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※2017年4月3日、羽生選手の演技について、一部記述を訂正しました。

 3月29日から始まった世界選手権2017。競技が順調に進捗していますが、この記事では男子のショートプログラムを取り上げます。
 1位に立ったのは世界選手権2連覇中のハビエル・フェルナンデス選手。パーソナルベスト更新&世界歴代2位の驚異的なハイスコアで3連覇に向けてこれ以上ない滑り出しとなりました。そして2位につけたのは日本の宇野昌磨選手。こちらも自己ベストを更新し世界歴代3位のスコアです。3位は元世界王者のパトリック・チャン選手でこちらもまた自己ベストを更新しています。

ISU World Figure Skating Championships 2017 この大会の詳しい結果、各選手の採点表が見られます。

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 圧巻の首位発進を果たしたのはスペインのハビエル・フェルナンデス選手です。

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 まずは4トゥループ+3トゥループから、これを完璧に決めて2.86点という極めて高い加点を得ると、続く4サルコウも非の打ちどころのないクリーンさでこちらも2.86の加点。後半の3アクセルも全く危なげなく満点となる加点3を獲得。スピン、ステップシークエンスも全てレベル4というパーフェクトな演技で、世界歴代2位となる109.05点を叩き出し1位となりました。
 とにもかくにも完全無欠としか言いようのない素晴らしい演技でしたね。ジャンプを始めとした技術点はもちろんですが、それ以上に2シーズン滑り込んでいる「マラゲーニャ」だからこその隅々まで計算された過不足のない動きや所作が本当に美しく、まさに芸術の域まで極めたプログラムになったと思います。そして改めて感じたのはこの大舞台にきっちり最高の状態を持ってこられるフェルナンデス選手の強さ。やはり昨年、一昨年と優勝しているという成功体験が圧倒的な自信と余裕に繋がっていて、彼のメンタルを乱すものは何もないという感じがします。フリーもこの調子でやってのけてしまうのではないかと感じますし、今までどおりにやれば大丈夫という自分自身に対する信頼感がフェルナンデス選手の姿からヒシヒシと伝わってきますね。


 2位となったのは全日本王者の宇野昌磨選手です。

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 冒頭は代名詞の4フリップを着氷でこらえながらも大きなミスにはせずきっちり加点も稼ぎます。続く4トゥループ+3トゥループはクリーンに成功。後半の3アクセルも難しい入り方とランディングでパーフェクトにこなして2.29点の加点。スピン、ステップシークエンスも取りこぼしなく丁寧に実施し、フィニッシュした宇野選手は力強く拳を天に突き上げました。得点はパーソナルベストを4点以上更新する104.86点で2位と好発進しました。
 ジャンプに関してはわずかにこらえる場面があり決して非の打ちどころのない出来ではなかったのですが、転倒やパンクといった大きなミスにはしない安定感というのはさすがでしたね。さらに際立っていたのは表現面で、音楽の緩急に合わせた滑りのメリハリだったり、音一つ一つにピッタリと合った動きというのが随所に見られて、宇野選手といえばとかく最近はジャンプが注目されがちですが、それ以上にこの1年での表現面での成長、進化を強く感じました。
 昨年は涙に暮れたフリー。今シーズンは満面の笑みで終われることを心から祈っています。


 3位にはカナダのベテラン、パトリック・チャン選手が入りました。

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 冒頭は得点源となる4トゥループ+3トゥループ、これを無駄な力なくスムーズに跳び切って加点2.43の高評価。続く苦手の3アクセルも問題なく決めて2点の加点と最高の前半にします。そして後半は得意の3ルッツを難なく成功。終盤のスピン1つではチャン選手にしては珍しくレベル4を取り逃しましたが、全体的にはほぼノーミスでまとめ、安堵したように穏やかに破顔しました。得点は自己ベストとなる102.13点で3位と好位置につけました。
 最初から最後まで途切れることのない優雅なスケーティングと洗練された動き、音楽との一体感がいかんなく発揮されたチャン選手らしい演技でしたね。かつて世界選手権を3連覇したチャン選手といえども、ほんの少しのミスでも優勝争いどころかメダル争いから脱落しかねないという現状の中で、そうしたギラギラと燃えたぎるような熾烈な競争というのを忘れさせるようなアーティスティックなプログラムであり演技だったと思います。フリーは4回転の種類や数の少ないチャン選手にとってはショート以上に厳しい戦いとなりますが、チャン選手にしかできない演技を楽しみにしています。


 4位となったのは昨年の銅メダリスト、中国の金博洋(ジン・ボーヤン)選手です。

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 冒頭は代名詞となっている4ルッツ+3トゥループの連続ジャンプ、これを回り切った上で綺麗に着氷して加点2を得ます。スピンを挟んで中盤の3アクセルも問題なし。直後の4トゥループもクリーンに下りると、最後は「スパイダーマン」のアップテンポなリズムに乗せた躍動感たっぷりのステップで観客を大いに沸かせました。得点は自己ベストをわずかに更新し98.64点で4位となりました。
 シーズン序盤は昨季と比べると得意のジャンプに安定感を欠き、バラつきが多かった金選手ですが、シーズンが進むにつれて徐々に調子を取り戻ししっかりとこの大会にピークを合わせてきましたね。今季はジャンプを成功させても出来栄えの面で綺麗ではないジャンプが目立っていたのですが、このSPのジャンプは全て申し分ない出来で、ようやく昨季のイケイケだった時の金選手の姿に戻ったなという感じがしました。昨年はSP5位からフリー3位と追い上げての銅メダルでしたから、今年もほぼ同じ状況ということでフリーは思い切った演技ができるのではないでしょうか。


 5位は昨年の銀メダリスト、日本の羽生結弦選手です。

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 冒頭は大技4ループを完璧な回転と流れで着氷し2.43点の加点。続いて4サルコウからのコンビネーションでしたが、4サルコウの着氷で片膝をつくミス。急遽2トゥループをつけてリカバリーしたものの、膝をついたことによって2トゥループは認められず単独ジャンプの扱いとなります。後半の3アクセルはいつもどおりの安定感で難なく跳び切り、ステップシークエンス、スピンも全てレベル4を揃えましたが、フィニッシュした羽生選手は顔をしかめました。得点は規定となっているコンビネーションジャンプが入らなかったことに加え、演技開始が遅れたことによる減点1もあり、98.39点と伸び切らず5位にとどまりました。
 4ループがあまりにも完璧だった分、4サルコウのミスが残念で惜しまれます。4サルコウ自体は軸も真っすぐでそんなに悪くなかったように思うのですが、微妙に体重の乗っかるところが後ろに偏ったためバランスを崩してしまいましたね。また、演技開始の遅れという珍しいミスに関しては、グループの1番滑走だった羽生選手には名前をコールされてから1分の準備時間が与えられていたわけですが、羽生選手はグループの最初に滑るということがあまりないので、1分という時間をギリギリまで使おうとして余裕を持ちすぎてしまったのかなと想像します。(以前はグループの1番滑走者は1分の準備時間がありましたが、現在は全ての選手が30秒となっています。)
 フリーでの逆転優勝ということを考えると、トップまで約10点という点差は大技の多いジャンプ構成を鑑みると逆転可能な点差と言いたいところですが、追いかける相手がフェルナンデス選手ですから彼がミスを連発するというのは想像しにくいので、さまざまな条件が重ならないとひっくり返すのは難しいのではないかと思います。ただ、追いかける立場になった時の羽生選手の強さは誰もが知るところですので、一体どんな爆発的な演技を見せてくれるのか期待したいですね。


 6位は全米王者のネイサン・チェン選手です。

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 冒頭の大技4ルッツ+3トゥループはファーストジャンプの着氷で若干こらえながらもうまくセカンドジャンプに繋げてクリーンな成功とします。続く4フリップも着氷で踏ん張ってノーミス。後半に入り課題の3アクセルは回転は十分だったものの着氷でこらえきれず転倒。スピンやステップシークエンスも多少取りこぼしがあり、97.33点での6位となりました。
 今季は怖いもの知らずの無敵さで突き進んできたチェン選手ですが、世界選手権というのはやはり今までの大会とは雰囲気が違ったのか、演技冒頭から動きに硬さが目立ちましたね。元々苦手な3アクセルも最近は安定感が増していたのですが、今回は練習からミスが多かったとのことで力んでしまったのかもしれません。しかしチェン選手は世界最高レベルの高難度プログラムを用意していますから、まだまだ表彰台までは挽回可能。ショートからの気持ちの切り替えが鍵になってきそうですね。


 7位はロシアチャンピオンのミハイル・コリヤダ選手です。

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 まずは得点源の4トゥループ+3トゥループ、これをクリーンに下りると、続く3アクセルもきっちりと成功させます。後半の3ルッツも全く問題なく、スピンは全てレベル4とジャンプ以外もコンスタントにまとめ、自己ベストを3点上回る93.28点で7位に入りました。
 最終グループの前の第5グループの1番滑走として登場したコリヤダ選手。彼がノーミスの演技を披露したことでその後のノーミス連発の流れが作り出されたような気がしますね。ジャンプが安定していたことはもちろんですが、そのほかのスピンやステップでもおおむね高いGOE加点がついていて、ジャンプ以外のエレメンツでも点を稼げるのがコリヤダ選手の武器ですね。


 8位はアメリカの実力者ジェイソン・ブラウン選手。

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 上位に入った選手の中では唯一4回転を組み込まず臨んだブラウン選手。まずは得点源の3アクセルをパーフェクトに決めて加点2を獲得します。さらに3フリップ+3トゥループもクリーンに成功。後半の3ルッツも難なく下り、ステップシークエンス、スピンでは全てレベル4で揃え、さらに全て加点1以上というクオリティーの高さを見せつけ、これまでのパーソナルベストを一気に6点以上も更新する93.10点で8位と好位置につけました。
 最終グループの最終滑走者として演技に臨んだブラウン選手。直前に滑った選手たちが皆4回転をバンバン跳んでみせる中、4回転を1本も跳ばずに観客を自分のプログラムの世界に引き込み、90点超えというハイスコアを叩き出した彼もまた、ある意味で異次元さを示しました。4回転が全てではないというのを改めて強く印象づける演技でしたが、一方でジャンプ、スピン、フットワーク、つなぎなど全ての面において高い質を誇るブラウン選手だからこそ、4回転なしでも4回転ジャンパーだらけの猛者たちと同レベルで戦えるのだということも感じさせられましたね。フリーでは4回転に挑むのか挑まないのかはわかりませんが、どちらにしてもこのショート同様、ブラウン選手にしか表現できない世界を見せてほしいと思います。


 日本の田中刑事選手は22位となりました。

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 冒頭は大技の4サルコウからでしたが、わずかに回転が足りず転倒してしまいます。続く3アクセルは確実に成功。レベル4のスピンを2つ挟んだ後半、3+3はセカンドジャンプの着氷でバランスを崩します。2つのジャンプミスが響き、得点は73.45点で22位と出遅れました。
 練習では好調だったという田中選手ですが、演技が始まった瞬間に緊張が襲ってきたとのことで独特の雰囲気に飲まれてしまったのかなと思いますね。上位24名によるフリー進出もギリギリという順位となってしまいましたが、フリー次第でまだまだ順位を上げられますから、フリーは田中選手らしい躍動感あふれる滑りでショートの悔しさを晴らしてほしいと思います。



 さて、男子SPの記事は以上です。それにしても90点以上が9人、100点以上が3人という信じられないようなハイレベルな争いになりましたね。予想されていたことではありますが、実際にその数字を目の前にすると愕然とします。一体フリーでは200点超えが何人、さらにはトータル300点超えが何人になるのか、想像するとちょっと怖くさえなります。男子フリーは4月1日、日本時間の16:50からです。


:男子SP上位3選手のスリーショット写真は、スケート情報サイト「icenetwork」の公式インスタグラムから、フェルナンデス選手の写真、金選手の写真、コリヤダ選手の写真、ブラウン選手の写真、田中選手の写真は、マルチメディアサイト「Newscom」から、宇野選手の写真、チャン選手の写真、羽生選手の写真、チェン選手の写真は、スポーツ情報サイト「スポーツナビ」のフィギュアスケートページから引用させていただきました。

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by hitsujigusa | 2017-03-31 17:12 | フィギュアスケート(大会関連) | Trackback | Comments(0)

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 世界選手権2017が開幕しました。今年の開催地はフィンランドの首都ヘルシンキ。今年はオリンピックの国別出場枠を決める特別な年でもあり、例年以上の熾烈な争いが予想されます。
 そんな中先陣を切って始まったのが女子ショートプログラム。そのトップに立ったのはディフェンディング・チャンピオンのエフゲニア・メドベデワ選手。いつもどおりの揺るぎない演技で連覇に向けて好スタートを切りました。そして2位にカナダ女王のケイトリン・オズモンド選手、3位にカナダ選手権2位のガブリエル・デールマン選手が入り、久しぶりの3枠獲得を目指すカナダ勢が最高の位置につけました。

ISU World Figure Skating Championships 2017 この大会の詳しい結果、各選手の採点表が見られます。

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 堂々の1位発進となったのはロシアのエフゲニア・メドベデワ選手です。

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 前半はまずスピンとステップシークエンスのみのおなじみの構成を丁寧かつ華麗に披露しきっちりレベル4を揃えると、後半はまず得点源の3フリップ+3トゥループをファーストジャンプで片手を、セカンドジャンプで両手を上げた新しい形でこなし1.8点の高い加点を獲得。その後の3ループ、2アクセルも難なくクリアし、最後の2つのスピンもレベル4と全く危なげなく演技を締めくくりました。自身が持つ世界最高得点更新も期待されましたが、惜しくも届かず79・01点。しかし断トツのハイスコアで首位の座を手中に収めました。
 昨シーズンに引き続き、今シーズンも快進撃続行中のメドベデワ選手。その相変わらずの安定感を100%発揮したショートでしたね。いよいよ女子初の80点台到達なるかの期待も募る内容でしたが、残念ながらそこまでは至らず。GPファイナルで出した世界最高の79.21点の時と比較すると若干技術点が低くなっていて、しかしそう遠からず80点には到達するであろうという予感を漂わせる今回の演技でした。フリーに向けても視界良好で、よっぽどのことがない限り連覇は間違いないでしょうから、女子では2000、2001年のミシェル・クワンさん以来となる快挙を楽しみにしたいですね。


 2位につけたのはカナダの実力者ケイトリン・オズモンド選手。

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 演技冒頭は得点源の3ルッツ+3トゥループから、これを猛烈なスピードとそこから繰り出される高さと幅で完璧に跳び切って1.8点の加点を得ます。さらに続く3ルッツもクリーンに下りて1.4点の加点。後半の2アクセルも問題なく、スピン、ステップシークエンスは全てレベル4。演技を終えたオズモンド選手は満面に笑みを浮かべました。得点はパーソナルベストの75.98点で2位と好発進しました。
 今季はこのショート「パリの空の下/ミロール」で抜群の安定感を見せているオズモンド選手。今回もシーズン前半からの好調を維持しさらにブラッシュアップした滑りでまさにキャリアベストのSP、名実ともに彼女の代表作となったと思います。だからこそ肝心なのはフリー。今季はショートで好発進を切ってフリーで崩れるというパターンが多いですが、その課題を最高峰の大会で克服するための練習をしてきていると思いますから、パーフェクトな「ラ・ボエーム」を期待したいですね。


 3位は同じくカナダのガブリエル・デールマン選手です。

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 まずは得点源の3トゥループ+3トゥループ、これを男子並みのスピードで入りから着氷までパーフェクトに下りてこの日最高の加点2.1点という高評価を得ます。後半の3ルッツ、2アクセルもクリーンに成功。ほかのエレメンツも目立った取りこぼしなくまとめ、フィニッシュしたデールマン選手は拳を握り締めて喜びを表しました。得点は72.19点と自己ベストの72.70点にわずかに及びませんでしたが、大台の70点台に乗せて3位と好位置につけました。
 元々ジャンパーとしてのポテンシャルの高さに定評はあったものの、その能力をコントロールし切れず乱れる場面が昨季までは多々見られたデールマン選手。ですが、今季はシーズン前半から安定した演技を続け、特にSPはフランス杯で自己ベストの72.70点を出して以降、カナダ選手権では75.04点、四大陸選手権では68.25点とハイスコアを連発しています。その自信と余裕が今回の滑り全体に表れていましたね。鍵となるフリー、ショートの位置を維持するためには130点台、さらには140点台というところが必要になってくると思いますが、現在のデールマン選手の自己ベスト(128.66点)を上回るくらいでないと4位以下につけている選手たちの追い上げを凌ぎきれないでしょうから、ショート同様の完璧な演技でぜひ初めての表彰台を射止めてほしいですね。


 4位となったのは昨年の銅メダリスト、ロシアのアンナ・ポゴリラヤ選手です。

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 冒頭は3ルッツ+3トゥループをクリーンに下りますが、余裕という意味ではギリギリだったためか加点はあまり伸びず。また、後半の3ループは着氷でよろめきかけますが片足で踏ん張って大きなミスにはせず。直後の2アクセルはきれいに決めます。スピン、ステップシークエンスは全てレベル4と本領を発揮しましたが、細かなジャンプミスが響いてシーズンベストからは3点ほど低い71.52点で4位となりました。
 ミスというほどのミスでもなかったのですが、それでも上位3人が本当に完璧だった分4位にとどまりました。とはいえ上位とは僅差なので、フリー次第でいくらでもひっくりかえせます。今シーズンのポゴリラヤ選手はショート、フリーともに安定していますので、十分にメダルは期待できそうですね。


 5位に入ったのは全米女王のカレン・チェン選手です。

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 まずは大技3ルッツ+3トゥループをしっかり回り切って着氷。終盤に組み込んだ3ループ、2アクセルもクリーンに決め、フィナーレは代名詞のレイバックスピンで会場をしっとりとした空気で包み込みました。得点は69.98点とこれまでの自己ベストを5点以上更新し、5位と好スタートを切りました。
 全米女王として初めて臨んだ四大陸では12位と力を出し切れずに終わったチェン選手。このショートはさらなるプレッシャーがかかったと思いますが、重圧をパワーに変えた見事な演技でしたね。ジャンプやスピンなど技術面での安定感はもちろんのこと、それ以上に表現面での成長が光った内容でした。その証拠に演技構成点では5項目中2項目で8点台という高評価で、昨季からイメージをガラリと変えたプログラム戦略が功を奏したのかなという気もしますね。フリーはチェン選手にとって契機となった今年1月の全米選手権のような演技が再現できれば、さらに順位を上げる可能性も大いにあると思うので楽しみですね。


 6位は昨年の世界ジュニア選手権銀メダリスト、ロシアのマリア・ソツコワ選手です。

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 冒頭は大技の3ルッツ+3トゥループを余裕を持って下りて1.2点の高い加点を獲得。続いてスピンとステップシークエンスでもレベル4に加え加点を積み重ね、後半2つのジャンプも成功。終盤のスピンもレベル4とそつなくまとめ上げ、69.76点で6位となりました。
 初出場とは思えない落ち着きを感じさせる演技でしたね。スコア的にも70点台に乗ってもいいのかなという印象でしたが、欧州選手権での自己ベスト72.17点の採点と比べると技術点、演技構成点ともに点数が落ちていて、これはソツコワ選手に限ったことではないのですが、今回は欧州選手権よりは少し抑えめの得点傾向なのかなと感じます。しかし十分メダル圏内なので、若手らしい思い切った演技を見せてほしいと思います。


 7位は昨年の銀メダリストでアメリカのベテラン、アシュリー・ワグナー選手です。

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 まずは得点源の3フリップ+3トゥループ、これを回転はギリギリだったものの回り切って着氷します。後半の3ループ、2アクセルは問題なく成功。スピンは全てレベル4を取りましたが、得意のステップシークエンスはレベル3にとどまるなどわずかながら取りこぼしもあり、69.04点で7位となりました。
 ほぼノーミスという内容でしたが惜しくもフリーの最終グループ入りを逃したワグナー選手。昨年のメダリストであるワグナー選手でも7位という全体的なレベルの高さ、質の高さを感じますね。それでもワグナー選手にとっては良い滑り出しとなったことは間違いないので、昨年もショート4位からフリー2位で追い上げたように、今年もこのポジションからの逆襲というのを期待したいですね。


 8位はイタリアの大ベテラン、カロリーナ・コストナー選手です。

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 冒頭は鍵となる3トゥループ+3トゥループ、これを高い跳躍と美しい流れでまとめ1.3点の加点。続いて3フリップでしたが、こちらは着氷で若干乱れて減点。さらに後半の2アクセルも微妙に踏ん張った着氷となり加点は得られず。また、珍しくフライングスピンの入りで失敗しレベル1になるミスもあり、66.33点で8位と伸び切りませんでした。
 1月の欧州選手権で3季ぶりに競技復帰しいきなり3位と華々しい復活劇を披露したコストナー選手。その結果によって一躍表彰台候補の一角に名乗りを挙げましたが、このSPではミスが散見され上位までは少し点差が開いてしまいました。ただ、演技構成点では全体の4位とやはり高く、あとは技術点次第という感じなので、フリーは欧州選手権時のようにまとめられれば一気にジャンプアップする可能性もあるんじゃないかなと思いますね。


 9位には昨年の世界ジュニア銅メダリスト、日本の樋口新葉選手が入りました。

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 出だしは得意の2アクセルをきっちり決めて落ち着いたスタート。中盤のステップシークエンスでレベル4に加え、加点1.4の高評価を得ると、後半は大技3ルッツ+3トゥループをクリーンに決めます。最後の3フリップはわずかにこらえてマイナス評価となりますが、ミスらしいミスなく滑り切った樋口選手は嬉しそうに破顔しました。得点は65.87点と自己ベストに近い得点で9位となりました。
 先月の四大陸は競技人生の中でも脳裏に焼き付いて離れないであろう悔しさの残る演技内容となり涙をこぼした樋口選手。そこから一からすべてを見直してきたという今大会は練習から好調ぶりをアピールしていましたが、その状態をそのまま出せたショートだったのではないかと思います。本当の意味での樋口選手の能力の全て、爆発力を出し尽くせた内容ではなかったと思いますが、四大陸のこともまだ記憶に新しい中で、それを払拭するという点においてはまずはこの初の大舞台でノーミスに近い演技ができたということは素晴らしかったですね。フリーもまだまだ緊張を強いられるでしょうが、樋口選手らしいのびやかでダイナミックな滑りを見せてほしいと思います。


 急遽出場が決まった本郷理華選手は12位となりました。

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 まずは単独の3フリップから、これは着氷でわずかにこらえつつも回転はしっかり回り切って下ります。後半に2つのジャンプ要素を固め、3トゥループ+3トゥループは大きな乱れなく下りたもののセカンドジャンプが回転不足の判定。次の2アクセルは難なくこなし、終盤のステップシークエンス、スピンはそれぞれレベル4かつ高い加点を稼ぎました。得点は62.55点で12位につけました。
 宮原知子選手の欠場により約1週間前に出場が決まった本郷選手。調整的にはかなり難しい状況だったと想像しますが、今のベストを尽くした素晴らしい演技でした。特にステップは個人的には今季一番の迫力を感じさせる滑りで本郷選手の強い気持ちが伝わってきました。フリーは自身の代表作となった「リバーダンス」。昨年の世界選手権では観客を大いに沸かせた名プログラムで再び会場を熱くしてくれることを願っています。


 四大陸女王の三原舞依選手は15位となりました。

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 冒頭は得点源の3ルッツ+3トゥループを完璧に決めて1.1点の加点を獲得。続く2つのスピンはレベル4で、後半の2アクセルもクリーンに成功。レイバックスピンとステップシークエンスも丁寧にこなし、最後は3フリップで締めくくりというところでしたが、タイミングが合わなかったのか回転が抜けて2回転になった上、着氷に失敗し転倒してしまいます。得点は伸びず59.59点で15位と出遅れました。
 今シーズンは怖いもの知らずの強さで痛快なまでに思い切りの良い演技を続けていた三原選手でしたが、最後の最後にまさかが待っていましたね。ですが、コンディション自体は好調そのもののようですし、その中でのこの失敗というのは魔物に足をすくわれたとでも言うべきアクシデント的なものだと思うので、フリーはショートのことはスパッと忘れていつもの三原選手の平常心を取り戻して臨んでほしいなと思いますね。メンタル面の課題さえクリアできれば、15位などという成績で終わる選手ではないことは今季の成績が証明していますから、今までの練習や試合で積み重ねてきたものを信じて頑張ってほしいと思います。



 女子SPは以上です。メドベデワ選手の首位発進は予想どおりでしたが、2、3位にカナダ勢が続いたのは少し意外でした。しかしそのほかのロシア勢も良い位置につけていますし、アメリカ勢も充分表彰台射程圏内という僅差なので、まだまだメダルの行方は分かりませんね。
 一方、日本女子は目標の3枠獲得に向けては苦しい状況に追い込まれましたが、そんなことよりも選手一人一人が納得のいく演技をするということが最優先だと思いますし、逆に上位から離れた位置にいることで無欲でぶつかっていける強みもあるのかなという感じもするので、フリーが終わった時には3選手の笑顔が見られることを祈りたいですね。女子フリーは現地時間の31日、日本時間の日付が変わった4月1日の深夜から明け方にかけて行われます。


:女子SP上位3選手のスリーショット写真は、フィギュアスケート専門誌「International Figure Skating」の公式フェイスブックページから、メドベデワ選手の写真、オズモンド選手の写真、デールマン選手の写真、チェン選手の写真、ソツコワ選手の写真、樋口選手の写真、本郷選手の写真、三原選手の写真は、マルチメディアサイト「Newscom」から、ポゴリラヤ選手の写真、ワグナー選手の写真、コストナー選手の写真は、スポーツ情報サイト「スポーツナビ」のフィギュアスケートページから引用させていただきました。

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by hitsujigusa | 2017-03-30 15:12 | フィギュアスケート(大会関連) | Trackback | Comments(0)

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 ジュニアの世界一を決める世界ジュニア選手権が今年は台湾の台北にて行われました。大会は男子、女子、アイスダンスでジュニアの世界歴代最高点が更新されるという近年のフィギュア界の進化を体現するような試合内容となりました。ざっくりとではありますが、カテゴリー別に順位と内容をまとめていきたいと思います。

ISU World Junior Figure Skating Championships 2017 この大会の詳しい結果、各選手の採点表が見られます。

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《女子シングル》


 まずは女子から。
 優勝を勝ち取ったのはロシアのアリーナ・ザギトワ選手。SPはジュニア歴代最高でもある自己ベストに極めて近い得点で首位発進。フリーも7つのジャンプ要素全てを後半に跳ぶという驚異的な構成を難なくこなし、自身が持つジュニア女子の歴代最高点を超える138.02点をマーク、トータルでも208.60点というこちらもジュニア女子歴代最高を更新し、圧勝を成し遂げました。
 最初から最後まで隙の無い完璧な演技でしたね。ショート、フリーともに全てジャンプを後半に跳ぶという世界でも前例のない試みをしっかり自分のものとしてコントロールし切って、シーズン序盤からの快進撃を貫き通しました。今季は本格的な国際大会デビューとなったジュニアグランプリ(以下、JGP)のフランス大会でいきなり優勝すると、ファイナルではジュニア女子史上初の200点超えで初タイトル。さらに猛者集うロシア選手権でも世界女王のエフゲニア・メドベデワ選手に次ぐ銀メダルと怒濤の活躍。昨季はJGPへの派遣もなく、ロシアジュニア選手権でも9位と特に際立った成績は収めていなかったザギトワ選手が、今シーズンになってなぜ突然これほどまでの躍進を遂げたのか、逆にいうとこれほどの選手がなぜ昨季までは影を潜めていたのか、それだけロシアには天才、逸材がまだまだ隠れているということの証にも感じられて、まさにザギトワ選手はその象徴的存在となっていますね。
 今シーズン輝かしい成績を残したことによって来季はシニアに上がる可能性も高くなったザギトワ選手。この勢いが続けば、オリンピックでメダルどころか優勝争いを演じる可能性も十二分にあり、日本勢にとってはまた一人恐い選手が出てきたなと思いますが、はたして来シーズン、ザギトワ選手がどんな姿を見せてくれるのか楽しみですね。

 銀メダルを獲得したのは昨年のチャンピオンである日本の本田真凛選手です。SPはほぼノーミスの演技で自己ベストを更新し2位と好発進。フリーも全てのジャンプをクリーンに跳び切り、さらにはスピン、ステップシークエンスも全てレベル4という安定感抜群の演技でフィニッシュではガッツポーズ。フリー133.26点、トータル201.61点と目標にしていた200点超えを達成し、見事昨年に続いて2つ目のメダルを手にしました。
 ショート、フリーともに全てのエレメンツで加点を引き出すパーフェクトな演技を揃えて昨年以上の強心臓ぶりを見せつけた本田選手。特にフリーは本人が望んでいた2位というポジションで臨めたこともあってか、非常にのびやかかつエレガントで本田選手の魅力を存分に発揮しましたね。一方で201.61点という点数が出た直後は歓喜を爆発させた本田選手でしたが、直後に滑走したザギトワ選手に逆転されると一転顔を曇らせ、銀メダル確定後のインタビューでは自身の演技に満足感を漂わせながらも2位という順位に対する悔しさを涙まじりで露わにしました。普段は明るくキャピキャピとしたいまどきのティーンネイジャーといった姿からは少しギャップがあるというか、200点超えで銀メダルという素晴らしい結果にも悔しさを隠さない表情というのは意外な印象を受けましたが、やはりその点では中学生であっても立派なアスリート、勝負にこだわる勝負師という感じで、可愛らしさの裏に潜めた勝気さ、負けず嫌いさはシニアに上がるであろう来季に繋がっていくでしょうね。層の厚い日本女子の中を勝ち抜くのは大変だと思いますが、オリンピック出場目指して頑張ってほしいと思います。

 そして銅メダルを獲得したのは全日本ジュニア女王の坂本花織選手。ショートは幅のある飛距離と美しい流れが特徴的なジャンプに加え、スピンも全てレベル4というそつのない演技で首位と2点差余りの3位につけます。フリーも冒頭から流れのあるジャンプを次々と着氷し終始躍動感のある滑りで演技後は破顔。ショートに続き自己ベストを更新し、トータル195.54点というハイスコアで表彰台を射止めました。
 フリーは最終滑走でしかも驚異的な演技と得点を叩き出したザギトワ選手の直後という平常心を失ってもおかしくない状況でしたが、非常に落ち着いた演技で自分自身のことに集中していましたね。坂本選手といえばジュニアはすでに4季目。2季前には全日本ジュニアで2位となり世界ジュニアでも6位入賞と存在感を示したものの、昨季は世界ジュニアの切符を逃すという苦杯も味わっており、そうしたジュニアでの良い経験も悪い経験も、全て今大会に活かされたのではないかなと思いますね。コーチからは今回表彰台に上がれなければ来季もジュニアと言われていたようで、シニアに上がるぞという強い気持ちも好演技に繋がったのでしょうね。来季はぜひシニアで坂本選手らしい爆発力のあるパワーあふれる演技を楽しみにしています。

 4位となったのは韓国のイム・ウンス選手。ショートはほぼ完璧な内容で自己ベストを更新して4位と好位置につけると、フリーは後半の3ルッツで1つ転倒があったものの、そのほかは手堅くまとめて4位、総合も4位となりました。イム選手は今季からジュニアに参戦した選手ですが、JGPではさっそく表彰台に乗るなど技術の高さを見せつけたシーズンだったのではないかと思います。韓国の女子勢は冬季アジア大会を制したチェ・ダビン選手を始めとして世界で戦える技術力を持つ10代の選手が続々と台頭してきているので、その一角としてイム選手もこれからの韓国フィギュア界を担っていく存在になるのではないでしょうか。残念ながら年齢制限のため来年の平昌五輪には出場できませんが、その次の世代として今から注目の選手ですね。
 5位に入ったのは全日本ジュニア2位の白岩優奈選手。SPは目立ったミスなく演技をまとめてわずかながら自己ベストを更新して5位。フリーは中盤のジャンプで転倒しましたがミスを引きずることなく丁寧に滑り切り5位、トータルも5位でフィニッシュしました。今シーズンの白岩選手はシーズン開幕前に右足を骨折、シーズン中も腰痛に悩まされ、今大会も背中から腰にかけて大きなテーピングを施した上での滑走となりました。その中で今できることを出し切った姿からは頼もしささえ感じました。コンディション不良の影響もあってかフリーは細かな回転不足を多く取られ、見た目の印象よりも点数は稼げなかったのが残念でしたが、勢いのままに4位まで駆け上がった昨年とは違い、心身ともに厳しい状況に追い込まれながらもそれを乗り越えてたどり着いた今年の5位という結果は、昨年以上の収穫や価値があるのではないかと思います。ショート17位から総合5位まで猛追した全日本選手権もそうですが、本当に強い心の持ち主だなと感じるので、来季も白岩選手のペースで歩みを進めていってほしいですね。
 6位に入ったのはロシアのスタニスラワ・コンスタンティノワ選手。ショートは単独の3ループが2回転になった上に転倒するミスがあり6位と出遅れ。フリーも序盤からミスが相次ぎ順位を上げることは叶いませんでした。上述したザギトワ選手同様、今季からJGPに参戦し開花したコンスタンティノワ選手ですが、今回はショート、フリー通して何かが噛み合わなかったのかなという印象でしたね。ただ、ロシアのジュニア女子は国内の選考を勝ち抜くだけでも大変で、実際に今季のJGPファイナルでザギトワ選手に次ぐ銀メダルを獲得しているアナスタシア・グバノワ選手はロシアジュニア選手権では7位、JGPファイナル5位のエリザヴェータ・ヌグマノワ選手は11位と下位に沈んでいて、国際試合で結果を残している選手でも国内選手権では必ずしも安泰とは言えないシビアさなので、そのレースを勝ち抜いて世界ジュニアまでたどり着いたコンスタンティノワ選手が今季の経験を活かして来シーズンはどんなふうに成長を見せてくれるのか、楽しみでもありますね。
 以下、7位はアメリカのブレイディー・テネル選手、8位はドイツのリア・ヨハンナ・ダスティシュ選手となっています。


《男子シングル》

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 男子を制したのはアメリカのヴィンセント・ゾウ選手。SPはミスらしいミスなく演技をまとめて僅差の5位につけます。フリーは冒頭で大技4ルッツに挑戦し見事完璧に着氷。さらに4サルコウを2本、3アクセルを2本きっちりと成功。そのほかのトリプルジャンプも全てクリーンに下り、スピンも全てレベル4という完成度の高い滑りで179.24点でフリー1位、総合では自己ベストかつジュニアの歴代最高得点の258.11点で劇的な逆転優勝を果たしました。
 何といっても大きなサプライズをもたらしたのがフリーの4ルッツ。ジュニアではもちろん初めて、シニアを含めても史上4人目となる4ルッツ成功という快挙を成し遂げ、ジュニアという枠を超えた驚きを与えてくれました。現在の男子フィギュア界は史上空前の4回転時代に突入していますが、その流れを象徴するような選手がまた出てきたなという感じですね。ただ、もちろんそれだけではなく、そのほかのエレメンツもコンスタントに揃えられる総合力があり、4回転が全てではないというのも表しています。
 ゾウ選手は来シーズンにもオリンピック出場を目指してシニアに移行してくる可能性が高いと思いますが、今季の全米選手権では銀メダルを獲得していてシニアで戦う用意は十分という感じですから、今から楽しみですね。アメリカ男子はネイサン・チェン選手がこれから“チェン時代”とでも言うべき一時代を築いていくのではないかと思いますが、それに次ぐ選手としてゾウ選手の飛躍を期待したいですね。

 銀メダルを手にしたのは今季のJGPファイナル覇者、ロシアのドミトリー・アリエフ選手です。SPは得点源の3アクセルをパーフェクトに跳び切って2.14点という高い加点を得ると、ほかのジャンプもクリーンにこなして、83.48点の自己ベストで首位発進します。フリーは冒頭の4トゥループこそ着氷で乱れますが、その後は大きなミスなく演技をまとめ上げ、こちらも自己ベストの163.83点でフリー3位、総合2位となりました。
 大技の4回転こそ決まりませんでしたが、そのほかはしっかりとコントロールした滑りで、以前ならこの内容でも十分優勝できたかもしれませんが、ジュニアでさえ4回転隆盛の現在においてはやはり4回転を決めないと難しいということなのでしょうね。ただ、アリエフ選手はJGPファイナルを制し、今大会も銀メダルと安定感を示し、ロシア男子の次世代を担う選手として今後がますます楽しみになりました。

 3位に入ったのは同じくロシアのアレクサンドル・サマリン選手です。ショートは3ループで細かなミスがあったものの、3アクセル、3+3は完璧に決めてパーソナルベストの3位と好発進。フリーは冒頭の4トゥループ+3トゥループはわずかに着氷でバランスを崩しましたが、直後の単独の4トゥループはクリーンに成功。後半のジャンプで細かく減点は取られましたが、ミスを最小限に抑え、ショートに続き自己ベストでフリー4位、総合3位となりました。
 今季はJGPで2連勝しファイナルではアリエフ選手に次ぐ銀メダル、そして今回は銅メダルとこちらもシーズン通して安定感を発揮したサマリン選手。アリエフ選手とはトータルで2点差もなく、フリーでは二人とも163点台とどちらが上回ってもおかしくなかったと思うのですが、勝負を分けたのは演技構成点の差で、技術点はサマリン選手が約4点、演技構成点はアリエフ選手が約4点上回っており、サマリン選手は安定した4トゥループや3アクセルを持っていることから考えても、今後は演技構成点の底上げが必要かなと感じますね。

 4位もロシアのアレクサンドル・ペトロフ選手です。SPは全てのエレメンツをクリーンにこなし自己ベストで4位。フリーは4回転のミスを最小限に抑え、そのほかのジャンプもほぼノーミスで揃えて自己ベストをマークしましたが、接戦の中で惜しくも表彰台は逃しました。
 すでに昨シーズンからシニアを主戦場としているペトロフ選手ですが、今季は欧州選手権、世界選手権の切符を逃したということで世界ジュニアに派遣されました。シーズン序盤は4トゥループを組み込む試合もあったものの成功には至らず、GPシリーズ以降は4トゥループは外していましたが、今大会はその4トゥループに挑みほとんど成功というジャンプにまとめました。ロシア男子も10代の若手がグングン伸びてきていますので、その中で生き残るためにはやはり4回転は必須で、しかもただ跳ぶだけではなく精度高く見栄えも重要になってきますから、必ずしも4回転ジャンパーではないペトロフ選手がどう4回転を自分のものにしていくかが来季のカギになってきそうですね。
 5位は韓国のチャ・ジュンファン選手。SPは全てのジャンプを完璧に成功させたのに加え高い加点を稼ぎ、自己ベストの82.34点で2位と好位置につけます。フリーはまず3+3を決め、続く4サルコウ+2トゥループ、3アクセルもパーフェクトと最高の滑り出しを見せます。しかし後半は2本目の4サルコウで転倒すると、3アクセルからの連続ジャンプも乱れ、フリー6位、総合5位と順位を落としました。
 今シーズンJGPデビューにしてさっそく2連勝するとJGPファイナルでも銅メダルを獲得し、今大会も優勝候補に挙げられていたチャ選手。まだ15歳ながら成功率の高い4サルコウを持っている選手ですが、今回はその4サルコウを2本に増やした試みが裏目に出る形となってしまいましたね。しかし、ジュニア男子も4回転の種類や数が急速に増えていますので、チャ選手のようにシーズン中でも4回転の数を増やすというチャレンジは必要なことなのでしょう。ましてやかつてジュニア男子は200点を超えるくらいでも高得点だった時代から今やシニアでも高得点の250点を超える時代になってきたわけですから、今後はますます4回転競争が激しくなっていくことは間違いなく、新世代の一角としてチャ選手もおもしろい存在になっていきそうですね。
 6位となったのはディフェンディングチャンピオンであるイスラエルのダニエル・サモヒン選手。SPは全てのジャンプでミスを犯してしまい16位とまさかの出遅れ。しかしフリーは冒頭の4トゥループ+3トゥループ、4サルコウを相次いでクリーンに成功。3アクセル2本も完璧に着氷します。後半は2本目の4トゥループ始め複数のミスが出てしまったもののフリー2位、総合6位と驚異の追い上げを見せました。
 今シーズンからシニアのGPに参戦したサモヒン選手。良い時と悪い時の差が激しい選手という印象ですが、今大会はそういった意味でサモヒン選手らしい試合展開でしたね。ハマった時の爆発力は素晴らしいので、来季はそんな試合をどれだけ増やしていけるか注目したいですね。
 以下、7位はフランスのケヴィン・エイモズ選手、8位はアメリカのアレクセイ・クラスノジョン選手となっています。

 日本の友野一希選手、島田高志郎選手はそれぞれ9位、14位となりました。
 友野選手はSPは序盤のジャンプをクリーンにこなして好スタートを切りましたが、後半の3アクセルで転倒し14位にとどまります。フリーは大技の4サルコウに挑戦、あえなく失敗に終わり、続く3アクセル+3トゥループもステップアウトとミスが重なります。しかし次の3+2+2をしっかり下りると、後半の3アクセルは着氷で手をついたものの、その後は全ジャンプを綺麗に着氷。自己ベストに近いスコアで7位、総合9位と順位を上げました。
 ショートは大きなミスがあって出遅れたものの、そこから1日での切り替え、立て直しは素晴らしかったですね。昨年の世界ジュニアは欠場選手の代役として急遽出場し15位。そこから今季はJGP日本大会で初の200点超えを達成すると、続くスロベニア大会では3位と初の表彰台を射止め、全日本ジュニアで初優勝、シニアの全日本でも5位と、ジュニアのエースとして申し分ない成長、飛躍を見せてくれた友野選手。それでもまだまだ世界には上がいるということで今大会で得た収穫も課題も色々あったと思うので、シニアに上がる来季はジュニアでの経験を活かして頑張ってほしいですね。
 一方、初出場だった中学3年生の島田選手は、ショートは際立ったミスなく滑り切って12位につけると、フリーは大技の3アクセルを回避した構成で臨み細かなミスはあったものの大崩れすることなく全体をまとめて13位、総合14位となりました。
 本来は3アクセルも跳べる島田選手ですが腰痛の影響で今大会は回避。そのため得点を伸ばし切ることはできませんでしたが、難しいコンディションの中で踏ん張って耐えきった粘り強い演技だったのではないでしょうか。初めての世界ジュニアということで海外勢のレベルの高さなど感じるところは多くあったでしょうが、今できるベストを尽くしたという経験が来季にも繋がっていくと思いますね。


《ペア》

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 優勝したのはオーストラリアのエカテリーナ・アレクサンドロフスカヤ&ハーレー・ウィンザー組。SPはスロージャンプで細かなミスはあったもののほかを堅実にまとめて自己ベストで3位と好発進。フリーは中盤のスロー3サルコウで転倒がありましたが、それ以外はほぼノーミスでエレメンツをこなしてフリー2位、総合1位と金メダルを手にしました。オーストラリアの選手が世界ジュニアを制するのは史上初の快挙。フィギュアスケートが盛んではない南半球の国からこうして有望なペアが出てきたというのは喜ばしいことですし、フィギュアスケートという競技の裾野も広がりつつあるという感じで嬉しいですね。
 2位はロシアのアレクサンドラ・ボイコワ&ドミトリー・コズロフスキー組。ショートはスロー3フリップでミスがありながらもパーソナルベストで首位発進。フリーは重圧に押しつぶされたのかジャンプやスピンなど複数のエレメンツでミスを連発し4位となりましたが、ショートのアドバンテージを活かして2位となりました。
 3位は中国のガオ・ユーメン&シエ・ジョン組。SPはミスを最小限にとどめて2位につけると、フリーもサイドバイサイドのジャンプが1つパンクした以外はほぼノーミスでまとめ3位に入りました。
 日本の三浦璃来&市橋翔哉組は13位となりました。SPは小さなミスを重ねながらも11位につけましたが、フリーは得点源となるソロジャンプやスロージャンプで大きなミスが相次ぎ13位、総合も13位に終わりました。


《アイスダンス》

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 初のタイトルを獲得したのはアメリカのレイチェル・パーソンズ&マイケル・パーソンズ組。SDはパーソナルベストをわずかに更新し首位と超僅差の2位につけます。FDはリフトで若干減点されましたが完成度の高い演技で自己新をマーク、トータルではジュニアの世界歴代最高得点で逆転優勝をつかみ取りました。
 昨年は0.91点差で惜しくも優勝を逃したパーソンズ兄妹。今季はシーズン序盤から好調を維持し出場した全ての試合で優勝してきましたが、見事に有終の美を飾りましたね。パーソンズ兄妹はすでにJGP参戦は6季目で、年齢的にもそろそろジュニアは最後かなという感じなので、シニアに上がるであろう来季はどこまで層の厚いアメリカのアイスダンス勢の中で上位に食い込めるか期待したいですね。
 銀メダルを手にしたのはロシアのアッラ・ロボダ&パヴェル・ドロースト組。SDはパーソナルベストを0.01点更新してトップ発進。FDはパーソンズ兄妹に逆転こそ許したものの、ほぼノーミスの演技でこちらも自己ベストをマークし2位となりました。
 3位はアメリカのクリスティーナ・カレイラ&アンソニー・ポノマレンコ組。SDはツイズルがレベル2にとどまるなど取りこぼしがあり6位。FDはショートのミスをしっかり修正した滑りで自己ベストを更新して3位、総合でも3位と順位を上げました。
 2年連続の出場となった日本の深瀬理香子&立野在組は昨年より順位を上げて13位でフィニッシュ。SDはレベルの取りこぼしはそれほどなかったものの、GOE加点が伸び切らず、しかし国際大会では初めて50点台に乗せて15位。FDは冒頭のステップがレベル2どまりでしたが、その後は安定してエレメンツをクリーンにこなして自己ベストでショートから2つ順位を上げました。



 さて、今年の世界ジュニアは全てのカテゴリーでロシア勢が表彰台に立ち、フィギュアスケート王国の安泰ぶりを見せつけました。
 各カテゴリー別に見てみると、女子はザギトワ選手がシニアにも匹敵するスコアで圧巻の優勝。ですが、日本勢も2年連続で2人が表彰台に上り、ロシア勢に負けるとも劣らぬ層の厚さを示しました。
 一方、男子もゾウ選手がジュニアでは初めて250点の壁を突破したことで加速的に進む新時代を改めて感じさせました。そして、2、3、4位はロシア勢が続き、かつて一時代を築いたロシア男子が復活途上にあることを知らしめました。この結果がそのままシニアに結びつくわけではないでしょうが、将来的には世界の表彰台を争う存在として彼らが順調に伸びてきてくれれば、男子フィギュア界はさらに盛り上がるのではないかと思いますね。
 ペアはオーストラリアのペアが優勝という歴史的な偉業を成し遂げましたが、1~3位まで約2点差しかなく、どのペアが優勝してもおかしくない展開でしたね。
 他方のアイスダンスはJGPファイナルで金銀を争ったパーソンズ&パーソンズ組とロボダ&ドロースト組が再び相見え一騎打ちとなりました。一方で昨年のチャンピオンであるロレイン・マクナマラ&クイン・カーペンター組が7位と振るわず、2年続けて安定した力を出し続ける難しさというのを感じさせましたね。
 今大会活躍した選手たちの中から複数が来季はシニアに上がることが考えられますが、どの選手がシニアでも通用するかというのを占う意味でもおもしろい試合となりました。特に来季はオリンピックシーズンですから、ジュニアの勢いそのままに一気にオリンピックまで駆け上がる可能性も大いに秘められていて、この世界ジュニアをステップにさらに飛躍してくれることを楽しみにしたいですね。


:女子メダリスト3選手のスリーショット写真は、デイリースポーツの公式サイト内の写真特集記事から、男子メダリスト3組のスリーショット写真、ペアメダリスト3組の写真は、マルチメディアサイト「Newscom」から、アイスダンス3組の写真は、国際スケート連盟の公式サイトから引用させていただきました。

【ブログ内関連記事】
ジュニアグランプリシリーズ16/17について 2016年10月19日
ジュニアグランプリファイナル2016―ロシア勢躍動 2016年12月19日

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by hitsujigusa | 2017-03-22 17:53 | フィギュアスケート(大会関連) | Trackback | Comments(0)

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 3月20日、日本スケート連盟は日本女子のエースである宮原知子選手が世界選手権を欠場することを発表しました。

◆◆◆◆◆

フィギュア宮原知子が世界選手権欠場 五輪3枠取りに暗雲

 日本スケート連盟は20日、フィギュアスケートの世界選手権(フィンランド、ヘルシンキ)に出場予定だった女子のエース、宮原知子(関大)が、左股関節の疲労骨折の回復が遅れているため、欠場すると発表した。1月半ばに発症以降、2月の四大陸選手権とアジア大会を欠場し、全力で治療とリハビリに努めてきたが、痛みが取りきれず、2週間後の試合で良いパフォーマンスはできないと判断された。補欠の本郷理華(邦和スポーツランド)が代わりに出場する。

 宮原はスケート連盟を通じて「世界選手権に向けて徐々に練習量を増やし、調整してまいりましたが、痛みが継続するため、棄権を決断致しました。来シーズンに向けて今は治療に専念し、完全復帰が出来るように頑張っていきます。ご迷惑とご心配をおかけし、申し訳ありません」と、コメントを発表。出場が決まった本郷は「この度、世界選手権に出場させていただくことになりました。本来なら行けるはずではなかった世界選手権に出場できることに感謝して、今自分にできる最高のパフォーマンスを発揮できるよう強い気持ちで頑張ります」と、意気込みを示した。


デイリースポーツ 2017年3月20日 17:05 一部抜粋

◆◆◆◆◆

 宮原選手は昨年末のグランプリファイナル前から左股関節痛を発症していて、それが年明けに悪化。1月半ばに左股関節の疲労骨折で全治4週間という診断を受けて2月の四大陸選手権と冬季アジア大会を欠場という経過となっていました。ただ、1月半ばの時点で全治4週間で、氷上での練習もできているという情報から鑑みて、世界選手権には十分間に合うのではないかと予想していたのですが、残念ながら大会直前のこの時期になっても痛みが完全には癒えていないということで欠場を決断したようですね。
 本音を言えば宮原選手の欠場は日本にとって非常に痛いですが、ここで無理に出場して良い結果に結びついたとしても、来季にまで怪我が響くようなことになればそれはもっと痛いことなので、悩まれたとは思いますがベストな判断だと思います。今は治療に専念して、来シーズンが始まる頃には宮原選手らしいパフォーマンスができるような状態になって戻って来てくれることを心から願っています。

 そして、欠場の宮原選手に代わって世界選手権に出場することとなったのが本郷理華選手。本郷選手は2月の四大陸選手権も宮原選手の欠場に伴う代役として出場しましたが、今回も約1週間前という直前になっての繰り上がり決定ということで調整的には大変だと思いますが、現時点での本郷選手のベストパフォーマンスに期待したいですね。

 さらに何といっても今年の世界選手権は来年のオリンピックの枠取りが懸かる4年に1度の例年以上の重要な意味を持つ大会。出場する三原舞依、樋口新葉、本郷理華の3選手には大きなプレッシャーがかかることとなります。オリンピックで出場枠3を確保するためには世界選手権で3選手のうち上位2選手の順位の合計の数字が13位以下であることが求められます。順位の合計が14~28であれば2枠、さらに29以上となると1枠となります。現時点での3選手のシーズンベストやパーソナルベストを考えても、合計13以内はギリギリの線。ベスト以上の演技が必要となってくるかもしれませんが、まずは枠取りのことよりも選手自身が1年間積み上げてきたものを全て出しきるという意識で、自分自身のことに集中してやりきってほしいなと思います。そのことが枠取りに関しても良い結果に繋がっていくと信じたいですね。

 はたして世界選手権はどんな結末を迎えるのか、開幕は今月29日、フィンランドの首都ヘルシンキにて行われます。


:宮原選手の写真は、マルチメディアサイト「Newscom」から引用させていただきました。

【ブログ内関連記事】
宮原知子選手、四大陸選手権とアジア冬季大会欠場を発表 2017年2月8日

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by hitsujigusa | 2017-03-21 16:12 | フィギュアスケート(大会関連) | Trackback | Comments(0)

予定日はジミー・ペイジ (新潮文庫)


【あらすじ】
 夫と性交し流れ星を見た夜、何の前触れもなく妊娠したこと感じ取ったマキ。その約2か月後、産婦人科で「おめでたですね」と言われ実際に妊娠したことを知る。子どもができたことを知った夫・さんちゃんは手放しで喜ぶが、マキはなぜか素直に喜ぶことができず――。


 今日3月8日は小説家の角田光代さんの誕生日です。ということで今回は角田さんの長編小説『予定日はジミー・ペイジ』を取り上げます。
 角田光代さんといえば『対岸の彼女』で直木賞受賞、『八日目の蝉』で中央公論文芸賞受賞、『紙の月』で柴田錬三郎賞受賞など数々の文学賞を受賞、数多くの作品が映像化されている人気作家の一人。作風的には代表作の『八日目の蝉』や『紙の月』のようにふとしたきっかけから人生を狂わせていく女性を描いた重厚な小説が近年は多いですが、元々ジュニア小説や児童文学から出発している作家ということもあってほのぼのした雰囲気の小説も多く手がけています。どちらにしろ角田さんといえばやはり女性の心理や機微を描写することに長けていて、そんな中で妊娠した女性の繊細な心情を綴った『予定日はジミー・ペイジ』は角田光代という小説家の魅力がぎゅうっと詰まった長編小説となっています。

 『予定日はジミー・ペイジ』は専業主婦の妊婦・マキの日常が日記形式で書かれています。物語の始まりは4月。夫と性交した夜、マキは妊娠したかもと思い、実際におよそ2か月後の6月10日に産婦人科で妊娠が判明します。
 妊婦が主人公の小説というと幸せなマタニティライフを描いたものを想像してしまいますが、この小説は全編に渡って主人公マキの妊娠に対する不安、疑念がリアルに描かれます。
 まず妊娠を知った直後からマキはこんな感じです。


 おめでたですよと言われて、めでたいですかと訊き返す私は、きっとおかしな人間なんだろうと思う。どこかまちがっている。歪んでいる。母性欠落。どうしよう。
 おなかに手をあてて、ごめんとちいさく言ってみる。あんただって、「やったあ」と叫んでくれる女の人のおなかに入りたかったよね。でもさ、言い訳じゃないけどね、うれしくないんじゃなくてわかんないだけなんだと思うよ。だってはじめてなんだもん。自分の体に自分以外の何ものかが入ってるなんてさ。



 現代においても“母性神話”というのは存在するもので、しかもなかなかにそれは強固で世の中の母親にプレッシャーを与えるものであるように思います。好きな人の子どもができたらうれしいのは当たり前、女性に母性本能が備わっているのは当たり前。そうした固定観念をこの小説は最初っからひっくり返します。
 一方でマキの夫であるさんちゃんは無邪気です。妊娠を知った途端大喜びします。自分の体の中に突然“赤ん坊”という異物が飛び込んできて否応なく変化を強いられる女性と、自分自身に何ら変化がなくとも観念だけで父親になれてしまう男性。現実を突きつけられる女性と、幻想を抱く男性。妊娠という出来事によって浮かび上がる女性と男性のギャップをもつまびらかにしています。
 そんなもやもやを抱えつつも、マキはいろんなものをなめたくなる衝動に駆られたり、冷やし中華ばかり食べたくなったり、変な夢ばかり見たりする中で、妊娠に伴う体の変化を少しずつ受け容れ、というより“妊娠”という抗いようのない事実に身を任せていきます。しかし、急激な体の変貌ぶりに比して心はなかなか追いつかず。“プレママクラス”なる会に参加したマキはそれまでに溜めに溜めた不満を心の内でぶちまけます。


 うるせえ、うるせえ、うるせえ、うるせえ。心のなかで何度も言いながら、よたよたと駅に向かった。知ってるよ、全部知ってる、母親が不安だったらよくないって、怒ると酸素が届かないって、産みたくないなんて思ったら赤ん坊にもろばれだって、何度も何度もどっかで読んだしき聞かされた、そんなこたあ知ってんの、だけど私は機械じゃないんだもん。子ができた瞬間にメンテナンス万端の子産みマシンじゃないんだもん。それにほかのだれでもないんだもん。


 それまで何の肩書きも責任もなかった一人の女性が、妊娠した途端に良い意味でも悪い意味でも“妊婦”という特別な存在となる。“妊婦”なのだからお腹の赤ちゃんのことを最優先に考えるのは当然で自分のことは我慢するのが当然。妊婦である前に一人の女性であり人間であるという真実が、“妊婦”という名前が持つ力によって押し潰されないがしろにされてしまう。当たり前を当たり前と思わず世間が提示する“妊婦像”に抗うマキの姿は、不器用でみっともなくて、でも自分の感情や感覚に正直ですがすがしくもあります。
 妊娠とは、子どもを産むとは何か。膨らんでいくお腹とともに数か月過ごしたマキがたどり着いた答えとは……。こんなふうに書くと社会派小説みたいでお堅い話かと思われるかもしれませんが全くそんなことはありません。あくまでも妊婦を主人公とした日常小説で、それを支えているのはやはり生活の匂いがぷんぷんする豊かなディテールの描写。特に印象的なのは食べものです。たとえば妊娠が判明した日の夕食はほうれん草ゴマ和え、カジキ鮪の生姜ソテー、ささみとセロリのサラダ。6月27日は近所のお好み焼き屋の豚玉と海老玉とチーズ玉と焼きそば。11月1日は鯛の塩釜、卵とベーコンのグリーンサラダ、海老と長芋の春巻き。大晦日は年越しそばと手作り餃子。日々の出来事の描写の中にさりげなく差し挟まれる食べもののシーンは、妊娠しても変わらないマキのスタンスを示すとともに、食べることも妊娠することも同じ日常の一部という同列のものとしてとらえている感じもします。もちろん新たな命が生まれるというのは特別なことなのですが、食べたり眠ったり排泄したりという全てのいきものの自然のサイクルのうちの一つでもあって、その特別視しすぎない感じも、“マタニティ小説”という気負いや重さなどなく気軽に楽しみながら読める理由なのかなと思います。

 妊娠という出来事をきっかけに自分自身の過去や現在と向き合い人として成長していくマキ(とさんちゃん)。ちまたにはいろんな妊娠や出産や育児にまつわる情報が溢れていますが、どこにも正解なんてなくて、妊婦の数だけそれぞれのマタニティライフがあり出産がある。もがきながらも自分なりに楽しみながら妊娠生活を送るマキの姿からは、そんな前向きなメッセージが感じられます。女性も女性でない人も、妊娠している人もいない人も、妊娠や出産に全く縁がない人も、ちょっぴり妊婦気分を追体験できる名作です。


:記事内の青字の部分は角田光代著『予定日はジミー・ペイジ』(新潮社、2010年8月)から引用させていただきました。


予定日はジミー・ペイジ (新潮文庫)
角田 光代
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by hitsujigusa | 2017-03-08 01:17 | 小説 | Trackback | Comments(0)

蜜のあわれ


【あらすじ】
 老小説家の上山と金魚の娘・赤子。金魚でありながら人間の娘に化けておしゃれをしたり街に出かけたり自由気ままに生を謳歌する赤子は、上山の過去を知る謎の幽霊・田村ゆり子と出会い、人間の世界の喜びも哀しみも経験して――。


 明日3月3日はひな祭りの日。ですが、江戸時代にひな祭りの日に一緒に金魚を飾った風習から金魚の日でもあるそうです。ということで、今回は金魚が主人公という異色の小説「蜜のあわれ」を取り上げます。
 明治・大正・昭和にわたって活躍した詩人であり小説家の室生犀星については、当ブログでは今までにも2度ピックアップしていますが、今回紹介する中編作品「蜜のあわれ」は犀星の代表作の一つです。2016年に二階堂ふみ主演で映画化されたこともあり、原作への注目度もさらに増しました。
 発表されたのは1959年。犀星が死没したのが1962年ですから晩年の作品です。そして、赤子に“おじさま”と呼ばれる老作家が作中で赤子を主人公とした小説を書いているというくだりがあることから、「蜜のあわれ」は犀星が自分自身を茶化したような遊び心溢れる作品になっています。
 しかし、何といってもこの小説の最大の特徴は小説の構成自体にあります。「蜜のあわれ」は最初から最後までカギカッコつきのセリフのみで物語が進むのです。たとえばこんなふうに。


「おじさま、お早うございます。」
「あ、お早う、好いご機嫌らしいね。」
「こんな好いお天気なのに、誰だって機嫌好くしていなきゃ悪いわ、おじさまも、さばさばしたお顔でいらっしゃる。」
「こんなに朝早くやって来て、またおねだりかね。どうも、あやしいな。」
「ううん、いや、ちがう。」
「じゃ何だ。言ってご覧。」
「あのね、このあいだね。あの、」
「うん。」
「このあいだね、小説の雑誌巻頭にあたいの絵をおかきになったでしょう。」
「あ、画いたよ、一疋いる金魚の絵をかいた。それがどうしたの。」
「あれね、とてもお上手だったわ、眼なんかぴちぴちしていて、とてもね。本物にそっくりだったわ。」



 終始説明文や情景描写はなく、登場人物たちの言葉のみが綴られます。この時代において小説の常識を覆すような前衛的な作品といえますが、あちらこちら行ったり来たり、とりとめもない会話が、日本語特有のリズムや豊かさをありありと描き出していて、日本語という言葉のおもしろさを味わうにはこれ以上ない小説ではないかと思います。

 そんな「蜜のあわれ」ですが、内容的には金魚なのになぜか人間の姿で普通に街に出かけたりする人間年齢17歳(金魚年齢は3歳)の少女・赤子を中心とした日常の話となっていて、そもそもが金魚が主人公なので日常といってもおかしな日常なのですが、だからといって大それた事件が起きるとかファンタジー的展開が繰り広げられるとかはなく、あくまで金魚と人間(と時々幽霊)の日常の話なのです。
 そんな中で特に印象的なのは赤子とおじさまが戯れる数々のシーン。金魚である赤子の身体に興味津々なおじさまの姿は、科学的な関心と言えなくもないですが、一方で文面では人間の少女のごとく言葉を発する赤子とのやりとりは、老人とうら若き乙女とのあやしい関係にも見えて、それこそが犀星が意図したことであったのだろうと思いますが、何ともふしぎな官能の世界を作り出しています。


「慍って飛びついて来たからぶん殴ってやった、けど、強くてこんなに尾っぽ食われちゃった。」
「痛むか、裂けたね。」
「だからおじさまの唾で、今夜継いでいただきたいわ、すじがあるから、そこにうまく唾を塗ってぺとぺとにして、継げば、わけなく継げるのよ。」
(中略)
「これは甚だ困難なしごとだ、ぺとついていて、まるでつまむ事は出来ないじゃないか。もっと、ひろげるんだ。」
「羞かしいわ、そこ、ひろげろなんて仰有ると、こまるわ。」
「なにが羞かしいんだ、そんな大きい年をしてさ。」
「だって、……」
「なにがだってなんだ、そんなに、すぼめていては、指先につまめないじゃないか。」
「おじさま。」
「何だ赧い顔をして。」
「そこに何があるか、ご存じないのね。」
「何って何さ?」
「そこはね、あのね、そこはあたいだちのね。」
「きみたちの。」
「あのほら、あのところなのよ、何て判らない方なんだろう。」
「あ、そうか、判った、それは失礼、しかし何も羞かしいことがないじゃないか、みんなが持っているものなんだし、僕にはちっとも、かんかくがないんだ。」



 室生犀星という人は詩人としては「ふるさとは遠きにありて思ふもの そして悲しくうたふもの」を始めとした抒情的な詩で知られる人ですが、自伝的小説「性に目覚める頃」ではタイトルのとおり性に目覚める青年の心情を包み隠さず描いており、まだ新進の作家であった頃から性への関心をあけっぴろげに書いています。それからおよそ40年の月日が流れ、文壇の大家となった老年期においても性への興味は衰えるどころかますます深まり、まだ恥じらいがほの見えた初期作品と比べてもその率直さは官能の域を超えて、“性”こそが“生”そのものであるかのような情熱さえ感じさせます。


「おじさまはそんなに永い間生きていらっして、何一等怖かったの、一生持てあましたことは何なの。」
「僕自身の性慾のことだね、こいつのためには実に困り抜いた、こいつの附き纏うたところでは、月も山の景色もなかったね、人間の美しさばかりが眼に入って来て、それと自分とがつねに無関係だったことに、いよいよ美しいものと離れることが出来なかったね、やれるだけはやって見たがだめだった、何も貰えなかった、貰ったものは美しいものと無関係であったということだった、それがおじさんにたあいのない小説類を書かせたのだ、小説の中でおじさんはたくさんの愛人を持ち、たくさんの人を不倖にもしてみた。」

「だっておじさまのような、お年になっても、まだ、そんなに女が好きだなんていうのは、少し異常じゃないかしら。」
「人間は七十になっても、生きているあいだ、性慾も、感覚も豊富にあるもんなんだよ、それを正直に言い現わすか、匿しているかの違いがあるだけだ、もっとも、性器というものはつかわないと、しまいには、つかい物にならない悲劇に出会すけれど、だから生きたかったら、つかわなければならないんだ、何よりそれが恐ろしいんだ、おじさんもね、七十くらいのジジイを少年の時分に見ていて、あんな奴、もう半分くたばってやがると、蹶飛ばしてやりたいような気になって見ていたがね、それがさ、七十になってみると人間のみずみずしさに至っては、まるで驚いて自分を見直すくらいになっているんだ。」



 谷崎潤一郎や川端康成など、女性や女体への興味という意味でエロティシズムを描き出した作品は他にもありますが、犀星の場合、その関心の先は自分自身にも向けられていて、作中ではっきり述べているように、性欲こそが“生”であり、それが創作の源にもなっているのです。それはもう単なる性への興味という境界を超越して、“性”=“生”という美しいものに対する讃歌のようです。
 そして犀星の“生”への讃歌は人間にとどまらずありとあらゆる生命に向けられます。元々犀星はいきもの好きで、いきものを題材にした詩を数多く残していますが、中でも魚に対しては格別の扱いをしています。これは犀星が犀川という金沢の街中を流れる川のほとりで育ったことが大いに影響していると思われますが、幼年時代を血の繋がらない親の下で暮らした犀星にとって、川に暮らす魚たちは極めて身近な存在であったことでしょう。ゆえに、人間の言葉を話す金魚の赤子というキャラクターも何の違和感もなく、日常の延長線上で描けてしまうのです。

 「蜜のあわれ」の内容から犀星へと話が逸れてしまいましたが、この作品には犀星とは切っても切り離せない重要なモチーフ―魚と性―が織り込まれています。そのどちらも犀星が若かりし頃から描き続けてきたものであり、円熟期を迎えた晩年でもその筆致は円熟というよりもむしろ若者のようにピュアでまっすぐで、まさにみずみずしさに溢れています。一見金魚の娘と老作家のふれあいという突拍子もない物語ですが、その芯にあるのは生命という何よりも美しいものに対する純粋なる尊敬や憧れ。メスの金魚にいのちを与えて自由奔放に生を謳歌する魅力的な少女に変えてしまうイマジネーションも、犀星自身の最大限のいのちへの賛辞だったのではないかと想像します。

 めくるめく金魚と老作家の他愛もない日常の物語「蜜のあわれ」。今回取り上げたのは写真家のなかやまあきこさんの写真とのコラボレーション本ですが、そのほかにも最も手に入りやすい講談社文芸文庫から出版されている『蜜のあわれ/われはうたえどもやぶれかぶれ』や、犀星の魚にまつわる詩・短編・中編をまとめた『日本幻想文学集成32 蜜のあはれ』でも「蜜のあわれ」を読むことができます(Kindleの電子版も)。ぜひ一度手に取ってみてはいかがでしょうか。


:記事内の青字の部分は、室生犀星著、なかやまあきこ写真『蜜のあわれ』(小学館、2007年6月)から引用させていただきました。

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by hitsujigusa | 2017-03-02 16:00 | 小説 | Trackback | Comments(0)