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※6月1日、写真の変更、プログラムのテーマについての追記をしました。

浅田真央選手が来シーズンのプログラムについて、アイスショー「THE ICE」の記者会見の場において発表しました。

◇◇◇◇◇

浅田真央、ソチ五輪のプログラム公表

 フィギュアスケートの浅田真央=中京大=が31日、大阪市内で夏の恒例のアイスショー「THE ICE(ザ・アイス)」(7月24、25日=愛知公演、同27、28日=大阪公演)の発表記者会見に出席し、14年ソチ五輪シーズンのプログラムを明かした。
 ショートプログラムはショパンの「ノクターン」、フリーはバンクーバー五輪シーズンのフリー「鐘」と同じラフマニノフ作曲の「ピアノ協奏曲第2番」、エキシビションはチャップリンの「スマイル」に決定。早ければ同公演でお披露目する予定で「新しいプログラムを披露することになるので凄く楽しみ」と、意気込んだ。

デイリースポーツ 2013年5月31日

◇◇◇◇◇

思いがけない早い発表だったので、えっ!と最初は目を疑ってしまいました。
例年だと完全に夏になってからか、シーズン直前の秋に発表していたので、まさか5月中に!と。
でも、来季は五輪シーズンということで、この早めの発表からも浅田選手の強い意志、意気込みがうかがえますね。
それだけプログラムも早め早めに作ってあるということですね。
新プログラムについては、4月にこんなニュースもありました。

◇◇◇◇◇

スケート人生集大成 真央、ソチ五輪へ“省エネ振り付け”

 最後の夢舞台へ省エネ振り付けだ。来季限りでの現役引退の意向を示しているフィギュアスケートの浅田真央(22=中京大)が14年ソチ五輪用のショートプログラム(SP)、フリーのプログラムをつくる際、移動の負担が従来より激減することが27日、分かった。
 浅田は既に来季の振り付けをSPはカナダ在住のローリー・ニコル氏、フリーはロシアのタチアナ・タラソワ氏に依頼。10~11年シーズン以降、両氏が振り付けを担当しているが、これまではカナダかロシアの一方の国に行き、一度日本に帰国してから、もう一方の国に行っていた。今年は5月上旬にカナダでSPの振り付けを済ませると、米国に移動。他の選手の指導でタラソワ氏が米国に滞在している間にフリーの振り付けも行う。関係者は「移動負担が減るのは大きい」と説明した。

スポニチアネックス 2013年4月28日 一部抜粋

◇◇◇◇◇

プログラムを早めに作ることで、より早く自分の身体に染み込ませて、シーズンの前半からより完成度を高めて滑ることができるのかなーという気もしますね。

そして、プログラムはSPがショパンの「ノクターン」、フリーはラフマニノフの「ピアノ協奏曲第2番」、エキシビションはチャップリンの「スマイル」。

「ノクターン」は以前滑った「ノクターン第2番」のことなんでしょうか。ショパンの「ノクターン」は21番まであるので、他のものの可能性も考えられますが……。普通に「ノクターン」とだけ言った場合は一番有名な「第2番」を指すことが多いと思うので、やっぱり第2番ですかね。
そうだとすると、ファンの間で1、2を争う人気を誇るプログラムのアレンジということになるのかなと思うので、想像が掻き立てられて楽しみが増しますね。

フリーはフィギュア界の大定番曲、そして五輪開催地がロシアなのでやはりロシア音楽ですね。
浅田真央選手はバンクーバー五輪のフリーでラフマニノフの「鐘」を滑り、銀メダルを獲得しました。なのでラフマニノフとは因縁があるわけで、そのラフマニノフを再び五輪シーズンで使用するということにオリンピックへの強い思いが感じられます。
また、私の個人的な感想としては、ぜひ浅田選手にこの曲を滑ってほしかったのでこの選曲にはうれしい気持ちがあります。
ラフマニノフの「ピアノ協奏曲第2番」はフィギュア界では幾人ものスケーターが滑ってきた定番中の定番です。サーシャ・コーエンさん、パトリック・チャン選手、村主章枝選手、高橋大輔選手など。
その中でも、私がこの曲で一番最初に思い出すのは、伊藤みどりさんです。
伊藤みどりさんはアルベールビル五輪のフリーをこの曲で滑り(厳密に言えば、「第2番」と「第1番」を編集したものですが)、女子選手として初めて五輪でトリプルアクセルを成功させ、銀メダルを獲得しました。
浅田真央選手にとって伊藤みどりさんは尊敬する先輩であり、同じトリプルアクセルジャンパーでもあります。そういった意味で、伊藤みどりさんと同じ曲で五輪に挑む、集大成として最高の演技を目指す、というのは、単にロシア音楽だから、定番曲だからという以上の深いものを感じます。
みどりさんが滑ったあの伝説の曲を、みどりさんの系譜を受け継ぐ浅田真央選手が演じる。
勝手ながら、いろいろつながりを持たせてしまいます。

果たしてどのようなプログラムになっているのか、お披露目を楽しみにしつつ、他の選手の発表にも注目していきたいと思います。

以下6月1日追記部分

もうご存知の方も多いと思いますが、来季のプログラムの詳しい内容についても言及がありました。以下に、浅田選手の一問一答を引用します。

◇◇◇◇◇

――新しいプログラムはソチのシーズンでSPかフリーで使う曲なのか

 浅田 新しいプログラムはエキシビションもSPもフリーもできている。

 ――SPとフリーの曲は

 浅田 SPの曲はショパンのノクターンです。フリーはラフマニノフのピアノ協奏曲第2番です。そして、エキシビションはスマイルです。

 ――滑った感想や印象、見ているお客さんへのメッセージは

 浅田 SPは以前も使ったこともあるノクターン。曲自体は少し違って少し大人っぽくなった。またレベルアップしたノクターン、大人っぽい表現ができるようになっています。ノクターンもラフマニノフもどちらもテーマがあるのでそれを表現できたらいいなと思います。エキシビのスマイルは、リンク外でも聞いているすごくお気に入りの曲です。ワット・ア・ワンダフル・ワールドもミックスされていて、すごく気に入っています。

朝日新聞 2013年6月1日 一部抜粋

◇◇◇◇◇

「ノクターン」はやはり06/07シーズンに使ったのと同じもののようですね。ですが、曲自体が大人っぽいということなので、振り付けだけではなく曲そのものが違うアレンジというか、違う演奏になっているんでしょうか。
また、SPもフリーもテーマがあるということですが、SPのテーマは「初恋」、フリーは「今までの色んな思いが詰まった振り付け。今までの人生。うれしかったり、悲しかったり、悔しかったり、色々な思いが入っている。」だそうです。
あのドラマチックで壮大さのある旋律を浅田選手自身のスケート人生と重ね合わせて滑る、というのを想像すると、今から感慨深いものを感じてしまいます。(笑)
そういうさまざまな思い、人生を表現するのには、これほどふさわしい曲はないかもしれないです。私個人の好み入りまくりですが。


:記事冒頭の写真は日本経済新聞2013年5月31日付の記事「浅田、現役最後の演目はクラシックの名曲」から、浅田選手の一問一答やプログラムのテーマについてのコメントは、朝日新聞2013年6月1日付の記事「浅田、ソチ向けSPはショパン、フリーはラフマニノフ」から引用させていただきました。

【参考リンク】
「ピアノ協奏曲第2番(ラフマニノフ)」(2013年3月30日(土)04:59 UTCの版)『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』
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by hitsujigusa | 2013-05-31 17:34 | フィギュアスケート(大会関連) | Trackback | Comments(0)

室生犀星集 童子―文豪怪談傑作選 (ちくま文庫)


【収録作】
「童話」
「童子」
「後の日の童子」
「みずうみ」
「蛾」
「天狗」
「ゆめの話」
「不思議な国の話」
「不思議な魚」
「あじゃり」
「三階の家」
「香爐を盗む」
「幻影の都市」
「しゃりこうべ」


先日まで開催されていたカンヌ国際映画祭で、是枝裕和監督の『そして父になる』が審査員賞を受賞した。
私は是枝監督の映画作品を1本も見たことがないのだが、ドラマ作品『後の日』と『ゴーイング マイ ホーム』が大好きなので、今回の受賞のことを少しうれしく思った。
で、その『後の日』の原作となった「童子」「後の日の童子」が収録されているのが、この『室生犀星集 童子』である。

ドラマ『後の日』は、『妖しき文豪怪談』というドラマシリーズの1本として作られ、2010年にNHKのBSで放映された。このシリーズは文豪の怪談を映画監督がドラマ化するという企画なのだが、前半はドラマパート、後半はドラマを制作する舞台裏や原作に迫ったドキュメンタリーパートとなっている。
なぜ是枝監督が「童子」「後の日の童子」を選んだのかについても語られていたような気がするが、残念ながら忘れてしまった。
でも、たとえ説明されなくてもわかる感じがする。
是枝監督といえば子どもの演出の上手さで有名である。
当時14歳の柳楽優弥さんがカンヌ国際映画祭で男優賞を受賞した『誰も知らない』、両親の離婚によって離れて暮らす兄弟が主人公の『奇跡』、子どもの取り違えを題材にした『そして父になる』。
そして、「童子」「後の日の童子」も、タイトルからわかるとおり“子ども”が重要な役割を果たす。

「童子」は夫婦が体の弱い赤ん坊を育てる話。母親は脚気を患っていて、その母乳は赤ん坊の脳に悪影響を与えるとされるため、夫婦は乳母を雇ったり母乳を貰いに行ったりしなければならない。夫婦は懸命に赤ん坊を世話するが、赤ん坊は次第に弱り……。
「後の日の童子」では、赤ん坊を亡くした夫婦の元に男の子が現れる。男の子は夫婦を「お父さん」「お母様」と呼び、夫婦も男の子を亡くなった子が帰ってきたものとして接するが……。

この2作品、続き物として読むことができるが、漂う雰囲気が少しばかり違う、ように感じる。
暗い、という点では同じ。では何が違うんだろう。
という疑問について、この本の編者である東雅夫さんとカバー絵を描いた金井田英津子さんが的確に表現している。

金井田 「童子」の、かなりリアルな親の心情が描かれた切ない内容が、「後の日の」でじわっと怪談っていう。そのへん、すごく濃厚な感じですよね。
東 犀星の文体って独特なんですよね。きわめてリアルに書いているかと思うと、ふっとあっち側に行っちゃうような……。

「童子」では、赤ん坊を育てる夫婦の生活が非常に生々しく描かれる。それは臨場感があるとかリアリティがあるとかいうよりも、皮膚感覚に訴えるような生々しさ、じとっと肌に吸い付くような生々しさである。
例えばこんな文章。

乳母は、心を焦ってしぼるほど、乳は、ちびりとしか出なかった。「毎日棄てているほど出た乳なんでございますが。」と、乳房をぐりぐりしぼった。そうしている乳母の額に汗さえ滲んで見えた。「しばらく休んでからにした方がいい。」私は見兼ねてそう言い、心で嘆息した。胸肌のうすい皮づきがくらみを持っているのまで、気になり絶望的な気持ちにした。〉(室生犀星『室生犀星集 童子』筑摩書房、2008年9月、39頁)

目にありありと光景が浮かぶという以上に、五感全部に訴えてくるような感じ。まるでそういう音が聞こえてきそうな「ぐりぐり」という不気味なまでの形容、うごめくかのような乳房の動き、次第に表出してくる汗、胸肌の色の悪さ……。そういったもの全てが合わさって、体感に迫ってくる。
極めつけは赤ん坊の容体が悪化する場面。

私だちは、腹のなかまであぶらを流す思いをつづけた。晩の八時になった。何という変りようであろう、赤児は、もう床にはいったまま、いつもそうする子でないのに、おとなしくぐったりしていた。私はからだじゅうの毛あなに、ぞくぞくする懸命な異体のわからない昂奮をかんじた。〉(同書、78頁)

このように、何とも言えない生々しさが作品全体を覆っている。
が、それゆえにそこに描かれている“命”には存在感、手触りがある。
赤ん坊という生き物が懸命に生き、そして死ぬという命の営みの残酷な生々しさ、である。

一方、「後の日の童子」は全体的にふわふわしている。ベールを一枚隔てた向こう側を見ているような非現実感。帰ってくる男の子からも、命の存在感が感じられない。
特徴的なのは、“影”の描写が目立つこと。

夕方になると、一人の童子が門の前の、表札の剥げ落ちた文字を読み上げていた。植込みを隔てて、そのくろぐろした小さい影のある姿が、まだ光を出さぬ電燈の下に、裾すぼがりの悄然とした陰影を曳いていた。〉(同書、98頁)
笏は、そういうと玄関のそとへ飛び出した。白い道路は遠いほど先の幅が狭り、ちぢんで震えて見える。ふた側の垣根の暗が悒然と覆うているかげを、童子はすたすた歩いていた。電燈は曇ってひかり沈んでいた、と、黒いかげがだんだんに遠のいてゆくのである。〉(同書、120頁)

“影”という形のないもの、触れられないものが作品の象徴となっている。
「童子」では夫婦も友人たちも、そして赤ん坊も、たしかな存在感があり生きている人間特有の生臭さみたいなものが感じられた。
しかし「後の日の童子」の人々は、幽霊かもしれない男の子だけでなく、生きている夫婦にも「童子」ほどの生臭さがない。どこか地から数センチ浮いているような浮世離れ感。

余談だが、犀星は実際に長男を幼くして亡くしている。「童子」の生々しさは実体験に由来しているからこそのものだろうし、「後の日の童子」は犀星自身の願望が込められているために生臭さのない優しいものとなっているのではないだろうか。

ドラマ『後の日』は「後の日の童子」に近い。浮遊している感じ、ぼんやりした感じをよく再現していると思う。
『室生犀星集 童子』はこの2作品以外ももちろん良い。
「童話」「みずうみ」はこの2作同様の幽霊もの、「蛾」「天狗」「不思議な国の話」などは犀星の故郷金沢を舞台にした民俗学的な怪談、「三階の家」「香爐を盗む」などはモダンな都市の姿を描いた怪奇小説。
川端康成が「室生氏の作品のあるものは、幻怪な抽象に至りながら、切実な感動で人に迫る。ふしぎな天才の魅惑である」(同書、363頁)と称賛したという犀星の怪談・幻想小説をぜひ。


:文章内の東雅夫さんと金井田英津子さんの対談は「文豪怪談傑作選」のウェブサイトから引用させていただきました。以下に、引用リンクを張ります。

【引用リンク】
文豪怪談傑作選 『室生犀星集 童子』を含む「文豪怪談傑作選」という文庫シリーズの特集ページです。

【ブログ内関連記事】
吉屋信子『吉屋信子集 生霊』―人の心が生む怪談 2014年1月9日
夜に読みたい小説・私的10撰 2014年9月16日  室生犀星『室生犀星集 童子』を記事内で取り上げています。
室生犀星『室生犀星詩集』―惜しみない愛の詩人 2015年7月31日
室生犀星『蜜のあわれ』―いのちへの讃歌 2017年3月2日


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by hitsujigusa | 2013-05-30 16:46 | 小説 | Trackback | Comments(0)

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12/13シーズンの主な大会が終わってしばらく経ち、各スケーターたちの来シーズンに向けた動きが風の噂で聞こえてくるようになりました。
プログラム作りのことなど気になるニュースもいろいろありますが……。
それはとりあえず置いといて。
フィギュアスケート選手のいろんな衣装を振り返ってみようという、非常に個人的趣味満載の記事でございます。

私hitsujigusaがフィギュアを見始めたのはたった数年前、フィギュアブーム初期。
きっかけは単純なもので、安藤美姫選手や浅田真央選手といった世界レベルの新星が次々と現れ、荒川静香選手がトリノ五輪で金メダルを獲得したこと。
こんなすごい世界があるのか!と驚き、感動し、見事にハマっていってしまいました。
その一方で、技やプログラム同様に惹かれたのが衣装。
今でも毎年、どんな衣装で滑るのだろうと新シーズンの訪れを待ち焦がれてしまいます。
各プログラムの世界観に合わせ作られる各選手の衣装は、それぞれオリジナリティにあふれていますが、その中でもその選手の衣装に共通している特徴だったり、個性だったりが見られるような気がします。(あくまでも気がするだけですが)
記事を通して、そういったものを探れたらいいなとも思います。

というわけで、あまり深く考えず……
早速始めます。

第1回はアシュリー・ワグナー選手(Ashley Wagner)編です。

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by hitsujigusa | 2013-05-27 16:53 | フィギュアスケート(衣装関連) | Trackback | Comments(0)

考える人 2013年 02月号 [雑誌]


※2014年6月14日、この記事で取り上げた佐倉統さんの評論「少数意見の常駐」が収録された著書『「便利」は人を不幸にする』のリンクを追加しました。

同じネタばかりで申し訳ないのですが、再び金沢の中央公園問題について。

【ブログ内関連記事】
続き:『花岡ちゃんの夏休み』―中央公園の思い出


5月20日、公園の樹木の伐採が始まり、反対する市民と県・作業員とのあいだで衝突が起こりました。

◇◇◇◇◇

中央公園 伐採始まる 整備事業 市民抗議の中  「手続きに問題ない」県側強調

 金沢市広坂の中央公園整備事業で石川県は二十日、計画通りに樹木の伐採を始めた。ただ、反対する市民らが工事用フェンスを越えて立ち入り禁止区域に入り、作業が中断する場面も。県は一本を切り倒したが、市民の抗議が続いたため同日の伐採を取りやめた。県側は「計画を変更する予定はない」としており、約二週間で計四十五本を切り倒す方針。(街づくり問題取材班)
 公園では朝から工事用車両が伐採する樹木の周辺に配置されるなど、準備が進められた。
 一方、計画に反対する市民団体「中央公園の緑を守る会」は抗議活動を展開。午前九時すぎ、伐採のため、チェーンソーのエンジンがかけられると、見守っていた市民がフェンスを押しのけて樹木に駆け寄り、その後も次々と入り込んだ。
 フェンス内で市民と作業員とが大声で言い争い、もみ合う事態に。警察官が仲裁に入り、午後からは県の担当者が説明に現場を訪れた。計画の変更はないとする従来の方針を市民側に伝えている最中に、チェーンソーで伐採を開始。高さ八メートルのシイノキ一本を切り倒した。ただ、県側は、市民との衝突が続くことは危険と判断。午後四時すぎ、作業を打ち切った。

45本伐採 議会に諮らず  「議員はいちいち聞かない」  情報公開の姿勢疑問

 中央公園の樹木45本を伐採する方針は、石川県の審議会、有識者会議などに諮られることもなく、県議会にも明示されていなかった。しかし県は手続きに問題はないと強調している。手続きの正当性や情報公開を巡る認識は、市民と県とで、かけ離れている。
 「計画を知らなかった人が多い。情報公開が不十分」。二十日、県庁を訪れた市民団体が鈴木研司土木部長に、こう迫る場面があった。しかし、鈴木部長は「手続きに問題はなく、工事を続ける。説明会も開くつもりはない」と断言した。
 県は樹木伐採や芝生広場を透水性舗装に変える改修計画を昨年秋に固め、県議会答弁で方向性を示し、一部報道で完成イメージ図も公表したと説明。「手続きに問題がなく県議会の議決も得た」と正当性を強調した。
 四月下旬に樹木に赤いテープが巻かれているのが見つかるまで、「四十五本伐採計画」は議会へも市民へも説明がなかったが、鈴木部長らは「県に任された裁量。議員はいちいち聞かない。いろんな事業で事細かに(情報を)出さない」と言い切る。
 県によると、今回は既存公園の改修にすぎないため、有識者会議や、県民の意見を聞く「パブリックコメント」の対象にしなかった。それでも、丁寧な手続きを取るため金沢市の景観審議会に諮ったと強調している。
 報道で伐採本数が明らかとなり反対の声が上がったため、急きょホームページで説明したことは認めたが、「あらためて外部の意見を聞くなどして検討したがこのまま進めると決めた」と話した。
 説明会開催を求める市民に、県側は「質問は受けるが説明会は開かない。行くつもりもない。その時期は済んだ」と突き放した。
 「県庁ルールばかり強調し市民目線のかけらもない」。県庁を後にする市民の一人は、こう言って肩を落とした。(街づくり問題取材班)

北陸中日新聞 2013年5月21日 朝刊

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◇◇◇◇◇

まあ、相変わらずですね、県は。
ここまでくると笑ってしまいます。まるで、自分の主張を頑として譲らない子ども、もしくは頑固おやじ。
この意固地さはどこから来るんだろう?と考え、ふっと佐倉統さんの「少数意見の常駐」を思い出しました。

「少数意見の常駐」は、『考える人』2013年冬号に掲載された評論で、「「便利」は人間を不幸にするのですか?」という連載の一環として書かれたものです。
この中で佐倉さんは、社会における科学技術をどう扱うか、その制御と管理を今までの日本はどう行ってきたか、これからはどうあるべきか、ということを考察なさっています。
そのなかで、日本社会における「異論の排除」という特徴を指摘しています。

「異論の排除」について簡潔にまとめますと……

あるプロジェクトや事業を進める際、問題や事故が起こった場合どうするかというリスクを考えておく必要がある。が、全てのリスクを考慮することはできないから、どこまで対応するか、どこからしないかの範囲を決めなければならない。が、その範囲外のリスク事象であっても、万が一起こった場合の対処法は考えておかなければならない。が、その範囲外のリスク事象への対処法を考えることさえしない。対処法を提言する意見や提案を排除する。

これが「異論の排除」です。(私なりのまとめ方ですが)

長くなりましたが、ここからが本題。

こうした「異論の排除」の存在を指摘した上で、佐倉さんはこう述べています。

リスクは常に存在するものであり、専門家や事業者だけでは事前にすべて対応することはできず、住民や市民と共同してリスクに対応することが必要不可欠なのだという意識が欠如しているのである。事に当たるのは、いついかなる時も為政者の側であるというパターナリズムが根強いと言うべきだろう。」(佐倉統「「便利」は人間を不幸にするのですか? 少数意見の常駐」『考える人』2013年冬号、139頁)

この部分が、私の頭のなかにふっと浮かび上がり、中央公園の問題とつながりました。

上に引用した文章を含め、佐倉さんが「リスクへの対応」として指摘しているのは、プロジェクト自体に問題が起きた場合です。(佐倉さんは原発事故に対する対応を例に挙げています。)なので今回のように、プロジェクトに対し反対の声が上がる、という問題とは意味合いが異なります。
ですが、計画に対し反対の声が上がるという「リスク事象」への石川県の対応に問題があるという点で、私の中では重なるところがありました。

新聞の報道によって計画が明るみに出てから今日に至るまで、反対の声に対する県の対応の仕方は全くと言っていいほど変化していないように思います。
「計画は決定している」「説明会は開かない」という同じ主張を繰り返すのみで、反対派を多少なりとも納得させようという努力・工夫をせず、そのために余計事態を悪化させている。
ここで最初の疑問に戻りますが、なぜ県はあのような硬直した対応しかできない(もしくはしない)のか。
すぐに思いつくのは2つ。

①反対の声が上がるというリスク自体を想定していなかった。つまり、対処法を考えていなかった。
反対の声が上がるかもしれないという予想くらいはしていたかもしれませんが、それを「リスク事象」として、対処法を想定するまでには至らなかった。リスクに対する認識の甘さから来るものですね。

②反対の声が上がるというリスクを想定し、もしそうなった場合は県の主張をとにかく繰り返し、反対の声は無視しましょうという決定を行っていた。
再整備計画の邪魔となる意見や要望があれば排除する。いちばんタチが悪いやりかた。でも、あってもおかしくないなと思えます。

この2つのうちのどちらかにしろ、これ以外にしろ、県の強引な対応に何かしらの問題があることは明らかです。佐倉さんは、「自分たちが進める方針や展開にそぐわないものは排除する、少なくとも無視するという姿勢が、そこには通底している。異論の排除――。これは、進むべき方向が明確であるときには、とてつもない強みを発揮する一方で、そうでないときには制度と対応の硬直化を招くことになる」(同上、139頁)とも述べていますが、やはり石川県の姿勢と重なります。まさに、「事に当たるのは、いついかなる時も為政者の側であるというパターナリズム」がありありと見て取れます。

こうした県のスタンスというのはトップの姿勢によるところが大きいので、県知事が交代しない限り変わることはないでしょう。
来年には県知事選挙があるということで、改めて考え直す良いきっかけを県が与えてくれたと思うことにします。

追記:5月21日現在、中央公園の木々の伐採は着々と進んでいます。そんな中、対象となっている樹木のうち、生育状態が良好なものは切らずに移植するという考えを県が示していることが分かりました。無闇に伐採されるよりかは、樹木にとって良い選択です。これから中央公園がどうなっていくか、この問題がどう展開していくか、さらに注視していきたいと思います。


:文章内の新聞記事、写真は、北陸中日新聞5月21日朝刊から引用させていただきました。以下に参考リンクを明記いたしますので、ぜひご参考になさって下さい。

【参考リンク】
中日新聞:北陸発:北陸中日新聞から(CHUNICHI Web)
石川県ホームページ

【ブログ内関連記事】
続き:『花岡ちゃんの夏休み』―中央公園の思い出




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by hitsujigusa | 2013-05-22 17:21 | エッセイ・評論・その他 | Trackback | Comments(0)

花岡ちゃんの夏休み (ハヤカワコミック文庫 (JA840))


※5月21日、写真の変更、文章やリンクなどの追記をしました。

前の記事で清原なつのさんの「花岡ちゃんシリーズ」を紹介しました。
「花岡ちゃんシリーズ」は金沢を舞台にした漫画なので、実在するスポットがいくつか出てきます。
そのひとつが中央公園。
繰り返しになりますが、清原さんが金大生だった頃、キャンパスは今の金沢城公園にありました。中央公園はそのすぐ横にあるため、実際に学生たちにとってなじみのある公園だったんじゃないかと想像します。
シリーズの中でも、花岡ちゃんをはじめとした学生たちの憩いの場として描かれています。
中央公園が登場する場面がこちら。

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(清原なつの『花岡ちゃんの夏休み』早川書房、2006年3月、13頁)


木々があふれ、ふかふかの芝生が生い茂っているのがわかります。
作品が描かれてから数十年経って、芝生が退化するなど多少の変化はありつつも、今も中央公園は「花岡ちゃん」を想起させてくれる場所であります。

前置きが長くなりましたが、そんな中央公園に再整備の計画が上がっています。

◇◇◇◇◇

県の中央公園 減る緑 使い勝手優先  県が樹木45本伐採へ  環境団体から疑問の声

 石川県が北陸新幹線金沢開業を見据え、金沢市中心部の中央公園の改修を進めることになり、大型連休明けから公園の樹木伐採を始めることが県への取材で分かった。環境保全を訴える県民から懸念の声が上がる一方、県はイベント時の使い勝手などを理由に挙げ、一定の樹木を残すとして理解を求める。都市の魅力向上と自然環境の両立の難しさが浮き彫りとなっている。
 中央公園は約四十年、都市部の緑地空間として親しまれているが、近年は芝生の劣化で雨天時に地面がぬかるみ、イベント運営に支障が出る状態。改善を求める声に県は二〇一三年度、事業費約二億八千二百万円で改修に着手する。来年二月の食イベント開催までに公園中央部の地面を透水性舗装に変更。香林坊側入り口と、しいのき迎賓館側の緑地を結ぶ通路、金沢城公園玉泉院丸側へ横断する通路を直線化する。
 これに伴い、県は公園内の大小の樹木約六千本のうち、高木など約四十五本を連休明けから伐採する予定。夜間の香林坊側の見通しを良くすることで治安改善の狙いもあると説明する。
 これに対し野鳥観察や環境保全に取り組む市民団体「森の都愛鳥会」前会長の本間勝美さん(73)=金沢市=は「県は国際会議誘致など生物多様性の重要性を強調するのに、都市の緑地を減らすのは矛盾」と批判。世界には中心部に広い緑地がある都市が多いと指摘し「新幹線準備を盾に、観光資源になる豊かな自然を捨てることになる」と見直しを求める。
 一方、県側が中央付近の広場の一部に芝生を残し、所々にシンボルの高木を残すほか、樹木をそのまま残す区域もあると説明。担当者は「しいのき迎賓館側に緑地機能を持たせることで中央公園の緑は減るが、一定の樹木は残すので緑地が失われるわけではない」と話している。

北陸中日新聞 2013年4月26日 朝刊


こうした県の動きに対し、残念がる声、反対の声がすぐに上がりました。


中央公園伐採へ  癒やしの緑 残して  市民ら訴え 専門家「金沢のご神木」

 深く根を張り、若葉を茂らせた巨木が切り倒される。連休明けの改修着手が明らかになった金沢市広坂の中央公園。散策する市民は「宝物みたいな存在。お願いだから切らないで」と訴える。識者からは議論の不十分さを指摘する声も。このまま伐採されるのか、保存の可能性は―。身近な緑地空間に環境問題が浮上した。
 県が伐採するのは公園内の約六千本のうち、1%に満たない四十五本程度。とはいえ、クスノキやヒマラヤスギなどほとんどが大木。市民らが全体を眺めた時に、緑がぐっと減った印象になることを心配する。
 真っすぐに伸びた大木の高さは三階建ての建物ほど。若葉がもえる枝を広げ、遊歩道沿いのベンチを木陰で包む。根は大蛇が這うように地面を盛り上げ、コケが広がる。大人二人が両手で抱えようとしても届かないほどの幹に、伐採を告げる赤いテープが巻かれている。
 仕事帰りの四十代女性は「あふれる緑が癒やし。思い出が詰まった場所。本当は一本も失いたくない」。散歩コースにする六十代男性は「学生時代から見慣れた風景だから」と大木に安心感を抱く。
 まちづくりに詳しい金沢大の伊藤悟教授(地理学)が「ふらっと足を運び、弁当を広げることができる。観光客が集う兼六園や金沢城公園にはない魅力がある」。県が説明するイベント運営やアクセス強化に一定の理解を示した上で「それらが本当に今、あの場所に適切なのか。市民の声に耳を傾け、議論と検証を重ねて」と求める。
 富山市に生まれ、日本建築学会長を務めた尾島俊雄早稲田大名誉教授(都市環境)は、中央公園の樹木を「金沢のご神木」と表現する。四十本余の伐採を「地域の雑木と同じ扱いにしてはならない」と強調。県民の意見を聴く場を十分に設けなかった点を疑問視し「一本一本が県民の記憶と重なり、受け継がれてきた。行政が簡単に決断できる話ではない。十分な議論がなく、知らないうちに(木々が)切られる事態は避けるべきだ」と警鐘を鳴らす。

北陸中日新聞 2013年4月26日 朝刊

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そして、市民団体も立ち上げられ、県に計画の見直しを申し入れましたが……。


中央公園整備 県、「伐採」変更せず  市民団体に回答 17日現場封鎖

 樹木の伐採中止などに反対の声が上がる金沢市広坂の中央公園の整備計画をめぐり、石川県は十三日、計画見直しを求める市民団体の申し入れについて、谷本正憲知事名で回答した。変更はせず、従来の主張を繰り返す内容。都市公園には多面的な機能があり、意見を聞いて十年にわたって検討したと強調した。また十七日から芝生広場が封鎖されることも明らかになり、本格的な工事に向けた準備を加速させた。
 計画では、イベント時の使い勝手向上や県周辺施設と一体化させた活用を目指し、来年一月まで工事を続ける。大小六千本のうち四十五本を切り、衰退した芝生に替わってアスファルト舗装をする。
 市民団体「中央公園の緑を守る会」は一日と九日に県庁を訪れ、(1)工事開始日(八日)の変更(2)伐採中止(3)舗装化の中止(4)県民からの意見聞き取り(5)整備内容の再検討-を求めた。県によると、回答は十三日午後五時ごろ、メールで代表の熊野盛夫さん(43)へ送った。
 回答では伐採について「改修に支障となる樹木に限り予定している」「旧制第四高等学校由来の樹木やシンボル的な大木を含め、多くはそのまま残す」と明記。芝生広場のクスノキやケヤキの大木、石川四高記念文化交流館周辺は守るという。
 舗装化に関しては「災害時における避難場所や天候に左右されにくいイベント会場としての機能向上を図り、バリアフリーにも配慮」すると説明した。
 経緯として、二〇〇三年度に地元関係者をはじめ都市計画や造園、生態学などの学識経験者、一般公募した県民で構成された委員会で検討、現在の方向性が示されたと紹介。意見聴取の場を設ける可能性を否定した。
 「新たな都心の賑(にぎ)わい創出に向け、これまでの中央公園と異なる魅力ある緑の空間に再生することが、多様なニーズにお応えできる整備内容と考えております」と結んだ。
 一方、県公園緑地課は十三日午後四時から、立ち入り禁止を知らせる看板の設置を始めた。期間は十七日~来年一月三十一日で、芝生広場を含めた大半がフェンスで囲まれる。十三日付でホームページを更新し、経緯や狙いなどを詳細にまとめた。

核心ごまかし

<中央公園の緑を守る会の熊野代表の話> (工事の変更要請で)県庁に出向いた際に受けた説明と何ら変わっていない。県民の意見聴取を求めたが、四十五本伐採するなど細かい内容は説明しておらず、核心をごまかしている。

北陸中日新聞 2013年5月14日 朝刊

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公園の再整備には、こんなところからも反対の声が。


中央公園整備 「園児遊び場失われる」  金沢の幼稚園 計画変更要望へ

 石川県が樹木の伐採や芝生広場の透水性舗装などを計画する金沢市広坂の中央公園整備事業で、公園を日常的に利用している市内の幼稚園から「子どもたちの貴重な遊び場が失われる」と計画変更を求める声が上がっている。木陰があり、土や芝生の上を走り回れる公園の大切さを訴え「保育環境に対する県の考え方を聞きたい」と要望する。
 公園まで歩いて十分程度の長町幼稚園では普段からよく中央公園に出掛けていた。土と芝生の広場では転ぶことを気にせずに思いっきり走り回り、地面の虫を追いかけた。木陰が豊富で夏でも過ごしやすく、金沢城公園に出掛けても弁当は中央公園でとるほど親しんでいたという。
 県の計画を知ったのは、本紙が樹木四十五本の伐採予定などを報じた四月末になってから。保護者からも「なぜ」という声が相次ぎ、園の玄関前に記事や写真を掲げた。市民団体「中央公園の緑を守る会」が実施する書名にもほとんどの保護者が協力したという。
 主任の松井恭美さんは「根っこのでこぼこや土の感触がみんな大好き。自然の教材にあふれた今の公園が一番すてきだし、大切であることを分かってほしい」と訴える。
 十五日には立ち入り禁止前の公園を最後に楽しもうと散歩に訪れ、樹木に耳を当てた。園児は「木は生きているね」と話していたという。
 清泉幼稚園の新谷裕美園長も「転んだ時のダメージや夏場の照り返しを考えると、舗装された公園は利用しにくい」と疑問を投げかける。街なかの幼稚園にとって木や土と触れられる環境は貴重だとし「県がどんなふうに保育環境を考えているのか聞いてみたい」と話している。

北陸中日新聞 2013年5月19日 朝刊

◇◇◇◇◇

私自身は県の計画の何もかもがだめだとは思いません。
県は、雨天時に土がぬかるんでどろどろになることや、段差があってバリアフリーの観点から使い勝手が悪いことなどを問題点として挙げていますが、たしかにそういう点ではうなずける部分もあります。

それでも再整備には疑問を感じてしまいます。
私がこれはどうなの?と感じたのは以下の2点。

①イベント運営における使い勝手を優先
②市民、県民の意見聴取の必要

①については、県の目があまりにもイベント運営とか見栄えの良さとかにばかり向いていて、「公園」という場所のもうひとつの働きを忘れているんじゃないかなということ。
公園でイベントを開催するのが悪いわけじゃありません、もちろん。今までもイベントは行われてきたし、私自身それで楽しんだ経験があるし。
でも、イベントが開催されるのは時々。
一方、市民の憩いの場所、子どもの遊び場として使われるのが日常。
イベント時の使い勝手を考えるのも大切だけど、日常的に利用する人々にとっての「使い勝手」を考えるのも大切なんじゃない?
と思うわけです。

上に幼稚園が計画変更を求めているという新聞記事を掲載しましたが、私も小学校時代に遠足で中央公園に行き、土の上に座ってお弁当を食べたり走り回ったりした記憶があります。
「花岡ちゃん」の中でも、花岡ちゃんや簑島さんたちが芝生の上に直接座ったり寝転がったりしている絵が多くあります。
舗装されればこういうことはしにくくなってしまいますね。

現在の中央公園の俯瞰写真
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改修後の中央公園の平面図
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改修後のイメージ図はこんな感じ
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たしかに整っていてきれいではあるけど。
普段から利用している人々が、「良い」「好き」と言っている部分がことごとくなくなっている感じ。
公園ってなにより日常使いする人々のためのものであるべきと思うから、市民の声をもっと聴いてほしい。

そこで出てくるのが②の問題。
市民団体が市民の意見聴取の場を設けてほしいと県に要望しましたが、残念ながら今のところ実現せず。数千人分の署名も提出しているようなのですが、それでも「計画変更なし」の一点張りの県の頑なさにはがっかり。

これまで県議会で発言したり、有識者や一般公募の人たちで構成された委員会で話し合ったりと、けっこう前から構想はあったようです。それを根拠に県は「十分検討した」という姿勢です。逆に言えば、
「にもかかわらず、新聞報道されるまで地元の人間のほとんどが、この計画について全く知らなかったというのはどういうことだろう?」
という疑問をおぼえます。
県のホームページにこの計画のプランが掲載されたのも、報道の後ですし。
せめて1年前からでも、「こういう計画があるよー」っていうことを広くお知らせしていれば、ここまで反発が大きくなることもなかったんじゃないかな。
そして今からでも、市民の声に耳を傾けてくれてもいいのにと思います。
別に悪いことしてるんじゃないんだから、もっと堂々と、しっかりと、反対の声に向き合ってくれてもいいんじゃない?

などと、長々と書き連ねてきましたが……。
私の個人的な意見を言えば、やっぱり再整備は残念だし、悲しいです。
金沢城公園に「花岡ちゃん」を思わせるものがほとんどない今、私にとって中央公園はより「花岡ちゃん」を感じられる場所です。

県が指摘している「大木の根が露出していて利用上支障となる」「樹木が重なり合って暗く見通しが悪い」といった問題点は、そのとおりなのですが、私なんかはまさにそういうところこそが魅力なのになーと思うのです。
街の中心部でありながら、野性味を感じさせるところ、ちょっとした林みたいな独特の暗さがあるところ、他の公園にはないかけがえのない魅力です。

中央公園の周辺は近年再整備が進んでおり、新たな緑地もつくられました。今も、駐車場であったところが工事中で、広い芝生の広場になるようです。
県は、中央公園周辺の緑地が拡大したから、そちらに緑地の機能を移行して、中央公園はイベント運営の機能を向上させたいと説明しています。また、新たな樹木の植栽をすることも示しています。
でも、これらにも?です。
今ある土の地面をなくして新たに土の地面を作る。今ある大木を切って新しい木を植える。
だったら、今あるものを生かすという方法もあるのに。
緑地の機能はこのまま中央公園に持たせて、イベント開催の機能はしいのき迎賓館周りの緑地に特化させるとか。

と、いろいろ疑問が湧いて出ちゃうのも、県があまりにも説明に消極的だから。
どんどん情報公開をして、「委員会」でどういう話し合いが行われたのか、どういう経過で今の計画内容に最終決定したのか。
そういう諸々のことがわかれば、納得できるかもしれないですし、少なくとも今のモヤモヤ感は晴れると思います。


:文章内において、北陸中日新聞の記事を引用させていただきました。また、中央公園内の写真2点と改修後のイメージ図は石川県ホームページの「中央公園の再整備について」のページから、中央公園の俯瞰写真と改修後の平面図は北陸中日新聞2013年4月26日朝刊の紙面から引用させていただきました。以下に、引用リンク、参考リンクを明記します。

【引用リンク/参考リンク】
石川県/中央公園の再整備について
中日新聞:北陸発:北陸中日新聞から(CHUNICHI Web)

【ブログ内関連記事】
清原なつの『花岡ちゃんの夏休み』―みやもり坂があった頃  2013年5月19日
佐倉統「少数意見の常駐」―中央公園問題小考 2013年5月22日




花岡ちゃんの夏休み (ハヤカワコミック文庫 (JA840))
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by hitsujigusa | 2013-05-20 03:30 | 漫画 | Trackback | Comments(0)

花岡ちゃんの夏休み (ハヤカワコミック文庫 (JA840))


※5月21日、文章内の変更と、関連リンクを加えました。

【収録作】
「花岡ちゃんの夏休み」
「早春物語」
「アップルグリーンのカラーインクで」
「青葉若葉のにおう中」
「なだれのイエス」
「胸さわぎの草むら」
「グッド・バイバイ」


少女漫画家清原なつのさんの代表作「花岡ちゃんシリーズ」を収めた文庫。

才女を自称するメガネ女子大生花岡数子は、世俗の雑事には無関心、学問に異常な情熱を傾ける変人。そんな花岡ちゃんがひょんなことから出会ったのは、悪魔みたいに頭が切れるとうわさの簑島さん。才女としてのプライドをあっさり打ち砕かれる花岡ちゃんだが、なぜか簑島さんに惹かれていき……。

というお話。
二人の出会いを描いたのが「花岡ちゃんの夏休み」。
二人がさらに接近するのが「早春物語」。
「アップルグリーンのカラーインクで」は、花岡ちゃんの友人美登利が主人公。花岡ちゃんは脇役で登場。
「青葉若葉のにおう中」は、花岡ちゃんそっくりな女子大生宮嶋桃子が登場する話。実質的には花岡ちゃんとは全く関係ない話ですが、一応シリーズに入ります。
「なだれのイエス」はシリーズ完結編。簑島さんが事故に遭って花岡ちゃんが我を失う話。
この5作が「花岡ちゃんシリーズ」ということになります。
(「胸さわぎの草むら」「グッド・バイバイ」は別の独立した短編。)

このシリーズの魅力はなんといっても主人公花岡ちゃん。
花岡ちゃんはヒジョーにまじめに「人生とはなにか」「自分とはなにか」と考えるわけですが、あまりにもそれしか見えなさすぎていておもしろい。
たとえばこんなセリフ。

昔 幼かった頃には―― まったく単純にお嫁にいくことを夢みてた  ところが近頃それがめんどくさくてならん! うっとーしくってならん!  この限りある人生の貴重な時間をなんで赤の他人のためにさかねばならんのじゃ!〉(清原なつの『花岡ちゃんの夏休み』早川書房、2006年3月、10頁)

うーん、たしかにそう言われるとそうなんだが。真理をついているように思えないこともないが。そう言い切ってしまうゴーイングマイウェイな花岡ちゃんがすごい。

しかし、そんな花岡ちゃんの上を行くのが簑島さん。大学生のくせにやたら達観していて、
〈「ものごとはまげて見ナナメから見てホントのことがわかるんだよ」〉(同上、16頁)と、花岡ちゃんに衝撃を与える。
そんな簑島さんに惹かれるうち、自分が低俗なものと決めつけていた恋愛感情に翻弄される花岡ちゃん。二人の恋の行方は……。

◆◆◆◆◆

ところで、「花岡ちゃん」は金沢を舞台にしています。
私hitsujigusaは金沢在住なので、そのこともあって「花岡ちゃん」ファンになりました。

作者の清原さんは金沢大学薬学部の卒業生。
金沢大学のキャンパスはかつて、金沢城跡地にありました。
現在、大学は移転し、跡地は金沢城公園として整備され、大学があったことを思わせるものはほとんどなし。
しかし、唯一「花岡ちゃん」を想起させるものが残っています。
「みやもり坂」です。

完結編「なだれのイエス」では、大学構内にある「みやもり坂」でなだれが発生、簑島さんが遭難するという事故が起きます。
んなばかなとつっこみを入れたくなりますが、実際のみやもり坂がこちら。

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坂の上から見るとこんな感じ。

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伝わりにくいかもですが、けっこう勾配があって、全長150mくらいでうねうねくねっています。
すぐ脇に石垣があって木々が迫っているので、なだれが起きてもおかしくない?とも思えます。

この本の巻末にあるあとがきマンガ「みやもり坂の頃の事~花岡ちゃんの思い出~」で、清原さんはこう綴っています。

北陸なので雪が降り積もると通学ならぬ登城も大変
そんなある日 一番の難所みやもり坂で スキーをしている人を目撃しちゃったのでした  みやもり坂は雪の無い季節には学生たちが自転車で一気登りができるかどうかで脚力自慢をしていた長く急峻な坂でした〉(同上、259頁)

スキーをする人を見たのがきっかけで、「なだれのイエス」を描いたと清原さんは続けています。

今ではみやもり坂という名前はなく、「いもり坂」となっています。
漢字では「宮守坂」と書くようですが、歴史的にはこれを「いもりざか」と読むのが正しいのでしょう。
清原さんはじめ当時の学生たちは、そのまま「みやもりざか」と呼んでいたのですね。

こんなふうに金沢も変わり、「花岡ちゃん」時代の面影も薄れつつあります。

そんななか、「花岡ちゃん」に登場する場所で実在するスポットがもう一つ存在します。
中央公園です。
中央公園は花岡ちゃんや簑島さんたち学生がたむろする場所としてよく登場します。
当時のキャンパスがなくなってしまった今、金沢城公園以上に、花岡ちゃん時代の面影を色濃く残している貴重なスポットといえるかもしれません。
が、そんな中央公園を巡って、今ある問題が生じています。

長くなってきたのでここらで一旦記事を終了します。
すみません。
続きは次の記事で。


【関連リンク】
金沢城公園 金沢城公園内の詳しい地図などが載っていますので、参考までに。

【ブログ内関連記事】
清原なつの『花図鑑』―科学的な体と非科学的な心 2015年8月7日




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by hitsujigusa | 2013-05-19 03:26 | 漫画 | Trackback | Comments(2)

図書館戦争  図書館戦争シリーズ(1) (角川文庫)


※2013年5月21日、注を追記し、引用リンクを追加しました。
※2014年7月10日、ブログ内関連記事のリンクを追加しました。


【あらすじ】
公序良俗を乱し、人権を侵害する表現を取り締まる「メディア良化法」が存在する2019年。不適切な本の取り締まりのためには武力も辞さない「メディア良化隊」と、本と利用者の自由のために自ら武装した図書館組織「図書隊」は、長く抗争を繰り広げていた。そんな中、自分を助けてくれた図書隊員に憧れて図書隊に入隊した主人公笠原郁は、精鋭部隊といわれる図書特殊部隊配属となるが……。




最近実写映画も公開されて再び注目されている『図書館戦争』。それ以前に、本屋大賞に入賞したりアニメ化されたりコミカライズされたりと、小説界では知らぬ人はいないと言ってもいいくらいの人気作である。
かくいう私もだいぶ前からその存在は知っていたものの、手に取ったのはようやく去年のこと。
関心を抱きつつも尻込みしていた。
その理由はアマゾンのレビュー。
「ライトノベル」「恋愛メイン」みたいな評に、どうも一歩踏み出せずにいた。(というのもライトノベル的なものがあまり得意でないので)

で、2012年、初『図書館戦争』。
面白いじゃないか。レビューに踊らされてはいけないなあと反省。

たしかに恋愛小説の色も濃いが、SFとしてのリアリティもしっかりしている。
図書隊員の装備、訓練、図書隊の組織体制、階級といった基本設定の緻密さ。
抗争では図書隊とメディア良化隊の息詰まる攻防が生々しく描かれる。銃火器がぶっ放され血が流れる、まごうことなき“戦争”である。

メディア良化隊の描き方も実にリアル。現実にこういう組織が存在するわけではないのでリアルというのも変かもしれないが、実際に存在していても不思議じゃないなあと思わせる妙な説得力がある。
そう感じられるのは現代日本の延長にこの作品があるからだろう。
wikipediaでは、メディア良化隊の存在理由となっている「メディア良化法」についてこう書かれている。

〈スキャンダルを追いかけることに血道を上げる余りマスメディアが持つ権力監視機能が機能していなかったことと、国民の政治への無関心が、本来なら成立するはずのないこの法律を成立させた背景にある。〉

これって今の日本の状況そのもの?

作者の有川浩さんは、図書館に掲げられている「図書館の自由に関する宣言」から発想を得て、「図書館の自由に関する宣言が一番ありえない状況で適用されたらどうなるか」と考え、この作品を執筆するに至ったそうだ。
抗争にまで発展するかはともかく、国家権力等によるメディアへの表現規制、なんてのは現実にあるわけで、単なるフィクションだといって笑い飛ばせない部分もある。

と、まあお堅いことばかりを書いてしまいましたが、この作品の一番の魅力はハードとソフトのバランスの良さであると思う。
レビューに書かれるところの「ライトノベル」的な軽さがなければ、こんなに面白い小説にはならなかっただろうし、これほど広まりもしなかっただろう。
SFとして楽しむもよし、恋愛小説として楽しむもよし。
私のようにライトノベル慣れしていない人でも、偏見を持たずぜひ手に取ってみて欲しい良作である。


:文章内のwikipediaからの引用部分は、2013年5月15日9時14分更新の版からのものであり、現在は内容が変更されている可能性があります。以下に、私が利用した版のリンクを貼ります。

【引用リンク/参考リンク】
「図書館戦争」(2013年5月15日(水)09:14 UTCの版)『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』 

【ブログ内関連記事】
SF小説・私的10撰 2013年10月6日  有川浩『図書館戦争』を取り上げています。


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by hitsujigusa | 2013-05-17 16:49 | 小説 | Trackback | Comments(0)