの毛皮』は、宮沢賢治の童話の中でもさほど知名度が高い作品とは言えませんが、賢治らしさがところどころに読み取れる隠れた名作です。
 宮沢賢治という人は季節の空気や雰囲気を見事に書き表す童話作家ですが、中でも私は冬を描いた童話が好きです。冬特有のピリピリした空気、凍てつくような風、陰影の深い空や大地、そうした冬の雰囲気が肌に伝わるような生々しさを持って描かれています。
 この『氷河ねずみの毛皮』もそうした“冬感”満載の作品ですが、それと同時に自然VS人間という賢治童話の特徴がよく表れた作品でもあります。さりげなくではありますが、動物を殺してその毛皮を利用する人間への警鐘が鳴らされていて、考えさせられるところもありますね。
 絵を描いているのは絵本画家でイラストレーターの木内達朗さん。『急行「北極号」』のクリス・ヴァン・オールズバーグさんの絵とも似ていますが、より重厚かつ陰影が深くて、怪しげでどこか不気味な雰囲気が漂う『氷河ねずみの毛皮』の世界を見事にビジュアル化しています。


雪わたり (ミキハウスの絵本)

雪わたり (ミキハウスの絵本)
【あらすじ】
 雪がすっかり凍ったある日、四郎とかん子の兄妹が雪靴を履いて森の近くまで出かけると、森から白い狐の子がやって来ました。黍団子をあげようと言う狐の紺三郎に、思わずかん子は偽物だろうと言ってしまいます。気を悪くした紺三郎でしたが、狐が嘘つきじゃないことを証明するために二人を幻燈会に招待すると言います。幻燈会の入場券をもらった四郎とかん子は十五夜の夜、森を訪れますが――。

 こちらも宮沢賢治の冬の名作『雪わたり』です。
 大人の世界を描いた『氷河ねずみの毛皮』とは対照的に、『雪わたり』は子どもの世界を描いています。また、前者は人間と自然が対立するさまを主題としていましたが、後者では人間の子どもである四郎とかん子の兄妹と狐の子どもである紺三郎とは、人間と動物という枠を超えて仲を深めます。自然や動物と対立せざるを得ない大人と違い、友達になれる子ども。こういう子どもの描き方も賢治は上手く、子どもというものの本質を突いているように感じます。
 絵を担当するのは方緒良さん。黒と白とグレーのみのモノトーンで描かれた世界からは、まさに空気も凍てつく真冬の感じがヒシヒシと伝わってきますし、この世のものでないようなきつねの世界の幻想的な雰囲気も表現されています。


 続いては、雪をテーマにしたこちらの絵本。


ゆきがやんだら (学研おはなし絵本)

ゆきがやんだら (学研おはなし絵本)
【あらすじ】
 ある朝、“ぼく”が起きたら外は雪が降り積もっていました。雪のせいで保育園はお休み、帰ってくるはずだったお父さんが乗った飛行機も止まってしまって、“ぼく”はママと家に二人きり。“ぼく”はほとんど見たことのない雪にワクワクしますが――。

 酒井駒子さんの絵本『ゆきがやんだら』。
 見慣れない雪を見て喜ぶ子どもを描いたシンプルな作品ですが、“雪”という非日常的なものに敏感に反応し、些細なことにも心をときめかせる子どもの特徴を絶妙にとらえています。また、主人公のうさぎの子は団地のようなところ、つまり普通の町に住んでいるのですが、滅多に雪が降らない地域に雪が降るとこういう感じになるよなぁという感じもうまく描き表わされていて、キャラクターは“うさぎ”ですが、リアリティが感じられます。
 良いなと思うのは、描かれている親子の在り方。雪が降って困ったな、予定が狂って嫌だなというのではなく、いつもとは違うからこそ、この特別な時間を親子水入らずで楽しもうというお話になっていて、子どもを包むお母さんの温かさ、優しさというのが伝わってきます。
 雪というのは不思議なもので、単なる自然現象に過ぎないのですが、雪が降るとまるで別世界のような、日常から切り離されたかのような感覚になります。酒井さんの絵は雪の降る日特有の沈んだ色合いで、そうした閉鎖的で非日常的な暗さをもきちんと描いています。


 最後は日本の冬の童話の名作です。


手ぶくろを買いに (日本の童話名作選)

手ぶくろを買いに (日本の童話名作選)
【あらすじ】
 きつねの親子が棲んでいる森に冬がやって来ました。きつねの子は雪に驚きながらも洞穴を出て、雪の中で遊び回りますが、その手は雪にかじかんで牡丹色になってしまいました。子ぎつねに手袋を買ってやろうと考えた母さんぎつねは、子ぎつねの片方の手を人間の手に変えて、子ぎつね一人で人間の町に行かせますが――。

 童話作家、新美南吉の名作『手ぶくろを買いに』。
 あまりにも有名なので、あえて私が書くこともないのですが……。子どもの頃読んだ時は単純に、子どもに手袋を買ってやりたいと思う母親の愛情、子ぎつねの手を見ても何も言わなかった帽子屋さんの優しさが印象に残り、ハートウォーミングな童話だなと感じました。ですが大人になって読むと、、黙って子ぎつねに手袋を売ってくれた帽子屋の気持ち、人間は恐くないと言う子ぎつねの純粋さ、その言葉を聞いた母さんぎつねの複雑な心情など、考えさせられたり想像させられたりするところも多くて、それだけ重層的で深みのある作品なんだなと改めて思いました。
 この絵本は黒井健さんが絵を描いたバージョンで、黒井さんらしい柔らかくて温かみのある絵が物語の雰囲気とよく合っていて、おすすめです。


 以上が、冬に読みたい絵本・私的10撰です。どれもわりと有名というか、冬の絵本としては定番のものばかりになってしまったような気がしますが、ぜひ、ご参考になさって下さい。


【ブログ内関連記事】
秋に読みたい絵本・私的10撰 2013年9月21日
宮沢賢治の絵本・私的10撰 2014年9月20日  記事内で『雪わたり』『氷河ねずみの毛皮』を取り上げています。
[PR]
by hitsujigusa | 2013-12-15 02:45 | 絵本 | Trackback | Comments(0)

もりのかくれんぼう (日本の絵本)



9月も下旬、秋が徐々に深まってくる頃合いです。ということで、秋にぴったりの絵本10冊をご紹介。私的10撰なので、メジャーなものからマイナーなものまで私の独断と偏見で選んだ秋の絵本です。絵本選びのご参考に。


まずは、こちら。


14ひきのおつきみ (14ひきのシリーズ)

14ひきのおつきみ (14ひきのシリーズ)
【あらすじ】
十五夜の日。14ひきたちは夜にそなえて、木の上にお月見台を作り、おだんごやごちそうを用意。そうして、日が暮れて、月が出るのを待ちます。

いわむらかずおさんの『14ひきのおつきみ』は、森にすむねずみの大家族の日常を描いた“14ひきシリーズ”の1冊。秋絵本の定番と言えるでしょう。
14ひきシリーズはねずみの一家を主人公とすることで、豊かな自然の姿を壮大なものではなく、身近なものとして描いています。一家にとって木や花や虫たちは特別なものではないし、“自然”という感じではない。ご近所さんみたいな感じですね。うまく木や草など森の恵みを利用して、楽しい日常を送っています。こういう自然との接し方はいいなあと思いますし、人間として学べる部分も多くあって、温かな気持ちになれる絵本です。
このシリーズにはほかにも、『やまいも』や『あきまつり』といった秋を舞台にしたものがありますが、私は特に『おつきみ』が印象深いのでこれにしました。もちろん、これ以外も全部良いです。


次は、記事冒頭にも載せたこちら。


もりのかくれんぼう (日本の絵本)

もりのかくれんぼう (日本の絵本)

【あらすじ】
帰宅途中の女の子ケイコは、ひょんなことから不思議な森に迷い込みます。そこにはたくさんの動物たちが隠れていて……。

末吉暁子さんの『もりのかくれんぼう』。これも秋の定番(たぶん)。
秋が深まった黄金色の森の中にたくさんの動物たちが隠れているという内容です。いわゆる“隠し絵”というんでしょうか、黄金色の背景の中に同色の動物たちが紛れ込んでいて、それを発見していくのが楽しい絵本です。見事に森の色と溶け合っているので、子どもはもちろん、大人でも存分に楽しめると思います。
絵は林明子さん。『はじめてのおつかい』『こんとあき』など、ありのままの子どもの姿を描いた名作を生み出している林さんの描写力が、この絵本でも最大限に発揮されています。余談ですが、宮崎駿監督はかつて『はじめてのおつかい』の女の子の描き方を見て感動したそうです。幼い子ども特有の歩き方―まっすぐ立って歩けず、前のめりか後ろのめりになる―がリアルに表現されているから、とのこと。林さんの描く子どもは最も“子どもらしい子ども”と言えるのかもしれません。


秋と言えば月。十五夜はもう終わってしまいましたが、月気分に浸る絵本を2冊。


どこへいったの、お月さま (児童図書館・絵本の部屋)

どこへいったの、お月さま (児童図書館・絵本の部屋)
【あらすじ】
クマくんはお月さまとかくれんぼを始めます。クマくんが木に隠れると、お月さまも雲に隠れて……。

アメリカの絵本作家、フランク・アッシュさんの『どこへいったの、お月さま』。ストーリー自体はシンプルで、主人公のクマくんが月とかくれんぼをするという他愛ないものですが、クマくんが隠れると、ちょうどそれに合わせて月も雲に隠れるので、本当にかくれんぼをしているみたいになるという微笑ましい絵本です。
でも、こういうのは絵本の中だけのお話ではなく、実際に子どもって自然物に対してもこういうふうに接してしまうものなんですね。私自身、子どもの頃はどうして月はどこへ行っても追いかけてくるのかと不思議に思っていました。子どもの何気ない姿、遊びを描いた絵本ではありますが、子どもの特徴を細かく的確にとらえた絵本だと思います。
ちなみに、この絵本もシリーズの1冊で、クマくんを主人公にした絵本がいくつもあります。『かじってみたいな、お月さま』『ぼく、お月さまとはなしたよ』といった月のお話もあるので、そちらも良いでしょう。


月世界探険 (タンタンの冒険)

月世界探険 (タンタンの冒険)
【あらすじ】
ロケットに乗って地球を旅立ったルポライターのタンタン、ムーランサール城の城主のハドック船長、ロケットの開発者のビーカー教授、タンタンの愛犬スノーウィたちは、宇宙飛行の末、とうとう月に降り立ちます。未知の世界を、タンタンたちは探検しますが……。

『月世界探検』は、“タンタンの冒険シリーズ”の1つ。スピルバーグ監督が手掛けて映画化しているくらいなので、それなりに有名なシリーズなのだろうと思います。そのわりに日本ではいまいちヒットしなかったようですが……。
“タンタンの冒険”は、ベルギーの漫画家エルジェさんのバンド・デシネ。バンド・デシネとはベルギー、フランスで親しまれている漫画のことです。なので、厳密には絵本でないのですが、私はほかの絵本と同じ感覚で読んでいたので、あえて含めました。
話としては主人公タンタンたちが月を探検するというもの。でもファンタジーではなく、緻密な科学に基づいたリアルな月旅行です。これが出版されたのが1954年、実際にアポロが月へ行ったのが1969年。15年も前にこんなにリアルな月旅行を描いていたのかと思うと驚かされます。
内容的は子どもには難しいと思います。専門的な知識満載なので。でも、私は子ども時代読んでいて、分からないなりに絵のカラーの鮮やかさとか、キャラクターたちの変人ぶりとか、かなりおもしろがりながら読んでました。
眺める月でなく、サイエンティフィックな月を味わえる本です。この話の前日譚となる『めざすは月』を合わせて読むと、さらに気分が高まります。


5、6冊目は、味覚の秋。ということで、りんごを題材にした絵本。


アップルパイをつくりましょ―りょこうもいっしょにしちゃいましょ

アップルパイをつくりましょ―りょこうもいっしょにしちゃいましょ
【あらすじ】
ある日、主人公の女の子はアップルパイを作ろうと思い立ちます。必要な材料は、りんご、小麦粉、砂糖、シナモン、塩、バター、卵。ところがマーケットはお休み。そこで女の子は材料を求めて、世界へと旅立ちます。まずは小麦粉を求めて、イタリアの麦農場に行きますが……。

アメリカの絵本作家、マージョリー・プライスマンさんの『アップルパイをつくりましょ りょこうもいっしょにしちゃいましょ』。
なんと、アップルパイを作るために世界中を旅してしまうという壮大なお話。どこへ行ったかは、読んだ時のお楽しみなので書きませんが、ヨーロッパからアジア、中南米まで、本当に世界中です。そこまでしなくてもほかのお店に行けばいいのに……と思っちゃいますが、なにはともあれ、発想がおもしろい絵本ですね。
でも、その材料の本場?にわざわざ行くわけですから、こんなに美味しいアップルパイはないだろうと思います。まさに、味覚の秋にふさわしい絵本です。


1こでも100このりんご (えほん・ワンダーランド)

1こでも100このりんご (えほん・ワンダーランド)
【あらすじ】
ある町のくだものやさんに1個のりんごが飾られています。くだものやさんの前をいろんな人が通りかかっては、りんごを見ていろんなことを考えます。

井上正治さんの『1こでも100このりんご』。
ひとつのりんごを巡って、さまざまな人々の多様性みたいなものがうかがえる、ちょっと哲学的なにおいもする絵本です。
たとえば、りんごを見て、良い畑でないと育たないりんごだ、と言う農家の人たち。良い色だという言う絵描きさん。ビタミンがいっぱいありそうだなあと言うお医者さん。みんなこんなきれいなりんごを見て歌を作ったのかなと言う作曲家の女性。
たったひとつのりんごを見ても、見た人が感じることはこんなにも違う。100人いれば100通りのりんごがあるのだという、視点がユニークな絵本。
子どもが読んでも、あんまりおもしろがるタイプの絵本ではないかもしれないけど、シンプルでありながら考えさせられもする良作です。


次の2冊は、ハロウィーンにまつわる絵本。


パンプキン・ムーンシャイン (ターシャ・テューダークラシックコレクション)

パンプキン・ムーンシャイン (ターシャ・テューダークラシックコレクション)
【あらすじ】
小さな女の子シルヴィー・アンは、ハロウィーンで使うかぼちゃちょうちんのためのかぼちゃを採りに畑へ行きます。シルヴィー・アンは大きなかぼちゃを運ぼうとしますが……。

2008年に92歳で亡くなった、アメリカを代表する絵本作家ターシャ・テューダーさんのデビュー作、『パンプキン・ムーンシャイン』。
ハロウィーンというアメリカの文化、風習がありありと伝わってくる絵本です。日本ではハロウィーンというとクリスマス同様にイベント的な扱われ方をしていますが、本場のハロウィーンというのはこういうものなんだというのがよく分かります。アメリカの風土を学ぶという意味でもおもしろい絵本ですね。
ターシャさんの絵は、緻密ではありますが緻密過ぎないというか、どこかふわっとした雰囲気のある絵で、優しさに溢れています。奇抜なストーリーではなく、かつて存在した古き良き田舎の生活、風土というものを大切にする人々のライフスタイルが描かれていて、温かい気持ちになれます。


魔女たちのあさ (えほんライブラリー)

c0309082_120118.jpg

【あらすじ】
ある森に住んでいる魔女たちは、夜になると起き出します。そうして、こうもりのシチューを食べると、ほうきに乗って夜空へと飛び出して……。

これまたアメリカの絵本作家エドリアン・アダムズさんの『魔女たちのあさ』。
夜起きて朝眠る魔女たちの一日を描いています。なので絵本は全体的に暗めなのですが、魔女たちがとても明るい魔女たちなので、怖い感じはなく、読んでいてこんな魔女なら自分もなってみたいなあと思わせる魔女です。ほうきで曲芸飛行をしたり、月の上で一休みしたり。また、絵的にも青、緑、紫、黒など、いろんな色づかいで夜が魅力的に描かれていて、雰囲気たっぷりです。秋の夜長とよく言いますが、まさにこの季節にぴったりですね。
ところで、『魔女たちのあさ』の作者アダムズさんは、1906年生まれ。この本がアメリカで出版されたのが1971年、当時65歳です。ご存命であれば2013年で107歳ですが……。どうなのでしょう。


最後に、宮沢賢治の絵本を2冊、ご紹介します。


狼(オイノ)森と笊森、盗森 (日本の童話名作選)

狼(オイノ)森と笊森、盗森 (日本の童話名作選)
【あらすじ】
ある秋の日、4つの森に囲まれた野原に、農民たちがやってきます。農民たちが畑を作ること、家を建てること、火を使うこと、少し木をもらうことをしてもいいかと森に訪ねると、森は「いいぞお」と答えてくれました。そうして農民たちはそこに暮らすようになりますが……。

宮沢賢治の『狼森と笊森、盗森』(おいのもりとざるもり、ぬすともり)。
農業に従事していた宮沢賢治らしい童話です。人間たちが自然に対して許可を求め、その上で開拓し生活する。しかし、そうたやすくは話は進まず、人間たちに慢心が生まれ、事件が起こるわけです。自然に対する敬意の気持ちをテーマにした作品ですが、説教臭くなく、それよりは岩手の農民の風土がよくわかる絵本として純粋におもしろいです。
この作品に限らず賢治の童話は、独特の世界を持っていて深いがゆえに、深読みしたくなります。でも、そこまでせずとも、自然の描き方のユニークさやオノマトペの豊かさなど楽しめるポイントがいくつもあるので、それだけでも十分おなかいっぱい、読み応えがありますね。とは言え、やはり読めば読むほど新たな味がにじみ出てきて、いろいろ裏に隠されたものを読んでしまいたくなるんですが。
絵の村上勉さんは、デフォルメされた曲線的かつ細かい絵柄が特徴的な絵本画家・イラストレーターさんです。佐藤さとるさんの「コロボックル」とか、最近では有川浩さんの『旅猫リポート』が有名でしょうか。賢治とのコラボレーションは良い相乗効果を生み出していて、ちょっぴり不気味な感じ、おどろおどろしさが醸し出されています。


どんぐりと山猫 (ミキハウスの絵本)

どんぐりと山猫 (ミキハウスの絵本)
【あらすじ】
ある秋の土曜日、一郎の元にへたくそな字で書かれたはがきが届きます。はがきには、明日面倒な裁判をするからおいでくださいというようなことが書かれ、差出人は山ねことなっていました。翌日、一郎は谷川に沿った道を上へと歩いていきますが……。

『どんぐりと山猫』は、どんぐりたちの裁判に人間の男の子が招かれて行くというもの。人間とそれ以外のものの交流を描いた童話は、先ほどの『狼森と笊森、盗森』もそうですし、『注文の多い料理店』とか『雪渡り』がありますね。そのなかでもこの『どんぐりと山猫』はユーモアあふれる作品となっています。
“どんぐりのせいくらべ”という言葉がありますが、まさにこの作品はどんぐりたちの争い(=誰がいちばん偉いか)を描いています。どんぐり同士ということでおかしみが生まれるわけですが、よく考えたら人間もこれと同じことをやっているわけです。そしてそこには裁判長として君臨する山猫もおり、まさに人間界の縮図となっています。
この作品もまた、他者との比較とか競争意識とか様々な問題をはらんでいると見ることもできるのですが、絵本ですから、まずは秋の雰囲気とか森の不思議さを味わって、それから文章とかセリフ、場面の意味を考えてみるとおもしろいと思います。とは言っても、読んでいるうちに自然と疑問が湧いてきちゃうんですよね、賢治童話は。ちなみに、宮崎駿監督がいちばん好きな宮沢賢治作品はこれだそうです。
ところで、実は私はこの作品を絵本で読んだことはありません。ですので、とりあえず数ある『どんぐりと山猫』の絵本の中で最新のものを挙げましたが、他のどれでも良いと思います。


というわけで、長々と書き連ねてまいりました。ここまで読んで下さった方、ありがとうございます。
秋の絵本10撰、ご参考になれば幸いです。


:記事内の宮崎駿監督に関する部分は、スタジオジブリ、文春文庫編『ジブリの教科書3 となりのトトロ』(文藝春秋、2013年6月)を参考にいたしました。以下にリンクを張ります。


【ブログ内関連記事】
冬に読みたい絵本・私的10撰 2013年12月15日
宮沢賢治の絵本・私的10撰 2014年9月20日  記事内で『狼森と笊森、盗森』を取り上げています。


ジブリの教科書3 となりのトトロ (文春ジブリ文庫)

文藝春秋 (2013-06-07)
売り上げランキング: 5,961

[PR]
by hitsujigusa | 2013-09-21 03:17 | 絵本 | Trackback | Comments(0)

庭の小道から―英国流ガーデニングのエッセンス


サブタイトルにあるように、イングリッシュガーデニングの四季、さまざなま知識やヒントを、精密な絵とともに教えてくれる絵本。庭の姿を通して、イギリス人のライフスタイルを垣間見ることができる。
もちろん実用的なガーデニングの方法も書かれているのだが、本格的なイングリッシュガーデニングなので日本ではなかなか真似できない。それよりは、絵本として絵をじっくり楽しむという感じ。実際、1992年に日本で出版された時は、『庭の小道から』だけでサブタイトルはなかった。が、2008年に新装版で再出版される際に上のようなサブタイトルが付き、ガーデニング本としての面が強調された。でも中身は全く変わっていないので、やっぱり絵本として楽しめる。

内容は章ごとにいろんな“庭”が描かれる。
「子どものころの庭」「鉢植えの庭」「野菜の庭」「ハーブの庭」「街にある庭」「バラの庭」「子どもたちの庭」「自然のままの庭」「夜の庭」「冬の庭」「庭づくりをする人たち」「風景の庭」「迷路の庭」「水の庭」「わたしの空想の庭」

作者のスーザン・ヒルはガーデナーなようで、絵本のそこかしこから彼女の庭への思い入れが読み取れる。絵本の冒頭で、庭への憧れの始まりを彼女はこう綴る。

 子どものころ、庭は、わたしにとってとても大きな存在でした。でも、いちばんよく覚えている庭は、現実のものより、むしろ想像の庭なのです。わたしは遊びの中で、ことに空想や夢の中で、それがどんな庭か、はっきりと描きだすことができました。中でも最初の大切な庭は『不思議の国のアリス』の庭です。(中略)
 ところがその庭をさがしに本の中に戻ってみると、実際には具体的な描写はほとんどなくて、すべてが誘いと暗示でしかないことに気づくのです。

“アリスが膝をついて廊下を見渡すと、見たこともないような美しい庭園が目に入りました。アリスは、どんなにか、その暗い廊下から出て、あの明るい花壇や涼しげな噴水の間をぶらつきたかったことでしょう”

 ほんのわずかな描写ですが、ここには庭に望むものすべてが、なにげなく暗示されています。今閉じこめられているうす暗い心の部屋の向こうのほうに、さんさんと輝く光があり、草木が育ち、水の流れる不思議な場所がかすかに見えます。そこは自由に歩きまわれる所で、まさに天国を表わしているようです。
(『庭の小道から―英国流ガーデニングのエッセンス―』西村書店、2008年3月、6頁)

庭への愛情にあふれたスーザン・ヒルの文章は想像力を喚起させるように映像的で、読者は読みながら頭の中にそれぞれの理想の庭を思い浮かべることができる。
その中でも、イギリスの匂い、空気みたいなものが手に取るように伝わってくる文章が特に印象深い。

 茂みの間やイボタの木の生け垣に沿って、もう少し歩いていってみましょう。夜気にかすかに動くものがあります。芝生のまん中に立つブナの大木の葉が風にそよいで、その影がゆらめいているのです。ブナの木の下で仰向けに横たわって、空を見上げてごらんなさい。密集した黒い葉のほかは何も見えません。ただ葉がそっと揺れるたびに、星のまたたきがチカチカと目に入り、月の光が斜めにさしこんでくるだけです。そして、ふたたび静寂。闇と無。(同書、68頁)

 春になると、鳥が庭の深緑の奥に巣をつくります。夏は1日中飛びまわり、夜おそくまで飛びつづけます。鳥などはありふれたものですが、もし手なずけたいなら、冬にココナッツかナッツをつるし、水を飲んだり水浴びしたりできるように、池やかいばおけの氷を割っておきます。鳥たちはうれしそうに近づいてきて、窓の張り出しのあたりをうろつき、テラスや壁、芝生でとびはねるでしょう。(同書、73頁)

日本にはない、イギリス特有の風情が感じられる。

その雰囲気をより鮮明に伝えるのが、アンジェラ・バレットの美しい絵。精密ではあるが、写実的過ぎない。

c0309082_17401098.jpg


c0309082_174024100.jpg



そのままを写し取る写真ではなく、より理想的に描ける絵だからこそ、庭の美しさ、魅力が表れている。

さわやかな気分に浸れる庭絵本。じっとりと暑い今の季節に、ぜひ。


【ブログ内関連記事】
ターシャ・テューダー『ターシャの庭』―生命の庭 2014年6月16日


庭の小道から―英国流ガーデニングのエッセンス
スーザン ヒル
西村書店
売り上げランキング: 232,732

[PR]
by hitsujigusa | 2013-07-17 18:07 | 絵本 | Trackback | Comments(0)