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【収録作】
「水の片鱗」
「管財人のなやみ」
「鬼水仙」
「南の島へ」
「春のガラス箱」


 7月も最終日となり、夏の盛りである8月が訪れようとしています。そんな8月の最初の日、8月1日は水の日です。水の日というのは国際的なものと国内的なものと二つあって、国連が決めた「世界水の日」は3月22日ですが、日本国内では旧国土庁が1977年に決めた「水の日」が8月1日ということになっています。
 ということで、今回はタイトルに“水”という言葉が入っている漫画、『水の片鱗 マクグラン画廊』をご紹介したいと思います。

 坂田靖子さんの『水の片鱗 マクグラン画廊』は画廊の経営者マクグランを主人公とした「マクグラン画廊」シリーズの4編と、それとは全く別の読み切り作品「春のガラス箱」を収録した作品集です。この記事では「マクグラン画廊」シリーズについてのみ、書いていきます。
 「マクグラン画廊」シリーズは「花模様の迷路」に始まり、「南の島へ」で幕を閉じる7作のシリーズで、白泉社から出版されている『水の片鱗』にはそのうち後半の4作が収められています。一方で、前半の3作は早川書房から出版されている『花模様の迷路』に収められていて、同じシリーズなのにバラバラの出版社に分かれています。ただ、同じシリーズといっても1話完結型なので、これらの2冊を別々に読んでも十分楽しめます。
 とはいえ、やはり1つのシリーズなので、『水の片鱗』に入っていない前半の3作も含め、「マクグラン画廊」シリーズ全体をざっくりと見渡してみたいと思います。


「花模様の迷路」
 美術商マクグランは上客のベック氏に依頼され、ある貴族の庭にあるという噴水の彫刻を見に行く。ベック氏の話によればその彫刻はミケランジェロ作とのことだったが、実際はどこにでもあるような普通の彫刻だった。しかしベック氏はその彫刻を買い取ると言い、マクグランは渋々その交渉に赴く。屋敷と庭園の持ち主であるクラウトン卿と息子は快諾するが、クラウトン卿の甥で同居している青年パトリックは、彫刻を買い取るというマクグランの申し出に妙な反応を見せて――。
 迷路のある重層的な庭を舞台に繰り広げられる人間ドラマ。一見大した代物ではない彫刻の売買話をきっかけに、貴族の叔父といとこに遠慮して生きる一人の青年の心に立ったさざ波を、“庭”というモチーフとうまく絡めながら描いていて、古き良きイギリスの雰囲気を存分に味わえる一編です。

「天空の銘」
 ある日、マクグランの事務所にアラブ人のモハマド・サラームと名乗る男が訪れる。サラーム氏は自分の召使いが金銀の細工や宝石が施された表紙付きの教典を盗んで逃げたのでそれをマクグランに見つけ出してほしいと言い、前金として宝石を残して去っていった。マクグランはさっそくその教典らしきものが最近の競売に出品されていないか調べるが――。
 謎のアラブ人によって持ち込まれた“教典”を巡る不可思議な事件にマクグランが巻き込まれる話で、ドタバタ劇的な面もありつつ、次々に起こる奇妙な出来事に張り巡らされた巧妙な伏線が組み合わさった、読みごたえのあるミステリーとなっています。また、キーパーソンとなる人物がアラブ人ということで、イスラム美術が重要なモチーフともなっていて、美術をテーマにしたシリーズならではの魅力が詰まった作品ですね。

「白い葡萄」
 田舎町を訪れていたマクグランは、偶然古道具屋で雨宿りをする。マクグランが美術商であることを知った古道具屋の主人は相当に古びた葡萄の絵の鑑定をマクグランに依頼する。絵としては価値は低かったが、雨宿りのお礼にマクグランは葡萄の絵を買い取る。しかし、その絵を上客のベック氏が買いたいと言い出して――。
 由来のわからない不気味な葡萄の絵によって引き起こされる幽霊騒動、そして絵について何かを知っていそうなわけあり風の男など、いくつもの謎が積み重なりまた謎を呼ぶほんのりホラー風味のミステリーです。一つの絵に秘められた歴史、記憶、人間の想いにまつわる物語でもあり、読後感が切ない作品です。

「水の片鱗」
 マクグランの友人クレイトン・カサウェイは幼い頃亡くなったと思っていた妹がヨークシャーの僧院にいると聞き、同じところに買い付けの用があったマクグランとともに僧院を訪ねる。しかし、妹はすでに去ったあとで、しかも妹が商売女のような暮らしをしていたと知り――。
 ミステリアスな女性を巡る物語ですが、「天空の銘」や「白い葡萄」のようにマクグランが問題解決に臨むというよりは、偶然のいきさつから真実にたどり着く「花模様の迷路」に近い雰囲気でしょうか。こちらは“水”をモチーフに、田舎の荒れ果てた僧院や謎の画家集団など、どこかもの悲しい空気感が印象的な一編です。

「管財人のなやみ」
 マクグランの得意客であるベック氏が結婚を考えているという。マクグランはベック氏に彼女への贈り物を探すよう頼まれ快く引き受けるが、ベック氏の管財人であるアスキンズ弁護士はその彼女が寄席の踊り子というベック氏と不釣り合いの女性であること、金目当ての結婚と考えられることを理由に、二人の結婚に難色を示す。マクグランはベック氏の結婚相手であるミス・タリントンを訪ね、下町の寄席に向かうが――。
 シリーズの準レギュラーともいえるベック氏の結婚騒動を描いた喜劇。終始明るく陽気、コミカルで、美術を愛するベック氏の魅力満載、そして常にベック氏に振り回されつつも、なぜか憎めずついつい乗せられて協力してしまうマクグランのキャラクターが存分に生かされた楽しい作品になっています。

「鬼水仙」
 ある日、マクグラン画廊のウィンドウに飾られた絵画を食い入るように見つめる初老の婦人が現れる。マクグランは婦人に絵を勧めるが、婦人は金銭的なことを理由に絵を諦めて帰っていった。しかしその夜、マクグランが帰り支度をしているとその婦人が人目を忍びながら画廊にこっそりと入り込み、なんと目当ての絵を盗もうとし――。
 一見どこにでもいそうな普通の女性がマクグラン画廊に盗みに入るといういきなり物騒な形で幕を開ける作品ですが、実際はかつて憧れた亡き男性を想い続ける初老の女性のロマンティックなラブストーリーとなっています。その中にもシリーズ特有の思いがけぬ方向へ転がっていくミステリー的要素もしっかりあって、短編でありながらもひとりの人間の人生の悲喜こもごもが凝縮されていますね。

「南の島へ」
 マクグラン画廊で売り出したばかりの南方の不気味な仮面。芸術品とはいえないその仮面を、なぜか思いつめたように見つめる一人の青年がいた。マクグラン画廊のスタッフであるミス・モーガンはその青年が気になって仕方がなく青年にわけを訊くと、彼は以前南方の島の娘と結婚しており、この仮面はその島の神様なのだと話して――。
 ある美術品(この場合は仮面という民芸品ですが)に並々ならぬ想いを抱く人物の物語という点ではシリーズの定番ですが、この作品が珍しいのはたびたび脇役として登場してきたミス・モーガンが語り手的な役割を果たしていることです。南の島からはるばるイギリスのロンドンまでやって来た仮面と、その南の島に行きたいのに行けない青年とのちょっぴり不思議なつながりとは……。ここでもなぜかベック氏が予想外の働きをします。


 というのが「マクグラン画廊」シリーズの全容です。改めてまとめますと、「花模様の迷路」から「白い葡萄」までが早川書房刊の『花模様の迷路』に、「水の片鱗」から「南の島へ」までが白泉社刊の『水の片鱗』に収められています。
 ここで作者の坂田靖子さんについておさらい。
 坂田靖子さんは大阪生まれ、金沢育ちの漫画家です。1975年に『花とゆめ』掲載の「結婚狂騒曲」でデビューし、以降もさまざまな漫画誌で活躍しています(詳細はデビュー40周年を記念して出版された特集本『坂田靖子 ふしぎの国のマンガ描き』をご参考下さい)。
 代表作は10年近くに渡って描かれた「バジル氏の優雅な生活」シリーズ。「バジル氏~」はイギリスが最も華やかで栄光に満ちていた19世紀のヴィクトリア朝時代が舞台。首都ロンドンに住む貴族バジル・ウォーレン氏の身の回りで起こるささやかな出来事から犯罪めいた事件まで、大小色とりどりの騒動にバジル氏とその召使いや友人たちが巻き込まれつつも知恵を使って解決していく物語です。
 坂田さんの漫画には、こうした古き良きヨーロッパの習俗や文化、風土を取り入れたものが多くあります。また、昔話や童話に材を取ったようなファンタジックな作品も多々あり、そこから発展してSFチックな漫画も手がけていて、簡単にジャンルで一括りできない、本当に多岐に渡る漫画家です。
 そして何より特徴的なのがその著作の多さで、主に短編やショート・ショートを手がけているため必然的に数も多く、一方スパンの長いシリーズものというのはそんなに多くないので、その分誰もが知るというよりは、知る人ぞ知る漫画家、になっているのかもしれません。ですが、大作ではなく小品を積み重ねているからこそ、小品の中に人間の人生の機微や悲喜をぎゅっと凝縮して描くことに長けていて、そこにはまるで長編かと見まごうような密度の濃さがあるのですが、でも形式は短編なのでサラッと読めてしまう気軽さがあり、そうした中身と外見のギャップみたいなものが、坂田さんを類い稀なる似るものぞなき漫画家にしているのかなと思います。

 さて、閑話休題して「マクグラン画廊」に戻ります。
 「マクグラン画廊」はイギリスのロンドンが舞台です。時代設定は異なりますが、イギリスものという意味では「バジル氏~」の系譜上にあるといえます。ですが、「バジル氏~」と比べるとよりコメディ的要素が強く、そもそも軽妙でウィットに富んだタッチというのは坂田漫画の最大の魅力、得意技なのですが、それが「マクグラン画廊」では前面に押し出されています。しかしただライトなだけかというと決してそんなことはありません。人間の愚かさや悲喜劇を斜めに見るちょっぴりシニカルで冷めた目線あり、人間の心理を鋭くとらえたささやかだけれども緻密な人物描写ありで、軽妙であるというのと、ただ軽いというのとは違うのだなと感じさせられます。
 何よりこのシリーズにおいて重要なモチーフ、陰の主役ともいえるのは美術品でしょう。ほとんどの事件、騒動がマクグランが出会った美術品に端を発するわけですが、その美術品にリアリティがなければ、いくらお話がおもしろくても“美術商のハナシ”としては嘘っぽくなってしまったのではないかと思います。ベルニーニ風の彫刻、15世紀のイスラムの装丁付き教典、グィネヴィア王妃と騎士たちの絵画、南太平洋の島の仮面――。知識に裏付けされたものがあるからこそ描かれるものにもリアリティが漂うのだと思いますし、作者の世界の文化や歴史に対する確かな理解が、物語にも説得力を与えているのでしょう。

 でも、何といっても「マクグラン画廊」の軽妙で愉快な空気感を作り出しているのは、生き生きとした登場人物たちです。
 最も強烈で個性的なキャラクターは、マクグラン画廊の一番の顧客であるベックさんです。ベックさんは大金持ちで、ラファエロ好きの美術愛好家。しかし美術品を見る目はあまりなく、無名の画家も、偉大な巨匠も、高貴な芸術品も、陳腐な骨董品も分け隔てなく愛する変わり者です。マクグランはこのベックさんの依頼によってしばしば面倒くさい騒動に巻き込まれるわけですが、にもかかわらずベックさんは憎めない存在であり続けます。ベックさんは作り手が有名であるとか無名であるとかに関係なく自分が良いと思ったものは何でもホイホイ買ってしまう人で、その分他者から見れば悪趣味ともとらえられかねないのですが、だからこそ金額や名前に惑わされることなく心から美しいと感じたものをこよなく愛するピュアな心の持ち主という人柄がにじみ出ていて、それが彼が愛すべきキャラクターとなっている最大の要因だと思います。
 一方で主人公のマクグランはいたって普通の人物です。彼は毎度騒動の巻き添えになるわけですが、彼が自分自身で積極的に関わることはほぼありません。むしろ嫌々、渋々面倒くさい仕事を引き受けてしまうのです。が、面倒くさがりながらもついつい首を突っ込んでしまうというところがマクグランの魅力で、これが自ら能動的に事件を解決しよう!という主人公だと、まるで正義の味方か刑事かなんかの熱血物語になってしまうところですが、騒動の嵐の中にいても終始傍観者的なドライさを失わないマクグランだからこそ、この物語自体も熱すぎず冷たすぎず、ちょうど良い温かさの物語になっているのでしょう。
 傍観者、というと悪く聞こえるかもしれませんが、言い方を変えるならやっぱり“普通の人”ということです。普通の人だからこそ突拍子もない出来事に出くわすとそれをどんと構えて冷静に受け入れることができず、慌てふためいたりパニックになったりし、当事者なのにどこか当事者になりきれず自分の身に起きていることではないような心持ちになってしまう。それこそが普通の人らしさであり、まさにマクグランはそんな人なのです。他方で、混乱しつつもあくまで美術商として自分の仕事を全うしようとするまじめさも大いにあり(時に不まじめさが顔をのぞかせますがそれも普通の人なら普通のことですね)、いろんな意味でとことん貫かれている主人公の普通さというのが、このシリーズのポッと心が温まるような空気感を作り出しています。

 最後になりましたが、いわずもがな絵も「マクグラン画廊」のおもしろさを支える魅力の一つです。坂田さんの絵は精密に描き込むタイプの絵ではありませんが、余計な線を排除した簡潔な絵からはゆとりが感じられて、それもまたシリーズののほほんとした雰囲気を伝えています。逆に美術品に関してはデフォルメされている他の風景とは対照的にしっかりリアルに描かれていたり、夜のシーンの暗闇の濃さだったり、濃密な部分と余白の部分にちゃんとメリハリがつけられていて、シンプルな絵柄ではあるものの、英国の情緒を繊細に描き出しています。

 坂田さんの漫画は陽気なものからシリアスなもの、西洋ものからアジアものからSFから歴史ものまですごい振り幅がありますが、共通して感じるのは垣根の低さです。「マクグラン画廊」もストーリーだけを取り出すとけっこう重いのもありますし、美術商が主人公という専門性の高い設定でもあるのですが、それを誰が読んでもわかりやすく楽しめる作品にしています。ほかの作品を見渡しても古典を基にした話や、サイエンスティックな話、民俗学的な話など豊富な知識を活かしたマニアックな漫画が多々あるのですが、どれも一部のマニアにしかわからないような難解な作品にはなっていません。難解で高尚な知識に裏付けされていても、難解さや高尚さをそのまま表現するのではなく、柔らかく噛み砕いて読み手に提供してくれていて、そんな作者本人のソフトな物腰というのが、描かれる漫画の開放感、誰でも受け入れてくれる懐の深さに繋がっているような気がします。
 そんな坂田漫画の魅力がたっぷり詰まった「マクグラン画廊」シリーズ。今回は「水の日」にちなんで『水の片鱗』をメインとして取り上げましたが、順番的にはその前になる『花模様の迷路』、また、ここではシリーズに含めませんでしたが、マクグランが登場する話として「孔雀の庭」(早川書房刊『パエトーン』に収録)という短編もあり(発表順としてはたぶんこれが一番最初)、どれから読んでも全然問題ないと思います。さらに、坂田さんの経歴、作品の数々を振り返る『坂田靖子 ふしぎの国のマンガ描き』という理解がより深まる本もあり、こちらもおすすめです。


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by hitsujigusa | 2016-07-31 01:35 | 漫画 | Trackback | Comments(0)

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 さて、7月1日から16/17シーズンに入り、アイスショーも真っ盛り、ジュニアのGPシリーズの開幕も約1か月後に迫る今日この頃。新プログラム情報シリーズの第2回をお送りしたいと思います。


 まずはタイトルでも名前を挙げさせていただいたとおり、日本女子のエース、宮原知子選手の新プログラム情報から。宮原選手は関西大学のアイスアリーナの創設10周年記念のエキシビションに参加し、その際に、ショートプログラムが「ラ・ボエーム」、フリーが「惑星/映画『スター・ウォーズ』より」であることを明かしました。
 ショートの「ラ・ボエーム」はプッチーニの定番のオペラですが、その中のワルツの部分を使用するそうです。オペラですがボーカルはなしで、はつらつとした明るさが特徴的なバレエの要素が濃いプログラムになっているとのことですので、優雅な表現力が持ち味の宮原選手らしい作品になるのかなと思いますね。
 一方、フリーはイギリスの作曲家ホルストの組曲「惑星」と映画『スター・ウォーズ』のサントラを編集したものとのこと。どの部分を使用するとか詳しいことはまだ分かりませんが、宮原選手の言葉の中で、“ジュピター”という単語も出てきているようなので、「惑星」の中でも特に有名な「木星」を中心にしたものになるのでしょうか。そして何といっても『スター・ウォーズ』を用いるというところに驚いたのですが、『スター・ウォーズ』といってもかの有名なメイン・テーマやダース・ベイダーのテーマ以外にも星の数ほど曲があるので、どういった曲を使うかで全くイメージが変わってくるでしょうね。宮原選手の説明によると、プログラムのイメージはもちろん“宇宙”で、テーマは“愛と平和”。今までの宮原選手のイメージを良い意味で裏切るプログラムになりそうなので、壮大な音楽に乗せて、宮原選手がどんな新たな表情、メッセージを伝えてくれるのか楽しみですね。


 同じく日本の本郷理華選手は、自身がアドバイザリー契約を結んだ企業の記者会見に出席し、新プログラムについても語りました。

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 SPは「カルミナ・ブラーナ」でシェイ=リーン・ボーンさん振り付け、フリーは「映画『アラビアのロレンス』より」で鈴木明子さん振り付けです。
 「カルミナ・ブラーナ」はドイツの作曲家カール・オルフの代表作で、重厚で深遠なカンタータ(器楽伴奏つきの声楽曲)です。さまざまなシーンでBGMとして用いられる有名な作品ですが、フィギュア界では最近だとロシアのエリザヴェータ・トゥクタミシェワ選手が昨季のSPで使用していたくらいで使用頻度はさほど高くなく、日本の選手ではほとんど使用例のない珍しい選曲ですし、曲の力強いイメージからしても女性スケーターが演じるのはなかなかにチャレンジングなことだと思います。ただ、本郷選手がアイスショー「Dreams on Ice」で披露したものを拝見する限り、よく聞かれるバージョンではなく、女性ボーカルの声が際立ったバージョンが使用されていたので、同じ「カルミナ・ブラーナ」でもより女性的で、柔らかい印象がありましたね。とはいえ、元々が宗教音楽で圧迫感さえ与えるような雄大な曲なので、本郷選手がこのあまりにも大々的な音楽をどう表現するのか楽しみですね。
 そしてフリーは名作映画『アラビアのロレンス』ということで、こちらもショートに負けず劣らず壮大というイメージですね。ただ、本郷選手はこのプログラムについて、「女性らしい部分を入れた」と話しているので、映画のイメージそのままというよりも、音楽から得たイメージをさらに発展させているという感じなのでしょうか。今の段階では具体的なイメージは湧き起こってきませんが、いろんな要素を盛り込んだプログラムになっていそうで、表現するのは難しそうだなとはた目から見ても思いますが、その分余白も多くて、おもしろいプログラムになりそうだなと思います。


 日本男子では、ベテランの無良崇人選手がこちらも「Dreams on Ice」にて新ショートプログラム「フラメンコ」をお披露目しました。
 ひとえに“フラメンコ”といってもさまざまありますが、無良選手が使用しているのはスペインを代表するクラシックギター奏者ペペ・ロメロさんの「ファルーカ」と思われます。ですが、この曲だけではなく他の曲も組み合わせているかもしれません。個人的には「Dreams on Ice」でお披露目されたどのプログラムよりも最も印象に残りました。何といっても驚かされたポイントは、器楽伴奏なく、靴のタップ音のみでリズムが刻まれるステップシークエンス部分。約40秒という長い時間、楽器の音は皆無で、靴が床を叩くリズムのみで進行するというのは稀な演出ですし、ただでさえアップテンポな中、タップ音に合わせて小刻みにステップやターンを繰り出しつつ、自らの身体で音楽を表現しなければいけないというとてもハイレベルな試みのように見えました。ですが、近年の無良選手はいろんなジャンルの音楽に挑戦し表現の幅を広げていて、特に昨季のSPの「黒い瞳」はしなやかさや艶やかさといった女性的な面も合わせ持った新鮮なプログラムを見事に滑りこなしていましたので、こういったチャレンジが今回のプログラムにも繋がっているのかなという気がしますね。
 

 村上大介選手は自身の公式インスタグラムで新プログラムを発表しています。SPは昨季と同じ「彼を帰して ミュージカル『レ・ミゼラブル』より」、フリーはオペラの「道化師」、どちらもおなじみのローリー・ニコルさん振り付けとのことです。
 ショートは昨季からの持ち越しということで、さらなるブラッシュアップ、深化に期待ですね。昨シーズンは村上選手自身思ったような成績が残せなかったということもあると思うので、同じプログラムに再挑戦というのもうなずけます。
 一方、フリーは昨季からガラリと変え、新しい村上選手が見られそうですね。「道化師」はイタリアの作曲家レオンカヴァッロの代表作。ダイナミックで華麗、重厚かつ悲劇的な要素も強い作品です。どちらかというと個人的には村上選手は表現力の優しいスケーターというイメージがあるので、こういった感じの作品は意外性があります。もちろん今までも重厚なプログラムは何度も演じていると思いますが、「道化師」はそのどれとも違うプログラムになるんじゃないかなという気がしますね。また、「道化師」は村上選手が尊敬する高橋大輔さんがかつて演じた作品でもあり、そのあたりを意識しての選曲なのかどうかは分かりませんが、村上選手の新たな一面を見られることを楽しみにしたいと思います。


 昨シーズン、全日本選手権4位、四大陸選手権6位と飛躍した田中刑事選手も「Dreams on Ice」でフリーを披露、「フェデリコ・フェリーニメドレー」であることが分かりました。
 フェデリコ・フェリーニといえばイタリアを代表する映画監督。高橋大輔さんがバンクーバー五輪で演じた『道』を始め、『甘い生活』、『8 1/2』など数々の名作がありますが、主にそれらの音楽を手がけたのはこちらもイタリアを代表する映画音楽家ニーノ・ロータなので、実質的には“ニーノ・ロータメドレー”ともいえるでしょうか。フェデリコ・フェリーニの映画といえば人生の甘さも苦さも凝縮した悲喜こもごもという勝手なイメージがありますが、田中選手のプログラムではどういったものを表現していくのか、楽しみですね。


 そして、今季からシニアに参戦する全日本ジュニア王者、山本草太選手も「Dreams on Ice」で新フリーの「ジキルとハイド」を披露しました。
 「ジキルとハイド」はイギリスの作家スティーヴンソンが著した怪奇小説ですが、映画、ミュージカルなど、さまざまな形で展開されています。「ジキルとハイド」について全く詳しくないので、山本選手が使用するのがどの「ジキルとハイド」なのかはよく分かりませんが、二重人格を扱ったちょっぴりホラー風味の大人の世界の物語という印象なので、シニア初参戦するにあたってシニアらしさというのを意識したのかなと感じさせるチョイスですね。ただ、山本選手は昨季からシニアというのを意識して、SPでは大人の男の色気漂わせるフラメンコ「ポエタ」を滑っていましたし、シーズンを追うごとにシニアの男性スケーターらしさというのを自分のものにしていってほしいなと思います。


 カップル結成2季目となるアイスダンスの村元哉中&クリス・リード組は公式ブログでショートダンスの演目を発表。今季のSDの課題から“ブルース”を選択し、そのテーマに基づいて「レイ・チャールズメドレー」を滑ることを明かしました。
 レイ・チャールズといえばブルース、ソウル、R&Bを代表する巨星ですから、課題にぴったりだと思いますし、また、その中でもさまざまなイメージを表現できるでしょうね。ブログでの説明によると、大人っぽく、後半は楽しいプログラムとのことなので、今からワクワクしますね。


 ここからは海外選手の情報です。
 まずは世界選手権3連覇の実力者、カナダのパトリック・チャン選手です。

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 チャン選手はSPに関しては未発表ですが、フリーについてはカナダのスケート組織「スケートカナダ」の公式インスタグラムが新プログラム「A Journey」を動画付きで発表しました。
 「A journey」はなんとペアの世界チャンピオン、エリック・ラドフォード選手の作曲。一部公開された動画では、エレガンスで抒情的なメロディにチャン選手の伸びやかかつ軽やかなスケーティングがピタリとハマっていて美しく、うっとりとさせられました。初お披露目が今から待ちきれませんね。


 次はアメリカ女王のグレイシー・ゴールド選手。

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 SPは「Assassin's Tango 映画『Mr.&Mrs.スミス』より」、フリーが「ダフニスとクロエ」です。
 ショートはタンゴということで、2季連続となります。昨季の「エル・チョクロ」がとても素晴らしく、評価も高かったので、タンゴというジャンルに関して手応えを得たのではないかなと思います。ですが、同じタンゴでも古典的作品である「エル・チョクロ」と映画の劇中曲である「Assassin's Tango」とでは雰囲気も違うと思うので、両者の差異を比較しながら見ていきたいですね。
 そしてフリーはフランスの作曲家ラヴェルのバレエ作品。こちらも昨季のフリー「火の鳥」と同じバレエですが、「火の鳥」が力強くエネルギッシュなイメージだったのに対し、こちらはもう少し優雅なイメージが強いです。とはいえ、スローパートと激しいパート、静けさと陽気さなど、多彩な面を持つ作品だと思うので、「火の鳥」で得た新たな表現力、演技力というのを、この「ダフニスとクロエ」でさらに発展させて見せてくれるのではないでしょうか。


 同じくアメリカの王者、アダム・リッポン選手も自身の公式サイトで新プログラムを明かしています。

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 SPは「Let Me Think About It」、フリーは「Bloodstream」です。
 ショートはドイツの女性シンガー、アイダ・コールとオランダのDJフェデ・ル・グランドが2007年にリリースしたエレクトロハウスの楽曲。ノリノリの近未来的なカッコいい曲ですが、セクシーさもあってリッポン選手にはぴったりですね。
 そしてフリーはイギリスのロックバンド、ステイトレスが2005年に発表した楽曲。ロックバンドの歌ですが、この「Bloodstream」はゆったりとしたバラードで、ショートとは対照的な選曲と言えます。
 リッポン選手といえば少し前まではクラシック音楽が多い正統派スケーターという印象でしたが、気づけば個性派スケーターへと変貌を遂げたという感じがします。もちろん本来のスケーティングの美しさや繊細さは変わらず、身のこなしのしなやかさや優雅さにはさらに磨きがかかって、そこにこれまでになかった選曲や表現など新たな要素が加わって、成熟期を迎えているリッポン選手の新しい魅力を形成しつつありますね。今季の選曲はフィギュア界での使用例のないマニアックなチョイスですが、ベテランとなったリッポン選手ならではの表現力で、唯一無二の世界観を見せてくれるような気がします。


 2016年の全米選手権4位の長洲未来選手は自身の公式サイト等で新プログラムを発表済みで、ショートはショパンの「夜想曲第20番」でジェフリー・バトル振り付け、フリーは「The Winner Takes It All」でデヴィッド・ウィルソン振り付けで、両者ともに長洲選手とは初タッグです。
 ショートはショパンの夜想曲の中でも最も知られるものの一つで、悲哀を漂わせる切ない旋律が印象深い曲。長洲選手はわりと明るく元気の良いスケーターというイメージが強いので、ピアノ一本の曲というのは新鮮ですね。長洲選手の今までにない表情が見られるかもしれません。
 フリーはスウェーデン発の世界的ポップスグループABBAの楽曲を同じスウェーデンのシンガー、サラ・ドーン・ファイナーさんが歌ったカバーバージョンです。原曲はバラード調の部分もありつつ、基本的には明るくリズミカルな曲調ですが、カバーバージョンの方はピアノベースでよりバラード色の濃いしっとりとした曲調になっているので、力強い女性ボーカルに乗せた壮大なプログラムになるのではないかなと予想します。


 同じく2016年の全米選手権4位のグラント・ホフスタイン選手も公式サイトで新プログラムについて、ショートプログラムがガーシュウィンの「ラプソディー・イン・ブルー」、フリーがオペラの「道化師」であることを明かしています。振り付けはどちらも以前からホフスタイン選手の振り付けを手がけているピーター・オペガードさんです。
 SPはフィギュア界でも定番ですね。特にアメリカのスケーターにとっては、アメリカを代表する作曲家の代表作ということでおなじみの楽曲といえます。
 フリーはレオンカヴァッロの歌劇「道化師」ということで、上述した村上選手と同じものですね。数あるオペラの中でもそこまで大定番というほどのものではないので、かぶるのは珍しいですが、当然スケーターの個性も違えば、コレオグラファーの個性も違うので、引き比べながらも別物としてそれぞれのプログラムを楽しみたいですね。


 アメリカのペアチャンピオン、タラ・ケイン&ダニエル・オシェア組は、SPが「Will You Still Love Me Tomorrow/Back to Black」、フリーは「インドの歌 歌劇『サトコ』より/スラヴ行進曲」であることを公式サイトで発表しています。ショートは2011年に亡くなったイギリスの歌手エイミー・ワインハウスの楽曲のメドレー。一転、フリーはリムスキー=コルサコフのオペラの有名なアリアと、チャイコフスキーの行進曲というロシアを代表する巨匠二人の、異国情緒満載の音楽の組み合わせです。



 さて、今回はここまで。今後も不定期に新プログラムについてお伝えしていきたいと思います。


:宮原選手の写真、本郷選手の写真、チャン選手の写真、ゴールド選手の写真は、マルチメディアサイト「Newscom」から、リッポン選手の写真は、写真画像サイト「ゲッティイメージズ」から引用させていただきました。

【ブログ内関連記事】
浅田真央選手、16/17シーズンのプログラムを発表&新プログラム情報① 2016年6月27日
各選手の16/17シーズンの新プログラムについて・その③ 2016年8月19日
羽生結弦選手、16/17シーズンのプログラムを発表&新プログラム情報④ 2016年9月15日
各選手の16/17シーズンの新プログラムについて・その⑤ 2016年9月24日
各選手の16/17シーズンの新プログラムについて・その⑥ 2016年10月9日


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by hitsujigusa | 2016-07-23 17:39 | フィギュアスケート(大会関連) | Trackback | Comments(0)

宵山万華鏡 (集英社文庫)



【収録作】
「宵山姉妹」
「宵山金魚」
「宵山劇場」
「宵山回廊」
「宵山迷宮」
「宵山万華鏡」


 全国津々浦々で祭りが行われる日本の夏ですが、その中でも最も華やかで最も大規模なのは京都の祇園祭ではないでしょうか。7月1日から1か月かけて開催される祇園祭。祭りのメインは巨大な山鉾が街を練り歩く“山鉾巡行”です。しかし、そのメイン以上の盛り上がりを見せるのが、山鉾巡行の前夜に行われる“宵山”です(山鉾の飾りつけ自体は数日前から行われるので、宵山よりも前に、宵々々山、宵々山があり、その3日間全体を“宵山”と呼ぶこともあるようです)。祇園囃子が宵闇に流れ、夜店が立ち並び、山鉾に飾られた駒形提灯に明かりが灯る宵山は、祇園祭のシンボリックな光景となっています。
 そんな宵山を背景に、普通の人々がめくるめく非日常の世界に巻き込まれていく姿を描いた森見登美彦氏の連作短編集『宵山万華鏡』。16日の宵山を前に(実際は山鉾巡行は17日と24日の2回に分けて行われるので、それぞれ16日と23日の2度の宵山が存在します)、今回は『宵山万華鏡』を取り上げます。

 『宵山万華鏡』は連作集です。各編語り手が異なり、一編一編ストーリーは独立していますが、世界観は共有されていて、ある短編の登場キャラクターが別の短編に顔をのぞかせたり、同じモチーフが何度も現われたりと、6編で一つの作品ともなっています。

 華麗なる宵山異世界の幕開けを飾るのは「宵山姉妹」。京都の街中、衣棚町にあるバレエ教室に通う小学3年の妹と小学4年の姉。バレエ教室の帰り、好奇心旺盛な姉に引っ張られ宵山でにぎわう人ごみに足を踏み入れてしまった妹は、うっかり姉とはぐれてしまう。そんな彼女の前に、赤い浴衣を着た5人の少女が現れて――。
 連作集の冒頭を務める物語とあって、オーソドックスに、まずは宵山がいかなるものか、その雰囲気を伝える作品となっています。歩行者天国でごった返す人波の中、姉とはぐれて途方に暮れ不安に陥る少女の心情を丁寧に描写していて、かつて子どもだったことがある人なら誰でも共感できるでしょう。そして、お祭りという非日常の場で、ひとりぼっちでさまよう子どもがふと妖しい世界に誘われてしまう臨場感も、お祭りの独特の空気感を経験したことがある人ならば、何となく想像できるのではないでしょうか。

 2作目となる「宵山金魚」は、森見氏の真骨頂、奇想天外な喜劇。千葉の会社に勤める藤田は、京都に住む高校時代の同級生・乙川を訪ね、宵山でにぎわう京都にやって来る。乙川とともに宵山を見物する藤田だったが、ふとしたことから乙川とはぐれてしまう。当てずっぽうで歩いた末に人気のない駐車場にたどり着いた藤田は突然、”祇園祭司令部特別警務隊”なる謎の男たちに囲まれて――。
 祇園祭の境目のないミステリアスさ、非現実感を逆手にとったしっちゃかめっちゃかなドタバタ劇で、祇園祭にまつわるさまざまなルール、それを取り仕切る“祇園祭司令部”、その元締めである“宵山様”など、荒唐無稽なキャラクター、設定が次々に登場します。もちろん現実には存在しませんが、それが一概に絶対にありえないとも思えないのは、魑魅魍魎が跋扈する京都のなせる業なのかなという気がします。

 3作目の「宵山劇場」は「宵山金魚」の舞台裏を描いています。あらすじを書くと「宵山金魚」のネタばらしにもなってしまうので控えますが、連作ならではのおもしろさを味わえる作品ですね。

 4作目の「宵山回廊」は一転、シリアスな趣きの強い一編。四条烏丸の銀行に勤める千鶴は、宵山が行われる土曜日の午後、以前から親交のある画廊の主である柳とばったり会う。千鶴の叔父は画家で、柳は千鶴に叔父の元を訪ねてほしいというが、千鶴には15年前、叔父の娘である従妹が宵山の夜に姿を消したという苦い記憶があり――。
 15年前の宵山で行方不明になった少女、なぜか先のことを読んでいる叔父、謎めいた言葉を発する画廊主――。さまざまな謎と伏線が張り巡らされたミステリー色の濃い話ですが、宵山の幻想的な雰囲気と相まって、どこか怪談めいた、宵山の陰の一面をのぞける作品です。

 5作目の「宵山迷宮」は「宵山回廊」と対をなす作品。「宵山回廊」に登場した画廊主の柳の視点で宵山の一日が描かれます。しかし、その一日は果てしなく、なぜか翌日も翌々日も翌々々日も宵山の日が繰り返されて――という、宵山ループに陥る男の話。

 連作集のトリを飾るのは、表題作でもある「宵山万華鏡」。こちらは「宵山姉妹」の姉の目線で書かれ、赤い浴衣の少女や金魚入りの風船、宵山の日に集まるという孫太郎虫など、これまでの5編でたびたび登場してきた不思議なモチーフの謎が明かされ、宵山の正体が判明する解決編とでも言うべき一編です。宵山とは何なのか、宵山を動かしているのは誰なのか、森見氏の妄想空想が炸裂し、突拍子もなく広げられた大風呂敷が見事にたたまれます。

 宵山というのは祇園祭の中の数ある行事の一つなわけですが、単なる祭りとは言えない何かが秘められているような気がします。


 俺に馴染みのある祭りというのはせいぜい地元の神社の縁日ぐらいだが、そういうところでは祭りの中心がその神社であることはすぐ分かる。だが、この宵山というものは、どこに祭りの中心があるのか分からない。祇園祭というからには八坂神社が本拠地なのだと理屈では分かっても、縦横無尽に祭りが蔓延して、どちらの方角に八坂神社があるのかさえあやふやである。祭りがぼんやりと輝く液体のようにひたひたと広がって、街を呑みこんでしまっている。


 「宵山金魚」の語り手藤田は、初めて見た宵山をこう評しますが、言い得て妙。京都という街の中に宵山が在るというよりも、宵山の中に街が在るとでもいった方がいいような、途方もない得体の知れなさがあります。街中に突如として20余りの巨大な山鉾が現れ、その山鉾からはエキゾチックなタペストリーや絨毯が垂れ下がり、夜の帳の降下とともにどこからともなく祇園囃子が聞こえ始め、大量の提灯に灯が点る。まるで人が作り上げたとは思えない唐突な異世界の出現に、人も街も惑わされて呑みこまれていくのでしょうか。
 でも、そんな宵山だからこそ人々を惹きつけてやまないのも事実。森見氏はあとがきでこう述べています。


 その一方で、祭りというものは神秘的で、あの異世界に迷い込んだような感覚は私を惹きつける。見物する心構えをして出かけるよりも、日常の延長で何かの拍子に祭りへ迷い込んでしまうのが私の好みである。(中略)祇園祭の宵山はその最大のものである。
 祭りには怖ろしさと楽しさの両方があるけれども、その根っこは一つである。



 ただ陽気で明るいだけの祭りほどつまらないものはなく、なぜわざわざ面倒くさいことをするんだろうという奇妙さ、不気味さ、しばしば漂う不穏さというのが、全てないまぜになり混在して、祭りを祭りたらしめているんだろうと思います。
 ですが、普段祭りに参加する時、人々は祭りに潜む怖ろしさに気づきません。いいえ、なんとなく気づいてはいても、祭りという非日常の場の熱狂、興奮に紛れて、見えにくくなってしまうのです。しかし、『宵山万華鏡』の人々はひょんなことからその見えにくい境界線を越えて、あちらの世界へ足を踏み入れてしまいます。普通の何でもない日ならそうはならなかったかもしれません。でも、宵山というこの世のものならざる舞台が、日常と非日常、現実と幻想の境目を曖昧にしてしまうのでしょう。
 そうして、ある人は宵山に魅了されたまま永遠に宵山にとらわれ、ある人は宵山の魔性的な誘惑から逃れる。祭りという非日常であるべきものが日常になってしまうことの怖ろしさと哀しさが全体を通して底流していて、それが祇園祭の宵山という日本を代表する超有名イベントをテーマにしつつも、祇園祭や京都を声高に喧伝するミーハーな感じが全くなく、むしろ常に背中にひんやりとしたものを感じさせるゆえんなのでしょう。そういった意味ではこの連作短編集は怪談としても読めるし、ミステリーでもあるし、阿呆阿呆しさ満載の喜劇でもあるという、まさに筒を回転させるたびに色を変え形を変え、さまざまな表情を見せる万華鏡のような小説です。

 日本の祭りの本質とも言えるいろんな要素を凝縮した宵山。そんな宵山の魅力も怖さも描き切った『宵山万華鏡』を読めば、宵山に行きたくなること間違いなし……ですが、行けなくともこの小説を読むだけでも、宵山の雰囲気に浸れること間違いなしです。ちなみに、こちらの記事でも『宵山万華鏡』を少し取り上げてますので、書いてる内容はほぼ重なりますが、お時間があればご参考下さい。


注:記事内の青字の部分は、森見登美彦著『宵山万華鏡』(集英社、2012年6月)から引用させていただきました。

【ブログ内関連記事】
夏に読みたい小説・私的10撰 2014年7月8日 記事内で『宵山万華鏡』を取り上げています。
夜に読みたい小説・私的10撰 2014年9月16日 記事内で森見登美彦氏の『きつねのはなし』を取り上げています。


宵山万華鏡 (集英社文庫)
森見 登美彦
集英社 (2012-06-26)
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by hitsujigusa | 2016-07-14 16:05 | 小説 | Trackback | Comments(0)

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 フィギュアスケーターの衣装を振り返る、フィギュアスケーター衣装コレクション第11弾。今回取り上げるのは、2016年の3月をもって引退した小塚崇彦さんです。
 日本のフィギュアファンにとってはいまさら説明するまでもなく、小塚さんといえば日本フィギュア界のサラブレッド。正統派のスケーターとして、世界でも類まれなる美しいスケーティングの持ち主として活躍しましたが、惜しまれつつも引退、さらにアイスショーなど全てのスケート活動からも退きました。未だにそのことが淋しくてならないのですが、それはとりあえず脇に置いといて、そんな小塚さんのコスチュームの数々を見ていきたいと思います。

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by hitsujigusa | 2016-07-07 23:46 | フィギュアスケート(衣装関連) | Trackback | Comments(0)

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※2016年8月26日、新たなエントリーについて追記し、エントリー表のリンクも更新しました。
※2016年9月4日、新たなエントリーについて追記し、エントリー表のリンクも更新しました。
※2016年9月15日、新たなエントリーについて追記し、エントリー表のリンクも更新しました。
※2016年9月25日、新たなエントリーについて追記し、エントリー表のリンクも更新しました。
※2016年10月16日、新たなエントリーについて追記し、エントリー表のリンクも更新しました。
※2016年10月19日、新たな出場辞退者と出場者について追記し、エントリー表のリンクも更新しました。
※2016年10月21日、新たな出場辞退者について追記し、エントリー表のリンクも更新しました。
※2016年10月25日、エントリー表のリンクを更新しました。
※2016年11月3日、エントリー表のリンクを更新しました。
※2016年11月14日、エントリー表のリンクを更新しました。
※2016年12月2日、エントリー表のリンクを更新しました。


 アメリカ東部時間の6月30日、国際スケート連盟によって16/17シーズンのグランプリシリーズのエントリーが発表されました。この記事では全体をざっくりと見渡して、各大会ごとの展望みたいなものも綴りつつ、注目選手にも言及していきたいと思います。なお、以下のエントリー表のリンクは、上から順に男子、女子、ペア、アイスダンスとなっています。

Entries Men 2016/17 - All 6 Events
Entries Ladies 2016/17 - All 6 Events
Entries Pairs 2016/17 - All 6 Events
Entries Ice Dance 2016/17 - All 6 Events

*****

 まずは、各大会ごとの日本の出場選手とそのほかの海外の注目選手をまとめ、大ざっぱな試合予想をしてみたいと思います(敬称略)。


《スケートアメリカ》(10月21~23日)
浅田真央、村上佳菜子、三原舞依、宇野昌磨、村上大介、村元哉中&クリス・リード組、アシュリー・ワグナー、グレイシー・ゴールド、ユリア・リプニツカヤ、セラフィマ・サハノヴィッチ、デニス・テン、金博洋、マキシム・コフトゥン、ジェイソン・ブラウン、アダム・リッポン、隋文静&韓聰組、エフゲニア・タラソワ&ウラジミール・モロゾフ組、マイア・シブタニ&アレックス・シブタニ組、エカテリーナ・ボブロワ&ドミトリー・ソロビエフ組

 GP開幕を飾るスケートアメリカ。女子は日本VSアメリカVSロシアの三つ巴となるでしょうが、有力なメダル候補としてはやはり浅田、ワグナー、ゴールドの3選手の可能性が高いのではないかと思います。
 男子は昨シーズン男子フィギュア界に新風を呼び込んだ宇野選手、金選手の同い年対決が楽しみですし、のっけから4フリップVS4ルッツの跳び合いとなるかもしれません。もちろんソチ五輪銅メダリストのテン選手もスロースターターとはいえ怖い存在ですし、地元アメリカ勢も表彰台争いに食い込んでくる可能性は大いにあります。村上大介選手は強者が集まる中でどれだけ存在をアピールできるかというところですね。
 ペアは世界選手権2年連続銀メダルの中国の隋&韓組がやはり実力的に抜きん出ている感じがします。
 アイスダンスは昨季飛躍したアメリカのシブタニ兄妹が一歩リードしている印象ですが、強力なロシア勢も侮れませんね。


《スケートカナダ》(10月28~30日)
宮原知子、本郷理華、永井優香、羽生結弦、無良崇人、エフゲニア・メドベデワ、エリザヴェータ・トゥクタミシェワ、長洲未来、ケイトリン・オズモンド、パトリック・チャン、閻涵、ミーシャ・ジー、ダニエル・サモヒン、メーガン・デュハメル&エリック・ラドフォード組、川口悠子&アレクサンドル・スミルノフ組、リュボーフィ・イリュシェチキナ&ディラン・モスコヴィッチ組、テッサ・ヴァーチュー&スコット・モイア組、マディソン・チョック&エヴァン・ベイツ組、アンナ・カッペリーニ&ルカ・ラノッテ組

 GP2戦目のカナダ。女子はやはり世界女王のメドベデワ選手中心となると思いますが、そこに前世界女王のトゥクタミシェワ選手が相対する新旧女王対決の構図が非常に楽しみですね。その最強ともいえる二人に日本女子が立ち向かうという感じですが、この二人のあいだに割り込むことも十分に可能だと思うので、入り組んだ接戦を期待したいところです。
 男子は何といっても羽生VSチャンのソチ五輪金銀対決です。前年と全く同じ構図となりますが、その時はチャン選手が勝利しました。その再現となるのか、羽生選手が雪辱を晴らすのか、要注目ですね。
 ペアは断トツの世界チャンピオン、デュハメル&ラドフォード組が優勝候補筆頭ですが、ベテランの川口&スミルノフ組もおもしろい存在です。
 一方、アイスダンスは復帰初戦となるヴァーチュー&モイア組が最大の注目。初戦でいきなり優勝となるのか、このカップルのパフォーマンスがそのあとのアイスダンス界にいろんな影響を及ぼしそうな感じがします。そこにチョック&ベイツ組、カッペリーニ&ラノッテ組が加わっての三つ巴となりそうです。


《ロステレコム杯》(11月4~6日)
村上佳菜子、松田悠良、宇野昌磨、田中刑事、エレーナ・ラディオノワ、アンナ・ポゴリラヤ、ユリア・リプニツカヤ、ポリーナ・エドマンズ、李子君、ハビエル・フェルナンデス、マックス・アーロン、ミハイル・コリヤダ、アリオナ・サフチェンコ&ブリュノ・マッソ組、クセニア・ストルボワ&ヒョードル・クリモフ組、カーステン・ムーア=タワーズ&マイケル・マリナロ組、アレクサ・シメカ&クリス・クニーリム組、マディソン・チョック&エヴァン・ベイツ組、エカテリーナ・ボブロワ&ドミトリー・ソロビエフ組、ケイトリン・ウィーバー&アンドリュー・ポジェ組

 第3戦のロシアは、女子はやはりロシア勢が優勝争いを繰り広げるでしょうし、昨年に続いての表彰台独占もありえます。そこにどれだけ日本勢や北米勢が食い下がれるかですね。
 男子は世界王者のフェルナンデス選手が揺るぎない優勝候補ですが、その対抗馬筆頭として挙げられるのは、やはり宇野選手ではないでしょうか。
 ペアはペア結成2年目にしてさっそく世界選手権2016の銅メダルに輝いたサフチェンコ&マッソ組が軸となりそうです。ですが、世界選手権2016で4位となったストルボワ&クリモフ組も強敵であり、どっちが勝ってもおかしくないなと思います。
 アイスダンスは上に挙げた3組で表彰台が争われることになるのは間違いないでしょう。


《フランス杯》(11月11~13日)
浅田真央、樋口新葉、永井優香、無良崇人、山本草太、エフゲニア・メドベデワ、マリア・ソツコワ、グレイシー・ゴールド、ハビエル・フェルナンデス、デニス・テン、アダム・リッポン、ネイサン・チェン、ミーシャ・ジー、アリオナ・サフチェンコ&ブリュノ・マッソ組、エフゲニア・タラソワ&ウラジミール・モロゾフ組、ガブリエラ・パパダキス&ギヨーム・シゼロン組、マディソン・ハベル&ザカリー・ドノヒュー組

 第4戦のフランス大会は、昨年まではエリック・ボンパール杯というカシミアを扱う企業の名称が掲げられていましたが、今回の発表では企業名はなく、“Trophee de France”=フランス杯と表記されています。
 女子は現世界女王のメドベデワ選手と元世界女王の浅田選手の対決が最大の注目ポイントですが、そのほかにも実力者であるゴールド選手、新星の樋口選手やソツコワ選手が集い、見どころの多い顔ぶれです。
 男子はロシアに続き2週連続でフェルナンデス選手が登場。それに次ぐのは無良選手やテン選手といった中堅、ベテラン勢。そしてシニアデビューのチェン選手、山本選手がどの位置に入ってくるかが楽しみですね。
 ペアはサフチェンコ&マッソ組が金メダル候補ですが、タラソワ&モロゾフ組も相当力をつけてきているので、うかうかしていられない感じはしますね。
 アイスダンスは地元フランスの世界王者パパダキス&シゼロンが圧倒的な優勝候補と言えます。


《中国杯》(11月18~20日)
本郷理華、三原舞依、村上大介、エリザヴェータ・トゥクタミシェワ、エレーナ・ラディオノワ、アシュリー・ワグナー、李子君、ケイトリン・オズモンド、パトリック・チャン、金博洋、閻涵、マキシム・コフトゥン、マックス・アーロン、ダニエル・サモヒン、隋文静&韓聰組、川口悠子&アレクサンドル・スミルノフ組、リュボーフィ・イリュシェチキナ&ディラン・モスコヴィッチ組、アレクサ・シメカ&クリス・クニーリム組、マイア・シブタニ&アレックス・シブタニ組、ケイトリン・ウィーバー&アンドリュー・ポジェ組

 第5戦は中国杯ですが、2005年以降ずっとGP3戦目として開催され続けてきたのが今年は珍しく終盤の5戦目に配置されています。
 女子は元世界女王のトゥクタミシェワ選手に、世界選手権の表彰台経験者であるワグナー、ラディオノワ両選手という強豪揃い。日本女子は表彰台に乗るのもなかなか厳しい戦いになりそうです。
 男子は元世界王者チャン選手に地元中国の金、閻両選手、日本の村上選手らが戦いを挑む構図ですね。
 ペアは地元中国の隋&韓組が強いですが、ベテランの川口&スミルノフ組も実力を発揮できれば十分隋&韓組を上回れる可能性があります。
 アイスダンスはシブタニ兄妹とウィーバー&ポジェ組の北米勢による優勝争いが濃厚ですね。


《NHK杯》(11月25~27日)
宮原知子、樋口新葉、松田悠良、羽生結弦、山本草太、田中刑事、須藤澄玲&フランシス・ブードロー=オデ組、村元哉中&クリス・リード組、平井絵己&マリオン・デ・ラ・アソンション組、アンナ・ポゴリラヤ、マリア・ソツコワ、ポリーナ・エドマンズ、長洲未来、ジェイソン・ブラウン、ネイサン・チェン、ミハイル・コリヤダ、メーガン・デュハメル&エリック・ラドフォード組、クセニア・ストルボワ&ヒョードル・クリモフ組、カーステン・ムーア=タワーズ&マイケル・マリナロ組、テッサ・ヴァーチュー&スコット・モイア組、ガブリエラ・パパダキス&ギヨーム・シゼロン組、アンナ・カッペリーニ&ルカ・ラノッテ組

 最終戦となるNHK杯。女子はポゴリラヤ選手、ソツコワ選手、エドマンズ選手といった手強い若手が揃いますが、日本勢もエースの宮原選手、ジュニアの実力者である樋口選手など全く引けを取らぬメンバーで、ロシア勢、アメリカ勢を迎え撃ちます。
 男子は何はなくとも羽生選手ですね。匹敵するようなライバルもいなさそうなので、昨年同様に羽生選手の独壇場となるかもしれません。
 ペアは世界王者のデュハメル&ラドフォード組が優勝争いをリードしそうですが、ストルボワ&クリモフ組、ムーア=タワーズ&マリナロ組などの実力者がどこまで迫れるかですね。
 アイスダンスは現世界王者のパパダキス&シゼロン組と五輪王者かつ元世界王者のヴァーチュー&モイア組の一騎打ちとなりそうですが、こちらも元世界王者のカッペリーニ&ラノッテ組も加わって、3組の世界王者経験者が揃うという、6大会で最もエキサイティングな試合になるのではないでしょうか。


 さて、ここからはテーマ別に思ったことを書いていきます。


①日本勢

 日本勢は女子8名、男子6名、ペア1組、アイスダンス2組がエントリーしました。
 なんといっても特筆すべきはシニアデビューの4名でしょう。女子は世界ジュニア選手権2015、2016銅メダルの樋口新葉選手、昨季のジュニアGPファイナル6位の三原舞依選手、昨季のジュニアGPスペイン大会3位の松田悠良選手、男子は世界ジュニア選手権2015銅メダルの山本草太選手が、それぞれ2大会エントリーでシニアデビューを飾ることになります。
 樋口選手、山本選手はジュニア界で実績を残してきた選手で、鳴り物入りでのシニアデビューということになりますね。三原選手と松田選手はジュニアでそこまで際立った成績を上げたわけではなかったので、2大会にエントリーされたことは正直意外だったのですが、ジュニアの大きな大会での優勝や表彰台というのがなくても、シニアに上がってから急成長を遂げた選手は多くいますし(近年だと宮原知子選手や本郷理華選手がそうですね)、ジュニアの活躍とシニアの活躍はまた別物という感じもあるので、2選手ともこのチャンスを活かして頑張ってほしいですね。
 そのほかに気になった点としては、まず浅田真央選手ですね。10/11シーズン以降、浅田選手は毎年NHK杯に出場してきましたが(休養中だった2014年以外)、今季はアメリカ大会とフランス大会のエントリーで、久しぶりにNHK杯は不出場となりました。今年のNHK杯にエントリーした日本の女子選手は、エースの宮原選手とシニアデビューの樋口選手、松田選手というフレッシュな顔ぶれで、浅田選手は後輩たちに椅子を譲る形になりましたが、これまで浅田選手がNHK杯の“顔”という感じもあったので、彼女の姿をNHK杯で見られないのは少し寂しい気もしますね。ただ、どの大会に出場するにしても浅田選手が目指すところに変わりはないと思うので、例年通り自分のペースで一歩一歩進んでいってほしいなと願っています。
 そして、ペアでは昨季シニアデビューした須藤澄玲&フランシス・ブードロー=オデ組がNHK杯でグランプリデビューとなります。
 アイスダンスでは村元哉中&クリス・リード組がアメリカ大会とNHK杯にエントリーし、このカップルとしては初めての2大会出場となっています。


②GPデビュー組

 今シーズン、GPに初参戦するのは、日本選手を除き女子が4名、男子も4名、ペアは5組、アイスダンスは7組となりました(ペアとアイスダンスは別パートナーとの出場は除外)。アイスダンスに関しては今季から1大会における出場者数が8組までから10組までに枠が増加したので、アイスダンサーにとってはチャンスが増えましたね。
 GPデビューといってもすでにシニアデビューを果たしている選手もいますが、そういった選手も含めてシニアのGPデビューとなる注目選手は、女子だと世界ジュニア2016銀メダルのマリア・ソツコワ選手、世界ジュニア2014、2015銀メダルのセラフィマ・サハノヴィッチ選手の最強ロシア女子勢。男子だと世界ジュニア2016王者のダニエル・サモヒン選手、ジュニアGPファイナル2015王者のネイサン・チェン選手、リレハンメルユース五輪銀メダルのデニス・ヴァシリエフス選手といったところでしょうか。
 ソツコワ選手は13/14シーズンからジュニアで活躍していて、3シーズンじっくりとジュニアで実力をつけて、いよいよのシニア参戦ですね。一方のサハノヴィッチ選手は2014、2015年と2年連続で世界ジュニアの銀メダルを獲得した実力者ですが、15/16シーズンは不調でロシアジュニア選手権でまさかの17位、世界ジュニアの切符を逃しました。そのこともあって残念ながらエントリーはアメリカ大会の1試合のみとなっています。サハノヴィッチ選手が世界ジュニアで銀メダルを取った時、常にその前に立ちはだかって優勝をさらったのは現世界女王のエフゲニア・メドベデワ選手でしたが、サハノヴィッチ選手もメドベデワ選手に勝るとも劣らない才能の持ち主として競り合った関係でした。しかし、ご存知の通りメドベデワ選手は一気に世界の頂点へと上り詰めてしまいました。サハノヴィッチ選手も、そしてソツコワ選手もメドベデワ選手と同学年ですから、ここからどうメドベデワ選手に迫り、現時点での差を縮めていくのか、同じロシア女子のライバル物語に注目していきたいと思います。
 そして、男子ではサモヒン選手やヴァシリエフス選手といったジュニアの実力者がGPデビューを飾りますが、この二人はすでに欧州選手権やチャレンジャーシリーズなどシニアの国際大会にもバンバン出まくっているので、あんまりルーキーという感じはしませんね。
 他方、アメリカのチェン選手は昨季はジュニアGP2大会とファイナルを制し、シニアの全米選手権でも3位に入るなど、ジュニアに敵なしといった感じでしたが、大怪我により出場予定だった世界ジュニアとシニアの世界選手権を辞退しました。なので怪我の回復具合や、身体的な変化など、シニアで戦う上では未知数の部分もあるのですが、全米選手権のフリーでは4度の4回転を全て着氷するなど、この年代でも図抜けたスケーターであることは間違いないので、彼が昨季の宇野選手や金選手のような快進撃を見せるのか、期待したいですね。
 ペアの初参戦組で特記したいのは、中国のペアについてです。昨シーズン終了後、中国は彭程&張昊組と于小雨&金楊組がそれぞれパートナーを組み替えることを発表しました。つまり今後は、彭程&金楊組、于小雨&張昊組となるわけですね。2組は組み替える前の元のペアでもそれなりに成績を残していたと思いますし、ペアならではのコンビネーション、ユニゾンというのも形成されていたと思うのですが、そういったものを一から作り直すことになるとしても、パートナーを変更した方が更なる飛躍が望めるという組織の中での判断なのでしょうね。この思い切った戦略が功を奏すのか、楽しみにしたいと思います。


③復帰組

 今シーズン、久しぶりに競技復帰するという選手はあまりいませんが、何といっても注目はアイスダンスのバンクーバー五輪金メダリストで、元世界王者のテッサ・ヴァーチュー&スコット・モイア組が帰ってくることですね。ソチ五輪以来の復帰となりますが、現在のアイスダンス界はフランスのガブリエラ・パパダキス&ギヨーム・シゼロン組が世界選手権2連覇を達成し、確固たる地位を築いています。パーソナルベストでもフリーとトータルではヴァーチュー&モイア組を上回っていますから、力は互角といったところで、特に2組が直接相見えるNHK杯は今からかなり楽しみですね。これからのアイスダンス界の勢力図にまたひと波乱起こりそうで、期待が募ります。


④欠場組

 新たに参戦する選手、復帰する選手がいる一方、現役ながら現時点でエントリーしていない選手もいます。
 ソチ五輪女子金メダリストのアデリナ・ソトニコワ選手は現時点でエントリーしておらず、ロシア女子の枠も空いていないので、負傷による出場辞退などで枠が空かない限り出場はないと思いますが、たとえ枠が空いたとしてもはたしてソトニコワ選手に出場の意思があるかというと微妙な感じがしますね。昨シーズンはチャレンジャーシリーズ2試合、GPのロステレコム杯、ロシア選手権と出場しましたが、やはり復帰1季目とあって全体的にまだ本調子ではないと感じましたし、ソトニコワ選手の気持ち的にもそこまで燃え上がるものはないのかなという印象でした。ただ、ひとまず復帰して1シーズンを送ったことで、ソトニコワ選手が再び競技者として戦う気持ちを取り戻したのか、それとも逆に満足感を得たのか、今のところはよく分からないですね。少なくともこのGPにエントリーしていないところを見ると、トップ選手たちとの競争という第一線からはちょっと距離を置いているような感じがします。
 そして同じくロシアのソチ五輪ペア王者、タチアナ・ボロソジャー&マキシム・トランコフ組もエントリーを見送っています。昨季の世界選手権ではペア結成以来初めて表彰台を逃し、ボロソジャー&トランコフ組といえども復帰1季目の難しさはあるんだなあというのを感じましたが、そうはいっても強豪揃いのロシア選手権、欧州選手権を制するなど相変わらずの強さを見せつけていて、上述したソトニコワ選手とは少し事情が違います。GPはパスしてシーズン後半から本格的にスタートするということも考えられるので、このペアの動向によってペア界の流れも変わってくるので、不在でも気になる存在と言えますね。



 さて、こうして一応エントリーの一覧が発表されましたが、出場辞退や怪我人といった諸々の事情で出場者が変更されるのがGPの恒例なので、今後もこの記事に変更点を追記していきたいと思います。


※以下、2016年8月26日に追記した部分です。


 6月30日にエントリーが発表されて以降、ところどころ新たなエントリー選手や出場選手の変更などありましたので、簡潔にまとめていきたいと思います。
 まず、男子ではスケートアメリカの空いていた自国枠に、ティモシー・ドレンスキー選手が、スケートカナダの自国枠にケヴィン・レイノルズ選手が、それぞれ新たにエントリーされました。ドレンスキー選手にとっては2年連続2度目のGP、そして長年怪我に悩まされてきたレイノルズ選手にとっては、実に12/13シーズン以来のGP出場となります。
 女子も男子同様に自国枠に新しくエントリーした選手が複数いて、スケートアメリカにアンジェラ・ワン選手、スケートカナダにヴェロニク・マレ選手がエントリーしました。ワン選手は初めての自国開催のGP、一方でマレ選手は4年連続でのスケートカナダとなります。
 ペアではスケートカナダの自国枠に、ブリタニー・ジョーンズ&ジョシュア・レーガン組がエントリー。こちらは2年ぶりのスケートカナダ出場です。
 最後に、アイスダンスではスロバキアのフェデリカ・テスタ&ルカーシュ・チェーレイ組がテスタ選手の引退によってペアを解散、GP出場も辞退しました。それに伴ってスケートカナダとフランス杯の2枠が空き、新たにそれぞれフィンランドのセシリア・トルン&ユッシヴィレ・パルタネン組とチェコのコートニー・マンスール&ミハル・チェスカ組がエントリー、どちらのカップルにとっても初めてのGP出場が決定しています。
 まだ空いている枠がありますので、分かり次第追記していきたいと思います。


※以下、2016年9月4日に追記した部分です。


 前回の追記以降になされた変更点について追記します。
 男子では中国杯の空いていた自国枠に張鶴(ジャン・ヘ)選手が新たにエントリー。張選手は昨季までジュニアを主戦場とし、ジュニアグランプリでは複数回表彰台に上っている実力者です。中国の男子選手はエース格の閻涵(ヤン・ハン)選手始め、新星の金博洋(ジン・ボーヤン)選手など力のある選手が育ってきているので、張選手がどんな活躍を見せてくれるのか楽しみですね。
 一方、女子でも中国杯の自国枠に李香凝(リ・シャンニン)選手がエントリー。李選手も昨季まではジュニアで活躍し、ジュニアグランプリで最高6位、世界ジュニア選手権では20位という成績を残しています。
 ペアではNHK杯の自国枠が1つ空白のままでしたが、日本のペアの派遣は見送られ、代わりにオーストリアのミリアム・ツィーグラー&セヴェリン・キーファー組が出場権を得ました。ツィーグラー&キーファー組はフランス杯と合わせ2大会出場となります。
 そしてアイスダンスではこちらも中国杯の自国枠に李西貝(リ・シーベイ)&相光耀(シャン・グァンヤオ)組がエントリーしています。一方、フランス杯とNHK杯にエントリーしていたイギリスのペニー・クームズ&ニコラス・バックランド組はクームズ選手の膝の怪我によって出場を辞退。それに伴う新たなエントリーについてはまだ発表されていません。


※以下、2016年9月15日に追記した部分です。


 新たな追記事項に関して簡潔に記していきます。
 まず、アイスダンスのスケートアメリカの残りの自国枠に、エリアナ・ポグレビンスキー&アレックス・ブノワ組がエントリーしました。こちらのカップルは今季がシニアデビューですが、これでスケートアメリカとロステレコム杯の2大会エントリーとなりました。
 そして、イギリスのペニー・クームズ&ニコラス・バックランド組の出場辞退によって空いたフランス杯の1枠に、ブルガリアのヴィクトリア・カワリオワ&ユーリ・ビエリャイエフ組がエントリー。カワリオワ&ビエリャイエフ組はロステレコム杯にもエントリーしているので、これで2大会出場となります。
 また、同じくクームズ&バックランド組が辞退したNHK杯の1枠には、アメリカのアナスタシア・カヌーシオ&コリン・マクマヌス組がエントリーし、こちらも中国杯と合わせて2大会のエントリーに変更されました。


※以下、2016年9月25日に追記した部分です。


 男子ではロシアのアディアン・ピトキーエフ選手の背中の負傷を理由とした出場辞退により、フランス杯にベルギーのヨリック・ヘンドリックス選手が、NHK杯にラトビアのデニス・ヴァシリエフス選手が新たにエントリーされました。両者ともこれで2試合出場となります。
 女子ではスケートカナダにエントリーされていたロシアのマリア・アルテミエワ選手が出場辞退。代役の選手はまだ決まっていません。
 ペアはまず、中国の隋文静(スイ・ウェンジン)&韓聰(ハン・ツォン)組がスケートアメリカの出場を辞退。5月の上旬に隋選手が右足の手術をしており、その影響と見られます。ただ、母国開催の中国杯には変わらずエントリーしており、そこが復帰の舞台となるのではないでしょうか。隋&韓組の辞退によって空いたスケートアメリカの1枠には、イタリアのヴァレンティーナ・マルケイ&オンドレイ・ホタレク組が入り、ロステレコム杯と合わせ2試合出場を獲得しました。そして、まだ未定だったスケートアメリカの自国枠には、新たにマリッサ・カステリ&マーヴィン・トラン組がエントリーし、こちらもフランス杯と合わせ2試合エントリーです。
 アイスダンスではまず、スケートアメリカにエントリーしていた韓国のレベッカ・キム&キリル・ミノフ組が出場を取りやめ、代わりに同じ韓国のミン・ユラ&アレクサンダー・ガメリン組がエントリー。このカップルにとっては初めてのGPとなります。また、ロステレコム杯の自国枠に、新たにソフィア・エフドキモワ&エゴール・バジン組がエントリー。このカップルは昨季までジュニアだったので、これが本格的なシニアデビューですね。
 ペアとアイスダンスはこれで一応全ての枠が埋まりましたが、今後怪我人が出ることも考えられるので、まだまだ変更の余地ありかもしれません。


※以下、2016年10月16日に追記した部分です。


 新たな出場辞退者、出場者があったので追記します。
 前回9月25日の追記で言及したアルテミエワ選手の辞退に代わる新たな出場者として、韓国のキム・ナヒョン選手がエントリーされました。キム選手は今季のチャレンジャーシリーズで上位に入る活躍をしており、そういった成績も考慮に入っているのでしょうね。
 また、スケートアメリカに出場予定だったアンジェラ・ワン選手は、右足首の怪我により辞退。代わりに、同じアメリカのマライア・ベル選手がエントリー。こちらも今季のチャレンジャーシリーズで2度表彰台に上る活躍を見せていて、GPでも自分らしさを発揮できるか注目ですね。
 その一方で、ロステレコム杯にエントリーしていたアメリカのポリーナ・エドマンズ、フランス杯にエントリーしていたタイラー・ピアースの両選手はどちらも怪我で出場を取りやめ。代役の選手はまだ決まっていません。ただ、エドマンズ選手はエントリーされているもう1試合のNHK杯には予定どおり出場する予定とのことで、そちらに向けて怪我の治療とリハビリ、練習をしているそうです。


※以下、2016年10月19日に追記した部分です。


 男子ではデニス・テン選手がスケートアメリカを出場辞退。テン選手の場合、シーズン前半は負傷やコンディション不足などで試合を欠場することがしばしばあるので珍しいことではないですが、少し心配ですね。なお、2戦目のフランス杯には変わらずエントリーしています。また、ロステレコム杯の空白だった自国枠に、新たにゴルジェイ・ゴルシュコフ選手がエントリー。23歳のゴルシュコフ選手にとってはこれがGPデビューとなります。
 女子はまず、ロシアのユリア・リプニツカヤ選手がスケートアメリカを出場辞退。また、10月16日の追記で言及したエドマンズ選手とピアース選手の辞退の代役としてアルメニアのアナスタシア・ガルスチャン選手がエントリー。ガルスチャン選手は初めてのGPがいきなりの2試合出場というビッグチャンスとなりました。
 ペアではロシアの実力者、クセニア・ストルボワ&ヒョードル・クリモフ組がロステレコム杯とNHK杯の両方を出場辞退。代わりのペアはまだ決まっていません。また、カナダのカーステン・ムーア=タワーズ&マイケル・マリナロ組は1戦目のロステレコム杯を辞退。同じカナダのカミーユ・ルーエ&アンドリュー・ウルフ組が空いた枠に入りました。
 最後にアイスダンスは、中国杯に自国枠でエントリーしていた地元の李西貝(リ・シーベイ)&相光耀(シャン・グァンヤオ)組が辞退し、ソン・リンシュー&スン・ジュオミン組が新たにエントリーしました。


※以下、2016年10月21日に追記した部分です。


 男子で新たに辞退者が出たので追記します。
 残念ながら出場を辞退することとなったのは日本の村上大介選手。自身のインスタグラムやツイッターでスケートアメリカの棄権を発表しました。かなりギリギリになっての出場取りやめですが、最後まで可能性を探りながらだったようです。村上選手の次戦は11月上旬の東日本選手権、その次がGPの中国杯となります。そちらで元気な姿を見られることを楽しみにしたいですね。


:記事冒頭の国際スケート連盟のロゴは、国際スケート連盟フィギュアスケート部門の公式フェイスブックページから引用させていただきました。


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by hitsujigusa | 2016-07-01 23:49 | フィギュアスケート(大会関連) | Trackback | Comments(0)