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 すっかり秋らしくなり、本格的なフィギュアスケートの新シーズン開幕も間近に近づいております。すでにジュニアのGPシリーズやシニアの小さな国際大会も始まっていて、フィギュアファンにとってはたまらない季節ですね。
 ということで、日本の選手始め、世界のフィギュア選手たちの新プログラム情報をざっくりとまとめてお伝えしていきます。


 まずはベテランの域に入ってきた村上佳菜子選手です。村上選手は9月16日から20日にかけてアメリカのソルトレイクシティで行われたチャレンジャーシリーズの第1戦USインターナショナルクラシックに出場、ここで今季の新プログラムを初お披露目しました。SPは「ロクサーヌのタンゴ」、フリーは「映画『SAYURI』より」です。
 ショートはこれまでも多くの選手が演じている定番のタンゴ。映画『ムーラン・ルージュ』の劇中曲で、村上選手はボーカル入りのものをそのまま使用しています。村上選手は以前にもタンゴを滑っていますが、その時はピアソラのタンゴでした。今回はヨーロッパのタンゴなので多少イメージや雰囲気が違いますし、男性ボーカル入りでより力強さもあり、情熱的な演技やキレのある動きが魅力的な村上選手に合っているなと思いますね。
 そしてフリーは日本を舞台にした芸者の物語『SAYURI』のサントラを使用したプログラム。こちらも大定番と言えます。激しさが特徴的なSPから一転、しっとりとした女性的な世界観の作品で、ショートとフリーでメリハリがありますね。昨季はショート、フリーともに「オペラ座の怪人」で、女性的なショートと男性的なフリーという演じ分けを見せた村上選手ですが、今季は昨季の試みをさらに発展させた形という感じがします。もちろんプログラムの雰囲気は昨季とは全く異なりますが、SPで強いプログラムを演じて、フリーでいかにエレガンスさを表現するかというところが注目ですね。ただ、近年の村上選手はフェミニンで柔らかい滑りもとてもうまくなっているので、表現面での心配はないかなと思います。
 その一方で、村上選手は14/15シーズン終了後に足を怪我していて、出演予定だったアイスショーを辞退するということもあったので、そういった意味でいつものシーズンよりスタートが遅めだったりするのかなという点が気になりますね。上述したとおり、今季はシニアに上がってから初めて9月という早い時期にB級国際大会でシーズン初戦を迎えていて、そのあたりからも例年との違いがうかがえるのですが、うまく調整してGPシリーズに向かっていってほしいなと思いますね。


 続いては今季からシニアに移行する永井優香選手。永井選手は初夏にはすでにSPの演目を発表していましたが、その後変更があり、変更後のSPは「蝶々夫人」、フリーは「オーガスト・ラプソディ 映画『奇跡のシンフォニー』より」だそうです。
 ショートは元々はラフマニノフの「ピアノ協奏曲第3番」を演じる予定で、アイスショーでも披露済みでしたが、実際に演じてみた上で永井選手自身が合わないと感じ、変更を決めたそうです。変更後のプログラムが宮本賢二さん振り付けの「蝶々夫人」ということで、浅田真央選手のフリーとも被ることになりますが、それぞれ全く違った雰囲気を持つ選手なので、プログラムもまたイメージの違うものになるでしょうね。
 フリーは映画音楽ですが、複数ある候補の中から永井選手自身が気に入って選んだとのこと。振り付けはシェイ=リン・ボーンさんです。この映画はなんとなく知ってはいますが見たことはないので、どういう曲かは分からないのですが、どんな世界観、空気感のプログラムになるのか楽しみですね。


 本格的なシニア参戦としては2年目となる田中刑事選手は、ショートが「ブエノスアイレスの春」、フリーが昨季と同じ「椿姫」です。
 「ブエノスアイレスの春」はピアソラのタンゴですが、華やかな雰囲気を持つ田中選手に合った選曲だなと感じますね。フリーは昨季からの持ち越しですが、昨季はなかなか実力を発揮できず苦しいシーズンに終わったということもあり、「椿姫」も不完全なままだったので、続けて演じることでプログラムとしての完成を目指すということでしょうね。
 そんな田中選手は今季すでに2大会を戦っていて、8月のアジア杯では2位、先日行われたUSインターナショナルクラシックでも2位と好結果を残しています。特にUSインターナショナルクラシックではフリーとトータルでパーソナルベストをマークし、良いシーズンのスタートを切っています。自国開催のNHK杯にも初めての出場が決まっており、昨シーズンの悔しさを晴らす今シーズンになるといいなと願っています。


 今シーズン本格的なシニアデビューを果たす中塩美悠選手。フリーについてはだいぶ前に当ブログでも書きましたが、SPについては「GopherMambo/TakiRari」だということが分かっています。
 「GopherMambo」と「TakiRari」はペルーの歌手イマ・スマックの楽曲で、坪井遥司選手がエキシビションで滑っているのを見て気に入り、中塩選手自身が選曲したのだそうです。昨シーズンもショートでミュージカルナンバー、フリーでタンゴと“ダンス系”を得意としている中塩選手らしい選曲だなと思いますね。


 こちらもシニアデビューかつ初めてのNHK杯出場が決まっている木原万莉子選手は、SPが「さくらさくら」、フリーが「映画『ブラック・スワン』より」
 ショートは日本を代表する歌曲である「さくらさくら」。つややかでしなやかな優雅さを持つ木原選手にぴったりですね。他方、フリーはゾクッとするような女の魔性を描いた映画『ブラック・スワン』。対照的なイメージの両プログラムですが、豊かな表現力を持つ木原選手なら、この二面性をうまく表現してくれそうですね。


 アイスダンスの村元哉中、クリス・リード組も公式ブログで新プログラムを発表済み。SDは「Vienna Waltz」、フリーは「Silent Film Medley」とのことです。
 今季のショートダンスのパターンダンスの課題は“ラベンスバーガーワルツ”。ワルツにもさまざまありますが、その中から村元&リード組が選んだのはウィンナー・ワルツ。ブログで発表したのは具体的な曲名ではなくワルツの種類だと思いますが、正統派のワルツを二人がどんなふうに表現するのか楽しみですね。そして、フリーはサイレント映画音楽のメドレー。ブログによると、“1920年代の世界に吸い込まれる”とのことですから、クラシカルでエレガンスな作品になっているのではないかなと想像します。上品な雰囲気を漂わせる二人に合いそうで、今から早く見たいなとワクワクしますね。
 そんな村元&リード組は10月8日から開催されるフィンランディア杯の出場が決定。二人のデビューが充実したものになることを祈っています。


 さて、ここからは海外勢の新プログラム情報です。

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 現世界チャンピオン、ロシアのエリザヴェータ・トゥクタミシェワ選手はニュースサイトのインタビューなどで新プログラムについて明かしています。SPは「カルミナ・ブラーナ」、フリーは「ペール・ギュント」だそうです。
 SPはドイツの音楽家カール・オルフ作曲のカンタータ。元々ドイツに存在した詩歌集にカール・オルフが曲をつけたもので、その特徴的で壮大な旋律が有名でBGMとして多用されています。印象としてはとても男性的で力強い音楽というイメージなので、それを女性的な色っぽさやしなやかさが魅力的なトゥクタミシェワ選手がどう表現するか、おもしろい選曲だなと思います。ちなみに、「カルミナ・ブラーナ」は今シーズン競技復帰する予定だったものの怪我のために復帰を取りやめたエフゲニー・プルシェンコ選手もSPの演目として用意していて、やはり同じアレクセイ・ミーシンコーチの門下生ですから、何かしら関連があるのかもしれませんね。
 そして、フリーはノルウェーの作曲家グリーグの代表作「ペール・ギュント」。クラシック音楽界では著名な劇音楽ですが、フィギュア界ではさほど使用頻度の高くない作品と言えます。ただ、劇中曲である「山の魔王の宮殿にて」はBGMとしていろんな場面で使われており、以前チェコのミハル・ブレジナ選手がSPで演じたのが記憶に新しいのではないかと思います。戯曲としての「ペール・ギュント」は同じくノルウェーの劇作家イプセンが制作したもので、主人公ペール・ギュントの人生を描いた壮大な物語です。こういった選曲だけでも、これまでラテン系プログラムの多かったトゥクタミシェワ選手にしては珍しく、新鮮な試みだなと思いますが、実はトゥクタミシェワ選手はジュニアの頃にも「ペール・ギュント」の中の一曲「ソルヴェイグの歌」を使用したことがあるので、再演に近い形となるんですね。ただ、もちろん構成も振り付けも全く違うプログラムですし、さらに振付師はあのステファン・ランビエールさんということで、トゥクタミシェワ選手の新境地が見られそうで本当に楽しみだなと思います。


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 2015年世界選手権銅メダリスト、ロシアのエレーナ・ラディオノワ選手もインタビュー記事で新プログラムを発表しています。ショートは「Je t'aime」、フリーは「映画『タイタニック』より」とのことです。
 SPはベルギー出身の歌手ララ・ファビアンさんの楽曲。以前ユリア・リプニツカヤ選手もエキシビションで使用しています。また、今季はソチ五輪女王のアデリナ・ソトニコワ選手もフリーでララ・ファビアンさんが歌う「Je suis malade」を演じることが分かっていて、ロシアでは人気がある歌手なんですね。
 また、フリーはおなじみの映画音楽。あまりにも有名すぎて逆にフィギュア界では使い辛いのか意外に使用頻度は高くないですね。たぶんセリーヌ・ディオンのボーカル入りになるのではないかと思いますが、大定番の悲恋の物語にどのようにラディオノワ選手らしさをプラスして表現するのか、注目です。
 さらに注目点としてはショート、フリーともに振り付けがあのニコライ・モロゾフさんということで、どういったプログラムになっているのか、これまでのラディオノワ選手の表現とどんな違いがあるのか、期待ですね。


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 世界選手権2014の銀メダリスト、ユリア・リプニツカヤ選手。苦しんだ昨季からの復活を期する今季は、SPがエルヴィス・プレスリーの「好きにならずにいられない/悲しき悪魔」、フリーが「Leningrad」です。
 SPはエルヴィス・プレスリーの楽曲を組み合わせたものですが、リプニツカヤ選手とプレスリーのコラボというのがどんな感じが想像つかなくておもしろいですね。
 一方フリーはアメリカのピアニスト、ウィリアム・ジョセフの楽曲を使用したプログラム。タイトルがロシアの都市レニングラードを冠していますから、まさにロシア人のリプニツカヤ選手らしい選曲と言えます。
 そして、SP、フリーともに振り付けはマリーナ・ズエワさん。ズエワさんは日本でも中野友加里さんや小塚崇彦選手の振り付けを手がけた名振付師として知られ、また、アイスダンスのソチ五輪王者のメリル・デイビス&チャーリー・ホワイト組やバンクーバー五輪王者のテッサ・ヴァーチュー&スコット・モイア組、現在では村元&リード組のコーチをしていることでもおなじみです。ただ、ロシア出身ではあるものの長らくアメリカを拠点にしているということもあって、意外にロシア選手との接点は少なかったのですが、今回初めてリプニツカヤ選手とタッグを組むこととなりました。品格溢れる繊細な振り付けが魅力のズエワさん作のプログラムで、リプニツカヤ選手がどのように新たな顔を見せてくれるのか、楽しみです。


 2012年世界選手権銀メダリスト、ベテランのアリョーナ・レオノワ選手はSPが昨季と同じ「スマイル/序曲 彫像の序幕 映画『街の灯』より/テリーのテーマ 映画『ライムライト』より」、フリーが「サマータイム/監獄ロック/イン・アザー・ワーズ/シング・シング・シング」であることが分かっています。
 SPは昨季から引き続きのチャップリン・メドレー。レオノワ選手のキャラクターにとても合っていて、このプログラムによって昨年のNHK杯でパーソナルベストをマークしていますから、縁起の良いプログラムですね。フリーはジャズやロックの組み合わせで、全体的にノリの良い、こちらもレオノワ選手の快活なイメージにぴったりな感じがします。ショートもフリーも比較的元気の良い、アップテンポな印象という点では共通しているのかなと思うのですが、実際どういった形で両プログラムにメリハリをつけていくのか、レオノワ選手の表現の仕方に注目ですね。


 2014年世界選手権4位のアンナ・ポゴリラヤ選手はSPが「Bolero for Violin and Orchestra」、フリーが「シェヘラザード」。どちらもニコライ・モロゾフさん振り付けです。
 SPはシンガポールのヴァイオリニスト、ヴァネッサ・メイの楽曲。タイトルに“ボレロ”と入っているように3拍子のリズムですが、有名なラヴェルの「ボレロ」とは違ってヴァイオリンの音色が前面に出ていて、より女性的でエレガンスな作品ですね。フリーは王道の「シェヘラザード」。ポゴリラヤ選手は昨季のフリーもロシア音楽の「火の鳥」でしたが、今季も大定番中の大定番ですから、いかにポゴリラヤ選手らしい「シェヘラザード」を作り上げていくかがポイントですね。


 ロシア女子に続いてロシア男子についてお伝えします。
 まず、2014年グランプリファイナル3位のセルゲイ・ボロノフ選手はSPが「Butterflies and Hurricanes」、フリーが「映画『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ』より」です。
 SPはフィギュア界ではもうおなじみ、イギリスのバンド、ミューズの楽曲です。そしてフリーはこちらもフィギュア界ではしばしば見られる映画音楽。振り付けはどちらもジェフリー・バトルさんで、バトルさんがロシアの選手のプログラムを制作するのは珍しいですね。どちらかというと激しさだったり荒々しさが特徴的だったボロノフ選手ですが、バトルさんの繊細で優雅な振り付けによって、どのような変化が見られるのか注目したいと思います。


 同じくロシアのベテラン、コンスタンティン・メンショフ選手はSPが昨季と同じ「Rotting Romance」、フリーが「Mad World/Radioactive」です。
 ショートについては省略して、フリーについて書きますと、「Mad World」と「Radioactive」の二つの歌を組み合わせたものになっているようですね。前者はイギリスのバンド、ティアーズ・フォー・フィアーズの楽曲のカバーバージョン、後者もアメリカのバンド、イマジン・ドラゴンズが2012年に発表して大ヒットした楽曲のカバーバージョン。いつもメッセージ性の強いプログラムを届けてくれるメンショフ選手ならではの意図を感じる選曲ですね。


 ペアのソチ五輪銀メダリスト、クセニア・ストルボワ&ヒョードル・クリモフ組はSPが「I Put a Spell On You 映画『フィフティ・シェイズ・オブ・グレイ』より」、フリーが「映画『The Unknown Known』より」だそうです。
 どちらも映画のサントラからですが、SPはアメリカの歌手スクリーミン・ジェイ・ホーキンスの楽曲をイギリスの歌手アニー・レノックスがカバーして映画で使用されたものなので、映画音楽というよりはポピュラー・ソングですね。フリーはアメリカのドキュメンタリー映画のサントラなので、かなりマニアックな選曲となっています。


 ここまで一気にロシア勢の情報をお伝えしましたが、ここからはそれ以外の海外勢です。
 2015年四大陸選手権銀メダリスト、アメリカのジョシュア・ファリス選手は、SPが昨季と同じ「Give Me Love」、フリーが「ローマの松」です。
 ショートは昨季からの持ち越しですが、派手さはないもののしみじみとした味わいのある歌でファリス選手のスケーティングによく合っていましたね。フリーはイタリアの音楽家レスピーギの代表作。レスピーギは世界的に著名な作曲家ですが、フィギュアではそんなに使われることがないのでマニアックなチョイスと言えます。誰もが知る有名曲というわけではありませんが、玄人好みの音楽という感じでちょっと気になりますね。


 チェコの実力者ミハル・ブレジナ選手はSPが「The Way You Look Tonight」、フリーは「海賊」です。
 ショートプログラムは映画『有頂天時代』の劇中曲で、多くの歌手にカバーされているスタンダード・ナンバー。ブレジナ選手はオリジナルのフランク・シナトラバージョンを使用しています。フリーはバレエ音楽「海賊」ですが、本郷理華選手が昨季のSPで演じたのが記憶に新しいところです。ブレジナ選手のバレエというのはこれまでほとんどないので、新鮮味がありますね。


 スウェーデンのヨシ・ヘルゲソン選手はSPが「Too Darn Hot」、フリーが「レジェンド・オブ・メキシコ デスペラード/Shot You Down/バン・バン/Las Bandidas」であることが判明しています。
 ショートはミュージカル『キス・ミー・ケイト』の劇中曲で、ヘルゲソン選手が使用しているのはジャズシンガーのエラ・フィッツジェラルドが歌うバージョンのようです。フリーはさまざまな映画音楽やポピュラーソングなどのメドレーで、演技をちゃんと見ていないので何とも言えませんが、いろんな世界観を持ったプログラムになっていそうですね。


 ペアの現世界チャンピオン、カナダのメ―ガン・デュアメル&エリック・ラドフォード組はSPが「Your Song 映画『ムーラン・ルージュ』より」、フリーがアデルの「ホームタウン・グローリー」です。
 「Your Song」はエルトン・ジョンの代表曲ですが、デュアメル&ラドフォード組が使うのはミュージカル映画『ムーラン・ルージュ』の中で主役のユアン・マクレガーが歌っているバージョン。エルトン・ジョンバージョンとはまた違った魅力があって良いですね。また、フリーはイギリスの歌手アデルの楽曲ということで、ショート、フリーともにボーカル入りという新しい挑戦となっています。


 アイスダンスの現世界選手権銀メダリスト、アメリカのマディソン・チョック&エヴァン・ベイツ組は現在ドイツで開催中のネーベルホルン杯に出場していて、SDは「黒い瞳」、FDはラフマニノフの「ピアノ協奏曲第2番」であることが分かっています。
 今季のショートダンスの課題はワルツ。「黒い瞳」はロシア民謡なので本来はワルツではありませんが、それをワルツという形で表現しようというのがおもしろいですね。一方フリーは正統派のクラシックですが、ダンスがメインのアイスダンスでは意外にラフマニノフというのは珍しい感じがして、過去のチョック&ベイツ組のプログラムを見ても純粋なクラシックはほとんどないので楽しみですね。


 アイスダンスの現世界選手権銅メダリストのカナダのケイトリン・ウィーバー&アンドリュー・ポジェ組は、SDは「好きにならずにいられない/ハートブレイク・ホテル」のエルヴィス・プレスリーメドレー、FDは「On the Nature of Daylight/Walk/Run」とのことです。
 SDはプレスリーということで、上述したリプニツカヤ選手もプレスリーメドレーですが、プレスリーの楽曲というのはフィギュア界ではそんなに頻繁に登場するわけではないので、おもしろい偶然ですね。ですが、ウィーバー&ポジェ組の場合は“ワルツ”という課題がある上でのプレスリーなので、さらに興味が増します。フリーは複数のミュージシャンや作曲家の楽曲を組み合わせたプログラムになっているようです。


 最後はイタリアのペア、ヴァレンティーナ・マルケイ&オンドレイ・ホタレク組です。SPは「Morir D'amor」、フリーは「映画『追憶』より/映画『サタデー・ナイト・フィーバー』より」であることを、マルケイ選手が自身のフェイスブックで明かしています。
 ショートはベートーヴェンの「月光ソナタ」に歌詞を付けたものをイタリアの歌手マリアンナ・カタルディが歌った楽曲。一般的な「月光ソナタ」とは少し違った雰囲気を醸し出せそうですね。一方、フリーは二つの映画のサントラを使用したものですが、しっとりとした情緒漂うメロディが印象的な「追憶」と、ノリノリのディスコサウンドが有名な「サタデー・ナイト・フィーバー」というそれぞれ対照的な映画で、意外性のある組み合わせがどう一つのプログラムになっているのか、気になります。



 ということで、とりあえずこの記事は以上です。今後この新プログラムシリーズを追加することもあるかもしれませんが、おおむね強豪選手の新プログラム情報は取り上げられたんじゃないかなと思います。
 現在はジュニアのグランプリシリーズも半分を過ぎ、シニアのチャレンジャーシリーズも始まっていて、いよいよフィギュアシーズンの到来だなという実感が沸いてきています。当ブログでは10月末のグランプリシリーズアメリカ大会から本格的にフィギュア記事を開始していきますが、それまでのあいだもできる限りフィギュア関連の記事をお届けしたいなと思っています。では。


:村上選手の写真は写真画像ウェブサイト「ゲッティイメージズ」から、トゥクタミシェワ選手の写真、ラディオノワ選手の写真は、フィギュアスケート情報ウェブサイト「Absolute Skating」から、リプニツカヤ選手の写真はエンターテインメント情報ウェブサイト「Zimbio」から引用させていただきました。

【ブログ内関連記事】
羽生結弦選手、15/16シーズンのフリープログラムを発表&新プログラム情報① 2015年6月19日
浅田真央選手、15/16シーズンのプログラムを発表&新プログラム情報② 2015年7月2日
各選手の15/16シーズンの新プログラムについて・その③ 2015年8月13日
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by hitsujigusa | 2015-09-27 01:32 | フィギュアスケート(大会関連) | Trackback | Comments(0)

海の鳥・空の魚 (角川文庫)


【収録作】
「グレイの層」
「指」
「明るい雨空」
「東京のフラニー」
「涼風」
「クレバス」
「ほおずきの花束」
「金曜日のトマトスープ」
「天高く」
「秋の空」
「月の砂漠」
「ポケットの中」
「アミュレット」
「あたたかい硬貨」
「カミン・サイト」
「柿の木坂の雨傘」
「普通のふたり」
「星降る夜に」
「横顔」
「卒業」


 9月20日は空の日だそうです。ということで、それに合わせて今回はタイトルに“空”が入る、鷺沢萠(めぐむ)さんの短編集『海の鳥・空の魚』をフィーチャーします。

 作者の鷺沢萠さんは大学1年生だった1987年に「川べりの道」で文學界新人賞を受賞してデビュー。その後、3度の芥川賞候補、2度の三島由紀夫賞候補などを経て、1992年「駆ける少年」で泉鏡花文学賞を受賞。精力的に創作活動をつづけ、複数の作品が映画化されるなど活躍しましたが、2004年4月11日に自殺、35歳の若さで亡くなられました。
 亡くなってからそれなりに時間が経っているということもあり、また、現在は著書の多くが絶版になっているということもあり、最近では文学好き以外で鷺沢さんの名を知っている方はあまりいないかもしれません。かくいう私もリアルタイムでは鷺沢さんのことを知らず、亡くなってから鷺沢さんの著書を読むようになった遅れてきたファンです。ですが、月日の隙間に埋もれてしまうにはあまりにも残念な、類い稀な文章センスと繊細な感性を持った小説家であり、そういった意味合いも込めて、鷺沢さんの小説を紹介したいと思います。

 『海の鳥・空の魚』は1987年から1989年にかけて『月刊カドカワ』に連載された作品を1冊にまとめた短編集。収録された20の短編はどれも10ページほどの短さで、普通の人々の人生のささやかな一場面を切り取った短編群となっています。
 鷺沢さんはこの本のあとがきでこう記しています。


 どんな人にも光を放つ一瞬がある。その一瞬のためだけに、そのあとの長い長い時間をただただ過ごしていくこともできるような。(中略)うず高く積まれてゆく時間のひとコマひとコマ、その全てを最高のものに仕立てあげるのはとても難しいことだ。難しいことだから、「うまくいった一瞬」が大切なものになるのではないだろうか。
 神様は海には魚を、空には鳥を、それぞれそこにあるべきものとして創られたそうだが、そのとき何かの手違いで、海に放り投げられた鳥、空に飛びたたされた魚がいたかも知れない。エラを持たぬ鳥も羽根を持たぬ魚も、間違った場所で喘ぎながらも、結構生きながらえていっただろう。



 海を泳ぐ鳥、空を飛ぶ魚のように、自分の居場所に居心地の悪さを感じる人々、生きにくさを感じる人々が、この短編集の主人公たちです。そんなふうに言うとちょっと特別なように感じられるかもしれませんが、どの主人公もどこにでもいる普通の人々です。意識的にと思われますが、見た目についての描写もほとんどなくて、風貌も喋り方もさして特徴のない、ごく平凡な人々ばかりです。
 主人公たちは連載当時の鷺沢さんと同世代の学生や若者が多く、若さゆえの屈折や日常への憂鬱さを抱えつつも、その日常を破壊しようとするほどの強い願望もアグレッシブさもなく、普通の日常を受け入れています。物語の中では劇的なドラマも事件も起きません。ただ、何かが起こる前の段階の瞬間を描いていて、小さな光がきらめくシーンを鮮やかに映し取っています。
 「指」という話では、ガソリンスタンドで働く主人公・喜一のかすかな心の揺れを、“指”を通して描き出します。黒く汚れた自分自身の指、同僚の悦子のしもやけで腫れた指、スタンドにやって来た赤いアウディの助手席に乗った女のしなやかで長い指。決して特別な風景ではなく、喜一にとっても見慣れた仕事場の風景。しかし、その中で目にした女の美しい指が、喜一の心にさざ波を立てます。だからといって喜一と客の女とのあいだに何かが起こるわけでもなく、ただ店員と客として一瞬交差するだけなのですが、何でもない瞬間が忘れられない瞬間に変わる境目を印象的に描写しています。

 そんなふうにこの作品集の中で繰り広げられるドラマはありふれた日常の連なりで、ストーリー的にも目新しさやあっと言わせられるような驚きの展開が用意されているわけではありません。文章的にも鷺沢さんはなにげない風景を模写するスケッチのような軽やかさで、主人公たちの心模様や風景描写を淡々と綴っていきます。にもかかわらず、それらの景色は確かな輝きを湛えた光景として鮮やかに目に映ります。それはどの物語にも、人生を肯定する明るさが通底しているからではないかと思います。
 「クレバス」という短編では、災難続きの主人公がかつて知人から言われた言葉としてこんなセリフが登場します。


 ――人生には不運な時期があるよ。雪山のクレバスにはまってしまうみたいなね。そういう時はなるべく首を縮めて、時間が上を通り過ぎるのを注意深く待つのさ。次に首を伸ばしたときには、きっと素敵な眺めを見られるものだよ。


 一部の例外を除いて、ほぼ全ての作品にこの一文が伝える“希望”がベースにあって、退屈な日常や鬱屈した感情を描いていても重々しさはなく、心をふっと軽くしてくれる気持ちの良さに繋がっています。
 そして、それは主人公たちの姿にも通じていて、彼らは皆やりきれない思いを抱えたり捨て鉢な態度をとったりと、形は違えどちょっとした不幸せや不運に見舞われています。ですが、絶望感みたいなものは感じられず、むしろどこか明るささえ漂っています。人生なんてこんなもんだという諦めも多少なりともあるかもしれませんが、それ以上になにげないことも自分の支えにして一生懸命生きていこうとする前向きさの方が強いような気がします。一生懸命というと熱い感じもしますが、言い換えれば自分の日常・人生を自分の足でちゃんと歩いていこうとする強さでしょうか。一見普通のことですが、それができない人も意外に多いもの。代わり映えのしない毎日に時々投げやりになったり嫌気が差したりすることもあるけれども、それでも人生を投げ捨てることなく、普通の日常を普通に送る。そういう普通のことを何でもない顔でできることが、実は何よりも立派ですごいことなんじゃないかなと思います。
 20の短編の主人公たちはそれぞれ日常にピリリと刺激を与えるドラマに出くわします。世の中には些細な出来事をきっかけに人生を大きく転換させる人もいるでしょうが、彼らはたぶん約10ページのドラマが幕を閉じた後もそれまでどおりの日常を歩いていくのだろうという気がします。それは消極的なのではなく、“普通”であることを大切にできるということ。個性的でも華やかでもないけれど、紛れもなく世界に一つだけのかけがけのない自分の人生を生きるということだと思います。だからこそ、他人から見れば何でもないささやかな一瞬がとてつもなく嬉しかったり勇気づけられたりするのでしょう。そんな“普通”の人々のことを、私はとてもいとおしく感じます。そして彼らは小説の中の住人ではなく、この世界のいろんなところにいます。それは家族であり、友人であり、同僚であり、近所の人々であり、見知らぬ他人であり、自分自身でもあります。

 自分にも似た“普通の人”の姿を20の物語の中に見つけて、なんとなく救われたり元気づけられたり、自分自身をも肯定してもらえているような気分になったり。こんな自分でもいいんだと思わせてくれる、読んだあとに心がほどける短編集です。残念ながらこの本も絶版になっていて新品では手に入りませんが、電子書籍で読むこともできますので、ぜひ機会があれば読んでみてください。


:記事内の引用部分は鷺沢萠『海の鳥・空の魚』(角川書店、1992年11月)から引用させていただきました。



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by hitsujigusa | 2015-09-19 00:34 | 小説 | Trackback | Comments(0)

A-A’ (小学館文庫)


【収録作】
「A‐A´」
「4/4 カトルカース」
「X+Y〈前編〉」
「X+Y〈後編〉」
「ユニコーンの夢」
「6月の声」
「きみは美しい瞳」


 9月12日は日本が独自に制定した宇宙の日です。なぜ9月12日かというと、宇宙飛行士の毛利衛さんがスペースシャトルで宇宙へ飛び立ったのが9月12日だからだそうです。
 そんな記念日に合わせて今回取り上げるのは少女漫画家・萩尾望都さんの『A‐A´』(エー・エーダッシュ)です。少女漫画の母と言える萩尾さんは、「11人いる!」「スター・レッド」「銀の三角」「マージナル」など数多くのSF作品を手がけている少女漫画界におけるSFのパイオニアでもあります。『A‐A´』はSF作品集で、「A‐A´」「4/4 カトルカース」「X+Y」の3編で成り立っているSF連作集と、そのほかのSF作品3編が収録されています。この記事では「A-A´」「4/4 カトルカース」「X+Y」のシリーズについてのみ書いていきます。

 「A‐A´」「4/4 カトルカース」「X+Y」は“一角獣種シリーズ”といわれる同じ世界観の下に描かれたシリーズ作品で、21世紀初頭に宇宙航行用に開発された人工の遺伝変異種である一角獣種がどの作品にもキーパーソンとして登場し、繋がりを持たせています。一角獣とは伝説上の生き物ユニコーンのことですが、一角獣種とはユニコーンのような特徴を持った人間。見た目は頭部が少し盛り上がり、その部分の髪がたてがみ風で赤いメッシュになっていて、性格的な特徴としては基本的に知能は高いものの、感情表現がヘタで、注意力に乏しく、極端にストレスに弱いという扱いが難しい珍種として描かれています。シリーズでは各作品に一人ずつ、計3人の一角獣種のキャラクターが登場し、一角獣種と一角獣種を巡る人々との宇宙を舞台にしたドラマが繰り広げられます。

 各話はそれぞれ独立した話になっており、ざっくりとストーリーを説明しますと、「A‐A´」の舞台はプロキシマ第5惑星“ムンゼル”。事故率が高い宇宙開発の現場では普通にクローンが活用され、宇宙開発プロジェクトに参加する人間はもし死んでもすぐにクローンが再生されることになっている。ムンゼルでも1か月前に事故死した女性スタッフ、アデラド・リーのクローンが再び地球から派遣されるが、ムンゼルでの開発に関わる前に作製されたクローンにはムンゼルで生活していた3年間の記憶は当然なく、新たに人間関係を構築しなければならなくなったほかのスタッフたちはアデラドであってアデラドでない彼女に戸惑う。アデラドの恋人であったレグも動揺を隠せず――。
 タイトルの「A‐A´」とは“A”=オリジナルのアデラドと、数学用語で類似したものを示す´(ダッシュ)の付いた“A´”=クローンのアデラドを表しています。「A‐A´」は1981年に発表された作品ですが、クローンが引き起こす心の問題を描いていて、単にクローンを取り上げるだけでなくその先の課題まで見通す萩尾先生の先見性にはただただ驚かされます。本来なら死んでしまった人はもう戻らなくて、残された人々は弔うしかないのですが、死んでしまった人が戻ってきたらどうしたらいいのか、蘇った死者(しかし別の個体)を迎える側はどういう方向に心を持っていったらいいのか、複雑な心のドラマになっています。
 クローンを題材にした作品は多くありますが、こちらはクローンそのものよりもクローンを巡る心の動きに重点を置いています。そういった意味では映画化もされた梶尾真治さんのSF小説『黄泉がえり』を思い起こさせる部分もありますが(『黄泉がえり』は1999年発表)、『黄泉がえり』は死者がそのまま蘇るのに対し、「A‐A´」はあくまで蘇るのは別の個体で一部受け継がれない記憶もあり、同じ人間なのに別人というところがポイントになっています。どれだけ科学が発達してたとえ人間自体が進化しても心がそれに追いついていかないというストーリーは、私たち現代人にとっても全く他人事でない、すごく現実的な話だなと思いますね。

 2作目の「4/4 カトルカース」は木星の第1衛星イオの第1実験都市が舞台。人工的な改良によって作られたカレイドスコープ・アイ(万華鏡のようにキラキラとした目で赤外線が見える)を持つ15歳の少年モリは、かつて故郷である地球のペルーで狂信的なサバト(魔女や悪魔崇拝の集会)に魔の目を持つとされて生け贄にされかかり、それがきっかけで念動力が発動、現在はテレパシストで鳥の研究者でもあるママミア女史の下でESPの訓練を受けている。しかし、モリの力は強すぎてイオに来てから8年経つ今でも自分で力をコントロールできない。そんな時、モリは新たに実験都市にやって来たサザーン博士の養女である一角獣種の少女トリルと出会う。ほとんど感情を見せず、言葉も満足に話せないトリルだが、なぜかモリはトリルと一緒にいるとスムーズに念力が使えてしまう。一方、一角獣種に陶酔するサザーン博士はさらに優れた一角獣種を作るためにトリルの卵子を使って遺伝子実験をしていて――。
 超能力を持つ少年と一角獣種の少女との心の交流を描いた作品。ここでも重要なテーマとなるのは“心”、“感情”で、元々コンピューターを扱うために開発された一角獣種は感情などないと言うサザーン博士に対し、モリは確かにトリルの感情を感じ取り、心を通わせたと感じます。また、トリルは同じ一角獣種でも「A-A´」のアデラドとは違って未熟であるがゆえに実験対象として博士に都合よく扱われていて、同様に超能力のせいで暗い幼少期を送ったモリとも相まって、科学が生む陰が物語全体に切ない悲哀を漂わせています。

 前編と後編に分かれる「X+Y」は一角獣種の少年タクトと「4/4 カトルカース」の主人公だったモリの一風変わった恋愛話。地球の宇宙開発研究チーム「アレルギー・カルチャー」に所属するタクトは、火星の建国80周年記念の火星改造計画案を決める学会にチームの一員として参加するため火星に行くことに。しかしその直前に行った検査によってタクトが“XX”、つまり遺伝子的には女性であることが判明。が、タクトはそのことに特別関心を抱かず、今後女性になるための処置も拒否する。そうして火星に旅立ったタクトは、たまたま行われていたカイト・レースに参加する大学生モリと出会い――。
 ヒトの性染色体はオスが“XY”、メスが“XX”の組み合わせで構成されますが、タイトルは女と男というのを象徴的に表してますね。「4/4 カトルカース」からは4年後という設定で、モリは19歳。相変わらず能力をうまくコントロールできないでいます。そこにトリルと同じ一角獣種のタクトが現れ、しかもタクトと一緒にいるとトリルと一緒にいた時のような現象が起きてしまい、さらに男であるタクトに恋愛感情を抱いてしまう始末。しかし実際はタクトは遺伝子上は女で、という性別と恋愛の問題が絡んで、「4/4 カトルカース」と比べるとユーモア溢れる明るく楽しい雰囲気となってます。軸となるのはタクトの話ですが、タクトによってモリが救済される話でもあり、第1作、第2作と切ない展開だったシリーズの完結編として最後にほっとできる作品ですね。

 というのがシリーズの概略ですが、ストーリーが素晴らしいのはもちろんとして、魅力的な物語を支えているのが溢れんばかりのリリシズム、ロマンチシズムです。このシリーズに限ったことではなく萩尾SFならどれでもそうなのですが、ドライで無機質になりがちなSFを巧みな道具立てや抒情的な描写によって、SFの枠を超えた奥深い人間ドラマに仕立てています。
 たとえば一角獣種そのものが伝説上の生き物の姿を借りた神話的で美しい存在ですし、「4/4 カトルカース」ではモリの指導者であるママミアが鳥の研究者ということで、熱帯のような温室の鳥の孵化場が登場しますし、「X+Y」ではモリがカイト・レースの選手ということで、カイト(凧)の付いたハンググライダーのような乗り物や、三輪車やスクーターにカイトを取り付けた乗り物が登場します。一見SF的でないモチーフ、アイテムを組み合わせることで物語に効果的なアクセントを加え、それでいて非SF的モチーフだけがヘンに浮いた感じになることもなく、見事に物語の世界観、雰囲気と一体化してロマンを生み出しています。

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 上のシーンはタクトとモリが土星の輪の上をカイト付きスクーターで飛行するという誰もがワクワクするような場面ですが、一見空想的、でも実際は非常にSF的であるというシーンを本当にファンタジックに美しく描いています。
 こんなふうに絵的にも抒情的な作品ですが、もちろん宇宙船や近未来的な作りの建物も多く出てきます。が、たとえば映画の『スター・ウォーズ』に出てくる近未来都市みたいないかにもTHE宇宙といった感じの光景は意外にさほど描かれてなくて、それよりも舞台となる星の自然だったり建物や乗り物の中から見る宇宙の空の色だったり、風景描写が印象的です。「A‐A´」の惑星ムンゼルの流動氷も「X+Y」のカイトから眺める空と宇宙の境目も、見たことなんてあるはずがないんだけれどもなぜか遠い異星の風景という感じがしなくて、むしろノスタルジーさえ憶えます。それは宇宙という場所を単に科学的な空間としてではなく、地球と同じように地があり空があり風が吹く、いわば血の通った場所として描いているから。特別な場所ではなく、私たちが住む世界の一風景として宇宙を描写しているのですね。

 そうした圧倒的な描写力ゆえに、このシリーズは遠い宇宙の彼方のお話……ではなくて、現代の地球から地続き(空続き?)の、宇宙のご近所の星のお話という身近さを感じさせ、あまりSFというジャンルを意識せずに読むことができます。かといってSF色が薄いかというと全くそんなことはなく、難解な専門用語が飛び交う場面もあり、また、「A‐A´」の舞台となるプロキシマや「4/4 カトルカース」の舞台のイオなど宇宙に実在する星も登場します。「X+Y」では上に示したシーンでタクトとモリが“カッシーニの空隙”というところに行こうとしますが、この“カッシーニの空隙”も土星の輪のあいだに本当に存在する隙間のことです。現実の宇宙をベースに、ちゃんとした科学に基づいているからこそ、本当に人間がそこで生きている臨場感に満ちたSFになりえるのでしょうし、登場人物たちの哀しみや喜びや苦しみや葛藤や惑いも、作り話の中の絵空事じゃない、真に迫った心のドラマになっているのだと思います。

 萩尾さんのSFはどれも捨てがたいのですが、その中でも個人的にイチオシのSF作品です。ぜひ、ご覧になってみてください。


:記事内の絵は萩尾望都『A‐A´』(小学館、2003年9月、161頁)から引用させていただきました。

【ブログ内関連記事】
SF小説・私的10撰 2013年10月6日



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by hitsujigusa | 2015-09-12 00:32 | 漫画 | Trackback | Comments(2)

絵本 化鳥



【あらすじ】
 廉は橋のたもとで母親とふたり暮らしをする少年。母親は橋を渡る人々から橋銭を徴収する仕事で生計を立てている。廉は母に学校での出来事を明かし、人間が世の中でいちばん偉いものだと先生が言ったこと、それに対し廉が人も猫も犬もみんな同じけだものだと反論したことを話し――。


 9月に入りいよいよ秋めいてきましたが、今回取り上げるのは明治・大正・昭和を生きた幻想文学の大家・泉鏡花の作品です。もうすぐやって来る9月7日は泉鏡花の命日なのでそれに合わせてなのですが、これまで当ブログでは鏡花と同じ金沢出身で、同じ金沢の三文豪の一人である室生犀星をたびたび取り上げてきました。これは個人的に鏡花以上に犀星が好きだからですが、でも鏡花も好きです。なので今回命日に合わせて、初めて鏡花作品をピックアップしようと思った次第です。
 というわけで、この記事でフィーチャーするのは鏡花の短編作品「化鳥」(けちょう)を絵本化した『絵本 化鳥』です。『絵本 化鳥』は金沢市が主催する泉鏡花文学賞の40周年を記念して制作された絵本で、それ以前にも鏡花作品を絵本化した実績のある、僧侶でありながらイラストレーターとしても活躍する中川学さんが絵を手がけています。

 泉鏡花は幻想性・怪奇性の強い作品を多く発表し、こちら(現実)とあちら(非現実)が絶妙に交錯する唯一無二の文学世界を築き上げた小説家ですが、あまりにも突き抜けて独特なため、また、作品の多くは文語体で書かれているために決してとっつきやすい作家とは言えません。
 ただ、この「化鳥」は元々の文章が話し言葉の口語体で書かれ、さらに主人公の少年の子ども目線の親しみやすさがあり、そういった作品を絵本化したことによって初心者でもとっつきやすい鏡花世界への入り口になっています。
 とはいえ、原作は短編ではあるものの絵本の文章としてはそれなりの長さがあります。そのため原作から物語の本筋と関わる重要な部分を抜き出し、話がちゃんと繋がるように構成。物語を隅々まで味わうためにはもちろん原作を読むのが最良でしょうが、部分的に抜き出して再構成することによって、抽出して凝縮されたエッセンスのように、物語の本質がより分かりやすく、鮮明に浮かび上がるような文章になっています。原文の独特のリズムもそのまま活かされ、昔ながらの言葉づかいのおもしろさ、一編の詩を読んでいるような感覚を味わえます。たとえば物語の冒頭はこう始まります。


おもしろいな、
おもしろいな、

お天気が悪くって
外へ出てあそべなくってもいいや、
笠をきて、蓑をきて、
雨のふるなかを
びしょびしょぬれながら、
橋の上をわたってゆくのは
いのししだ。

おおかたいのししン中の王様が
あんな三角形の冠をきて、
まちへ出てきて、そして、
わたしの母様の橋の上を
通るのであろう。

とこう思ってみていると
おもしろい、
おもしろい、
おもしろい。



 かっちりした感じもありつつ、子どもの語り特有の柔らかさや自由さもあり、つい声に出して読みたくなるようなリズミカルな文で、言葉自体はところどころ古めかしい単語などもありますが、全体的に子どもにも読みやすくなっているのではないかと思います。

 ここで改めて作品のストーリーを説明しますと、主人公は小学校低学年くらいの男の子・廉(れん)。お母さんとふたり暮らしで、お母さんは橋のたもとの番小屋で橋の通行料を徴収する仕事をしているので、廉は母と一緒に川沿いの番小屋で暮らしているわけです。
 物語の中で繰り広げられるのは、廉の目に映る橋を渡る人々の風景と、大好きな母との日常。子どもの視点で語られる話は一見脈絡がないようでいて、妙に理屈がきちんと通っていたりして、奔放な想像力によるユーモアもたっぷりで、読んでいて微笑ましくなります。たとえば廉は橋の通行人たちを“いのしし”と言ったり、洋装の太った紳士を“鮟鱇博士”と名付けたり、しばしば人間以外の生き物にたとえます。じゃあそれは人を生きものに見立てて馬鹿にしているのかというと全く違って、それどころか人間も動物も同等、むしろ動物の方が上くらいのいきおいでもって話すんですね。そうした廉の自由な感性の背景にはお母さんの影響が強くあって、人が世の中でいちばん偉いと説く先生に反論した廉を先生がいさめたのを、さらに廉が“先生より花の方が美しい”と言い返したという話を聞き、お母さんは「そんなこと人のまえでいうのではありません。おまえと、母様のほかには、こんないいことしってるものはないのだから。」と優しく語りかけます。存在も、言葉も、ものの見方も、全部ひっくるめて全肯定してもらえる安心感というのが満ち満ちていて、現代の子どもは自己肯定感が低いという統計がありますが(大人も?)、こういう絶対的な肯定というか、何もかも含めて全てをくるんでしまう母の至上の愛情というのが、子どもにとったらどんな物を与えられるとか、どれだけこまめに面倒みてもらえるとかよりも、最高の、かつ基本中の基本の、幸福なのかなと思ったりもしますね。

 そうして母と子の密な世界を軸に物語は進み、中盤ではタイトルにもなっている化鳥=“はねのはえたうつくしいねえさん”というキャラクターが登場し、それをきっかけに廉は異世界へと片足を突っ込むことになります。
 ところで、この物語の背景には作者・鏡花の母への愛慕、憧れの心情があると言われます。鏡花は幼くして母を亡くしていて、その母を追い求める気持ちがこの「化鳥」でも理想的な母親像となって表れていますし、さらにこの世のものでない“化鳥”という美の化身、女神のような存在に昇華され、“美”を最上のものとする鏡花ならではの母への憧憬の吐露となっているのですね。

 そんな幻想的な世界をビジュアル化しているのが僧侶でありイラストレーターでもある中川学さん。中川さんの絵はパソコンで描かれたものだそうですが、輪郭のきりっとした色鮮やかな絵は切り絵のようでも、版画のようでもあり、手作りのようなぬくもりが伝わってき、デジタルという感じがしません。


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 和の要素はたっぷりありながらモダンさもあり、上品さもありながらくすっと笑えるユニークなデフォルメがなされた絵もあり、日本画、版画、切り絵、浮世絵など、日本の絵の伝統を受け継いだ画風は、こちらもまた近世以前の日本的な情緒、妖美な世界を小説という形で提示した鏡花の作風と、まさにぴったりです。

 あまりにも特異で、あまりにも孤高なために、なかなか気軽には手に取りにくい鏡花作品ですが、こういった形のものなら大人はもちろん、子どもにも親しみやすいのではないかと思いますし、ほかの鏡花作品への扉を開ける好いきっかけになるのではないでしょうか。ちなみに、中川さんはほかにも鏡花作品の絵本化を手がけていて、『絵本 化鳥』以前に制作した『龍潭譚』(りゅうだんたん)は自費出版で完全限定生産のかなり高価な品なのでなかなか手に入れるのは難しいと思うのですが、今年の4月に出版されたばかりの『朱日記』はどこでも購入できますし、サイズも手に取りやすい小ぶりなもので、『化鳥』同様、鏡花と中川さんのコラボが素晴らしい本になっているので、ぜひこちらもお読みになってみてください。


:記事内の青地の文章、また、絵は、泉鏡花著、中川学画『絵本 化鳥』(国書刊行会、2012年11月)から引用させていただきました。




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by hitsujigusa | 2015-09-04 18:09 | 絵本 | Trackback | Comments(0)