宮崎駿『風の谷のナウシカ』―生命の営み

風の谷のナウシカ 1 (アニメージュコミックスワイド判)



【あらすじ】
“火の7日間”と呼ばれる戦争から1000年経った世界。有毒物質がまき散らされ文明が失われた世界において、地表は不毛の地と化し、瘴気が充満する森“腐海”が拡大を続ける中、人類は腐海の恐怖に怯えながらひっそりと暮らしていた。
辺境の小国“風の谷”の族長の娘ナウシカは、腐海に生息する“蟲”と心を通わせる少女。自治権を保証する代わりに戦の際には戦列に参加せねばならないという大国トルメキアとの盟約のため、身体が不自由な父に代わってナウシカは出陣することが決まっていた。
そんなある日、隣国ペジテの船が風の谷の近くに墜落。ナウシカは救助に向かうが……。


宮崎駿監督が引退した。
それを記念してというわけじゃないが、ちょうど良い機会なので、『風の谷のナウシカ』を取り上げようと思う。

『風の谷のナウシカ』は1982年に『アニメージュ』で連載が始まり、中断を挟みながら1994年に完結した。
連載途中の1984年、作者の宮崎駿氏本人の監督によって映画化され、ヒットし、高評価を得た。
映画は映画でもちろんとても素晴らしいものなのだが、連載中の映画化なので漫画の最初の方のエピソードをシンプルにまとめた内容となっている。そのため映画と漫画は別物と言っていいくらい異なる展開を見せる。
映画のラスト、ナウシカは風の谷に向かって暴走する“王蟲”の大集団に身を投じて暴走を止める。つまり自らを犠牲にして故郷を救うのである。しかし王蟲の力によって、死んだはずのナウシカは奇跡的に蘇る。
この結末に対してプロデューサーを務めた高畑勲氏は、現代を照射する作品になっていないというふうに評している。つまり、映画が現代に対する批評になっていないということだろう。元々はナウシカが王蟲の前に降り立つところで幕を閉じる予定だったのを、死んで蘇るというわかりやすいラストに変更したらしい。哲学的側面に娯楽的側面が勝ったわけである。だが、その分ある種のリアリズムは失われた。

一方、漫画は娯楽性からはかけ離れている。内容はとにかく難しい。全7巻を一度読み通しただけでは全く理解できないし、二、三回でもだめ。十回読み返してようやく一端が理解できるような難しさである。
でも、そういった難解さを考慮しても、この漫画はおもしろい。
何がおもしろいか、何が魅力か、私的意見ながら述べさせてもらう。

1つ目。世界観の緻密さ、リアリティ、生々しさ。
この魅力を言葉で伝えるのは非常に難しい。“腐海”とか“蟲”とか描かれる世界とか、とにかく登場する全てのものにまるで実在しているかのような生々しさがあるとしか言いようがない。こんな世界を見たことがある人などいるはずがないし、頭ではフィクションと了解した上で読んでいるのだが、それでも何か身体に沁みるようなリアリティがあり、単なる作り話と思えない。
描かれている世界は、私たちが生きるこの現代世界から見ればあまりに突飛な世界である。しかしこれは異世界ファンタジーではなく、あくまで産業文明の崩壊から1000年経った世界、つまり近未来ファンタジーとも取れるのだ。この前提があるために、どうしても現在の地球の延長線上にこの世界を見てしまうし、毒ガスをまき散らす“腐海”もリアリティを持って迫ってくる。

2つ目。移動する物語としてのリアリティ。
映画でもナウシカは風の谷から腐海、ペジテへと移動するが、漫画ではそれ以上に遥々移動する。そこには単なる目的地から目的地へと飛ぶような旅とは違う、移動する間の過程が事細かに描かれている。移動には疲労と苦痛が伴う。コルベットや大型船のなかにも生活はある。移動する人間たちの体感が、観念ではなく、身体的な感覚を伴って、読んでいるこちらにも伝わってくる。
そして、地図が付いていることも大きい。こちらが『ナウシカ』の世界地図。

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ハイ・ファンタジーの名作には地図が存在するものが多い。『指輪物語』『ナルニア国ものがたり』『ゲド戦記』の世界三大ファンタジーはもちろん、『ムーミン』『十二国記』『守り人』『西の善き魔女』『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』などなど。
どんな突拍子もない設定の世界でも、大地があり、海があり、森、山脈、砂漠、街々があるという地理が示されることによって、私たちが暮らす世界と基盤・条件を共有しているのだという親近感が生まれ、リアリティを感じる。それと同時に、そこに生きるキャラクターたちに対しても生きた人間のような実在感を覚えるのだ。

3つ目。サイエンス・フィクションとしての魅力。
宮崎監督が軍事マニアであることは知られていると思うが、その趣味はこの作品でもいかんなく発揮されている。戦闘機、飛行機、銃などの造形は細密で、あっという間に流れ去っていく映像以上に圧倒されるものがある。
でも、それ以上に私が凄いと思ったのは植物の描き方。作品の重要なモチーフとなるのが“腐海”、その腐海に植生する植物は主に菌類の植物である。胞子が地上に舞い降り、地中に菌糸を広げ、地表に発芽し、巨大に育ち、再び胞子を放出する。そうした植物の生命の仕組みが子どもだましではなく、一つの生命の営みとしてきちんと描かれている。人類の世界とは全く異なる生態系、それが人類にとって救いともなるし脅威ともなる。この作品はただ単に人間を描いたものではなく、人類も含めた多種多様な生命体の生のかたち、在り方を問うたものになっている。

4つ目は絵。
宮崎監督は元々漫画家を目指していたというから、当然画力は尋常でないものがあるのだけれど、いわゆる普通の漫画家の絵とは違うから、普段見ている漫画と同じ感覚で読み始めると最初は少し見にくく感じる。
白い画面はほとんどなく、背景の隅々まで細かく描き込まれている。タッチを重ねた陰影部分は深く、白い箇所とのコントラストが、美しい明暗となっている。
宮崎監督は引退会見でも児童文学に影響を受けたと語っていたが、絵も欧米の児童文学作品の挿し絵のような雰囲気を漂わせている。ご自身の著書の中でも好きな本として挙げていたが、エドワード・アーディゾーニの絵に似ている。
一コマ一コマがひとつの挿し絵のように贅沢で、見応えがあって、美しい漫画だ。

以上が、私が感じた『ナウシカ』の魅力だ。本当はもっといっぱいあるが、言葉にできないしまとまらないのでまとめられることだけ書いた。
哲学的で難解なストーリーだけに、理解には時間が掛かる。『ジブリの教科書』という実に参考になる本もあるが、やはり最初は先入観なしにまっさらな状態で読んでほしい。

最後に。
アニメーションから離れられるというのはあまりにも惜しいが、今までコンスタントに新作を発表し続けてくれただけでもありがたいことだし、同じ時代に生きていて良かったなと思う。
ゆっくり休んでいただきたい気持ちもあるし、いつでもカムバックしてもらいたい気持ちもある。でも、一度決めたことはそう簡単には覆さないだろう。
新作を拝見することは(たぶん)もうできないが、幸いなことに、これまで監督が世に送り出してくれた作品の数々があり、それらを繰り返し見ることができる環境に私はいる。こんなに幸福なことはない。


:記事内の地図の写真は、宮崎駿著『風の谷のナウシカ3』(徳間書店、2008年1月)から引用させていただきました。

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by hitsujigusa | 2013-09-10 01:57 | 漫画 | Comments(0)