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日本スケート連盟は6月19日、ソチ五輪など国際大会に派遣する選手の選考基準を発表しました。また、10月5日に開催されるジャパンオープンの出場予定者についても発表がありました。


まずは、派遣の選考基準について。(ペア、アイスダンスについては、一様に全日本優勝者とワールド・ランキング日本人最上位組、ISU シーズンベストスコアの日本人最上位組の中からという選考基準なので下記からは除外しました)

◇◇◇◇◇

オリンピック

全日本選手権終了時に、オリンピック参加有資格者の中から、以下の選考方法で決定。

①1人目は全日本選手権優勝者を選考する。
②2人目は、全日本2位、3位の選手とグランプリ・ファイナルの日本人表彰台最上位者の中から選考を行う。
③3人目は、②の選考から漏れた選手と、全日本選手権終了時点でのワールド・ランキング日本人上位3名、ISUシーズンベストスコアの日本人上位3名選手の中から選考を行う。

オリンピック団体戦

オリンピック代表選手として選考されたシングル選手の中から、オリンピック団体戦のショートプログラム滑走者とフリースケーティング滑走者を、以下の基準に沿って選考。

・オリンピック団体戦 ショートプログラム滑走者
全日本選手権終了時点のISUシーズンベストスコア・ショートプログラム最上位者
・オリンピック団体戦 フリースケーティング滑走者
全日本選手権終了時点のISUシーズンベストスコア・フリースケーティング最上位者

但し、ISUシーズンベストスコア・ショートプログラム最上位者と、ISUシーズンベストスコア・フリースケーティング最上位者が同一選手だった場合は、フリースケーティング滑走者はISUシーズンベストスコア・フリースケーティング次点の選手とする。

世界選手権

全日本選手権終了時に、以下の選考方法で決定。

①1人目は全日本選手権優勝者を選考する。
②2人目は、全日本2位、3位の選手とグランプリ・ファイナルの日本人表彰台最上位者の中から選考を行う。
③3人目は、②の選考から漏れた選手と全日本4位~6位の選手、全日本選手権終了時点でのワールド・ランキング日本人上位3名、ISUシーズンベストスコアの日本人上位3名選手の中から選考を行う。

・尚、過去に世界選手権3位以内に入賞した実績のある選手が、シーズン前半にけが等で上記の選考対象に含まれなかった場合には、世界選手権時の状態を見通しつつ、選考の対象に加えることがある。

四大陸選手権

全日本選手権終了時に、以下の基準のいずれかを満たす者から総合的に判断して強化部で決定。尚、選手の参加希望を事前にアンケートで確認し、ソチ・オリンピックの参加者の調整を最優先。

①シニア・グランプリ・シリーズのランキング上位6名
②全日本選手権10位以内
③全日本終了時点でのワールド・スタンディング上位6名
④全日本選手権終了時点のISUシーズンベストスコア日本人上位6名(組)

・最終選考会である全日本選手権への参加は必須。
・最終選考会である全日本選手権までにISUが定める当該年度の四大陸選手権出場のためのミニマムポイントを獲得できていない場合は選考対象から除外。
・尚、過去に世界選手権6位以内に入賞した実績のある選手が、シーズン前半にけが等で上記の選考対象に含まれなかった場合には、四大陸選手権時の状態を見通しつつ、選考の対象に加えることがある。

◇◇◇◇◇

他にもユニバーシアードだったりジュニアの大会だったりの選考基準も発表されていますが、主要な大会についてはこのようになっています。

五輪の代表決定は全日本の優勝者が最優先されます。
4年前の選考基準では、グランプリファイナルで3位以内かつ日本人最上位であればその時点で内定しました。その時はファイナル2位の織田信成選手と、同じく2位の安藤美姫選手が最も早い内定となりました。
今回はそれがなく、全て全日本で決まるわけですね。
個人的にはファイナルでメダルを取り、しかも日本人最高順位という選手がまっさきに内定を受けるというルールは納得のいくものだったので、変えなくてもいいんじゃないかなーという気もします。
まあ、選考基準は五輪のたびに変わっていますし、いつものことですが。

五輪の団体戦はSP、フリー、それぞれのシーズンベスト最上位の選手が出場するということですから、やはりエース級の選手に相当の負担がかかることになるのかという懸念はありますね。
スケジュールでは、2月6日に団体戦の男子SP、8日に女子のSP、9日に男女シングルフリーが行われることになっています。それから中3日の13日に個人戦での男子SPがありますから、団体戦男子フリーに出場する選手はあっという間かもしれません。疲労の蓄積が心配なところです。


では、次にジャパンオープンの出場者について。

≪日本≫浅田真央、高橋大輔、小塚崇彦、他女子1名
≪北米≫アシュリー・ワグナー、ジョアニー・ロシェット、ジェフリー・バトル、ケビン・レイノルズ
≪欧州≫ハビエル・フェルナンデス、ミハル・ブレジナ、他女子2名

ジャパンオープンは日本、北米、欧州の各地域ごとの合計点で争う団体戦です。
エキシビション的な大会ではありますが、現役選手にとっては早い時期ですし調整するのは大変だと思います。まだ決まっていない枠もありますし、調整の事情などで上記の選手の中でも変更はあるでしょうが、今のところはこのように発表されています。
新たな出場者決定や変更があれば、その際にまた記事を書こうと思います。


:記事冒頭のジャパンオープンのロゴ写真は、ジャパンオープンのオフィシャルウェブサイトから引用させていただきました。

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# by hitsujigusa | 2013-06-20 15:43 | フィギュアスケート(大会関連) | Trackback | Comments(0)

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フィギュアスケーター衣装コレクション第2回は、元フィギュアスケーターの中野友加里さんです。

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# by hitsujigusa | 2013-06-17 00:56 | フィギュアスケート(衣装関連) | Trackback | Comments(2)

日本児童文学名作集〈下〉 (岩波文庫)


【ブログ内関連記事】
桑原三郎・千葉俊二編『日本児童文学名作集〈上〉』―日本児童文学の夜明け


【収録作】
「蜘蛛の糸」芥川竜之介
「三人兄弟」菊池寛
「笛」小島政二郎
「一房の葡萄」有島武郎
「木の葉の小判」江口渙
「三人の百姓」秋田雨雀
「寂しき魚」室生犀星
「幸福」島崎藤村
「蝗の大旅行」佐藤春夫
「でたらめ経」宇野浩二
「手品師」豊島与志雄
「ある島のきつね」浜田広介
「水仙月の四日」宮沢賢治
「オツベルと象」宮沢賢治
「鷹の巣とり」千葉省三
「影法師」内田百閒
「魔法」坪田譲治
「大人の眼と子供の眼」水上滝太郎
「がきのめし」壺井栄
「月の輪グマ」椋鳩十
「牛をつないだ椿の木」新美南吉


6月8日にアップした〈上〉に引き続き、〈下〉をご紹介。
大正7年(1918)~昭和18年(1943)の作品で、こちらも〈上〉と同様におおむね発表順に収録されている。
日本児童文学の黎明期であった〈上〉と比べ、この大正から昭和の作品群はより自由に個性的に表現がなされていて、バラエティ豊かになっているので、読み物としては〈上〉より面白いんじゃないかと思う。

そして重要なのは『赤い鳥』の存在。
『赤い鳥』は鈴木三重吉が大正7年に創刊した児童雑誌だが、〈上〉の解説でこう説明されている。

創刊のプリントを見ると、「西洋人とちがって、われわれ日本人は哀れにも未だ嘗て、ただの一人も子供のための芸術家を持ったことがありません」とある。だからこそ、『赤い鳥』によって「芸術として真価ある純麗な童話と童謡を創作する」最初の運動を、当今文壇一流の作家詩人の協力を得て推し進めたい、と三重吉は主張したのであった。〉(桑原三郎・千葉俊二編『日本児童文学名作集〈上〉』岩波書店、282頁)
結果として『赤い鳥』の運動は、これまでの小波流のお伽話とは違った、大人の文学の一ジャンルとしての童話童謡の世界を世に齎したばかりでなく、児童自身の製作する綴方、自由詩、自由画等をも開拓して、日本の子供たちの自由な表現の展開に大きな貢献をしたのであった。〉(同書、283頁)

「大人の文学の一ジャンルとして」というところがある意味問題で、『赤い鳥』が批判される点でもあると思うが、それでもたしかに『赤い鳥』掲載作品には良質なものが多く、〈下〉収録作のうち8編が『赤い鳥』初出である。

全てを取り上げることはできないので、特におすすめのものを。

【笛】
昔、京都に博雅の三位という笛吹きの名人がいた。ある時、彼の家に4、5人の泥棒が入った。博雅は床下に隠れたが、泥棒たちは手あたりしだい散らかし、盗み出していった。しかし、唯一笛だけは残されていて……。
小島政二郎は現代ではいまいち知られていない気がするが、『赤い鳥』の編集に携わったり、鈴木三重吉の奥さんの妹と結婚したりと、文壇の中心にいた人物のようである。大衆小説の世界でも活躍し、Wikipediaには「人気作を次々執筆し、映画化もされ、そちらも人気を集めるなど、戦前から戦後にかけて一世を風靡した。」とある。芥川賞や直木賞の選考委員など文壇の重鎮としても活躍し、1994年100歳で亡くなった。
そしてこの「笛」。ベースとなっているのは『古今著聞集』のなかの2編、「429 盗人、博雅の三位の篳篥を聴きて改心の事」と「430 篳篥師用光、臨調子を吹き海賊感涙の事」である。この2つを合体させ、1つの話として構成している。
このように昔の説話から題材を取る作家と言えば芥川龍之介が有名。小島政二郎は親交があった芥川のことを敬愛していたようで、大正文壇史として有名な自伝小説『眼中の人』や、その名も『芥川龍之介』という伝記? に芥川の思い出を綴っている。そういう見方で「笛」を見ると、題材の取り方も作風も芥川の影響を受けている感じがする。

【寂しき魚】
ある沼に一匹の古い魚が棲んでいた。古い魚はいつも何かを考えているように大人しい泳ぎをしていた。夜になると沼から三里ほど離れている都会の明かりが沼にまで届いた。古い魚は都会に憧れ、地上に出ていきたいと夢見るが……。
以前も室生犀星の作品を紹介し、その独特の暗さを指摘したが、この「寂しき魚」もやはり暗い。
主人公の古い魚は暗い沼を嫌悪し、明るい都会を憧憬する。そして犀星自身、自分の生まれや容貌にコンプレックスを持ち、東京に憧れ上京を夢見ていた。古い魚の姿はそのまんま犀星に重なる。
ところで犀星は魚を題材とした作品を多く書いている。「七つの魚」「哀れな魚」「燃える魚」「不思議な魚」「魚と公園」「火の魚」「魚になった興義」などなど。日本を代表する魚作家と言えるかもしれない。

【蝗の大旅行】
「僕」は去年台湾へ旅行をした。「僕」は阿里山に登るために嘉義という町に行ったが、登山電車が壊れていたために山へは登れず、無駄に2泊した後汽車で町を離れた。汽車はある停車場に停まり、中年の紳士と痩せた紳士が乗車してきた。痩せた紳士の帽子には一匹のいなごがくっついていて……。
列車にいなごが乗ってくるというささやかな出来事に着目した作品ではあるが、そこからどんどん空想が広がっていき、不思議なスケールの大きさを感じさせる。解説で「蝗の眼を通して人間の世界を相対化した」(桑原三郎・千葉俊二編『日本児童文学名作集〈下〉』岩波書店、295頁)と説明されているように、深いテーマをはらみつつもあくまでユーモアあふれる読みやすい作品となっている。

【ある島のきつね】
ある小さな島に寺があり、白いきつねが棲みついていた。きつねはいつも仏壇の供え物を食べるのだったが、ある日もいつものように供え物のまんじゅうを食べようとした。その時、玄関に誰かがやってくる音が聞こえ、きつねが見に行くと、盲目のおばあさんが立っていて……。
浜田広介は「竜の目の涙」「泣いた赤鬼」など幼年向けの童話が多い。文章も平易で、詩情性が高く、とにかく優しい作風である。そのためかどうかはわからないが、50・60年代は批判の対象になったこともあった。それでも「泣いた赤鬼」などは現在まで読み継がれているし、2011年にはアニメ化もされている。それだけ魅力があるということだろう。
私がこの作品の魅力と感じたのは話もさることながら、絵画的な文章。

小さな島が、ありました。まっかなつばきが、さいていました。うららかな日にてらされて、花は、みな、ふくれていました。いま、さきだそうとしているつぼみもありました。青ぐろい葉は、つやつやとひかっていました。そして、青い海の上には、いくつかの帆が、銀のようにかがやいて、うごくともなく動いていました。〉(〈下〉、149頁)

色彩豊かな文章で、島の牧歌的な風景が鮮やかに目に浮かぶ。リアルであるとか臨場感があるというのではなく、あくまでメルヘンとしてその場の雰囲気、空気感をうまく描き出しているなと感じた。

【魔法】
ある日、弟の三平が庭へ駈け込むと、兄の善太が手を上げてそれを止めた。善太は今魔法を使っていると言う。三平は魔法が何のことだかわからず戸惑うが、善太は魔法を使ってみせると言い、蝶を自由に操る。それでも疑う三平に対し、善太は通りかかったお坊さんを蝶に変えてみせると豪語するが……。
子どもの無邪気な遊びをとらえた作品。現代の子どもはパソコンだゲームだと最初から既製の玩具を与えられることが多いが、この善太と三平の兄弟にはほとんど何もない。だから“魔法”という遊びを自ら作り出して、空想の力だけで楽しむ。時代を感じてしまうとともに、なんかいいなあとも感じてしまった。
どういう理由でだったかは忘れたが、坪田譲治もまた、50・60年代に批判された童話作家の一人である。どちらにしろ、子どもの既成概念にとらわれない自由な姿を描いた良作だと思う。

【牛をつないだ椿の木】
ある日、人力曳きの海蔵さんと牛曳きの利助さんが、道から一町ばかり山に入ったところにある清水に水を飲みに行き、その際利助さんは道のかたわらの椿の木に牛をつないだ。ところが牛が椿の葉をすっかり食べてしまったことで、利助さんは地主からひどく怒られてしまう。そこで海蔵さんは道ばたに清水があればと思い、井戸を掘ることを考えるが……。
新美南吉は現代でもそれなりに知名度の高い童話作家だと思うが、特に「ごんぎつね」なんかは教科書にも載っているし、結末が印象的なこともあってか有名な作品となっている。
比較すると「牛をつないだ椿の木」は雰囲気が少し違って、特に結末がその印象を決定づけているのではないかと思う。
ネタバレしてしまうと、海蔵さんは結局井戸を完成させて戦争へ行き、戦死する。「ごんぎつね」では改心したごんが栗を届けに来たところを兵十に撃たれて終わるため、どこかやるせない感じがする。が、今作では海蔵さんは死ぬ前に自分の目的を果たして、井戸という人々の役に立つものを残す。つまり社会貢献をして、他者から認められるわけである。だから、海蔵さんは亡くなりはするが、清々しい余韻となっている。(とはいえ、海蔵さんは他者貢献という以上に、自分がやりたいからやるというエゴイスティックな部分も見えて、それが一段と人間臭くて個性となっているのだが)
こういう作品は数ある南吉の童話の中でも珍しいようだが、「ごんぎつね」や「手袋を買いに」とはまた一味違った味わいでおもしろい。

ということで、6作品について好き勝手に語りました。
芥川の「蜘蛛の糸」や宮沢賢治の2作などは、あえて語るまでもなく名作と知られているので言及しなかったが、もちろんおすすめ。
挙げた6作をはじめ、それ以外も最近じゃあまり読まれないんじゃないかなというのが多いので、ぜひこの本を手に取って昔の児童文学の良さを知っていただけたらと思います。


:「笛」の説明の中で引用した小島政二郎についての文章は、ウィキペディアの小島政二郎のページから引用したものです。以下に引用リンクを明記します。

【引用リンク】
「小島政二郎」(2013年3月24日(日)12:17 UTCの版)『ウィキペディア日本語版』

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桑原三郎・千葉俊二編『日本児童文学名作集〈上〉』―日本児童文学の夜明け


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# by hitsujigusa | 2013-06-14 02:28 | 児童文学 | Trackback | Comments(0)