小川洋子『アンネ・フランクの記憶』―アウシュヴィッツと零戦

アンネ・フランクの記憶 (角川文庫)


『アンネ・フランクの記憶』は、作家小川洋子さんがアンネ・フランクの足跡をたどった旅について綴るエッセイである。
小川さんは中学一年の時『アンネの日記』と出会った。そして、小川さんの言葉を借りれば、「一つの純粋な文学として読んだ」のだそうだ。また、「まるで親友の心の内側に触れるような思いで全部を読み通した」とも。
こういう読み方で『アンネの日記』と出会う人はそう多くないだろう。この本の解説で、『アンネの日記』の翻訳者である深町眞理子さんはこう述べている。「いってみればごくナイーブに、単純に、反戦を、人種差別反対を訴える教科書として、手にとり、あるいは読むことを奨励する傾向が強いのだ。つまり、小川さんの場合とは反対に、最初から“良書”としてしごくまじめに、教条的に読まれる本、それが悲しいかな、日本における『アンネの日記』なのである
しかし小川さんは、一人の少女が自らの心の内をありのままに記した文学として受け止めた。ホロコースト被害者の象徴としてのアンネではなく、一人の女の子アンネとして。
そのうち小川さんはアンネの真似をして日記を書くようになり、書くことの喜びを見出し、そして作家になった。
そんな小川さんだからこそ、この『アンネ・フランクの記憶』も、ナチスを、ホロコーストを、戦争を糾弾するようなものにはなっていない。あくまで、アンネ・フランクというひとりの人間に迫ったドキュメンタリーだ。その先に、ひとりの人間が殺されるということの悲しみや理不尽さがある。

小川さんは、アンネが住んだ隠れ家、アンネが通った学校、フランク一家が住んだ家など、アンネの足跡をたどり旅をする。
そのなかで私がいちばん印象に残ったのは、アウシュヴィッツ強制収容所での一場面だ。小川さんはアウシュヴィッツに足を踏み入れた時の気持ちをこう綴っている。

 きれいだ……。これが正直なわたしの第一印象だった。この場所に最も不釣り合いであるはずの印象を持ってしまったことに、わたしは自分自身矛盾を感じ、混乱した。虐殺の世紀を象徴するアウシュヴィッツを、きれいだなどと形容すべきではない。そんなこと許されるはずがない、と自分に言い聞かせようとした。
 しかし、濃い緑と乾いた風と十分な光の中を延々と続く、この人工的な規則性が、ある種の美しさを漂わせているのは間違いない。もちろんそれは、人間の残忍さと無数の死を背中合わせに持った、“醜い美しさ”ではある。醜さがどんどん増大してゆき、極限まで到達したその一瞬、美しさに転換したような、幻覚の不気味さが漂っているのだ。


私はアウシュヴィッツに行ったことがなく、写真で見たことしかないので想像するしかないが、それでもなんとなくわかるような気はする。規則的なものが持つ特有の美。しかし、アウシュヴィッツという人間の残酷さを象徴するものに対し、そういう感想を持ってしまった小川さんの気持ちを考えると、なんともやりきれなさを感じた。小川さんが感じたこの“矛盾”が私の心にも、もやもやしたものを残した。

そんな時、ある映画が、このもやもやと共通するものを描いていることを知った。
宮崎駿監督の新作、『風立ちぬ』である。
この映画は零式艦上戦闘機、いわゆる零戦を設計した技術者堀越二郎をモデルにした人物が主人公となっている。映画の中で主人公は、なによりも美しい飛行機をつくることを夢見る。しかしその時代に飛行機をつくるということは戦闘機をつくるということであり、美しい飛行機は優れた戦闘機として活躍する。
収容所であれ、戦闘機であれ、私たちの身の回りにある服や日常品であれ、性能の良さを極めると自然と美しくなるものなのかもしれない。そういった意味で、アウシュヴィッツも零戦も高性能の極みだったのだろう。たとえそれが戦争の道具だったとしても。

『風立ちぬ』を制作するきっかけについて、プロデューサーの鈴木敏夫さんはこう記している。

 宮崎駿は一九四一(昭和十六)年生まれ。子どものころは戦争中。だから、宮さんの言葉を借りれば、物心ついた時に絵を描くとなると、戦闘機ばかり。でも、一方では大人になって反戦デモにも参加する。相矛盾ですよね。
 もしかしたら、それは彼だけの問題じゃなく、日本人全体が、どこかでそういう矛盾を抱えているんじゃないか。まんが雑誌とかで、戦争に関するものをいっぱい知ってるわけですよ。戦闘機はどうした、軍艦がどうした、とか。でも思想的には、戦争は良くないと思っている。
 その矛盾に対する自分の答えを、宮崎駿はそろそろ出すべきなんじゃないか。僕はそう思った。年も年だし。これはやっておくべきじゃないか、と。


小川さんが感じたアウシュヴィッツでの“矛盾”、宮崎監督が抱えている戦争への嫌悪と兵器への愛着という“矛盾”。違うものではあるけれど、私には共通するものが感じられた。
嫌悪すべきもの=収容所・兵器に美しさを見出してしまう矛盾。
こういう矛盾は二人だけのことではなく、鈴木プロデューサーが言っているように、誰しもが抱えるものなのだろう。かくいう私も、戦闘機を見てかっこいいと思うことがあるし、銃や日本刀のマニアもいる。
『アンネ・フランクの記憶』そして『風立ちぬ』は、私自身が向き合わなければならない現実を改めて教えてくれた。


:記事内の文字が青い部分は、小川洋子著『アンネ・フランクの記憶』(角川書店、1998年11月)から、また、文字が緑の部分は2013年5月3日付北陸中日新聞朝刊からの引用です。


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by hitsujigusa | 2013-07-25 23:30 | エッセイ・評論・その他 | Comments(0)