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 新プログラム情報シリーズ第5弾です。今回は高橋成美、木原龍一組とロシアの選手の14/15シーズンのプログラムについて書いていきます。


 まずは、日本のペア、高橋成美&木原龍一組について。ショートはエルビス・プレスリーの「Bossa Nova Baby」、フリーは「That's Entertainment/Love is Here to Stay/I'll Build a Stairway to Paradise」です。
 SPはプレスリーですからノリノリ系の明るい曲でしょうね。特に高橋選手はすごくダンスのうまいスケーターですから、こういった曲調のものは合いそうです。
 フリーはアメリカの作曲家の楽曲の組み合わせ。「That's Entertainment」はアーサー・シュワルツの作曲でミュージカル映画『バンド・ワゴン』からのナンバー、「Love is Here to Stay」と「I'll Build a Stairway to Paradise」はジョージ・ガーシュウィンの作曲で、前者はジャズのスタンダードナンバー、後者はミュージカル曲です。アメリカらしさを感じさせる音楽を使っていますから、プログラムもそういった雰囲気のものになっているでしょうし、ショート同様の明るさはこのペアの魅力をうまく引き出してくれそうなプログラムだなと思います。昨シーズンのオーソドックスな選曲からのギャップも良いですね。
 そんな高橋&木原組はすでにシーズン初戦のネーベルホルン杯を終了。結果は7位、得点的にもパーソナルベストには遠く及びませんでしたが、高橋選手は「練習通りの滑りができた」、木原選手は「練習以上のものが出せたり、それ以下だったり」とブログでそれぞれ吐露していて、ふたりにとっての2年目が始まったんだなとこちらも実感がわきました。次の試合も楽しみにしています。


 ここからはロシアの女子選手です。

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 ソチ五輪金メダリストであるアデリナ・ソトニコワ選手。ショートプログラムは大定番の「白鳥の湖」、フリーは「Je Suis Malade」だそうです。
 「白鳥の湖」は王道のバレエ音楽。ソトニコワ選手も以前、エキシビションで滑っていますが、今回はヴァイオリニストのデイヴィッド・ギャレットさんの演奏によるアレンジバージョンになるみたいですね。なので一般的なオーケストラの「白鳥の湖」とは違って、ヴァイオリンの旋律がメインの新鮮な「白鳥の湖」になっているのではないかと思います。
 フリーの「Je Suis Malade」はフランス語の楽曲。最初にフランス人歌手のセルジュ・ラマさんが発表し、その後ダリダさんやララ・ファビアンさんなどによって歌われ受け継がれてきたスタンダード曲です。かの皇帝エフゲニー・プルシェンコ選手もエキシビションでセルジュ・ラマさんが歌うバージョンを使っていましたが、ソトニコワ選手が使用するのはララ・ファビアンさんバージョン。この曲は悲哀漂う恋の歌ですから、ソトニコワ選手にとってはかなりチャレンジングな選曲という印象ですし、うまく成功すれば新境地を開くプログラムになるでしょうね。


 次は昨季大ブレイクを果たしたユリア・リプニツカヤ選手です。

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 SPはロシアのピアノトリオ、Bel Suonoの楽曲「メガポリス」、フリーはおなじみの「ロミオとジュリエット」
 ショートはロシアのクラシックグループと言っていいのか分からないのですが、ピアノをメインにしたトリオの曲です。13/14シーズンをもって引退したロシアのクセニア・マカロワさんも使用していましたね。どういう感じの曲だったか私ははっきり覚えていないのですが、ピアノメインといっても完全なるクラシックというのとは違う曲だったように思います。
 フリーの「ロミオとジュリエット」はニーノ・ロータが作曲した1968年の映画のサントラを使用するようですね。昨季の羽生結弦選手のフリーとしても記憶に新しいニーノ・ロータの「ロミジュリ」ですが、リプニツカヤ選手もジュニア時代に滑ったことがあります。数シーズン前に一度演じたものを再登板させるということで、その時のプログラムから進化したものを見せる必要があるでしょうが、あれから彼女もいろんな経験をして表現力もずっと成長していますから、きっと新たな「ロミオとジュリエット」を演じてくれるのではないかと思います。


 続いては現世界ジュニア女王でシニア2年目となるエレーナ・ラディオノワ選手。

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 SPは「De mi vera te fuistes (Seguiriyas)/Ain't It Funny」、フリーはラフマニノフの「ピアノ協奏曲第3番/悲しみの三重奏曲第2番」です。
 ショートプログラムは2つの全く異なるタイプの楽曲の組み合わせ。「De mi vera te fuistes (Seguiriyas)」はスペインのクラシックギター奏者、ペペ・ロメロさんの楽曲。そして「Ain't It Funny」はアメリカの歌手ジェニファー・ロペスさんのヒット曲です。クラシックギターとジェニファー・ロペスという斬新なメドレー、コラボがどんなものになるのか楽しみです。
 一方、フリーはクラシックの正統派であるラフマニノフ。ですが、ものすごく有名な曲というよりは比較的マニアックなセレクションという感じがします。これまでラディオノワ選手が演じてきたプログラムと比べても、ぐっと大人向けというか、重厚なプログラムになりそうですね。


 世界選手権2014で4位と結果を残したアンナ・ポゴリラヤ選手は、SPが「アルビノーニのアダージョ」、フリーがバレエ「火の鳥」という選曲。
 「アルビノーニのアダージョ」は頻繁にではありませんが、フィギュア界ではしばしば使われる楽曲ですね。「火の鳥」は言わずもがなの定番バレエ。ロシアの選手ですから、やはりこういったロシアンバレエはハマるんじゃないかという気がしますね。


 ベテランのアリョーナ・レオノワ選手は、SPが「スマイル/序曲 彫像の序幕 映画『街の灯』より/テリーのテーマ 映画『ライムライト』より」、フリーが「Asi se baila el Tango 映画『レッスン!』より/ブエノスアイレスの秋」です。
 ショートはチャップリンメドレーですね。コミカルな演技が得意なレオノワ選手なので、完全にコミカルなプログラムでないにしてもチャップリン特有のおかしみみたいなものが表現されたプログラムになっているんじゃないかと想像します。フリーはタンゴメドレー。映画の中のタンゴとアストル・ピアソラの名タンゴ曲を合わせたプログラムですが、レオノワ選手は今までも結構ラテン系のプログラムを演じてるんですね。なのでそれなりにしっくり来るとは思うんですが、どう新鮮味、オリジナリティーを表現するかというところがポイントになるでしょうね。


 13/14シーズンは低迷が続いたエリザベータ・トゥクタミシェワ選手は、SPは「ボレロ」、フリーは「Batwannis Beek/Sandstorm」とのこと。
 SPはフィギュア界のレジェンドとも言える大名曲。誰もが知る曲だからこそやりやすさというのもあると思いますし、一方で選ぶのに勇気がいるんじゃないかなという気もします。どんなトゥクタミシェワ選手流の“ボレロ”を見せてくれるのか期待です。フリーはThe REG Projectというレバノン出身のエレクトログループの曲とLa Biondaというイタリアのディスコミュージックデュオの曲のメドレーなようです。どちらもマイナーなグループで私はよく知らないのですが、王道中の王道の「ボレロ」とは対照的な選曲でおもしろいですね。


 ここからはロシア男子。
 一人目は現ロシアチャンピオンであるマキシム・コフトゥン選手です。

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 SPはなんとこちらも「ボレロ」、フリーはイギリスのバンド、ミューズの「エキソジェネシス交響曲」
 上述したトゥクタミシェワ選手と同じ「ボレロ」を選んだコフトゥン選手ですが、最近は「ボレロ」は女子スケーターが滑ることの方が圧倒的に多かったような気がするので、男子スケーターの「ボレロ」はちょっと意外性があって良いかもしれないですね。フリーはアメリカのジェレミー・アボット選手の代表作として知られる楽曲。このアボット選手のプログラムがとても素晴らしいものだったので、どうしても比較されてしまうリスクはあるでしょうが、コフトゥン選手は全然違う魅力を持つスケーターなので、同じ音楽でもまた違うイメージを表現してくれそうですね。


 2011年の世界選手権銅メダリストで、現在再起を図っているアルトゥール・ガチンスキー選手は、SPがカナダの歌手、マイケル・ブーブレさんが歌う「クライ・ミー・ア・リバー」、フリーがラフマニノフの「パガニーニの主題による狂詩曲」になるそうです。
 ショートはアメリカのポピュラーソングですね。いろんな歌手がカバーしている名曲ですが、フィギュア界で使われることはまれ、ましてやボーカル付きでというのはもちろん初めてなので、新鮮味を感じます。フリーは定番曲。でも、意外にガチンスキー選手はこういうロシアの作曲家の大定番をプログラムに使用したことはあまりないんですね。いつもちょっと正統派からは外れた選曲をしていたので、その彼が母国の名曲を演じるとどんな感じになるのか、興味深いです。
 あと、余談ですがガチンスキー選手は今年に入ってからコーチを変更しているんですよね。それがなんとあのタチアナ・タラソワさん! タラソワさんとライバル関係にあると言われるアレクセイ・ミーシンさんに子どもの頃から教えを乞うてきたガチンスキー選手が、その恩師であるミーシンさんからタラソワさんの元に移るというのはサプライズでした。目下のライバルであるコフトゥン選手とも同門ということになりますし。ガチンスキー選手が新たな拠点、コーチを得て、どんな成長を見せてくれるか注目したいと思います。


 一方、ロシア選手権3位、欧州選手権2位と、13/14シーズンに躍進したセルゲイ・ボロノフ選手は、SPにサン=サーンスの「死の舞踏」、フリーには「Caruso/Come Together/At Last by Kenny G/Big Time Boppin’ (Go Man Go) 」を使用。
 「死の舞踏」は金妍兒(キム・ヨナ)さんやデニス・テン選手も使用したことがありますが、ヴァイオリンが奏でる不気味なメロディ、独特の楽器づかいなど、いろんな意味でインパクトのある曲ですね。フリーはさまざまなジャンルの楽曲の組み合わせ。ロックだったりジャズだったりと色々入っているので、これをどうひとつのプログラムとしてまとまりのあるものにするか、繋がりの感じられるものにするか、という点が私としては気になります。


 ベテランのコンスタンティン・メンショフ選手は、SPが「Rotting Romance」、フリーが「Tango en Silencio」
 どちらもあまり馴染みのない曲名ですが、ショートはアメリカのシンガー、マーク・テレンジさんの歌。そしてフリーはレバノンのヴァイオリニスト、アラ・マリキアンさんの曲。王道のクラシック音楽や映画音楽ではなく、マイナーな曲をチョイスするところが、相変わらずのメンショフ選手らしさですね。


 最後は、今季シニアデビューとなる新星、アディアン・ピトキーエフ選手。SPはラフマニノフの「パガニーニの主題による狂詩曲」、フリーはミューズの「エキソジェネシス交響曲第3部」とのこと。
 ショートはガチンスキー選手と、フリーはコフトゥン選手と丸かぶりですね。こういうのも珍しいですが、フィギュアファンとしては比較して見られる楽しみもあり、こんなにかぶっちゃって大丈夫だろうかという余計な心配もあり。どちらにしろ、新星のデビューを楽しみにしたいと思います。



 ということで、高橋&木原組と、ロシアの選手11名の新プログラム情報をお届けしました。やはりロシアの選手も日本選手同様、歌詞入りのプログラムを用意している選手が多くいて、皆さん新しいルールに対して意欲的に取り組んでいる様子がうかがえます。
 このシリーズは今回で5回目ですが、その⑥があるかどうかは現時点ではわかりません。記事にできるくらい多く情報が集まれば、また書きたいと思います。では。


:記事内の写真は全て、フィギュアスケート雑誌「International Figure Skating」の公式フェイスブックページから引用させていただきました。

【ブログ内関連記事】
各選手の14/15シーズンの新プログラムについて 2014年8月2日
各選手の14/15シーズンの新プログラムについて・その② 2014年8月7日
羽生結弦選手、14/15シーズンのフリープログラム発表&新プログラム続報・その③ 2014年8月10日
各選手の14/15シーズンの新プログラムについて・その④ 2014年9月25日
町田樹選手、14/15シーズンのプログラム発表&新プログラム続報・その⑥ 2014年10月8日
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by hitsujigusa | 2014-09-30 01:49 | フィギュアスケート(大会関連) | Trackback | Comments(0)

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 前回書いた、その③からだいぶ時間が経ってしまいましたが、その間に発表された新プログラムや、これまでの記事では言及しなかった新プログラムについて、この記事では書いていきたいと思います。


 冒頭の写真はジェレミー・アボット選手ですが、まずは日本選手の新プログラム情報についてまとめます。
 一人目は今井遥選手。SPは「マラゲーニャ」、フリーはバレエ「ジゼル」とのこと。
 「マラゲーニャ」は無良崇人選手が2シーズン前のSPに使用していましたね。スパニッシュで勇ましい感じのする曲ですが、最近の今井選手には珍しい選曲です。以前、バレエ『ドン・キホーテ』の中の一曲「ジプシー・ダンス」を滑ったことがありましたが、それ以来のラテン系です。男性的な力強さのある音楽を、今井選手がどう表現するのか楽しみですね。
 「ジゼル」は中野友加里さんや安藤美姫さん、韓国の金妍兒(キム・ヨナ)さんが使用したことがあり、とても女性らしい、ある意味バレエらしいバレエといえる作品です。女性的な柔らかさ、優雅さを持った今井選手にピッタリな音楽だと思いますね。


 スケートカナダでGPシリーズデビュー予定の本郷理華選手は、SPがバレエ「海賊」、フリーが「カルメン」だそうです。「海賊」は頻繁にというほどではないですが、しばしば使用されるバレエ音楽ですね。「カルメン」は王道中の王道。華やかでエネルギッシュな演技が特徴的な本郷選手なら、魅力的な“カルメン”を演じてくれるでしょうね。
 そんな本郷選手は既に、今季の初戦を終えていて、台湾の台北で8月に行われたアジアンオープントロフィーで優勝しています。今後は、フィンランディア杯、スケートカナダと国際大会の出場が続いていきます。


 同じく今シーズン、本格的なシニアデビューを迎える加藤利緒菜選手は、SPが「花の二重唱 歌劇『ラクメ』より」、フリーはラフマニノフの「ピアノ協奏曲第3番」。SPは昨季に引き続きの使用。「花の二重唱」はいろんなメディアでBGMなどとして使われることも多く、華麗でしっとりとした曲想が印象的な音楽ですね。ラフマニノフの「ピアノ協奏曲第3番」は「ピアノ協奏曲第2番」ほどではありませんが、たびたびフィギュア界でも使用されています。「第2番」とはまた一味違った難しさがあるのではないかと思います。なかなか挑戦的な選曲と言えますね。
 加藤選手も本郷選手同様、シーズン初戦、そして2戦目を消化しています。初戦のアジアンオープントロフィーは本郷選手に次ぐ2位、2戦目は9月中旬にアメリカで行われたUSシニアインターナショナルで、こちらでは3位と、2大会とも表彰台に上っています。シニアデビューの年、良い滑り出しですね。


 一方、NHK杯に出場予定の村上大介選手は、SPが「映画『風とライオン』より」、フリーがラフマニノフの「ピアノ協奏曲第2番」です。SPは映画音楽ですね。この映画を見たことがないのでどういう音楽かといったことは言えないのですが、映画は歴史映画でアラブの世界を描いたものなので、そんな雰囲気のプログラムになるんでしょうか。フリーは正統派の「ピアノ協奏曲第2番」。昨シーズンの浅田真央選手の演技もまだ強烈に記憶に残っていますし、そのほかにも有名なスケーターが多く滑っている曲なので、そのあまりにも有名な曲をどう表現するか、どう個性を出していくかという点に注目ですね。


 また、その①で新プログラム情報をお伝えした無良崇人選手ですが、その際はショートプログラムがメンデルスゾーンの「ヴァイオリン協奏曲」と発表されていましたが、その後、新たに「カルメン」がショートに追加されました。今のところ(9月25日時点)国際スケート連盟のプロフィールでは、「ヴァイオリン協奏曲」と「カルメン」の両方がSPとして列記されています。実際にどちらを使用していくのかは分かりませんが、「カルメン」も無良選手に合いそうですし、楽しみですね。


 さて、日本選手の新プログラム情報は以上です。続いては海外選手について。
 アメリカのジェレミー・アボット選手は、SPがイギリスのシンガー、サム・スミスの「Lay Me Down」、フリーが「弦楽のためのアダージョ」になるようです。
 SPに関しては、ダンスミュージックデュオのディスクロージャーの曲で、同じくサム・スミスがフィーチャリングされている「Latch」を使用すると当初は発表されていたのですが、後に「Lay Me Down」に変更されたみたいですね。アボット選手はこの曲について、「歌詞は悲しいが、幸せな気分になれる」と話しています。そのままボーカル入りを使うんですかね。また、アボット選手の新たな面が見られるかもしれません。
 フリーの「弦楽のためのアダージョ」は悲しく重厚な旋律が印象的ですが、アボット選手はやはりこういった壮大さのある音楽はうまく表現できるスケーターだと思うので、良いプログラムになるんじゃないかという予感がしますね。


 カナダのエース、ケイトリン・オズモンド選手は、SPに「ラ・ヴィ・アン・ローズ」、フリーに「ダンサリン/オブリヴィオン/タンゲーラ」を使用するとのこと。

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 SPはフィギュア界でもおなじみのシャンソン。アレンジがどういったものなのかは分かりませんが、これまでのオズモンド選手のイメージとはまた違った選曲ですね。力強い女性というよりは、艶のある大人の女性のイメージです。
 フリーはタンゴメドレー。今までもラテン系のプログラムは多くあったので既視感も覚えますが、厳密に言えば“タンゴ”というのは初めてなので、新鮮味のあるプログラムを期待したいと思います。
 ただ、残念なことに9月11日、オズモンド選手は練習中にほかの選手と接触して転倒、右脚の腓骨を骨折し手術するというアクシデントに見舞われました。6週間の安静を必要とするため、グランプリシリーズは欠場することになります。新プログラムのお披露目が遅れるのも残念ですが、何よりも怪我が重傷ですし、完治までにある程度時間がかかるものなので心配ですね。焦らずゆっくりと怪我を治して、またあの素敵な笑顔を氷上で見せてほしいと思います。


 チェコの実力者、ミハル・ブレジナ選手はSPが「テレビドラマ『ゲーム・オブ・スローンズ』より」、フリーが「フィガロの結婚」だそうです。
 ショートはアメリカのテレビドラマのサントラを使用するようですが、このドラマはファンタジー小説を原作としているので、ブレジナ選手のプログラムもドラマのイメージを用いた感じになるのかもしれませんね。ただ、チェロアレンジとのことなので、いかにもファンタジックというのではなくて、シックな雰囲気になるのでしょうか。
 フリーはモーツァルトのオペラ。誰もが知る有名な作品ですが、そのわりにはフィギュアスケートでの使用はさほどないような気がします。最近のブレジナ選手は映画音楽が多かったので、こういった正統派のクラシックというのは久しぶりですね。壮麗で華美な音楽とブレジナ選手とのコラボレーション、新鮮な楽しみがあります。


 こちらもすでにベテラン感の出てきたフランスのフローラン・アモディオ選手。SPは「映画『オーケストラ!』より」、フリーは「映画『ブラッド・ダイヤモンド』より/映画『ライオン・キング』より」
 ショートはフランス映画のサントラを使ったプログラム。タイトルのとおり、オーケストラをテーマにした映画なので、音楽もクラシカルな雰囲気が濃いものになるのかなと想像します。
 フリーはふたつの映画のサントラを組み合わせたもの。はたして『ブラッド・ダイヤモンド』と『ライオン・キング』との組み合わせで、どんなイメージのプログラムになるのか、モチーフはどういった感じなのか、あまり想像がつきませんね。いつも斬新で独創的なプログラムを見せてくれるアモディオ選手なので、今季も楽しみにしています。


 その④はこれで終わりです。次のその⑤では主にロシアの選手について取り上げようと思います。では。


:アボット選手の写真、オズモンド選手の写真は、エンターテインメント情報ウェブサイト「Zimbio」から引用させていただきました。

【参考リンク】
Weir shows 'human' side at 'EWC' benefit show | Icenetwork.com 記事内にアボット選手の新しいショートプログラムに関する言及があります。
Injury will keep skater Kaetlyn Osmond out of fall competitions - Skate Canada オズモンド選手の負傷について報じた記事です。

【ブログ内関連記事】
各選手の14/15シーズンの新プログラムについて 2014年8月2日
各選手の14/15シーズンの新プログラムについて・その② 2014年8月7日
羽生結弦選手、14/15シーズンのフリープログラム発表&新プログラム続報・その③ 2014年8月10日
各選手の14/15シーズンの新プログラムについて・その⑤ 2014年9月30日
町田樹選手、14/15シーズンのプログラム発表&新プログラム続報・その⑥ 2014年10月8日
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by hitsujigusa | 2014-09-25 20:13 | フィギュアスケート(大会関連) | Trackback | Comments(0)

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 9月21日は日本を代表する童話作家・宮沢賢治の命日です。独特の文章、表現で唯一無二の世界観を築いた宮沢賢治。童話の多くが絵本化され、たくさんの人々に親しまれています。そんな宮沢賢治童話の絵本の中から、私が特に良いと思った10冊をご紹介します。


 まずは、賢治童話の中でも知名度の高い3冊です。


銀河鉄道の夜

銀河鉄道の夜

【あらすじ】
 母親とふたりで暮らす少年・ジョバンニは、学校では友だちがあまりおらず、放課後にアルバイトをしている活版所でもまわりの大人たちに冷たく扱われていました。ですが、友人のカムパネルラだけはジョバンニに優しく接してくれるのでした。そんな中、町では銀河のお祭りが行われるとあって、ジョバンニもお祭りを見に行こうとしますが、途中で会った同級生のザネリにからかわれ、町はずれの丘に向かいます。丘で淋しく星空を眺めるジョバンニでしたが、突然強い光に包まれ、気づくとなぜか銀河を走る鉄道に乗っていて――。

 宮沢賢治の童話の中で最も有名と言える名作『銀河鉄道の夜』。絵はアーティストである清川あさみさんです。
 清川さんの絵は絵の具や鉛筆などの画材で絵を描くものではなく、紙に直接刺繍をして絵を作り出すという独特な手法。ビーズやスパンコール、糸や布で絵を描き、それをそのままプリントしているわけなので、とても立体的で奥行きがあり、陰影も深いです。
 絵は全体的に落ち着いた色調で、かつ、人物やモノのかたちが明確に描かれない分、子どもにとって分かりやすいものではないかもしれません。ただ、ビーズやスパンコールなどの装飾が生み出す光と影、派手すぎない洗練された色づかいは、この童話の中の情景を見事にビジュアライズしています。その美しさは幼い子どもにもきっと伝わるのではないでしょうか。
 ちなみに清川さんは同じく宮沢賢治の『グスコーブドリの伝記』の絵本も同様の手法で作っていますが、『グスコーブドリの伝記』は多少社会的で重厚な内容となっています。一方、この『銀河鉄道の夜』は抒情的でロマンティックな童話なので、清川さんのアートの雰囲気には『銀河鉄道の夜』の方がより合っているような気がします。


やまなし (ミキハウスの絵本)

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【あらすじ】
 ある谷川に2匹の蟹の子どもが住んでいました。2匹は兄弟で、“クラムボン”について話したり、川を泳ぐ魚について話したり、川の底で楽しい日々を過ごすのでした。そして12月、蟹の兄弟はもう大きくなっていて――。

 こちらも特に有名な賢治童話のひとつである『やまなし』。小学6年生の国語の教科書にも長年掲載されているので、多くの子どもに親しまれているのではないでしょうか。上述した『銀河鉄道の夜』は長編でしたが、『やまなし』は短編、しかもストーリーらしいストーリーがなく、蟹たちの日常をスケッチのように描写したごくごく短いものなので、幼い子にもとっつきやすいでしょう。
 この絵本の絵を手掛けているのは川上和生さん。上の書影を見て頂いても分かると思うのですが、柔らかい線に優しいタッチ、淡い色づかいで、『やまなし』のほのぼのとした雰囲気にピッタリな絵だなと思います。それでもただ可愛らしい絵というのとは違って、蟹の姿かたちをデフォルメしながらもリアルさを残していますし、梨のちょっとごつごつした素朴な感じなんかもよく表現されていて、『やまなし』で賢治が描写した自然の美しさがちゃんと絵によって再現されているように感じます。


注文の多い料理店 (日本の童話名作選)

注文の多い料理店 (日本の童話名作選)

【あらすじ】
 ふたりの若い紳士が山に狩猟にやって来ました。ところが案内してきた鉄砲打ちも姿を消し、山の恐ろしい雰囲気に気圧された2匹の犬も泡を吐いて死んでしまいました。迷子になったふたりが山をさまようと、突然西洋造りの家が現れました。その玄関には「西洋料理店 山猫軒」という札がかかっていて――。

 賢治童話の中でも不気味な作品として知られている『注文の多い料理店』。ストーリーは多くの方がご存知のことと思います。
 そのおどろおどろしい物語にピッタリの絵を手掛けているのは島田睦子さん。厳密に言えば絵ではなく木版画ですね。カラフルというよりは限定的な色づかいで山の暗さ、料理店の閉鎖的な雰囲気を作り上げていて、また、木版画特有の重厚な趣きも相まって、物語の怖い空気感を高めています。子どもが好むようなタイプの絵ではないと思うのですが、なにより作品の奇妙さ、怪しさがインパクト大、心に残るという点で素晴らしいアートです。


 次は、冬を描いた作品3つです。


雪わたり (ミキハウスの絵本)

雪わたり (ミキハウスの絵本)

【あらすじ】
  雪がすっかり凍ったある日、四郎とかん子の兄妹が雪靴を履いて森の近くまで出かけると、森から白い狐の子がやって来ました。黍団子をあげようと言う狐の紺三郎に、思わずかん子は偽物だろうと言ってしまいます。気を悪くした紺三郎でしたが、狐が嘘つきじゃないことを証明するために二人を幻燈会に招待すると言います。幻燈会の入場券をもらった四郎とかん子は十五夜の夜、森を訪れますが――。

 冬の森で人間の子どもと狐の子どもが一夜のふれあいを交わす『雪わたり』。賢治は人間と自然(動物)の対立といったことも童話に書いていますが(『注文の多い料理店』、『オツベルと象』など)、この作品は全くそうではなく、人間の子どもと狐たちが境界を超えて交流する温かいお話です。なぜそれが可能かというと、やはり子どもだからなんでしょうね。最初は四郎とかん子も狐に対して警戒心を全く持っていないわけじゃないけれど、狐たちの世界に触れて彼らを知ることで、素直にそれを受け入れていく。現実世界における異文化交流みたいな感じもして、先入観や色眼鏡にとらわれない子どもの姿に教えられるものがあるなと感じます。
 絵を描いているのは方緒良さん。全編モノトーンのみの色彩で、凍てつく冬の寒さ、空気の冷たさ、雪の白さ、影の濃さが、ヒシヒシと伝わってくる絵です。人間界から狐の世界に行くという異界譚でもありますから、その非日常的な雰囲気を見事に表した絵だと思います。


水仙月の四日 (日本の童話名作選)

水仙月の四日 (日本の童話名作選)

【あらすじ】
 水仙月の四日、赤い毛布をかぶった子どもが雪山の中をひとり、家に向かって歩いていました。そこに現れたのは2頭の雪狼(ゆきおいの)を連れた雪童子(ゆきわらす)。雪童子はヤドリギの枝を投げたりして子どもをからかいますが、子どもは雪童子の存在に全く気づきません。すると突然天気が急変し、雪婆んご(ゆきばんご)がやってきて――。

 こちらも人間の子どもと自然との交流を描いた『水仙月の四日』。ただし、この作品の“自然”は『雪わたり』の狐と違ってもっと厳しいもので、吹雪を起こす雪童子、雪婆んごといった個性的なキャラクターが登場します。また、子どもがその存在に気づくことがないという点でも、『雪わたり』とは異なります。
 雪童子や雪婆んごは吹雪を起こす存在なので、人間からすると敵のようなもので、まさに自然の厳しさ、過酷さを象徴しています。特に、雪婆んごは何人もいる雪童子たちの親玉みたいな人物で、長い白髪に尖った耳を持つといういかにも怖いキャラクター。雪童子たちは雪婆んごの命令に従って雪を降らせるわけで、この童話ではとことん冬の過酷な面が描かれていて、怪談のような怖ささえ感じます。でも、雪童子は悪者かというとそうではなく、そこはやはり子どもですからイタズラ心もあったりして、同年代の子どもに興味を持って自ら関わってしまいます。人間を困らせる立場の雪童子が、その困らせる相手に惹かれてしまうという点には切なさもあり、冷ややかな雰囲気の中でもささやかな温かみを感じられる話となっています。
 この本の絵を描いているのは伊勢英子さん。硬質な色づかいの一方、柔らかいタッチが印象的な絵です。儚く幻想的な雰囲気が、この物語に漂う切なさを美しく表現していますね。


氷河ねずみの毛皮 (日本の童話名作選)

氷河ねずみの毛皮 (日本の童話名作選)

【あらすじ】
 ひどい吹雪に見舞われた12月26日のイーハトヴの停車場、ベーリング行きの急行列車が午後8時に発車します。列車には顔の赤い肥った紳士や痩せた赤ひげの男、船乗りの青年などが乗りこみました。列車は一路ベーリングへ向けて、吹雪の中を走りますが――。

 子どもと自然(動物)のふれあいを描いた『雪わたり』『水仙月の四日』から一転、大人と自然の対立を描いたのが『氷河ねずみの毛皮』です。同じ冬の話でも森や雪山を舞台にしている『雪わたり』『水仙月の四日』とは異なり、列車という密室の中で繰り広げられる物語は何とも言えない緊張感が漂っていて、ファンタジーには違いないのですが現実的な感じもします。そこに人間への警鐘となるテーマも含まれていて、重みのある作品になっていますね。
 絵を担当しているのは絵本画家でイラストレーターの木内達朗さん。油彩特有の重厚感のある画風はこの童話のミステリアスな世界観によく合っていて、冬のずっしりとした空気、男たちのあいだに漂う不穏な気配を生々しく描き出しています。


 続いては、人間への皮肉、風刺をこめた3作品。


猫の事務所 (日本の童話名作選)

猫の事務所 (日本の童話名作選)

【あらすじ】
 軽便鉄道の停車場の近くにある猫の第六事務所には、事務長の黒猫、一番書記の白猫、二番書記の虎猫、三番書記の三毛猫、そして四番書記のかま猫がいました。かま猫はほかの書記たちから見下されいじめられながらも、懸命に仕事を続けていましたが――。

 猫の世界を描いた『猫の事務所』。あらすじでも分かるようにいじめをテーマにしていて、軽みもあるのですがわりとシビアな話となっています。キャラクターを猫とすることでやんわりぼかしてはいますが、同じ猫同士にもかかわらずランク付けをして差別する姿は、文化や人種や民族で優劣をつけたがる人間そのものだなと思います。
 絵はベテラン絵本作家の黒井健さん。色鉛筆で描く柔らかな雰囲気の絵が特徴ですが、いじめというシリアスなものを扱った話であるぶん、黒井さんの温かみのある絵によってうまくバランスを取っているように感じますね。


オツベルと象 (ミキハウスの絵本)

オツベルと象 (ミキハウスの絵本)

【あらすじ】
 ある日、地主のオツベルが経営する仕事場に、大きな白い象が現れました。無知で純粋な白象をオツベルはうまく言いくるめて自分のものにし、自分のために白象を働かせるのでした。最初は楽しく暮らしていた白象でしたが、しばらくすると疲弊してきて――。

 『オツベルと象』は搾取する側(資本家)と搾取される側(労働者)との対立を書いたものとよく解説され、やはり人間への批判をこめた童話として読むことができます。ですが、決して説教臭いものではなく、白象という人間味溢れる愛らしいキャラクターや白象を助ける神秘的な存在などファンタジックで楽しいですし、白象をいじめるオツベルにしても冷酷な資本家というよりも、その自分本位さが人間臭くもあってどこか憎めない人物だなと感じます。
 絵を描いているのは人気絵本作家の荒井良二さん。力強いタッチで描かれた絵は荒々しくも繊細で、動と静、狂気的とも言える情熱と切ないセンチメンタルさの入り混じったこの童話の本質を表現した絵だと思います。


狼(オイノ)森と笊森、盗森 (日本の童話名作選)

狼(オイノ)森と笊森、盗森 (日本の童話名作選)

【あらすじ】
 ある秋の日、4つの森に囲まれた野原に、農民たちがやってきます。農民たちが畑を作ること、家を建てること、火を使うこと、少し木をもらうことをしてもいいかと森に訪ねると、森は「いいぞお」と答えてくれました。そうして農民たちはそこに暮らすようになりますが――。

 『狼森と笊森、盗森』(おいのもりとざるもり、ぬすともり)は、自然の中に入ってきた人間と森や山といった自然との関係を描いていますが、単純な対立構造ではなく、共存していかなければいけない難しさが書かれています。自然に対する敬意、謙虚さというのは昨今でもよく言われることですが、人間というのは忘れる生きもので作中でもその点がポイントとなっていますね。印象的なのは森や山が心を持つ存在として描写されていることで、感情豊かで人間的な姿はおもしろいなと思います。
 画家はイラストレーターの村上勉さん。曲線的で細かい画風は独特の味わいがあって、農民の土臭さとか森や山の持つ得体のしれない感じが絶妙に表現されています。


 最後は幻想的なこちらの作品です。


チュウリップの幻術 (日本の童話名作選)

チュウリップの幻術 (日本の童話名作選)

【あらすじ】
 チューリップが咲き乱れる5月の農園に、ある日洋傘直しの男がやって来ました。洋傘直しが出会った園丁に何か研ぐものはないかと聞くと、園丁は剪定ばさみを持って来ました。洋傘直しがはさみを研ぐと、次に園丁は西洋剃刀を持って来て――。

 春の農園を舞台にした童話『チュウリップの幻術』。賢治童話の中ではあまり知られていない作品ですが、めくるめく夢のような世界観は賢治らしさに溢れています。物語は農園に洋傘直しがやって来て刃物を研ぐという一見現実的な話なのですが、それは最初だけでいつのまにか現実なのか夢なのかよく分からないあやふやな感じになっていきます。テーマがどうとかいうよりは、ただ不思議な感覚に陥る、引き込まれていくのが楽しい作品ですね。
 絵を手掛けるのは田原田鶴子さん。優しい画風ながらも重量感のあるタッチで、光と影のコントラスト、色とりどりの花々、春のうららかな空気を繊細に描写していて、とらえどころのない幻想的な雰囲気を見事にビジュアル化しているなと思います。



 宮沢賢治の絵本・私的10撰はこれで以上です。宮沢賢治の童話を絵本にしたものは数え切れないほどあり、特に『銀河鉄道の夜』や『注文の多い料理店』など有名な作品はいろんな絵本作家さん、画家さんのものがあって、どれを選べばいいのか迷ってしまうくらい数多く出版されています。
 その中で今回ピックアップした10冊は、私がこれまで読んできた中でも印象に強く残った宮沢賢治の絵本です。これが絶対というわけではありませんが、ひとつの童話でも画風、絵柄によって全く違った雰囲気になるので、この記事も絵本をチョイスする際のちょっとした手助けになればなと思います。


:『やまなし』の書影は、絵本・児童書情報サイト『絵本ナビ』から引用させていただきました。

【ブログ内関連記事】
秋に読みたい絵本・私的10撰 2013年9月21日  記事内で『狼森と笊森、盗森』を取り上げています。
冬に読みたい絵本・私的10撰 2013年12月15日  記事内で『氷河ねずみの毛皮』『雪わたり』を取り上げています。


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by hitsujigusa | 2014-09-20 18:20 | 絵本 | Trackback | Comments(2)

アフターダーク (講談社文庫)


 9月に入り、徐々に秋らしさが感じられるようになってきました。今頃の季節の夜のことをよく“秋の夜長”と言いますが、日の入りから日の出までの時間がいちばん長いのが秋だからというのが理由なようです。ということで、長い夜に読むのにぴったりな小説を10冊ご紹介したいと思います。


 まずは“夜小説”の大定番とも言える作品。

夜のピクニック (新潮文庫)

夜のピクニック (新潮文庫)

【あらすじ】
 高校3年生の甲田貴子が通う北高には、全校生徒が24時間かけて80キロの道のりを歩く“歩行祭”という行事があった。貴子は高校最後のこの歩行祭で、クラスメートの西脇融に関したある賭けを自分の中に秘めていた。一方、西脇融も貴子のことをある特別な理由から意識していて――。

 恩田陸さんの『夜のピクニック』。映画化もされており、恩田さんの代表作となっている。
 ストーリーは実にシンプルで、歩行祭に参加する中で登場人物たちが自分の秘密を吐露したり、自分自身と向き合ったりし、友情を深め成長していくというある意味青春小説らしい青春小説と言える。こういうふうに内容をまとめてしまうと何とも陳腐で申し訳ないのだが、実際に作中で大きな事件が起こるとかあっと驚くようなどんでん返しがあるとかいうことはなく、キャラクターたちの台詞の積み重ね、やりとり、心理描写によって物語は進められていく。
 それが成り立つのはやはり“歩行祭”という設定が大きい。昼日中に行われるウォーキングやハイキングなどではなく、朝の8時に学校を出発して翌日の朝8時に再び学校に戻ってくるという夜通しで行う行事の特殊性。昼ならば自分自身に仮面をつけて取り繕うこともできるが、夜ともなればそうはいかない。暗闇の中に身を投じるという特別感、真夜中に堂々と外を出歩いているという非日常感、それに加えて身体を侵食してくる疲労感が、被っていた仮面を取っ払い、ありのままの心を露わにしていく。夜が持つ魔力がそうさせるのである。
 また、歩行祭は前半はクラスごとに歩く団体歩行、後半は誰と歩いても良い自由歩行となっていて、この構成も巧みである。比較的のんびり歩く前半、転換点となる後半、ラストスパートをかける終盤といったように歩行祭の中でもメリハリがあり、ただほのぼのと歩くだけにはなっていない。そして午前8時までにゴールしなければいけないという緊張感もある。だからこそキャラクターたちの心にも緩んだり張り詰めたりと微妙な移り変わりが生まれ、ストーリー自体は地味にもかかわらずドラマティックとさえ感じられる物語になっている。
 主人公は甲田貴子と西脇融のふたりで、それぞれの視点が交代する形で語られる。主軸となるのは貴子と融のあいだの秘密、因縁だが、ふたりの友人たちもしっかり“キャラ立ち”している。主人公の添え物ではなく、その人物の性格や育ってきた背景など、書かれていないところまで伝わってくるような細かい人物造形。クラスにこういう人いたよなーと思わせる実在感。そういった巧みな描写によって主人公の成長物語にとどまらない、読みごたえのある青春群像劇に仕上がっている。


 こちらも、夜という設定を効果的に使った作品です。

アフターダーク (講談社文庫)

アフターダーク (講談社文庫)

【あらすじ】
 深夜のファミレスで大学生の浅井マリはひとり、本を読んでいた。そこに風変わりな青年・高橋が現れ、マリに声を掛ける。マリと高橋はとりとめもない会話を始める。一方、高橋の元同級生でマリの姉であるエリは、暗い部屋の中で2か月も眠り続けていて――。

 村上春樹さんの『アフターダーク』は、ある一夜の出来事を描いた作品。23時56分から6時52分という夜の中で交錯するさまざまな人々のちょっと変わった日常というのを描いている。
 ある一夜に、特定の場所で起きた物事を書いているという点で村上さんの小説の中では珍しいタイプの作品かなと思う。深夜のデニーズに女の子がいて、そこに青年がやって来て、他愛もない会話を交わして……という変哲もないといえば変哲もない話である。もちろん実際はそれだけではなくて、マリがラブホテルと関わっていたり、マリの姉がなぜか長い間眠り続けていたりとありきたりな日常話では終わらないのだが、大事件が起こるとか別の場所へ冒険に行くとかいうことはなく、現実世界の都会の街の深夜の光景を描写しているにすぎない。にもかかわらず、この物語全体にはどこか異界のような妖しさが漂う。デニーズやセブン・イレブン、スガシカオといった固有名詞や、ラブホテルや中国人の売春婦といった生々しいモチーフも登場するが、全てひっくるめてこの世のことでないような不思議な雰囲気に包まれている。
 だからといって、現実感がないということではない。特に、夜から夜明けに向かって流れる時間の描写は印象的だ。時間とともに変化していく空気の質感、夜特有の冷たさ、または温かさ。暗さと明るさ、静けさと喧騒などが、手触りのある表現で描かれていて、その点では普通の日常らしいにおいがする。
 また、珍しいといえば文章も特徴的である。現在進行形で三人称のシナリオ風文章は、淡々と登場人物たちの表情や動きを描写するもので、その淡々ぶりが現実から一歩離れたところで景色を眺めているような、それこそ客席からステージの上のお芝居を観賞しているような何とも言えない心地にさせる。
 もうひとつ特徴と言えるのが、語り手である。この物語の語り手は“私たち”という謎の存在である。“私たち”は世界を俯瞰するような形で人々を眺め、マリや高橋、エリたちの姿をとらえる。このつかみどころのない不可思議な語り手の存在も、現実であり現実でないようなこの物語の雰囲気をいっそう高めている。


 続いては、子どもにとっての夜を描いた児童書3冊です。


七夜物語(上)

七夜物語(上)

【あらすじ】
 母とふたり暮らしのさよは小学4年生。ある日、さよは町の図書館で『七夜物語』というタイトルの本を見つける。なぜか『七夜物語』に惹かれるさよだったが、ある夜、ひょんなことから同級生の灰田くんと一緒に近所の高校に忍び込むことに。そこで出会ったのは人間ほどもある大きなネズミで――。

 川上弘美さんのファンタジー『七夜物語』。主人公さよとその友だちである灰田くんとが、不思議な夜の世界に入り込みさまざまな冒険をしていくというお話。といってもその“冒険”は決して明るく楽しいものではなく、子どもたちにとっては本当に過酷で辛いものである。もちろんそれは肉体的に虐げられるとかいじめられるとかいった類のものではないが、もしかしたらそれよりも辛い経験かもしれない。
 さよと灰田くんが夜の冒険の中で対峙するのは、悪意を持った敵などではなく、自分自身に内在する“闇”である。大人が自分のダークサイドと向き合うといった小説は数多くあるが、一見無垢で純粋な幼い子どもの世界に存在する“闇”や“暗さ”を描いていて、印象深い。
 ふたりが向き合わなければいけない“闇”は、たとえば親や友だちに対する不安や不満、モノを粗末に扱ってしまう傲慢さ、自身に対する嫌悪感といった、大人と何ら変わらないものである。そういった物事がファンタジーらしいシンボリックな形で表現される。大人でも自分の汚い部分と向き合うのは嫌なものだが、子どもにとってみたらそれ以上で、さよと灰田くんも戸惑い、拒否感を示す。しかし、夜という圧倒的に孤独な世界に置かれる中で、必然的にふたりは自分の心と対話することになる。たどたどしく、危なっかしくとも、子どもは子どもなりに考え、自分の答えを導き出す。そんな子どもたちの姿は、ファンタジーではあるが現実味に溢れている。
 子どもが読むのはもちろん、大人が読んでも楽しめ、考えさせられる点も多い秀逸な作品。



夜の子どもたち

夜の子どもたち

【あらすじ】
 地方の小さな町・八塚市で、5人の子どもたちがある日突然登校拒否となった。その原因を探るため八塚市にやって来た若きカウンセラーは、5人に共通のある恐怖体験があることを突き止める。しかし、子どもたちの不登校以外にも、八塚市には謎めいたことが多くあって――。

 児童文学作家・芝田勝茂さんの『夜の子どもたち』。その名もずばりなタイトルだが、“夜”というモチーフを巧みに使った作品。
 この作品が最初に出版されたのは1985年。今では不登校など珍しいことでもなんでもないが、80年代あたりはまだ一般的な社会問題としてはさほど重要視されていなかったのだろう。この物語は5人の子どもの不登校問題を解決しようとカウンセラーがやって来るところから始まる。が、単にそれぞれの子どもたちの精神とか家庭環境といった個々の問題ではなく、もっと巨大な存在が不登校の背景にあることが徐々に分かってくる。謎解きがメインなのであまり詳しくは書けないが、その鍵を握るのが“夜”なのである。
 “夜”が人間に与える影響、“夜”の根源に迫る内容となっていて、どことなく背筋が寒くなるような不気味さもある。ミステリーとしてはあくまで子ども向きかもしれないが、何とも言えないうすら寒さというか、人間の心の闇をあぶり出すような感じは、大人が読んでもちょっと怖いんじゃないかという気がする。



トムは真夜中の庭で (岩波少年文庫 (041))

トムは真夜中の庭で (岩波少年文庫 (041))

【あらすじ】
 トムは弟のピーターがはしかにかかったため、おじさんとおばさんが住むアパートに預けられるはめに。アパートは古く大きな邸宅だったが、まわりに友だちもおらずトムは退屈する。そんなある夜、アパートのホールの大時計が13回鳴り、あるはずのない夜の“13時”を告げたのをトムは目の当たりにする。さらに、裏口の外には昼間は無かった美しい庭が広がっていて――。

 イギリスの児童文学作家、フィリパ・ピアスさんの代表作『トムは真夜中の庭で』。言わずもがなの名ファンタジーであり、夜を舞台にした傑作です。
 主人公の少年トムが、真夜中にもかかわらず13回鳴る時計をきっかけに不思議な庭園を見つける。トムは庭でハティという少女と出会い、そこがヴィクトリア朝時代であることを知る。つまりはタイムトリップものなわけだが、SFではなくあくまで幻想的でロマンティックなファンタジーとなっている。
 庭を主な舞台にした児童文学はいろいろあるが、この作品は夜の庭が舞台となっていて、その謎めいた神秘的な雰囲気が何よりも魅力的。そして、時計が13回鳴ったり過去にタイムスリップしたりと、童心をくすぐるようなアイディアやモチーフがいっぱいでそれだけでもワクワクさせられる。
 だが、今作もやはり夜を舞台にしているだけあって、少年と少女が出会って楽しい時間を過ごしました、めでたしめでたしというような底抜けに明るいのみの物語ではなく、子どもの心の問題がちゃんと描かれる。逆に言えば心に閉ざされているものを露わにするからこそ、夜でなければいけないのだろう。


 次は、夜を描いた海外の小説3冊です。


夜想曲集: 音楽と夕暮れをめぐる五つの物語 (ハヤカワepi文庫)

夜想曲集: 音楽と夕暮れをめぐる五つの物語 (ハヤカワepi文庫)

【収録作】
「老歌手」
「降っても晴れても」
「モールバンヒルズ」
「夜想曲」
「チェリスト」

 イギリスの作家、カズオ・イシグロさんの短編集『夜想曲集 音楽と夕暮れをめぐる五つの物語』。音楽と夜(夕暮れ)をテーマにした5つの短編が収録されている。
 どの短編も素晴らしく、それぞれに魅力があるが、共通しているのは大人の物語だということ。人生の盛りを終え、人生の夕暮れに差し掛かろうとしている人々の哀愁、悲哀が深く心に残る。「老歌手」の舞台はベネチア。離婚間近の老歌手とその妻、ひょんなことから夫婦と知り合いになったギター奏者の話だが、老歌手が醸し出すおかしみと渋みが、ベネチアの夜のロマンティックな情景と相まってしっとりとした味わいを感じさせる。「降っても晴れても」は、故郷に帰った男と久しぶりに再会した友人夫婦とのおかしなすれ違いを描いている。基本的には喜劇なのだが、年月を経るうちに変化してしまった友情の切なさもあり、単なるコメディに終わらない。「夜想曲」はあるホテルに宿泊したサックス奏者の男と有名女優との奇妙な一夜の物語。ホテルという見知らぬ場所で、見知らぬ人間と一夜の接点を持つというちょっとした非日常感がありありと描写される。全くの赤の他人、今後自分の人生に関わることのない人間が相手だからこそ、心を開くことができる。そんな大人と大人のふれあいが印象的だ。
 5つの短編はどれも大人の悲哀を感じさせる内容だが、決して湿っぽさはない。からりとしてとても清々しい哀切だ。だからこそ、悲哀とともに少し笑えるようなコミカルさもあるし、読んでいて心地よい。そんな短編集である。


初夜 (新潮クレスト・ブックス)

初夜 (新潮クレスト・ブックス)

【あらすじ】
 1962年のイギリス。若き夫婦、エドワードとフローレンスは結婚式と披露宴を終えたばかり。幸福の真っただ中にいるふたりだったが、それぞれ危惧していることがあった。それは、セックスの経験がないこと。両親や友人たちに見送られ、いよいよエドワードとフローレンスは初めての夜を迎えることになるが――。

 こちらもイギリスの作家、イアン・マキューアンさんの『初夜』。タイトルのとおり、結婚初夜の若い夫婦の話なので、厳密に言えば“夜”を描いているというよりも“初体験”を描いているのだが、夜を舞台にしていることは間違いないので選ばせて頂いた。
 1960年代初頭のまだ“性”に関しては閉鎖的だった時代。エドワードとフローレンスも当然のごとく“性”については無知で、結婚式を終え、その瞬間が目前に迫っている今、最大の緊張を強いられている。息を張り詰めるような不穏な空気が物語の冒頭からヒシヒシと感じられ、ふたりの不安、心配が手に取るようにわかる。
 初めて身体を重ねる“初夜”という出来事の重さ、深刻さがここまで真正面から書かれている小説も珍しいだろう。男女が結ばれることの幸福、甘さではなく、恐怖にも似た困難が主題である。やはりそこには時代性もあって、“性”が一種のタブーであるからこそ、この夫婦も戸惑いを覚えるのである。未知の世界に足を踏み入れる時の恐れ、無知ゆえの危うさ。反対に、新しい経験への期待や歓喜もあり、ふたりの複雑な感情が緻密かつ臨場感たっぷりに描かれる。
 “性”の描写だけでなく、風景描写も美しい。初夜の舞台となるホテル、ホテルが立地する風光明媚なビーチ。1960年代のイギリスの雰囲気も存分に味わえる作品である。


 最後は、怪異を描いた日本の小説3冊です。


きつねのはなし (新潮文庫)

きつねのはなし (新潮文庫)

【収録作】
「きつねのはなし」
「果実の中の龍」
「魔」
「水神」

 森見登美彦さんの短編集『きつねのはなし』。どの短編も京都を舞台に、現実と非現実が入り混じった妖しげな出来事、事件を描いている。必ずしも夜をメインにした話ばかりではないが、夜のシーンが多く、印象深い。
 この短編集に限らず森見さんの小説というのはどれもそうだが、妖しい情景を描写したり独特の雰囲気を作り出すのが巧い。この4編でもその描写力は存分に発揮されていて、自然に異界へと導いてくれる。
 「きつねのはなし」はある古道具屋にまつわる怪異譚。アルバイトの主人公の青年、若く美しい古道具屋の女主人、不気味な雰囲気を漂わせる古馴染みの客、そして謎めいた古道具。シチュエーションや設定は奇抜なものではないが、その古風な情緒が懐かしくも新鮮であり、引き込まれる。
 ほかの3編にも共通して同じことが言えるが、「水神」はまた少し違った面白味のある話だ。主人公の青年は亡くなった祖父の通夜に出かける。通夜の後、青年の父や伯父たちと酒宴をしながら寝ずの番をすることになる。そして、ここにも”芳蓮堂”が登場し、祖父が預けた家宝を返しに来る。夜は夜でも通夜の夜という非日常の時間が、いかにもこの世のものでない何かを寄せ付けそうで最初から気味の悪さを匂わせる。しかも、それがどっぷり非日常に浸ったシチュエーションではなく、“通夜”という誰もが経験ある日常の延長線上の非日常だからこそ、なんとなく想像ができて怖い。
 「水神」は思いっきり夜を描いているが、そうでない作品でも常に暗闇の気配が付きまとうのが、この短編集の魅力である。


室生犀星集 童子―文豪怪談傑作選 (ちくま文庫)

室生犀星集 童子―文豪怪談傑作選 (ちくま文庫)

【収録作】
「童話」
「童子」
「後の日の童子」
「みずうみ」
「蛾」
「天狗」
「ゆめの話」
「不思議な国の話」
「不思議な魚」
「あじゃり」
「三階の家」
「香爐を盗む」
「幻影の都市」
「しゃれこうべ」

 詩人としても活躍した文豪・室生犀星の怪談を集めた短編集『室生犀星集 童子』。
 上述した『きつねのはなし』同様、全てが夜ばかりを舞台にした作品というわけではないが、やはりこれも暗闇の気配が色濃く漂う短編集である。室生犀星のそれは森見さん以上に濃く、しかも体感に迫るような生々しさ、グロテスクさもある。美しい闇というよりは悪寒が走るほどの暗さ、冷やかさである。
 当ブログでは既にこの本を単独で取り上げて記事にしているので、詳しくは下のリンクをご参考下さい。


降霊会の夜 (朝日文庫)

降霊会の夜 (朝日文庫)

【あらすじ】
 初老の“私”はしばしば知らない女が出てくる不思議な夢を見ていた。そんなある夜、“私”は夢の女とそっくりな女と出会う。女は、森にジョーンズ夫人という霊媒師が住んでおり、死んだ人にも会わせてくれると“私”に言う。興味を持った”私”はジョーンズ夫人の元を訪れて――。

 浅田次郎さんの『降霊会の夜』。主人公が降霊会で亡き思い出の人々と再会する怪異譚です。
 亡霊が登場するのでホラーとも言えないこともないが、亡霊が登場するということ以外にはさほどホラーめいた仕掛けや設定はない。この小説でメインとなるのは、主人公の思い出であり人生である。亡霊と再会することで自分の人生を振り返る主人公。少年時代、青年時代のさまざまな出来事が、生前に主人公と関わりを持った亡霊たちの証言によって語られる。亡霊が語ること自体に不気味さがないわけではないが、いちばん怖いと感じるのは人間の心である。主人公がこれまでの人生で目にしてきた人間の心の闇、そして彼自身が犯してきた罪悪。亡き人々との再会によって、男は否応なく自分の心と向き合わざるを得なくなる。
 亡霊の証言というのはもちろん一種のファンタジーなのだが、にもかかわらずそこには妙なリアリティがある。死者といってもそれらは自分が知る人々であり、確かにかつて生きていた人々なのだ。“幽霊”などといっておざなりにできない。そんな亡霊の実在感みたいなものが物語全体から滲み出ていて、怪談に説得力を与えていると思う。



 以上が、夜に読みたい小説のベスト10です。怪談とか怪異譚というのは必然的に夜の話になることが多いかなと思うのですが、そういった夜の怖さを書いたものだけでなく、『夜のピクニック』や『アフターダーク』、『夜想曲集』のような夜の描き方もあり、ひとえに“夜”といっても多種多様ですね。また、子どもにとっての夜を描いた作品も印象的で、大人にとってのそれとはまた意味合いの異なった“夜”になるんですね。成長するための孤独を味わう時間としての“夜”でしょうか。
 というわけで、この記事はこれで終わりです。秋の夜長にひっかけた記事ですが、もちろん秋のみならず、いつの夜に読んでも楽しめる小説ばかりです。ご参考になればと思います。では。


【ブログ内関連記事】
冒険を描いた小説・私的10撰 2015年8月29日  川上弘美『七夜物語』を記事内で取り上げています。
室生犀星『室生犀星集 童子』―生と死の生々しさ 2013年5月30日
幽霊を描いた小説・私的10撰 2015年7月24日  室生犀星『室生犀星集 童子』、浅田次郎『降霊会の夜』を記事内で取り上げています。
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by hitsujigusa | 2014-09-16 01:56 | 小説 | Trackback | Comments(2)

空色勾玉 (徳間文庫)


【あらすじ】
 輝(かぐ)と呼ばれる神の一族が世を治めていた時代。羽柴の里で暮らす15歳の少女狭也(さや)は幼い頃に親を亡くし、優しい養父母に育てられた。
 若者たちが恋の歌を交わす祭りの日、楽人としてあちこちを旅して回る異郷人の一行が里にやって来る。一行は狭也に自分たちが輝と対立する闇(くら)の一族であること、狭也を探してやって来たこと、そして狭也が闇の巫女姫“水の乙女”の生まれ変わりであることを告げる。ともに輝の一族と戦おうと言う言葉に拒否感を示す狭也に対し、闇の人々は狭也が生まれた時に右手に握り締めていたという空色の勾玉を授けて去って行った。
 自らの出生の秘密に衝撃を受ける狭也。その前に突如、輝の御子である月代王(つきしろのおおきみ)が現れる。月代王に見初められた狭也は、輝の一族が住まうまほろばの都に采女として行くことになり――。


 迫る9月6日はまがたまの日。9と6の形が勾玉の形と似ていることから、皇室や出雲大社に勾玉を献上する株式会社めのやが6月9日と9月6日を“まがたまの日”と定めたそうです。そんなちょっとおもしろい記念日に引っ掛けて、荻原規子さんのファンタジー小説『空色勾玉』を今回はフィーチャーします。

 『空色勾玉』はファンタジー作家として活躍する荻原規子さんのデビュー作。それまでになかった本格的に日本神話を取り上げたファンタジー作品として高評価を得、今では日本人作家のファンタジーの大定番として真っ先に挙げられる作品の一つだろうと思う。
 『空色勾玉』は日本神話をモチーフにしながらも、それをなぞっただけの物語にはなっていない。日本神話の底に流れる本質、世界観、死生観など、エッセンスを的確に汲み取りながらそれを荻原さんなりに解釈し、荻原規子流とも言える日本神話を創り上げている。
 日本神話と一口に言ってもさまざまなエピソードがあるが、この作品ではイザナギ、イザナミと三貴子―天照大御神、月読命、須佐之男命―という神話の始めの部分を主たるモチーフにしている。ご存知の方も多いとは思うがざっくりとこの部分についてまとめると、男神(イザナギ)と女神(イザナミ)は国産みで豊葦原の中つ国を作り、続いて八百万の神々を生んでいったが、女神が最後に生んだ火の神のせいで火傷を負い亡くなってしまう。しかし女神を諦めきれない男神が女神に会いに黄泉の国を訪れると、すでに女神は変わり果てた醜い姿となっていた。それを見て地上に逃げ帰った男神は岩で道をふさぎ、男神と女神は地上と地下に完全に分かれた――というストーリーだが、『空色勾玉』では男神が輝の大御神、女神が闇の大御神としてそれぞれ敵対する一族となっている。そして輝の大御神は中つ国を一つに統治し支配するため、照日王(天照大御神)と月代王(月読命)を地上に遣わし、八百万の神々を一掃しようとしていて……というのが物語を貫く背景である。
 では、単純な光と闇の対立構造になっているかというとそうではなく、闇の一族の姫でありながら輝の一族の村で育ち、光を愛する少女が主人公というのが、この物語をよりいっそう重層的なものとしている。
 荻原さんは主人公を闇の人間にした理由を、こう述べている。


 主人公の狭也が闇の氏族であり、闇の側を中心にすえた物語の構想は、『延喜式』で知った大祓の祝詞から生まれました。大祓の祝詞は、人々の穢れを、川の神や海流の神や風の神が大海原まで追いやり、最後は根の底の国にいる女神が穢れを引き受けてさすらうと、神々の名前を列挙して説くものです。「水に流す」という観念をもつ日本人ならではの、どこか感動をおぼえるストーリーになっています。
 この、穢れを一手に引き受ける、汚れ役でありながら尊い女神が闇の大御神ならば、対立するものは光――輝しかありません。『空色勾玉』は、そんなふうに形をととのえていきました。
 (荻原規子『空色勾玉』徳間書店、2005年9月、349頁)


 つまり、光ありきではなく、闇の側に立った上での発想なのである。作中では輝の一族は不老不死、闇の一族は死んで転生を繰り返すとされ、それぞれ生と死、不変と変化、清いものと穢れたものを象徴してはいるが、どちらが善でどちらが悪でという描き方はされていない。キリスト教の影響が大きい西洋のファンタジーは光と闇の対立がそのまま善と悪の対立になることが多いが、この作品は光だけでも闇だけでも成り立たない日本神話が持つ世界観を正確に反映していて、善悪を問題にはしていない。
 荻原さんと思想家の中沢新一さんとの対談の中にも、こんな言及がある。


荻原 子どもの頃から、西洋のファンタジーが好きだったんですが、どれも光と闇の闘いになっているのが私の感覚にそぐわないなと、ずっと思っていました。
中沢 闇とか悪魔とかいわれる側のほうが、豊かでやさしい世界を持ってたりするんです。ヨーロッパの歴史も勝利者であるキリスト教の歴史です。で、それ以前の歴史を否定するために、自分たちが制圧した勢力を闇の世界に封じ込める。ところが、日本神話をよく読んでみると、世界は光と闇の対立構想ではできていないという思想がすけて見える。それを荻原さんははっきり取り出してみせた。
 (荻原規子『〈勾玉〉の世界 荻原規子読本』徳間書店、2010年11月、7頁)


 光と闇の対立どころか、日本神話はもっと複雑で猥雑である。海の神や山の神、風の神など自然を司る神もいれば、病んだイザナミの吐瀉物や排泄物から生まれた神もいるし、イザナギが殺した火の神の血や死体から生まれた神もいる。まさに八百万の神々なのだ。そこにあるのは光か闇かの二元論ではなく、光の中に闇が、闇の中に光が混じったような雑多さであるが、雑多であるということは言い換えれば豊かさでもある。二元論では説明しきれない、説明するとこぼれ落ちてしまう豊かさだ。光があり、闇があり、光でも闇でもないものがあり、それぞれの中に無数の豊かなものが含まれている。それはもちろん、美しいもの、清らかなものだけでなく、死や穢れの中にも存在する。穢れを引き受ける汚れ役の女神を尊いと感じた荻原さんの感覚は神話を創った古代の人々の感覚にも通じるものだろうし、だからこそ『空色勾玉』は単にモチーフを借りただけではない、日本神話の本質を突いた物語になっているのだと思う。

 ここまで日本神話という視点から『空色勾玉』について書いてきたが、もちろん日本神話を全く知らなくても充分におもしろい作品だし、逆に知らない方が変な先入観を持たずシンプルに物語として楽しめるかもしれない。荻原さん自身も日本神話を物語化しようと思ってこの作品を書いたわけではなく、あえて意識しないようにしながら書いたそうである。結果的には意識しまいとしたにもかかわらず、神話の強さに引っ張られてしまったようではあるが。
 しかし、そのあえて意識せずに書いたことが、『空色勾玉』の奔放さ、自由度に繋がっているように思う。たとえば、日本神話における天照大御神に該当する輝の御子の一人、照日王(てるひのおおきみ)はこの上なく美しいが、気性が激しく自己中心的な女性として描かれていて、一般的にイメージされる天照大御神とは全く異なるキャラクター性と言える。互いに憎み合う輝の大御神と闇の大御神、その三人の御子の関係性も、ある意味家族ドラマのような人間味あふれるものとなっていて、神々の話であるという前提を忘れさせる。
 また、主人公である狭也の恋愛も描かれる。ネタバレになるので詳しくは書けないが、恋をするヒロインの心理描写がとても繊細かつ丁寧に書かれていて、神話を下敷きにしているとかファンタジーであるとかいうことを差し置いて、ひとつの少女小説として楽しめるし、引き込まれてしまう。
 神話という概念にとらわれていたらこれほどの個性的なキャラクターたちや新鮮なストーリー展開にはなりえなかっただろうし、何よりこんなに生き生きとした人間ドラマは生まれなかっただろう。この作品は神話ファンタジーである以前に、血の通った人間たちの(もしくは神たちの)心の軌跡を描いた物語なのであり、それこそがこの作品が多くの人々の心を引き付け続け、読み継がれる最たる理由なのではないかと思う。

 神話ファンタジー、少女の成長物語、人間ドラマなどなど、さまざまな読み方ができ、いろんな観点から楽しめる『空色勾玉』。日本のファンタジー小説の金字塔に、ぜひ一度触れてみて下さい。ちなみに、『空色勾玉』は後に発表された『白鳥異伝』『薄紅天女』と合わせて“勾玉三部作”と呼ばれます。もし『空色勾玉』にハマったら、ぜひその続きもご一読を。
 なお、『空色勾玉』は現在いくつかのタイプで出版されています。ハードカバーの単行本、イラスト付きでカジュアルな新書判のノベルズ、気軽に手に取れる文庫本の3つ。以下のリンクもご参考に、お好きなスタイルで楽しんで頂ければと思います。


空色勾玉 (徳間文庫)
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〈勾玉〉の世界 荻原規子読本
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by hitsujigusa | 2014-09-05 03:36 | 児童文学 | Trackback | Comments(0)