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※2014年7月16日、新たなエントリーについて追記し、エントリー表のリンクも更新しました。
※2014年8月7日、新たなエントリーについて追記し、エントリー表のリンクも更新しました。
※2014年9月8日、新たなエントリーについて追記し、エントリー表のリンクも更新しました。
※2014年10月12日、エントリー表のリンクを更新しました。
※2014年11月19日、エントリー表のリンクを更新しました。


 2014年6月28日、国際スケート連盟によって14/15シーズンのグランプリシリーズの日程、開催地、出場選手が発表されました。

◆◆◆◆◆

 上から男子、女子、ペア、アイスダンスのエントリー表です。

Entries Men 2014/15- All 6 Events
Entries Ladies 2014/15- All 6 Events
Entries Pairs 2014/15- All 6 Events
Entries Ice Dance 2014/15- All 6 Events

◆◆◆◆◆

 各大会に出場する日本選手とそれ以外の(個人的に)注目する選手をざっと列挙しますと……。(敬称略)

〈スケートアメリカ〉
町田樹、今井遥、リード&リード、ナム・グエン、デニス・テン、ジェレミー・アボット、ジェイソン・ブラウン、マエ=ベレニス・メイテ、エレーナ・ラディオノワ、グレイシー・ゴールド、長洲未来、彭&張、ベルトン&ホタレク、川口&スミルノフ、ボロソジャー&トランコフ、ボブロワ&ソロビエフ、チョック&ベイツ、シブタニ&シブタニ

〈スケートカナダ〉
小塚崇彦、無良崇人、本郷理華、宮原知子、ケビン・レイノルズ、ミハル・ブレジナ、フローラン・アモディオ、ハビエル・フェルナンデス、マックス・アーロン、アダム・リッポン、ケイトリン・オズモンド、ヴァレンティーナ・マルケイ、アンナ・ポゴリラヤ、アシュリー・ワグナー、デュアメル&ラドフォード、ムーア=タワーズ&マリナロ、隋&韓、ジェームス&シプレ、ウィーバー&ポジェ

〈中国杯〉
羽生結弦、田中刑事、村上佳菜子、ナム・グエン、閻涵、マキシム・コフトゥン、李子君、ユリア・リプニツカヤ、ポリーナ・エドマンズ、彭&張、バザロワ&デプタト、ボロソジャー&トランコフ、カッペリーニ&ラノッテ、イリニフ&ジガンシン、シブタニ&シブタニ

〈ロステレコム杯〉
小塚崇彦、大庭雅、ミハル・ブレジナ、ハビエル・フェルナンデス、マックス・アーロン、ジェイソン・ブラウン、ヴァレンティーナ・マルケイ、アンナ・ポゴリラヤ、アデリナ・ソトニコワ、長洲未来、ベルトン&ホタレク、ストルボワ&クリモフ、レン&シュナピアー、クームズ&バックランド、イリニフ&ジガンシン、シニツィナ&カツァラポフ、チョック&ベイツ

〈エリック・ボンパール杯〉
町田樹、今井遥、閻涵、フローラン・アモディオ、デニス・テン、マキシム・コフトゥン、アダム・リッポン、ケイトリン・オズモンド、マエ=ベレニス・メイテ、ユリア・リプニツカヤ、エレーナ・ラディオノワ、アシュリー・ワグナー、ムーア=タワーズ&マリナロ、隋&韓、ジェームス&シプレ、ストルボワ&クリモフ、カッペリーニ&ラノッテ、ボブロワ&ソロビエフ

〈NHK杯〉
羽生結弦、無良崇人、宮原知子、村上佳菜子、高橋&木原、リード&リード、ケビン・レイノルズ、ジェレミー・アボット、李子君、アデリナ・ソトニコワ、ポリーナ・エドマンズ、グレイシー・ゴールド、デュアメル&ラドフォード、バザロワ&デプタト、川口&スミルノフ、レン&シュナピアー、ウィーバー&ポジェ、クームズ&バックランド、シニツィナ&カツァラポフ


 エントリーを一覧して気になったところ、注目の選手などをまとめてみます。


①ベテラン組

 オリンピックの直後のシーズンということで、これまでグランプリシリーズを盛り上げてきた選手たちの休養が多く見られます。浅田真央、高橋大輔、パトリック・チャン、カロリーナ・コストナー、アイスダンスのデイビス&ホワイト、バーチュー&モイヤーなど、引退は表明しておらずあくまでも休養ですが、主役を張ってきたスケーターたちがいないことによってだいぶグランプリシリーズの色味が変わるんじゃないかなという気がします。
 そんな中で変わらずエントリーしているベテラン選手もいます。アメリカのジェレミー・アボットは13/14シーズン限りでの引退を表明していましたが、世界選手権後のインタビューでは引退か現役続行か迷っていることを明かし、そして今回グランプリシリーズのエントリーに名を連ねました。引退と聞いていたのでちょっと拍子抜けはしましたが、彼のスケートが大好きなので再び競技会で見られることはとても嬉しいです。
 また、イタリアのヴァレンティーナ・マルケイもエントリー。彼女もすでに28歳で引退してもおかしくない年齢ではありますが(すみません)、続行してくれて嬉しいですね。
 ペアのソチ五輪金メダリストのタチアナ・ボロソジャー&マキシム・トランコフ組も同様にエントリーしています。オリンピックでの金メダルという目標を達成したわけなので、引退するしないにかかわらず休養するのかなと想像していたのですが、エントリーしてきましたね。圧倒的な実力で五輪王者に輝いたベテランペアがどんな演技を見せてくれるのか今から楽しみです。
 さらに、注目すべきは同じくロシアのベテランペア、川口悠子&アレクサンドル・スミルノフ組の復帰です。ソチ五輪出場を目指していたふたりですが、スミルノフの怪我によって13/14シーズンは全ての国際大会を欠場、五輪出場も叶いませんでした。ですので実際にGPシリーズ出場となれば2シーズンぶりということになります。無事に復帰なることを願っています。
 ほかにもコンスタンティン・メンショフ、ペーター・リーバース、エレーネ・ゲデヴァニシヴィリ、ビクトリア・ヘルゲソンといったおなじみのベテラン選手たちがエントリーしていますので、ベテラン勢の活躍を楽しみにしたいと思います。


②デビュー組

 ベテラン勢のエントリーの一方、GPシリーズ初お目見えの選手も多数います。その数は13/14シーズンに初めて参戦した選手・カップルよりの数よりも多いですが、オリンピックの次のシーズンということで休養した選手の分の枠が空いたということもあるでしょうし、シングルに関しては一大会における参加選手の上限が10人だったのが12人に拡大された影響も大きいと思います。
 その中でも私が最も注目するのはカナダのナム・グエン。弱冠15歳で世界ジュニア選手権2014を制し、その約1週間後にはシニアの世界選手権2014に出場、見事12位となりました。羽生結弦も15歳での世界ジュニア制覇でしたが、同様に若くして(幼くして?)ジュニアチャンピオンとなり、鳴り物入りでシニア本格参戦するグエンくんが大人のスケーターたち相手にどこまで上位に食い込めるか楽しみですね。
 男子ではほかに世界ジュニア2014銀メダリストのロシアのアディアン・ピトキーエフ(こちらも16歳!)、フィリピンの新星マイケル・クリスチャン・マルティネスもエントリーしていて注目です。
 女子ではやはりアメリカ・ロシア勢が目立ちます。6大会全てで必ず複数人がエントリーしていて(アメリカは男子もですが)、勢いを感じさせますね。初参戦で大注目なのはポリーナ・エドマンズ。すでにオリンピック、世界選手権に出場しているので初参戦という感じがしませんが、昨シーズン一躍シンデレラガールとなった彼女がGPシリーズでも同じように輝けるかどうか、ですね。米露以外でも、世界選手権2014で9位に入った韓国の朴小宴(パク・ソヨン)、同じく12位のドイツのナタリー・ヴァインツィアールなど、昨シーズン飛躍を遂げた選手たちが初エントリーしており、楽しみです。
 ペア、アイスダンスでも2014年の世界ジュニアで実績を残したペア、カップルのシニア本格挑戦が見られますが、すでにシニアの世界で実績のある選手が新たなパートナーと組んで初エントリーするというパターンも散見されます。それについては次の③にまとめます。


③新ペア&新カップル

 13/14シーズンの主な大会が全て終了した後、実績を残してきた一流のペア、カップルの解散が多々見られましたが、それによって生まれた新ペア、新カップルが多くエントリーしています。
 ペアではカナダのカーステン・ムーア=タワーズ&マイケル・マリナロ、ロシアのべラ・バザロワ&アンドレイ・デプタト、アメリカのディーディー・レン&サイモン・シュナピアーなどが新たなパートナーとのペア。ムーア=タワーズはディラン・モスコビッチとのペアで2度の世界選手権4位、ソチ五輪5位という成功を収めましたし、バザロワはユーリ・ラリオノフとのペアで3度欧州選手権の表彰台に立ちソチ五輪では6位、シュナピアーもマリッサ・カステリとのペアでソチ五輪9位でした(ちなみにシュナピアーとペアを解消したカステリは、なんと元日本代表のマーヴィン・トランと新ペアを結成、トランがアメリカに移籍するそうです)。
 アイスダンスではロシアのイリニフ&ジガンシン、同じくロシアのシニツィナ&カツァラポフがこのパターンに該当しますが、元々はイリニフ&カツァラポフ、シニツィナ&ジガンシンとしてカップルを組んでおり、それぞれパートナーを入れ替える形での新カップル結成という珍しい事例となりました。
 一度トップクラスにまで上り詰めたペア、カップルが関係を解消し新たなパートナーと組むということは、また一からのスタートで大変だと思うのですが、それぞれどんな活躍を見せてくれるのか期待しています。


④日本勢

 日本勢は浅田真央、高橋大輔両エースの休養、鈴木明子、織田信成といったベテラン選手の引退などで、ぐっと顔ぶれが変わった印象がありますね。その中でもソチ五輪金メダリスト、現世界王者の羽生結弦はやはりいちばんの注目選手ですし、初めての世界選手権で銀メダルを獲得した町田樹も世界選手権メダリストとして臨む新シーズンですから楽しみですね。現役続行を選択したベテラン小塚崇彦、これからさらに伸びていきそうな無良崇人と、まだまだ日本男子の層の厚さは世界屈指といった感じです。
 女子は、シニア参戦5年目となりすでに中堅どころといえる村上佳菜子、シニア2年目で成長が楽しみな宮原知子、着実に実力をつけてきている今井遥と、層の厚さという点では男子に劣るかもしれませんが、素晴らしい個性を持ったスケーターたちが揃っています。
 ペアの高橋成美&木原龍一組はNHK杯のみのエントリー。怒濤のような1年目だった13/14シーズンからどのような進化を見せてくれるのか楽しみです。アイスダンスのキャシー・リード&クリス・リード組もコーチを変更し、今までとはまた一味違ったふたりのスケートを披露してくれるのではないかと思います。
 そしてシニアGP初参戦となるのが田中刑事、本郷理華、大庭雅の三人。それぞれ1大会のみのエントリーですが、思いっきり全力を発揮してほしいですね。


 オリンピック直後のシーズンとなる14/15シーズン。実績を積み重ねてきたベテラン勢、五輪シーズンに一躍脚光を浴びた選手、シニア本格参戦となるルーキーなど、いろんな勢力が目まぐるしく混じり合い新たな勢力図が作られようとしています。注目選手、見どころも多くておもしろいグランプリシリーズになりそうですね。
 グランプリシリーズは10月24日から始まるスケートアメリカで幕を開け、12月11日からスペインのバルセロナで開催されるグランプリファイナルまで戦いが続きます。開幕まではまだしばらく時間はありますが、今から選手たちの活躍に胸が高鳴りますね。


※以下、2014年7月16日に追記した部分です。

 7月10日、国際スケート連盟によってグランプリシリーズの出場選手未定枠に新たにエントリーした選手名が発表されました。
 男子ではスケートアメリカの残り1枠にアメリカのダグラス・ラザノが、女子ではロステレコム杯の残り2枠のうち1枠に既に中国杯にエントリーされているアメリカのアシュリー・ケインが、ペアではNHK杯の残り1枠にドイツのマリ・ヴァルトマン&アーロン・バンクリーブ組が、アイスダンスではスケートアメリカの残り1枠にアメリカのアナスタシア・カヌーシオ&コリン・マクマヌス組が新たなエントリーとなりました。
 また、日本スケート連盟は7月15日、NHK杯の女子の残り1枠(日本選手枠)に加藤利緒菜のエントリーが決まったことを発表しました。加藤選手は昨シーズンまでジュニアで国際大会に派遣されていましたから、このNHK杯が本格的なシニア国際大会デビューとなります。またひとり日本の新星がシニアデビューということでこちらも楽しみですね。
 まだ出場枠は多く空いていますので、これからさらに新たな出場選手が発表されていくものと思われます。この記事内にまた追記していきたいと思います。


※以下、2014年8月7日に追記した部分です。

 前回7月16日の追記以降も、新たなエントリーが追加されています。
 女子シングルではスケートアメリカの最後の1枠に、フランス大会への出場が決まっていたアメリカのサマンサ・シザーリオ選手が入り、スケートカナダの最後の1枠に、すでにロシア大会にエントリーされているカナダのアレイン・チャートランド選手がエントリーされました。
 ペアではスケートカナダの残り1枠にアメリカのマデリーン・アーロン&マックス・セットレージ組が入りました。その一方、2大会にエントリーされていたイタリアのステファニア・ベルトン&オンドレイ・ホタレク組が7月上旬にペア解消を発表し、そのためGPシリーズのエントリーも取り消すこととなりました。ヨーロッパを代表する強豪ペアの解散にはびっくりしましたが、さらに驚きなのがホタレク選手が同じイタリアのヴァレンティーナ・マルケイ選手と新たなペアを組んで再出発するというニュースです。また、マルケイ選手はシングル選手としても引き続き活動していくようで、女子シングルのエントリー表にも変わらず名前があります。今後の動向によっては変わるかもしれませんが、ペアとシングルとを同時に両立させることができたらこれは凄いことで、たぶん史上初になるのではないかと思います(私が知る限りですが)。マルケイ選手の決断には驚かされましたが、彼女とホタレク選手の新たな挑戦に注目していきたいと思います。ということで、ベルトン&ホタレク組の枠が空いたことによって、スケートアメリカにはウクライナのエリザベータ・ウスマンツェワ&ロマン・タラン組が、ロステレコム杯にはドイツのアナベル・プローレス&ルーベン・ブロマールト組が新たにエントリーされました。
 さらなる新エントリー、出場選手変更についても、この記事内にどんどん追記していきます。


※以下、2014年9月8日に追記した部分です。

 前回の追記から1か月、空いていた枠がだんだん埋まり、出場選手が揃ってきました。
 まずは男子シングル。ロステレコム杯の残り1枠にロシアのアルトゥール・ガチンスキー選手が、エリック・ボンパール杯の残り1枠にフランスのロマン・ポンサール選手が、そしてNHK杯の残り1枠に日本の村上大介選手が入りました。ポンサール選手、村上選手はこの1大会のみのエントリーですが、ガチンスキー選手はすでにスケートアメリカにエントリーされていたので、これで2大会に出場するということになりますね。村上選手のGPシリーズは2季ぶり。2年前もNHK杯に出場しましたが、練習で肩を脱臼し、試合には強行出場しましたが演技中に再び脱臼して途中棄権するという悔しさの残る大会となりました。それから2年ぶりのNHK杯ですから、村上選手にとってかつての悔しさを払拭する、納得のいく大会となればなと今から願っています。その一方、中国杯にエントリーされていたドイツのペーター・リーバース選手の出場が取り消されています。NHK杯のエントリーには変わらず名前がありますから、中国杯のみ出場を取りやめるということなのでしょうか。詳細は分からないのですが、怪我など何か特別な理由があるのかもしれませんね。
 女子ではロステレコム杯の残り1枠にロシアのニコル・ゴスヴィアーニ選手、エリック・ボンパール杯の残り1枠にフランスのアナイス・ヴェンタール選手がエントリーされています。ゴスヴィアーニ選手はNHK杯と合わせて2大会出場、GP初参戦のヴェンタール選手は1大会のみです。これで女子は中国杯の1枠を残して全ての出場枠が埋まりました。
 そして、ペアではスケートアメリカの最後の1枠にアメリカのマデリーン・アーロン&マックス・セットレージ組、ロステレコム杯の残り1枠にロシアのエフゲニア・タラソワ&ウラジミール・モロゾフ組、エリック・ボンパール杯の残り1枠にオーストリアのミリアム・ツィーグラー&セヴェリン・キーファー組が新たにエントリー。前者2組は2大会エントリー、ツィーグラー&キーファー組のみ1大会エントリーですね。一方で、エントリーを取り消したのがドイツの夫婦ペア、マイリン・ヴェンデ&ダニエル・ヴェンデ組。スケートアメリカとロステレコム杯に出場予定だったのですが両方ともエントリーがなくなり、その分それぞれの大会に出場枠の空きが出ました。スケートアメリカの1枠には同じくドイツのアナベル・プローレス&ルーベン・ブロマールト組が、ロステレコム杯の1枠には日本の高橋成美&木原龍一組が入りました。ヴェンデ&ヴェンデ組の出場がなくなったのは残念ですが、高橋&木原組にチャンスが回ってきたのは嬉しいですね。自国開催のNHK杯は出場が決まっていましたが、やはり2大会に出場できるというのは大きな意味合いがあることだと思いますから、経験を積み重ねる良い機会ですね。楽しみにしています。
 最後はアイスダンスです。中国杯の残り1枠には中国の趙悦(ジャオ・ユエ)&鄭汛(ジェン・シュン)組が、エリック・ボンパール杯の残り1枠には韓国のレベッカ・キム&キリル・ミノフ組が、そしてNHK杯の残り1枠には日本の平井絵己&マリオン・デ・ラ・アソンション組がエントリーされました。どのカップルもGP初参戦という新鮮な顔ぶれですね(中国の鄭選手は他のパートナーとのカップルで出場経験があります)。
 これでほぼ全ての出場枠が埋まりました。この記事への追記はとりあえずこれで完了としたいと思います。GPシリーズ開幕まで1か月あまり……。待ち遠しいです!


:記事冒頭の写真は、国際スケート連盟の公式ウェブサイト内のグランプリシリーズのページから引用させていただきました。

【参考リンク】
Italians Berton, Hotarek end pairs partnership | Icenetwork.com ベルトン&ホタレク組のペア解消について報じた記事です。
Detroit postcards: More pairs action off ice than on | Icenetwork.com 記事内にマルケイ選手とホタレク選手のペア結成についての言及があります。
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by hitsujigusa | 2014-06-30 16:19 | フィギュアスケート(大会関連) | Trackback | Comments(0)

星の王子さま バンド・デシネ版 (Le Salon des livres)


【あらすじ】
 パイロットの“ぼく”は飛行機のトラブルに見舞われて致し方なくサハラ砂漠に不時着。そんな“ぼく”の前に不思議な少年が現れ、自分をとある小惑星からやってきた王子であると話す。“王子さま”は“ぼく”に王子さまの星の話、地球に来るまでに訪れた星の話をして――。


 6月29日はフランスの作家アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリの誕生日。ということでサン=テグジュペリの代表作『星の王子さま』を今回はピックアップします。といっても取り上げるのは小説ではなく、漫画。『星の王子さま』をフランスの漫画家がコミック化した作品を紹介したいと思います。

 本書はサン=テグジュペリの『星の王子さま』を原作に、フランスの漫画家ジョアン・スファールさんがアレンジを加えてかつ忠実にコミック化し、それを小説家の池澤夏樹さんが翻訳したものです。小説を漫画にしたことによって、小説版とはまた一味違った『星の王子さま』の魅力を感じられるようになっています。
 まずはなんといっても絵。フランス、ベルギーの漫画=バンド・デシネらしい絵は全カラーで鮮やか、色のコントラストが美しく引き込まれます。バンド・デシネの特徴といえば日本の漫画と違ってコマの大きさが変わらず一定なこと。それゆえに絵自体で魅せるという面が強いですし、コマに動きがない分、絵の動きが強調されて映画的でもあります。

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 そして、ジョアン・スファールさんの絵特有のスパイスの効いた感じ。独特なデフォルメがなされていて、上の書影でも分かるように“王子さま”も横長の大きな顔、ギョロッとした大きな目という姿で描かれています。サン=テグジュペリが描いた可愛らしい“王子さま”とは全く異なりますが、だからといって作品の世界が壊されるとか台無しになるとかいったことはなくて、自由奔放な子どもである“王子さま”の子どもらしい面が前面に押し出されていて、突然ヒツジの絵をねだったり唐突に泣き出したりする無邪気さ、また、ある種の(子ども特有の)乱暴さがこのデザインによって表現されているように感じます。
 サン=テグジュペリの原作を読んでいると“王子さま”が大人のように思えてくることがあるのですが、このバンド・デシネ版は“王子さま”がまさに生きている子どもであることを感じさせてくれます。ほかの登場人物たち―“ぼく”やキツネ、バラ、王様、ビジネスマン、地理学者など―も、原作以上に生き生きと、そして人間臭く描かれていて、やはりそれも絶妙にデフォルメされた絵の効果が大きいように思いますね。

 絵の効果とともに重要なのが文章の効果。本書のフランス版の文章はほぼサン=テグジュペリの原作どおりらしいのですが、日本語版では訳者の池澤夏樹さんがうまくこの漫画の雰囲気にふさわしい言葉づかいに変えています。池澤さんは以前にも『星の王子さま』を翻訳していますが(集英社から出版)、本書では小説の時の文章よりもずっとくだけた感じになっています。

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 小説は子どもである“王子さま”が文学的な感じの喋り方をしていても気になりませんが、バンド・デシネは何より絵があるので、この姿、風貌の“王子さま”が喋っても違和感のない言葉づかいでなければいけません。そういった点でも本書の“王子さま”はずっと子どもらしく、人間味に溢れ、原作以上に親近感の沸くキャラクターとなっています。

 こうした絵の効果、言葉の効果をふまえて、サン=テグジュペリの原作とジョアン・スファールさんのバンド・デシネ版のいちばんの違いはなにかと考えると、親しみやすさだと私は思います。
 『星の王子さま』というと世界的に知られた名作で、童話・ファンタジーでありながら深い意味が込められた哲学的な文学作品としても読まれています。だからこそ探るような読み方をしてしまうというか、ひとつひとつのエピソード、キャラクターに対して「どんな意味、風刺、メッセージが隠されているんだろう」という読み方をしてしまう人も多いのではないでしょうか。全く『星の王子さま』を知らず、前知識も先入観もない幼い子どもがまっさらな状態で読むのとは違い、大人が『星の王子さま』を読む場合、純粋な童話・ファンタジーとしてシンプルにとらえることは難しいようにも感じます。
 ですが、バンド・デシネの『星の王子さま』は、そんな童話・ファンタジーとしての『星の王子さま』の世界を存分に見せてくれます。絵本のように色鮮やかなオールカラーページ、大胆にデフォルメされた漫画チックな人物や動物。リアルさからは遠く離れた絵によって、この作品のファンタジー面が強調されます。一方、“王子さま”が訪れた星々で出会う風変わりな大人たちは思いっきりカリカチュアライズされることで原作以上に皮肉が感じられるようになっていて、ファンタジー色の濃い中でも、サン=テグジュペリが物語に込めたエスプリがひしひしと伝わってきます。
 
 上の文章で私は原作とバンド・デシネ版のいちばんの違いは親しみやすさだと書きましたが、少し語弊があるかもしれません。親しみやすいという点ではどちらも同じくらい読みやすいし親しみやすい。ただ、『星の王子さま』という作品はとてつもなく深く、多様な見方・読み方ができる重層的な物語なので、ともすればどう読めばいいのか頭がこんがらがってしまうかも、難しく考えすぎてしまうかもしれません。バンド・デシネ版は“絵”という視覚に訴える手段を取ることで、『星の王子さま』のシンプルな見方、楽しみ方をわかりやすく提示してくれます。また、文章ではわからないキャラクターたちの表情や細かなシチュエーション、景色も描けるというバンド・デシネならではの表現によって、『星の王子さま』という作品にさらなる深みをプラスしています。
 
 バンド・デシネ版の『星の王子さま』は漫画化することで原作の精神を変えるのではなく、原作の神髄を原作以上に際立たせています。名作をメディアミックスするというのは漫画化に限らず難しいと思いますが、この作品は見事に成功した貴重な作品と言えます。
 以前『星の王子さま』を読んだことがある方にとってはさらなる魅力を教えてくれる本として、これまで一度も読んだことがない方にとっては『星の王子さま』への入り口となる本として、ぜひ本書を手に取ってみてほしいと思います。おすすめです。


:記事内の写真はジョアン・スファール作、アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリ原作『星の王子さま』(サンクチュアリ出版、2011年5月)の公式ホームページから引用させていただきました。


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by hitsujigusa | 2014-06-28 03:13 | 漫画 | Trackback | Comments(0)

ターシャの庭


 アメリカを代表する絵本画家でありガーデナーでもあるターシャ・テューダーさん。数々の絵本を手掛け、晩年はそのライフスタイルや人生も注目を浴びました。そんなターシャさんが92歳で生涯を終えたのが2008年の6月18日。その命日に合わせて、今回はターシャさんの著書『ターシャの庭』を取り上げたいと思います。

 ターシャさんの家・庭はバーモント州の田舎にあり、ターシャさん自身は我が家とその庭を“コーギ・コテージ”と呼び、そのなかで19世紀のアメリカのライフスタイルを貫きました。本書では庭を中心に、ターシャさんの生活の一端をターシャさんの文章、リチャード・W・ブラウンさんの写真とともに垣間見ることができます。
 本は“コーギ・コテージ”のエリアごとに構成され、ターシャさんが描いた庭の地図とともに見ることでどんな配置・デザインになっているのか想像を巡らせながら楽しめます。
 ターシャさんの庭の魅力は、第一に植物が自然なかたちで植わっているように見えるコテージガーデンだということ。写真の数々を見ると、まるで植物が自分たちで勝手に場所を選んで生えてきたんじゃないかと思うくらい、無造作にナチュラルに花を咲かせています。

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 もちろん実際にそんなことはなく、より美しい庭のかたちを考えた上で植えられているのでしょうが、人工的なにおいを感じさせない自然さがターシャさんの庭にはあります。それでいて雑然としすぎず、適度に人の手が入った風情があり、そのバランスが絶妙です。
 
 そして、ターシャさんの庭のもうひとつの魅力は単に花を眺めて楽しむだけの庭ではないということ。たとえばこちらの写真。

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 このクラブアップルはバラ科の木。日本ではあまり馴染みがありませんが、「実をつけたまま冬を越すので、餌がなくなる冬の間、鳥や野生動物の貴重な食糧源になります。」(ターシャ・テューダー『ターシャの庭』メディアファクトリー、2005年6月、21頁)とターシャさんは説明しています。観賞用としても絵になっていてきれいだなと思いますが、野生の動物たちにとっては命を繋ぐ大切な存在なのですね。
 ほかにもターシャさん自身が使う用の西洋梨やりんご、ブルーベリーなどのフルーツ、庭の一画にある畑で育てられたキャベツやじゃがいも、ルバーブなど、庭で育まれている“命”の姿が本書には多数収められています。
 そして何よりも命を感じさせるのが、四季折々の庭の移り変わり。

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 花々が一斉に咲き誇る春、緑豊かな夏、実りの秋、春のために眠り準備を整える冬。そうした季節の表情はただただ美しいと見惚れるとともに、“生命”の力強さ、輝きをひしひしと感じさせてくれます。巡り巡ってゆっくり着実に命を生み、育む自然。ターシャさんの庭、コーギ・コテージはそんな自然の神秘を見せてくれる、生命の庭だとこの本を眺めてふと思いました。

 庭・ガーデニングに興味のある方もない方も、ぜひ一度手に取ってみてほしい良書です。


:記事内の写真は全て、ターシャ・テューダー著『ターシャの庭』(メディアファクトリー、2005年6月)から引用させていただきました。


【ブログ内関連記事】
『庭の小道から―英国流ガーデニングのエッセンス』―イギリスの匂い 2013年7月17日


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by hitsujigusa | 2014-06-16 16:16 | エッセイ・評論・その他 | Trackback | Comments(0)

ミーナの行進 (中公文庫)



 6月6日はほんわかの日(家族だんらんの日)。これはなにかというと、大阪の人気番組「大阪ほんわかテレビ」が1995年に制定した記念日で、ほんわかした空気を大切にして、もう一度家族の姿を見つめ直そうという番組の基本コンセプトから、番組が開始した6月6日を“ほんわかの日(家族だんらんの日)”として記念日とした、のだそうです。
 私は番組を見たことがないので何の縁もゆかりもないのですが、6月6日が迫っている今日この頃でちょうど良いので、家族を描いた小説という特集をやってしまおうという考えに至った次第です。まあ、記念日に関係なく、家族をテーマにした素晴らしい小説を取り上げたいなと思っていたので、単なるこじつけと考えて下さい。
 では、さっそく家族を描いた小説・私的10撰を紹介していきます。


 まずはちょっと壊れかけた家族を描いた作品2つをご紹介。


幸福な食卓 (講談社文庫)

幸福な食卓 (講談社文庫)

【あらすじ】
 中学生女子・佐和子の家族は少し変わっている。父親は突然「父さんは今日で父さんをやめようと思う」と言い出すし、母親は家出中なのに料理を届けに来るし、天才だった兄は大学にいかず農業を始めるし。そんな家族に囲まれて暮らす佐和子は、塾でこちらもちょっと変わった少年、大浦君と出会う。佐和子の心のなかで大浦君の存在は徐々に大きくなっていって――。

 瀬尾まいこさんの代表作『幸福な食卓』。2007年には北乃きいさん主演で映画化もされています。
 主人公佐和子の家族は完全に崩壊しているというわけでもないけれど、家族がそれぞれ別々の方向を向いていて微妙に壊れかけています。そんな中でいちばん普通といえる佐和子が四苦八苦しながらも家族を結びつけていて、家族の背景自体はシビアなものもあるのですが、主人公のキャラクターがうまく効いていて、重さを感じず楽しく読めます。
 物語は家族中心というよりは佐和子中心なので、佐和子の恋愛話も多く、ひとりの少女の成長物語として読んでもおもしろいです。佐和子のささやかな日常を、時に切なく、時にユーモラスに、時にファンタジックに描いていて、その中には哀しい出来事も描かれますが、そういったことも含めて日常が日常らしくあるということがどんなに幸福なことなのか、佐和子の姿を通して見えてきます。


ミーナの行進 (中公文庫)

ミーナの行進 (中公文庫)

【あらすじ】
 1972年3月。女手一つで育ててくれた母が東京の専門学校で1年間洋裁を勉強することになったため、12歳の朋子は芦屋の伯父さんの家に預けられることになった。スパニッシュ様式の芦屋の洋館に住むのは、ドイツ人とのハーフで飲料水会社の社長でもある伯父さん、朋子の母の姉である伯母さん、ドイツ人のローザおばあさん、お手伝いの米田さん、スイスに留学中のいとこ龍一さん、朋子より一歳年下のいとこミーナ、そしてコビトカバのポチ子――。一風変わった人々とその生活に最初は戸惑う朋子だったが、その日々はかけがえのないものになっていき――。

 小川洋子さんの『ミーナの行進』。物語の舞台は1972年から1973年にかけての芦屋です。今でも芦屋といえば関西を代表する高級住宅街というイメージですが、いわゆる阪神間モダニズムを体現したような洋館で暮らす家族の姿を、親戚の子どもである朋子の視点で描いています。重要なポイントは語り手が家族のうちの誰かではなく、よそ者である朋子だということ。一見すると裕福で恵まれていて幸せな家族にしか見えない伯父さん一家ですが、その裏には暗いものも、複雑なものもあることが徐々に分かってきます。ですが、そうしたことも朋子という“よそ者”の目を通して見ることで、変な生々しさがなく、ある種の冷静さを持って読むことができます。
 また、朋子が子どもだということも大きいでしょう。家族のあいだに漂う独特の空気に対しても、ポチ子の背に乗って登校するミーナや光線浴室といった一家特有の習慣に対しても、子どもの朋子は純粋に不思議がったりおもしろがったりします。そんな朋子の純粋な目が、物語にあたたかみとユーモアを与えているのではないかと思います。
 もうひとつ、この小説の魅力が時代の描写。特に、川端康成の自殺やミュンヘンオリンピックなど、ところどころに現実の事件・出来事が差し挟まれ、物語にアクセントを加えています。私はこの時代を知らない人間ですが、あの時代は良かったなー的な描かれ方ではなく、登場人物たちの感情や実感を伴って書かれているので、新鮮味を持って読むことができました。時代の雰囲気をとらえた作品としても、秀逸ですね。


 続いては、家族のシチュエーションが似ている作品2つです。


さくら (小学館文庫)

さくら (小学館文庫)

【あらすじ】
 主人公の“僕”=長谷川薫は東京の大学に通う大学生。家族のヒーローだった兄・一(はじめ)は20歳の時、自殺した。ショックを受けた母親は酒に溺れ過食で肥満し、美人の妹・美貴は家に引きこもり、父親は家出した。崩壊した家族に残されたのは愛犬サクラだけ。ある年の暮れ、“僕”は久しぶりに実家に帰ることにして――。

 上述した2作品は壊れかけた、もしくは微妙なバランスを保っている家族のお話でしたが、西加奈子さんの『さくら』の家族は崩壊したといってもいい状態。そこから何とか再生していこうとする物語です。
 ストーリーの構成としては現在の部分と過去を回想する部分とがあり、長谷川家が元々どんな幸福な家族だったのか、そこからどのように崩壊していったのかが順を追って描かれます。家族はそれぞれ個性的でそれぞれに不器用、デコボコしていますが、悩みながらも恋をしたり友情を育んだりする姿はどこかコミカルで微笑ましく新鮮です。そんな幸せな家族がある出来事をきっかけに180度変わってしまうわけですが、話のシリアスさのわりにはあまり深刻な感じがしない軽みがあります。セリフが関西弁で書かれているというのもあると思いますが、西加奈子さん特有のテンポの良い文章の効果もあるでしょうね。疾走感が印象深い作品です。


明日死ぬかもしれない自分、そしてあなたたち

明日死ぬかもしれない自分、そしてあなたたち

【あらすじ】
 澄川家は父と母、長男と長女、次男と次女の6人家族。長男澄生と長女真澄は母親の連れ子、次男の創太は父親の連れ子、そして次女の千絵は父と母両方の血を引いた唯一の子だった。ふたつの家族がひとつの家族となり最初はぎこちなさもあった澄川家だったが、いつしか心を通わせるようになる。しかし、家族の結びつけ役だった澄生が17歳で雷に打たれて亡くなると、母はアルコールに依存するようになり――。

 山田詠美さんの『明日死ぬかもしれない自分、そしてあなたたち』。長男の死をきっかけに崩壊していく家族を描いています。家族構成や血の繋がりのない兄弟などもちろん違いはありますが、兄の死、母が酒に溺れるといった点が『さくら』と共通しています。大切な家族の喪失という似たテーマを書いているわけですが、作品の雰囲気はだいぶ違います。
 『明日死ぬかもしれない自分、そしてあなたたち』の特徴のひとつは、章ごとに語り手が変わること。第一章の語り手は真澄、第二章は創太、第三章は千絵となっていて、澄川家の成り立ち、歴史について順を追って描かれます。母の病状はどんどん重くなり家族は振り回されることになりますが、そのきっかけをつくった張本人ともいえる澄生の存在が家族の中でも物語の中でもいちばん大きく、ある意味死者が主役となっています。死んでもなお家族に多大な影響を与え続け、愛されてやまない澄生の死を、いかに彼らが乗り越えていくのか。痛々しくも愛情に満ちた物語です。


 そして、こちらは家族小説の大定番。


楡家の人びと 第1部 (新潮文庫 き 4-57)

楡家の人びと 第1部 (新潮文庫 き 4-57)

【あらすじ】
 東京・青山に建つ絢爛豪華な楡脳病院。院長であり楡家の当主でもある楡基一郎は山形出身の成金、その妻ひさは家の実権を握り、男勝りな長女の龍子は父親を尊敬してやまない。婿養子で龍子の夫である徹吉は妻に頭が上がらず、長男の欧州はのんきな性格で落第ばかり、次女の聖子は誰もが羨む美貌の持ち主、三女の桃子は器量は良くないが皆から愛されるおてんば娘。次男の米国は自分が病弱だと思い込み、養子の辰次は医者志望だったがその体格のために力士となる。そんな楡家の人びとの日常は慌ただしく――。

 北杜夫さんの長編小説『楡家の人びと』。大正から昭和へ、三代に渡る楡家の歴史を描いています。かなり長い小説で実際に起きた出来事や事件(関東大震災や太平洋戦争など)が登場するので、重厚さはあるのですが、それとともに何とも言えない軽快さがあるのもこの作品の魅力です。
 その軽快さを生み出しているのはやはり個性的な登場人物たちだと思います。初代院長の基一郎を始め、楡家の人々は虚栄と自信に満ちた人ばかりでやたら威風堂々然としているのですが、はた目から見るとその姿は滑稽で失笑ものです。ですが、滑稽だからこそ人間臭く、人間臭いからこそ滑稽味も魅力的に見えます。日本が戦争に突っ走り疲弊していくのとともに、楡家も徐々に没落していきます。それでも滑稽味を失わない姿にはたくましささえ感じ、元気をもらえます。まさに日本文学を代表する家族小説と言えますね。


 続いて紹介する2作は、長いスパンで家族の経過を描いた作品です。


抱擁、あるいはライスには塩を 上 (集英社文庫)

抱擁、あるいはライスには塩を 上 (集英社文庫)

【あらすじ】
 東京・神谷町の大きな洋館に住む柳島家。一家の大黒柱である祖父、ロシア人の祖母、一家の太陽ともいえる母、婿養子に入った父、母の弟で自由人の桐之輔、母の妹で出戻りの百合、父親が違う長女の望、長男の光一、長女の陸子、母親が違う次男の卯月。複雑な事情を抱える柳島家だったが、その日々は穏やかだった――。

 江國香織さんの『抱擁、あるいはライスには塩を』。風変わりな一家の、風変わりな生活を描いています。どこがどう風変わりかと言えば、あらすじにも書いたように腹違いの子どもがいたり、学校教育を受けず家庭教師に勉強を教わるのみだったり、成人しても家を出なかったり。家族特有のルールや価値観があり、それぞれ従順に従い、家族の絆を強めています。
 作品構成は章ごとに語り手が変わるスタイル。しかも章のタイトルが西暦になっていて(たとえば、「1 一九八二年 秋」みたいに)、時代も場所も変わりますし、時代も順を追って書かれるのではなく過去に飛んだり現代に戻ったりバラバラです。その中で4人の子どもたちの成長や叔父や叔母の若い頃のエピソード、父と母のなれそめ、腹違いの子ども二人が柳島家で育てられることになった事情など、柳島家がどのようにひとつの家族になっていったのか、なぜそんな風変わりな家族が作り上げられていったのかが、徐々に浮かび上がっていきます。視点や時代を変えながら描くことで多面的に家族のありさまをうかがい知ることができますし、各キャラクターの魅力も事細かに分かるようになっています。
 上述した『楡家の人びと』もそうでしたが、さまざまな出来事を経てこちらの家族にも変化が訪れ、在りし日の輝きは失われていきます。家族の形が変わっていくのはどの家族においても当たり前のことですが、異常なほどに結び付きの強い家族が変わっていく姿には、悲哀さえ感じますね。


星々の舟 Voyage Through Stars (文春文庫)

星々の舟 Voyage Through Stars (文春文庫)

【あらすじ】
 水島家は厳格な父・重之、優しい母・志津子、真面目な長男・貢、奔放な次男・暁、もの静かな長女・沙恵、さばさばした次女・美希という家族構成で、子どもたちは成人してそれぞれの道を歩んでいた。しかし、志津子が急逝したことによって、久しぶりに子どもたちは集まることになり――。

 村山由佳さんの直木賞受賞作『星々の舟』。こちらもまた多少複雑な家庭で、母の志津子は後妻で、長男と次男は前妻とのあいだの子、長女は志津子の連れ子、次女は重之と志津子のあいだの子、ということになっているわけですが、そこにも秘密があり……という内容です。
 そしてこちらもやはり章ごとに主人公が変わり、家族内で起きたひとつの出来事についても複数人の目で描写されることで、隠された想い、すれ違う気持ちなどが重層的に書かれます。レイプや近親相姦、不倫といったメロドラマっぽいエピソードもあるのですが、それが単なる“心の傷”みたいなもので終わらずに、“家族”というテーマにうまく収斂させています。なかなかシビアで共感しづらい部分もところどころあるのですが、心理描写のリアリティ、巧みさで充分補っていて身に迫る臨場感がありますね。


 こちらの作品はひとつの家族というよりも、何代にも渡る一族を描いています。


葡萄色のノート (あかね・ブックライブラリー)

葡萄色のノート (あかね・ブックライブラリー)

【あらすじ】
 中学生の梢は、ある日おばあちゃんから葡萄色のノートを預かる。そして、おばあちゃんが朝鮮半島で生まれ育ったことを知る。夏休みにひとりで韓国を旅することになった梢が葡萄色のノートを開くと、そこに記されていたのは梢の曾祖母にあたる少女すずを始めとした、梢の先祖の少女たちの心の声だった――。

 堀内純子さんの『葡萄色のノート』。児童文学ですが、大人が読んでも充分に楽しめ、考えさせられる深みのある作品です。
 物語は主人公の梢がノートを受け取るところから始まりますが、その後は章ごとにそれぞれの少女の手記というスタイルになります。兄の手伝いをするために14歳で朝鮮に渡ることになったすず、朝鮮の京城(現在のソウル)で生まれ育ったすずの長女の園子、次女の千草、三女のユキ、そして園子の娘マミが、それぞれの心のうちを赤裸々に書き綴っていきます。
 戦前、戦中、戦後の日本と朝鮮というものを主題にしているだけあって、ずっしりとした重さがあります。ネットでこの作品に対する批評を見ると、“日本人は朝鮮に悪い事ばかりしたわけではないと思う”というような作中の描き方に対して批判的な意見もあり、確かにその点はこの作品の甘さなのかもしれません。でも、この物語はそういった歴史観うんぬんを問題にしているわけではなく、あくまでも大変な時代に生きるしかなかった少女たちを通して、生きることの本質を書き出そうとしているのだと思います。生まれてくる時代、場所は誰にも選べません。普通の人間にできることは与えられた場所で自らの役割を全力で全うすることだけ。この人は良い事をした、悪い事をしたという善悪の話ではなく、自分に与えられた“生”を懸命に生きた人々のありのままの姿・心情を、この作品は描いています。


 続いては人間ではなく、狸の家族のお話。


有頂天家族 (幻冬舎文庫)

有頂天家族 (幻冬舎文庫)

【あらすじ】
 京都で生まれ育った矢三郎は狸の名門・下鴨家の三男。人間に化けながらおもしろおかしく毎日を過ごしていたが、矢三郎の父であり狸界の統領“偽右衛門”でもある総一郎が人間に捕らえられ、狸鍋にされてしまった。その後は別の狸が“偽右衛門”に就任したが、その退任に伴って次期“偽右衛門”を巡るバトルが始まる。総一郎の死後、京都で幅をきかせる夷川家との戦いも激しさを増していき――。

 森見登美彦さんのファンタジー『有頂天家族』。そのタイトルにふさわしく、とても有頂天でユーモアに満ちた楽しい物語です。
 化け狸たちが現代の京都の街を縦横無尽に闊歩し走り回るという突拍子もない作品ではあるのですが、そこはさすが森見さんだけあってありありと目に浮かぶような京都の風景描写、狸たちの実に人間くさい生き生きとした姿によって、独特の世界観にどっぷりと浸ることができます。
 また、登場人物もバラエティ豊かで、おもしろい事の追求をモットーとし自由に生きる矢三郎、石頭で生真面目すぎる長男矢一郎、普段は蛙となって隠れている変わり者の次男矢二郎、気弱で化けるのが下手な四男矢四郎、宝塚歌劇団を愛し自らも宝塚風の美青年姿で暮らす母、やたらと喧嘩を吹っかけてくる夷川家の金閣・銀閣兄弟、アパートにひっそりと暮らす天狗など、奇想天外な人物たちが次々と登場して多少混乱しますが、ひとりひとりのキャラが立っていて引き付けられます。父の無念を晴らそうと奮闘する狸の家族の姿は実に痛快です。


 最後は家族小説とはちょっと違うかもしれませんが、疑似的な家族の物語。


鏡をみてはいけません (集英社文庫)

鏡をみてはいけません (集英社文庫)

【あらすじ】
 クリエイターとしてそれなりに成功している中川野百合は独身の31歳。仕事で知り合った小林律と同棲を始めたが、律の家には小学4年生の息子・宵太と律の妹の頼子が住んでいた。何よりも朝ごはんを愛する律のために、毎朝美味しいごはんをつくる野百合だったが――。

 田辺聖子さんの『鏡をみてはいけません』。メインは家族というより恋愛なのですが、家族小説としても読める作品だと思います。
 アラサーでキャリアウーマンともいえる野百合が、愛する男と母のいない少年と小姑的な女の住まう家の一員となることで、疑似母親的存在になっていくわけですが、田辺聖子さん特有の軽みのおかげかドロドロした感じはなく、非常に明るくてユーモアたっぷりな物語となっています。
 結婚はしていないので完全な家族とは言えないのですが、一緒に暮らし、一緒に美味しいごはんを食べることで作り上げられていく何か=家族的なものが描かれているような気がします。血の繋がりが家族を作るのか、共有する時間が家族を作るのか。楽しくさわやかに家族について考えてみたくなる小説です。



 以上が家族を描いた小説・私的10撰です。日本の小説に限定したわけではないのですが、何となく日本の小説ばかりになってしまいました。少しでも小説選びのご参考になれば幸いです。
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by hitsujigusa | 2014-06-05 00:48 | 小説 | Trackback | Comments(0)